五十六、三鬼一魔
「どうして、いきなりこんなことに……!!」
突如として現れた大量の兵士、それを指揮する男女二人。
対抗するヴァルヴァの民とリル。一瞬でこの隠れ里は、戦場と化してしまった。
リルはシュリが家の中で、他のヴァルヴァの子たちと話しているところで待っていた。
しかし何を言ってるのかさっぱり理解できないし、後でシュリに何を話しているのか聞くにしても時間が掛かりそうだと判断して、少しだけシュリの側から離れることにしたんだ。
ヴァルヴァの子たちと一緒にいるシュリを残すのはちょっと不安があったけど、ヴァルヴァの民がシュリへ向ける視線を考えると今更危害を加えるとは思えなかったし。
そうやってシュリの側を離れ、時間を潰そうとした。
それが最大の失敗だった。
突然のことだったんだよ。空から何か降ってくる、そんな気配がしたから見上げた。
何の気なしだけど、空にあったのは巨大な火球が一つ。大人一人分を丸呑みするのに十分なほどの大きさのもの。
は? と思ったときには遅かった。リルが通された里長が住んでいる屋敷に着弾し、爆発して炎をまき散らし、一瞬にして里全てを火の海にした。
工場も、家も、火事場も、畑も、鍛錬場に続く坂道も。次々と飛来する火球によって燃やされていく。
何が起こったのかわからなかったけども、この事態に対してヴァルヴァの民の動きは速かった。全員が火球が飛んできた方向へ警戒を働かせ、隠し持っていた武器を抜き、臨戦態勢に移ったのだから。
それを見てリルも、ようやく敵が現れたのだと理解。魔力を練り、いつでも魔工が使える準備をしておく。
隠れ里を囲む森、火球が飛んできた方向から現れたのは、大量の兵士。
その兵士の装備を見て、リルは思い出す。あれはかつて、アユタたちがいた兵士も着ていた兵士のもの……!!
「グランエンドがなぜ!」
リルの言葉に誰も答えることはなく、鬨の声を上げてグランエンドの兵士は突っ込んでくる。手には鉄の剣と槍を携えた、数の暴力に任せた突撃。
ヴァルヴァの民は一気に兵士たちに斬りかかり、戦闘が始まった。
交渉も、話し合いも、宣戦布告もなにもない。
「くそ!」
リルもまた戦闘に巻き込まれてしまうことになる。ここにいる以上、グランエンドの兵士は誰も彼も構わず殺しに来るのだから。
事実、目の前の戦闘でまだ未熟だろう訓練への参加がまだである幼い子供ですら、手に短剣を持って戦闘に参加している。恐れを知らず、大人の兵士に立ち向かい、殺される。
思わず顔をしかめたけど、リルも目の前に迫ってきた兵士二人に集中する。
地面に手を突き、一瞬にして地面を二つの円錐状に隆起。その威力で兵士たちを吹き飛ばす。威力が威力だから、即死しているかもしれないけど。
「こいつら、なんでここに……?」
次々と迫ってくる兵士たちに、リルは段々と冷静になってくる。拾った石に魔工を施して投げることで、空中にて炸裂。至近距離で石が弾けて細かな破片が顔に突き刺さり、複数の兵士が行動を止めていた。
その中でリルは考える。
ここは隠れ里だ。おいそれと場所がバレるはずがない。
実際にリルが連れてこられるときだって、場所がバレないようにしていた。事実、リルはここが大陸のどこら辺の位置にあるのかさっぱりわからない。
だけどこいつらは、大量の兵士を連れてきて、ハッキリここを戦略目標として攻めてきている。これだけの数の兵士を運用して戦争をしかけるなら、入念な準備が必要なはずだ……。
……まさか、裏切り、もの?
