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第31話 俺のお姫様

 壇上の国王一家を前に、広間に集う全ての者達が、波打つように頭を垂れていく。

 ベルドール王の威光を映す光景に、シャーリーを始め息子らが目を見張った。 

 静まり返る中、アージェスの口上が響き渡る。


「皆の者待たせたな。ここにいるのが余とルティシアの正真正銘の我が息子達だ。子供らよ、シャーリーから順に挨拶せよ」


 アージェスは振り返ると、息子たちを促した。

 顔を引き締めた長男のシャーリーから順に、ロベルト、リシャウェル、マルクスと立ち上がって挨拶をする。


「まだまだ幼く未熟だが宜しく頼む」


 ははっ、とその場にいた家臣らが傅いて応えた。

 それが終わると諸国からの大使、国内の重臣、貴族へと順に訪れる招待客らと挨拶を交わした。


「あっ、ロベルト兄上がいない」

「兄上ならおしっこだよ。帰ってこないねぇ、どうしたんだろう?」


 一通り挨拶が終わったところで、リシャウェルが父母の席を挟んで反対側の末席が空いていることに気づいた。

 長い謁見にマルクスが、落ち着きを失って足をぶらぶらさせて答えた。 

 そこへ今や王室近衛隊長となったローガンが、アージェスの元に駆け寄ってくる。


「申し上げます、閑所へ入られたロベルト王子を見失いました。申し訳ございません。急ぎお捜ししております」 


 隣席で聞いていた長兄のシャーリーが額に手を当てて天を仰ぎ、控えているセレスが眉間に皺を寄せて渋面になる。


「ふっ、くっくっくっくっ、あはははははっ」


 堪えきれず、アージェスは腹を抱えて爆笑し、足元でローガンが一層頭を垂れた。


「申し訳ございません、まさか初登城で、しかも夜に抜け出されるとは思いもよらず、油断しておりました」


「ふっ、さすがは俺の息子だ。噂に違わぬ暴れ馬ではないか、セレスよ」


「はい、お育てした私もエミーナも随分手を焼かされました」


「だったら、もっと早く教えといてくれよっ」


 好奇心旺盛な王子、とだけはローガンにも事前に知らせていた。部下にも警戒はさせていただろうが、所詮はまだ子供とどこかで高を括っていたらしい。

 想定外の予期せぬ事態にローガンが、友人兼元上司を恨めしげに睨む。


「すまん、忘れてた。俺の部下も貸すから許せ」


「そりゃ助かる」


 向き直ってアージェスに一礼すると、ローガンとセレスはそれぞれの部下に指示を出しにいく。

 すぐ隣を見れば、ルティシアが不安げな顔をしていた。

 アージェスは安心させるように額に口づける。


「心配ない、俺も子供時代はそうだった。それに優秀な家臣がいるんだ、任せてりゃいい」

 

 アージェスは椅子から離れると、同じく立ち上がったリシャウェルとマルクスを両腕に抱き上げた。


「明日は遊んでやる」 


「やったね、兄上」


 父の腕の上で二人が目を見合わせて嬉しそうに笑いあう。


「くったくたに疲れるぐらい遊んでやる。だから今日は早めに寝ろよ」


「はーい」


「その代わり母上を借りるぞ」


 マルクスがむうと不満そうに口を尖らせた。


「いいですけど、寝るときには返してくださいね」とリシャウェル。

 

 幼い息子二人を相手にアージェスは真面目腐って言ってやる。


「息子達よ、よく聞け。そなたらは王子である前に立派な男にならねばならん。いつまでも母に添い寝などしてもらっていてどうする。笑われたいのか」


「うっく」


 マルクスが目に涙を溜めながら、ふるふると髪を揺らして首を振った。


「いい子だ、立派な男になれよ」

「はい、父上」 


 父譲りの青い四っつの瞳を見つめて言い聞かせると、子供達を腕から下ろした。

 やり取りを傍で聞いているルティシアが、嬉しそうに微笑んでいた。

 幸せそうな笑みを見ているだけで、釣られて笑顔にさせられる。

 白い頬に手を添え、額に口づけると、大人しく眠る天使を今一度覗き込んだ。

 相手をしたい愛しい者達が多すぎて、体一つでは足りない。


(上の息子から順に相手をしてからだな)


 溺愛まっしぐらの予感に内心で苦笑する。


(だがまずは……)


 壁際で控えている侍女のファーミアを呼ぶと、ガーネットを預からせた。


 娘を頻繁に取り上げられるルティシアは、怪訝な表情になる。


(母親の顔も良いのだが、そろそろ女に戻って欲しい。俺だけの女に)

 

「行こうか」


 耳元で、優しく甘く誘惑すると、戸惑いを見せる真紅のドレス姿を両腕に納めた。


「シャーリー、後は頼んだぞ」


「ち、父上っ、何処へ向かわれるのですっ?」


 広間には依然、大勢の招待客らがいる。

 彼らを残して主催者たる王が何を言ってるのかと、長男が慌てて腰を浮かせた。


「無粋なことを聞くな。俺のお姫様がやっと王妃になってくれるというんだ。寝台に向かわずして、どこへ行こうと言うんだ」


 周囲で聞いていた重臣や古い友人らが、一体何歳なんだと言わんばかりに呆れている。

 初心な息子が真っ赤になって、それでも負けじと反論する。


「今日の主役は僕たちじゃなかったんですかっ」


「無論だ。ゆえにお前達がいれば事足りるではないか」


 息子は父の身勝手さに顔を引きつらせ、せめてものの反撃を繰り出してくる。


「承知しました。随分我慢なさっていたようですから、どうぞお好きになさって下さい。その代わり、僕にも母上とゆっくりお話しする機会はきっちりいただきますからね」


「承知した」


 しかたがないとシャーリーは肩をすくめた。

 頼むぞ、と宰相に言い残すと、一同が呆気に取られる中広間を後にする。

 腕の中でルティシアが萎縮していた。二度目の求婚のときは白い顔で当惑しているようだったが、同じ状況でも今は頬を赤らめて恥ずかしげにしているだけだった。



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