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第24話 悲しき母の切望 2

 翌朝、朝食後、談話室で寛ぐルティシアの元に、セレスやってきた。廊下には部屋に向かって複数の足音が聞こえてくる。

 子供たちは散り散りになっているであろうと想像していた。当然こちらから会いに行くものと考えてい たのだが、セレスはわずかな時間で子供たちを連れてきたのか、再会はあまりにも唐突だった。

 高く響く小さな足音が部屋に近づく。

 鼓動が高鳴り、膝に置いた手でドレスの裾を掴んだ。

 部屋の扉が叩かれエミーナが開いた。


 現れたのは、ロベルトとリシャウェル、マルクスの三人だった。 


「え?」


 先刻まで食事室で会話をしていただけに、ルティシアは息が止まりそうになった。


「リシャウェルです、母上」


「兄のロベルトです」


「マルクスだよ」


 年長のロベルトが名乗るとルティシアに近づき、頬に口づけた。


「……あ、あなた達が?」


「正真正銘、あなたがお生みになられたお子たちです」


 セレスが断言した。

 

「僕、証拠を持ってるよ。はーい」

 

 マルクスがそう言ってなにやら布をルティシアの手に持たせる。


「母上、僕も持ってますよ」

「僕もだよ」


 リシャウェルとロベルトが、布が置かれた手に、同じような大きさの布をそれぞれが乗せてくる。


「うわぁ、やめてよっ。僕のがどれかわからなくなるじゃない」

「裏側を見れば大丈夫だよ。マルクスのは口ばしのところに青い糸が飛び出してるやつだろ。僕のは足のところの糸が浮いてるやつだよ。リシャウェルのは羽のところに大きな結び目ができてる」

「わあ、本当だ」

「へぇ、同じじゃないんだぁ」


 そこには、刺繍された青い鳥が描かれている。


「あ、青い鳥……」


「そうだよ。母上が僕達の幸せをお月様にお願いしてくれたんでしょう?」


「ど、どうしてそれを……?」


 ルティシアは子供を身篭るたびに、青い鳥を刺繍しては、月明かりの降り注ぐ庭に埋めてきた。


「申し訳ありません、ルティシア様。私が掘り返して、陛下にお渡ししていたのです」


 ファーミアが泣いて謝罪した。


「へ……へい……か……に」


 ファーミアは初めて出会ったときからルティシアを見ても嫌な顔をせず、快く傍にいてくれた。いつだってルティシアの味方でいてくれた。そのファーミアに王には黙っていて欲しいと頼んでいたのだ。土に埋めるルティシアに、ファーミアはせっかく刺繍したのにもったいないと言って、不満そうにしていた。だがまさか、一度埋めたものを密かに掘り返していたとは。

 しかも、それを陛下に渡し、陛下が子供達の手に持たせるとは。


(どうしてそんなことを……。

 ファーミアも、アージェス様も)

 

 ただ、幸せになってもらいたい一心で刺繍した。

 

「ごめんなさい。そんなことしかできなくて、なのに今更母親だなんて……ごめんなさいっ。許してもらおうなんて思っていないの。恨まれてもいいから、どうしても、どうしてもあなた達に会いたくて、会いたくて。ごめんなさい」


「母上……」 

「泣かないで母上」

「母上」 


 俯いて声と手を震わせ、涙を流すルティシアに、三人の息子達がひしと抱きついてくる。


(ああ、こんな母なのに……)


 触れ合う温もりと確かな存在。

 身を引き裂かれるような思いで、何度も何度も、不幸にするからと己に言い聞かせて手放した日が蘇ってくる。

 泣き濡れるルティシアは、申し訳なさで頭を下げられる限り下げた。


「……ごめんなさい。こんな母でごめんなさい」


「母上っ、母上っ」


 母を労わるように三人の子供達が呼ぶ。


「僕達なら大丈夫だよ」


 そう言ってロベルトがルティシアの身体を起こさせると、頬に口づけた。


「仲直りの印だよ。許してあげるから母上も僕のほっぺにキスして」


 ルティシアの手を掴むと、自分の頬に宛てる。

 強引なところが父親に似ていて、ルティシアの頬が思わず緩む。

 促されて、ルティシアはロベルトの頬に口づけた。

 僕も僕もとせがまれて、リシャウェルとマルクスの頬にも口づけた。

 これで許されるとは思っていないけれど、それでも明るく無邪気な子供達に、苦しい胸の内が和らいでいく。

 

 それにしても、まさかこんなにも身近にいるとは思いもしなかった。



「孤児院に入れられなかったのですか?」


「親友の子を孤児院になど入れられません。例え、怒りをかい、裏切り者と謗られたとしても、私にはそんな薄情なことはできなかった」


 ルティシアは両手で顔を覆った。

 奇跡だ。こんな奇跡はない。


「ああ、お二人に育ててもらえていたなんて、なんてこの子達は幸せなのかしら。なんと、なんとお礼を言ったらいいのか」


 エミーナが歩み寄ってルティシアを抱きしめる。


「あなたの気持ちは充分伝わっているわよ。私もこの子達をあなたに会わせられる日が来て、どんなに嬉しいか。信じていたのよ。あなたがいつか自分から言い出してくれるのを。でもこれだけは言わせて、この子達の幸せは、本当の親であるあなたの元にいることなのよ。大丈夫。今からでも遅くない。この子達の幸せを願ったあなたはこの子達の立派な母上よ。胸を張って。今度は必ず、この子達があなたを守ってくれるから」


「うん、任せてよ。僕が母上を守ってあげる」

「僕も、僕も」


 ロベルトが言うと、リシャウェルとマルクスも応えた。



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