リルがその可能性に気づいた瞬間、その気の緩みを狙われて兵士の一人がリルに向かって剣を振りかぶってきた。
「ちっ!」
一瞬反応が遅れたリル。兵士の剣が迫ってくる。
しかし、その兵士の腕に矢が突き刺さり貫通した。兵士が痛みと衝撃に呻いた瞬間に、リルはその兵士の顔面に魔工で硬度を上げた石をぶち込むように投げる。
鼻っ柱を折りながら倒れる兵士を横目に、リルの側に駆け寄ってくる人物がいた。
「テグ!」
「待たせたっス!」
テグは弓に矢を番えながら、こっちへ近づいてくる。一瞬で狙いを定め、兵士に向かって素早く三本の矢を放つ。
それぞれが三人の兵士の喉に突き立ち、兵士を倒す。
「リル! こりゃどういうことっスか!?」
「わからない! リルも突然のことで!」
「シュリは!」
「あっちの家にいる! 任せる!」
テグはリルの言葉を理解、シュリがいる家の方へ走って行く。
炎に巻かれて崩れる家の残骸で道が塞がれているが、器用にテグはその残骸に足をかけて屋根に登る。道が塞がれていていない家の屋根を伝って走り去った。
リルはテグの後ろ姿を確認してから前を向く。次々と兵士たちが森から出てくる。
その向こうで、二人の目立つ男女が現れた。
一人は痩せ細った男だ。目の色と同じ鳶色をした髪を短く刈り上げ、肌は日焼けの色。身長はそこそこ……リルより頭一個半くらいは大きい。
……なんでこいつ、裸足なの? という疑問はあるけど。
そして青色のシャツに膝下まである灰色のボトムス。この人はどこでも裸足。痩躯とあるが、鍛錬のしすぎで体が痩せ細っている状態。顔つきも頬が痩けるほどになっていて、体も異様に細い。だが目だけは爛々としていて常軌を逸している。
もう一人は豊満な体をした女性だ。美人なのだが、綺麗な金髪なのにボサボサで整えられてない長髪をそのままにしてる。普段は外に出ないのか肌の色は白い。リルと身長は同じくらいか?
目は金色のそれで綺麗なのだが目の下にクマがあり、どこかくたびれた印象を抱かせる。
リルに似た、研究者のような白衣に灰色のズボンに白いチュニックと靴は白い靴だ。
二人の立ち位置から、この襲撃の隊長格なのは間違いない。あの二人を止めれば、まだこの戦況を覆せるかもしれない。
リルは振り下ろされる剣を下がりながら避け、手に持っていた砂を握りしめて魔工を発動。手の中の砂が小さなトゲ付きの石へと変わる。それを四個ほど、兵士の体に投げつけ破裂させる。破片と爆発の衝撃でよろめく兵士の横を駆け抜け、隊長格の男女の元へ急ぐ。
「……酷い」
その途中で、戦場となった里の様子がリルの目に映った。
ヴァルヴァの民は確かに暗殺の技を受け継ぐ一族で、戦闘面ではこれ以上なく強いだろう。
だけど数が違いすぎる。いくら一騎当千の猛者が揃っているとはいえ、正面戦闘よりも奇襲、暗殺の方向へ技術が偏重しているヴァルヴァの民では、数で押しつぶされて殺されてしまっているんだ。
走る途中で、幼い子供だろうが女性だろうが関係なく、殺されている。
だけど誰一人として、その顔に後悔や恨みや怒りがない。淡々と自分ができることをやって、それが一族のためであると心底思い、戦って死んだことに誉れを見いだしている戦士の顔。
清々しいほどに未練がないんだ。子供にも、女にも、男にも、老人でも、青年で。
不気味すぎるんだ、それが。
「くそ……」
リルは悪態を吐きながら、兵士の猛攻を掻い潜り撃退しながら走る。トドメを刺す時間すら惜しい、今は走る。
ようやく男女の所まで辿り着き、リルは叫んだ。
「お前ら、なんだ!!」
リルの叫びに男女はこちらを見る。
