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惜別

 王族の食事室の隣室には談話室を設けている。

 夕食が終わると、家族水入らずの一時を過ごすのが日課だ。

 ロベルトのタルタロゼル行きを二月後に控え、子供たちの中に溶け込む一時は、眩く愛おしい。

 過行く時を思うからこそ、手放すのが惜しくなる。

 どれだけ望もうと止まることのない時間が、一日一日と過ぎてゆく。

 ルティシアは侍女に手伝ってもらいながらガーネットの世話をし、合間にロベルトの紋章の刺繍を進めている。一針一針、想いを込めて。

 それをアージェスは邪魔にならないからと、執務室の椅子に座らせてさせた。

 

「父上ばかり母上を独り占めにしてずるーい」


 リシャウェルとマルクスがやってきて不満を言う。


「お前たちも遠慮なくここへ来れば良い」


「やったぁ!」


 マルクスが歓喜の声を上げて、ルティシアを挟んでリシャウェルと座る。

 母の手にある刺繍されている鷹の顔を覗き見て、リシャウェルが感心する。


「カッコイイっ!」

「本当だ、カッコイイね」


「ロベルトのマントの紋章よ」


「紋章って何?」


「一人一人が誰だか分かるようにする為のものよ。リシャウェルもマルクスも、大人になったらお父上からもらえるわよ」


「へぇーそうなんだ。僕もカッコイイ紋章が良いな。でも、ロベルト兄上はまだ子供だよ」


「ロベルトは大人になる前に隣国に行ってしまうから、お父上が特別に作られたのよ」


 二人の子供たちも、既にロベルトがタルタロゼルに行くことを知っている。


「そうなんだ。そう言えばロベルト兄上が隣の国へ行く、って喜んでたよ」


「ロベルトは強い子ね」


「すぐにどこかへ行っちゃうけどね」


 マルクスが言いながら笑った。

 それには、ルティシアもふっ、と笑いを漏らした。


「母上、僕も大人になって父上から紋章をもらったら刺繍してもらえますか?」


「ぼくも、ぼくも」


 リシャウェルが強請ると、マルクスもせがんだ。


「ええ、もちろんよ」 


 ルティシアは刺繍する手を止めて、二人の子に目を向けて微笑んだ。子供たちに何かしてあげられることが嬉しかった。

 


 夜になり私室で寝衣に着替えると、長椅子に座って刺繍の続きをする。

 しばらくすると、同じく寝衣にガウンを羽織ったアージェスがやってくる。


「まだ日はある。あまり根をつめるなよ」


 刺繍した鷹の縫い目をそっと撫でて目を伏せる。


「落ち着かなくて」


 隣に座ったアージェスの太い腕が、ルティシアの華奢な肩を抱き寄せる。


「五年だ。必ず五年で帰国できるよう調整する。それまで耐えてくれ」


「はい」


 ルティシアは針の刺さった布をテーブルに置いて、アージェスの胸に頬を寄せ抱きしめ合った。


「ロベルトが辛い思いをしないか心配で」


「タルタロゼルからも王子が来る。ロベルトだけを行かせるわけじゃない。心配はないさ。タルタロゼルから来る王子もまだ子供だ。我が息子達と一緒に分け隔てなく接してやろう。相手の王子もさぞ不安だろうからな」


「そうですね」  



    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 旅立ちの日、正装に母のルティシアが刺繍した鷹の紋章が入ったマントを羽織ると、ロベルトはセレスの息子のポトスを伴ない、家臣が集う城の広場にやってきた。

 父王と傍に立つ母。その横には兄弟がいる。

 

「しっかり学び、武芸に励んで、成長して帰ってこい」


「はい、父上。このロベルト、タルタロゼルでお役目を果たし、必ずや無事に帰還してまいります」


「良い覚悟だ」


「ポトス、ロベルトを頼むぞ」


「承知致しました」 


 控えている均整の取れた体格に精悍な顔つきの青年が、片膝をつき顔を上げると、頭を垂れる。


 ルティシアがロベルトを抱きしめる。ふわりと甘い香りがロベルトの鼻腔を掠め、忘れまいと母の匂いを覚えた。


「母上、マントに紋章の刺繍をしてくださりありがとうございます。大切にします」


 結い上げた母の黒髪がコクリと頷いて、ロベルトの頭を撫でる。


「どこにいてもあなたの幸せを祈っているわ。身体を大切にするのよ」


「はい、母上」


「手紙を書きますね」


「母上僕もお返事を書きます」


 ロベルトが母を抱きしめ返す。惜し気に離れた母の目元には涙が光っていた。ポトスに促されて馬車に乗り込む。僅か数か月しか過ごせなかった城を後に、車窓から乗り出して、父母と兄弟を見えなくなるまで目で追っていた。知らない国へ行く期待感と、家族からの惜別。寂しくないと言えば嘘になる。懐から青い鳥の刺繍を取り出して見つめた。

 

「殿下、お寂しいですか?」


 青い鳥の刺繍を懐にしまうと、ロベルトは笑った。


「全然、平気だよ。それよりも、タルタロゼルがどんな国か楽しみだ」


(そうだ。いつも前を向いていれば、新しい発見がある。大いに楽しんでやろうじゃないか)


「それなら宜しいのですが」


 一緒に馬車に乗っているポトスが、無表情で応えた。

 

 空はどこまでも青く遠く澄んでいる。まるでロベルトの旅立ちを祝福しているかのように、太陽が燦然と輝いていた。




後日譚完結です。

最後まで読んで下さりありがとうございます。

これまで沢山のいいね、や、評価、ブックマークの登録をして下さりありがとうございます。

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