「なんだぁ? ヴァルヴァの里を襲うって話だったのに、どうして外部の人間がぁ?」
男は気怠げに言いながらリルを睨む。近くで見ても、その目は異常なほどギラついていて不気味だった。
「……こいつ、リルじゃない? アタシ様ほどじゃないけど、魔工師として名を馳せてる」
女は挑発的な口調でリルを見下す。その目が、リルを格下だと信じて疑わない、虫以下を見る目なのが気に入らない。
「お前ら、なんだ? どうしてここを襲う? なにものだ?」
リルの質問に女は嘲笑を浮かべた。
「襲撃犯が自分のことを漏らすはずないでしょ。バカなの?」
「まぁ、俺も名乗る謂われは、ねぇよなぁ」
「お前らがグランエンドの関係者なのは、兵士たちの装備を見ればわかる」
リルの返答に男女は顔を見合わせ、呆れたように溜め息を吐いた。
「装備がそうだからって、国がそうだとは限らねぇだろぉ?」
「そこまで考えられないの、やっぱりアタシ以下のおバカさんね」
二人の言葉を聞きながら、リルは冷静に二人を観察する。
ここで吐けばよし、しらばっくれても時間稼ぎできれば良し。
大切なのは質問に答えてくれるかどうかではない。ここでの答えの内容の重要さや正確さは問題じゃない。
質問に『返答』するかどうかが問題だったんだ。
無視して襲いかかってくるなら、それはもうヴァルヴァの民と同じく暗殺者の類いだ。自分のことを何も知らせず返答もせず、言葉のクセも体の動きのクセも相手に調べさせようとしない。依頼者へ繋がることは何も残さないようにするだろう。
だけどこいつらは『返答』した。暗殺者気質の人間じゃない。
これだけの兵士を運用して戦を仕掛けられるのは、国において軍部のお偉いさんの立場にいることは間違いない。
となれば、リルの知ってる中でグランエンドの有名人といえば……エクレスが言ってたな。
「三宝将……」
リルの呟きに男女が反応する。僅かな反応だけど……間違いないらしい。
これがヴァルヴァの民なら、眉一つ呼吸一つ乱すことはないだろね。
「もうわかった。それで? ここで死ぬ覚悟はできた?」
リルは近くの石を数個ほど掴み、手の中で転がす。
男女はリルを囲むように歩き出す。ここからは戦闘だ。二対一であろうと負けるつもりはない。
「……頭は悪くなかったのね。アタシ様ほどじゃないけど」
「迂闊だったわ俺ぇ。ここで殺すわお前ぇ」
男女の言葉で、戦闘はもはや秒読みであることを悟る。
リルも身構えて――。
『(小生の里を襲ったバカはお前らか)』
『(とりあえず、儂らの敵はお前じゃな)』
そのときだった。リルたちとは違う言葉を言いながら、リルと男女の間に立つ男が。
いつの間に現れたのかわからなかった。するっと現れたんだ。まるで影から湧き出たかのような違和感。
立っていたのは、ここに来てあったヴァルヴァの民の中でも最強格の二人。
「ノーリ、と、里長のセェロ……!」
男女は現れた二人を見て苦々しい顔をする。
ノーリは懐から棒手裏剣を取り出し、セェロはだらんと手を垂らしている。
『(里長、こいつらは……)』
『(ああ、小生もそうかとは思ってたが……グランエンドの三鬼一魔の二人だ。確か魔鬼のローケィと武鬼のビカだ。やっかいな奴らが来たな)』
二人が何を言ってるのかわからないが、どうも男女のことは知ってるらしい。
くそ、ちゃんと言葉を習っておけば良かった。そうすれば二人の言葉だって理解できたのに。わからない言葉で話されると、それだけで暗号になるってのは厄介だ。
「……おいローケィ」
「わかってる、ビカ。……リルに時間稼ぎをされたし、油断して顔を出したのは失敗だったわ。アタシ様、天才だけど調子に乗るのが欠点なのよね」
男……ビカと呼ばれた人と、女……ローケィと呼ばれた女性は、互いに呼びかけながら警戒していく。目の前のセェロとノーリに対して脅威を感じてるってことだ。
睨み合いの状況下。さらに四人の男女がこっちに走ってくる。
『(里長! 親父殿!!)』
『(レイ、ゼロか)』
『(シファルとシューニャも来たか)』
こっちに来たのはシュリと一緒に居たはずのレイ、ゼロ、シファル、シューニャの四人。
四人はセェロとノーリを中心に陣形を組む形で戦闘隊形になる。
『(戦況は?)』
『(里長、戦況は最悪だ。練度はこっちが上だが、いかんせん数が違いすぎる。集団戦法で里のみんなが殺されてる)』
『(……小生の代でこんなことになるとはな。ご先祖様に申し訳ない。この隠れ里を捨てなければいけなくなるとはな)』
何を話しているのかわからないが、ゼロの言葉にセェロが嘆くようにして顔を手で覆った。この状況を情けなく思ってるのか、それとも別のことか、それはリルにはわからない。
だけどセェロはすぐに目の前のローケィとビカへ視線を向ける。
『(だが、この落とし前は付けてもらおう。ノーリ。お前は子供たちと組んでローケィを早々に殺せ)』
『(了解じゃ。里長、大丈夫か?)』
『(確かにビカは強い。リュウファほどではないが、かつてはクアラの弟とリュウファの座を争った最高戦力の一つ。王鬼ミコトがここに出張ってこないのであれば、抑えることは難しくない。殺すこともできる)』
何かしら話し合った後、ローケィの前にノーリとゼロ、レイ、シファル、シューニャ。
ビカの前にセェロが立つ。どうやらローケィを先に潰すつもりなのかも。
リルはどうするべきだ。セェロの援護に立つべきか、それともノーリたちの速攻に手を貸すべきか?
迷っていると、あっという間に戦闘が始まった。
「くそ、アタシ様が厄介だからってこれはないでしょ!」
「ローケィ、30秒耐えろ」
ローケィは慌てた様子だったが、ビカは迫ってくるセェロに対して冷静に関節を鳴らしてから、
「30秒でこいつを殺して、そっちに援護に入る」
ビカはセェロとの戦闘を開始する。
5秒、たった5秒の経過だけ。リルの目の前で起きた戦闘は、かつてクウガの戦いを彷彿させる。
リルが見たのはセェロの方だった。というか5秒の間ではセェロの方しか気にすることができない。
セェロがビカへと飛びかかる。疾風の如き速度、さらに地面を蹴り走る音が全くない。
そのままセェロはビカ目掛けて右上段回し蹴りを放つ。一撃で首どころか頭蓋骨を割るだろうことは一瞬で理解できる。
ビカは突っ立ったままだ。だが、一瞬両膝が僅かに曲がる。それだけで体幹を崩さず、紙一重で上段蹴りを躱す。傍目から見れば、動いていないのに蹴りが通り抜けたかのような錯覚。
蹴りが振り抜かれた瞬間、ビカは右の掌底をセェロ目掛けて放つ。膝を曲げていたことで、瞬発力の溜めは十分だったんだ。
さすがにセェロは蹴りを放った直後、躱すことができず掌底を顔面に受けた。
首から上がすっ飛ぶほどの威力をまともに受けた。はず、なのに。
セェロは全く動いていない。まるで壁に向かって掌底を放ったような印象を受けるほどにセェロは微動だにしない。
右の蹴り足の威力をそのまま活かし回転。そのまま回転を直線の力へと変換、右の前蹴りがビカの鳩尾へ深々と刺さる。
ビカは吹き飛び、その顔に苦悶の表情が浮かぶ。セェロの顔には全く傷がない。正面から掌底を、防御も回避も何もなく受けたはずなのに、だ。
リルでも理解できなかった。攻撃を受けたはずなのに影響が見えない。どういう技を使ったのか、全く見抜けなかった……!
「なんだぁ? その技……まるで水の詰まった巨大な革袋に攻撃したような、手応えはあっても傷を負わせられなかった感覚だぞぉ?」
『(殺すつもりで鳩尾を蹴り抜いたのだが。小生の蹴りも衰えたな、ビカ程度の腹筋なら肋を砕いて心臓を破裂させれていただろうに)』
互いに意思疎通ができないもんだがら、お互いに何を言ってるのか全くわからない状態だ。リルも傍目から見て、この二人の会話は一切成り立ってないのがよくわかる。
ふと視線を移せば、ローケィが実質5対1で追い込まれていた。
「ああ! ウザったい!! アタシ様の邪魔をするな!!」
ローケィは左手をかざし、その先に炎の玉を出現させる。あいつがこの里を焼いた魔法師だったのか、と思うと怒りがこみ上げてきそうだ。
しかし、ローケィの手の先にあった炎の玉は音もなく飛来する投げナイフによって、貫かれて消失してしまう。それを見てローケィは驚いていた。
「なんで!? なんで魔法が投げナイフ如きでかき消されるのよ!?」
『(こいつのこの狼狽えた顔、魔法に絶対の自信がある奴か。そういう奴ほど、魔晶石で作った秘伝の投げナイフで揺さぶれば、脆いもんじゃ)』
抜群の精度と速度、威力を兼ね備えたノーリの投擲技術。なんで魔法を消失させることができるのかは、リルにもわからない。
見た感じ、扱っている投げナイフに特別な仕掛けがあるようには見えない。魔字が刻まれてることもないんだ。
……材質が違う? まさか、そういうものが? 魔力に干渉する金属とか?
隙あらばあの投げナイフは回収しとこう。リルはそう思いながら身構える。
そろそろ、リルが戦闘に入るべきかもしれない。
ゼロはノーリと同じくナイフを投げる。こちらはただのナイフでノーリほどの精密さはない。だけど、数が違う。
ノーリが一度に片手で3本のナイフを正確無比、一撃必殺の威力で放つのに対して、ゼロのナイフはなんと片手で5本投げている。どういう技術を使ってるんだろうか。
絶え間なく襲いかかる投げナイフにローケィは風を巻き上がらせナイフを絡め取り防いでいる。しかし、投げナイフのうっとうしさに顔つきは苛立ってるのが良く見える。
『(レイ、儂とゼロの次の投擲で隙を作る)』
『(了解)』
『(シファルは上から、シューニャは後ろへ回り込め)』
『『((わかりました、ノーリ様))』』
ノーリが何やら指示を出しているらしく、他の四人は忠実に連携を取り動いている。
ノーリとゼロが同時に多数の手裏剣を投擲。全く同時のタイミングだ。
同時にレイはローケィの右側から迫る。シファルはそのレイの肩を踏み台にして飛び上がり、シューニャはレイの後ろから気配を殺しつつ、ローケィの後ろへと回り込む。
完璧な連携だ、外から見てるリルですら惚れ惚れとする。傭兵団のみんなでも、ここまでの連携は無理だ。
まるで5人が一つの戦士であるかのような、淀みない動き。
「くそが。本気を出してやるよ」
ローケィが悪態を吐くと、側に落ちていた石を砂と泥ごと左手で掴む。
それに魔力を注ぎながら右手をレイたちの方へと向けた。
あの動作……まさか!?
いや、そんな話は聞いたことがない、けども最悪の予感がよぎる。
リルはすぐに動いた。
白衣の下に仕込んでいた道具袋の中から、昔作って数個確保してある炸裂石を取り出す。
すぐに魔力を流しながら投擲体勢に入り、投げる瞬間に刻んである魔文を起動させた。
本気で投げつけたそれは、寸分違わずローケィの左手に直撃する。
「いてっ?!」
ローケィは左手の痛みに驚いた様子を見せた。
瞬間、炸裂石に仕込まれた効果が発動し、ローケィの左手付近で石が破裂。
弾けた衝撃と破片がローケィの左手をズタズタにする。
「くおっ!?」
あまりの苦痛と衝撃でローケィが苦悶の表情を浮かべながら、手に持っていた砂と石を取り落とす。
が、その砂と石。手の中で変化させられていた。
形を変え、トゲ付きの玉となっていたんだ。
間違いない、こいつ……!!
「魔法師とか言いながら、魔工も使えるのか!?」
リルは驚きながら、ローケィに向かって走り出す。
魔法と魔工、どちらも使える人間なんて聞いたことがない。
魔力を使うことのできる素質のある人そのものが希少であり、6割近くが魔工師となり残りの4割未満が魔法師としての素養を持っているってのが普通だ。
ちなみに数値はリルの主観であってちゃんとした研究記録とかはない。適当である。
だけど、魔法も魔工もどちらも使う人間。
これは今まで、一度も聞いたことがない!
なのにローケィは確かに、手の中で物質の形を変化させていた!
魔工師は物質に魔力を籠めることで、その物質の形を変えることができる。
魔晶石を顔料に変えて魔字とすることで、物質に魔法的な効果を付与することもできる。
魔工師はこの二つの能力を使うんだ。
だからわかる。
魔法と魔工。仲間にアーリウスがいたからこそわかる、魔法の恐ろしさ。
自分自身が魔工を使えるからこそわかる驚異。
どちらも使うローケィは、ここで仕留めなければ必ず後々災害になる!!
『(リルの助力、この好機を逃すな)』
ノーリがぽつり、と何かを言う。ノーリの隣を駆け抜けたときに、戦場は佳境を迎える。
飛び上がっていた双子の片割れが、ローケィの頭上から襲いかかる。手に携えたナイフを逆手に持ち、振り上げている。
ローケィはそれを、痛みに堪えた顔をしながら下がろうとする。上からの脅威に備えた形だ。
だけど、下がろうとしたローケィの手首をレイが掴む。ローケィはレイを驚いた目で見る。
振り払おうと力を込め、ようとしてローケィは片膝を突いていた。
「は?」
レイは掴んだローケィの手首を、少し動かしただけ。
なのにローケィはまるで振り払おうとした自分の勢いが崩れたような形となる。
急いで立ち上がろうとしたローケィの太もも、肩にゼロの投げナイフが突き刺さる。
「うぐ!」
鮮血が飛び散り、ローケィの顔に苦悶が浮かんだ。
『(馬鹿もん。首を狙え)』
『(すまん、親父殿)』
ノーリの短い言葉に、ゼロが返事をした。内容は相変わらずわからない。
瞬間、ノーリとゼロは同時に投げナイフを放っていた。その動きは見えた。
ローケィの顔に、明らかな焦りが。当たり前だ、このままだと殺されるんだから。
ローケィはズタズタになった左手と、レイに掴まれたままの右手に魔力を籠める。魔法か、魔工か。どちらを使うのか、それとも同時に使うのか。
させない。リルはさらに地を駆けローケィへと迫る。躊躇していたら間に合わない!
ローケィはレイの方を視線だけで見て、笑みを浮かべる。右手に僅かな炎が爆ぜる。
右手を風の防壁で守りながら、炎を爆発させてレイの腕を吹っ飛ばそうとしているのかもしれない。同時に左手には風が渦巻いている。投げナイフをそれで防ぐつもりか。
ここからだとまだ援護には入れない。ノーリとゼロの投げナイフも、ほんの僅かな時間だけど……間に合わないっ。
だけどレイは掴んだ手を離さず、むしろ力強く握る。
ゴキン。
バンっ!!
骨が砕ける音と爆発の音が、重なった。
爆発の余波で吹き飛ばされたレイだけど、冷静な顔のまま。だけど手は血まみれで皮と爪が吹っ飛んでおびただしい量の血が地面にしたたり落ちる。
ローケィはさらに苦悶の表情を、いや、もはや痛みが我慢できないほどの苦痛まみれの顔になっていた。
ローケィの掴まれていた右手が、曲がってはいけないほどの可動域まで曲げられて、手首を砕かれている。
痛みでのけぞったことでノーリとゼロの投げナイフは、首を掠めるだけに留まる。
だけど残りの四本は脇腹、太もも、肩、横っ腹に突き立つ。
ローケィの目が痛みと放心状態で上へ向く。
すぐそこには、上から迫るシファルの姿がある。握られた刃物がローケィの眉間に突き刺さる直前。
瞬間、ローケィの目に光が戻る。一瞬にして指向操作を全部に無視した暴風が周囲に吹き荒れる。
シファルが吹き飛ばされ、地面を転がりながら体勢を戻していく。
リルもその暴風によって後退させられる。くそ、間合いが離れてしまったっ。
「舐めるなよ、くそ、どもぉ!!」
ローケィは口から血を流しながら咆吼を上げる。
刺さっていたナイフを乱暴に抜き捨て、そこから血が溢れて零れる。
「アタシ様、は、天才なんだ!! 天才のアタシ様が、こんなところで死ぬかぁ!」
ローケィは乱暴に魔力を練り上げていく。魔法や魔工による自爆を防ぐことも考えてない、周辺全てを吹き飛ばすのが見てわかった。
「お前ら全部、殺してやる!!」
こちらに向けてローケィは両手を向けてくる。すぐにわかる、自爆覚悟で構わず魔法を発動させるつもりだ。
再びリルはローケィへと走る。ここら辺が全て吹っ飛ぶ魔法なんて、ほっといたら死ぬ!
走る。走る。必死に走る。
止めるために走るが、間に合わない!
ノーリとゼロが投げナイフを準備するけど、僅かに間に合わない。
走れ、リル! 接近できれば、なんとか!
だけどローケィの両手が発光し火花を激しく散らしていく。もうダメか!
「あははは! みんな死んでしま――」
『(死んでね)』
ローケィの首に後ろから刃物が当てられ、す、と引かれた。
深く深く首が切り裂かれ、ローケィの目から光が消えていく。出血が止まらず、体がぐらついていく。
だけど魔法が暴発しそうだ。だけど、間に合う。
リルは両手に魔力を込め、ローケィの体を地面に押し倒す。
倒れたときに地面に触れて魔力をあるだけ全て注ぎ込み、、ローケィの体を地面の中に埋めていく。何も考えずに全力でやったので、ローケィの体があっと言う間に地面深くへ。
間に合ったか、と思った瞬間にローケィの魔法が発動。
地面の下で爆発が起き、リルの体が宙空に投げ出される。浮遊感があり、頭の中が空っぽになる。
「うわあああぁぁああ」
気の抜けた悲鳴と共に落下へと変わる。ヤバい、地面に叩きつけられる。
だけど、そこをゼロに受けとめられた。地面に叩きつけられずに済んだが、まさかゼロに助けられるとは。
「あ、ありがと」
『(よくあいつの爆発を防いだ。その借りを返すぞ)』
なんかお礼を言われたような言われてないような気がするけど、ゼロに下ろされる。
体に怪我はない。爆発はしたけど埋めたから大丈夫だったのか。
それにしたって体中泥だらけ……困った。
「くそっ、手強い」
『(思ったより大したことないな、こいつ。小生、時間稼ぎしなくてもいいか)』
セェロとビカの戦いも佳境を迎えつつある。二人とも互角の体術で戦い続けている。
どうするべきか、と思った瞬間に森の方からさらに鬨の声が響く。
森の奥から、さらに大人数の兵士が走ってきていた。
無理だ。
見える範囲だけでも30人以上、声の大きさと迫力からして100人以上いるのがわかる。
こんな戦力差では、どうしようも。
「……ローケィが死んだか。三鬼一魔の将の一人が、情けない」
兵士たちが不自然にリルたちを避けながら里へと行く。
兵士たちの中から、一人の女性が現れた。
その女性は、シュリ以外で初めて見た黒髪で、縛らずに背中に流したロングヘアーだ。
艶やかな黒髪が太陽に反射している。手入れはちゃんとしているんだな。凜として綺麗な目つき、整った鼻筋、控えめで綺麗な朱色の唇の美人で目を引く。
動きやすさを重視した朱漆の胸当てに防具の垂れのような防具に白い胴着、金糸の装飾が施された紺色の襦袢と黒色の足袋を履いている。
圧巻なのは薙刀だ。柄も、刃も、太く、重く、大きい。人間が振るうものとは思えないほどだ。長さも尋常ではない。
女性は爆発跡を見てから、唾棄するように言った。
「ギィブ様に選ばれた身分で……仕方が無い、その後始末をするか」
ぶん、と薙刀を振るう。
とんでもない威力なのは、武器を振るって起こる風がリルに伝わってくる時点でわかる。
どうする、隊長格がもう一人か。どうすべきだ?
女性はこちらを一瞥してから、薙刀を肩に担いで構えた。
「王鬼ミコト、推して参る。全員死ね」




