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第22話 賑やかなお出迎え

「ごめんなさいね、我が家の恒例行事に付き合わせちゃって」


 揺れる馬車の中、エミーナが謝った。

 ルティシアは妊娠九ヶ月に入り状態が安定し、侍女と料理番、主治医まで連れて十数年ぶりに屋敷を離れた。

 エミーナの世話になるようにと言われ、王都にあるアルドリス邸へ行くものと思っていたのだが、恒例行事とやらの時期に重なったらしく、ルティシアも同行することになった。


「いいえ、こちらの方が無理ばかり言っているのだもの、気にしないで」


「あなたなら、そう言ってくれると思ったわ。場所は王都から馬車で二時間ほどよ。こまめに休憩を挟むけど、辛くなったら無理せずに言ってね」


 馬車に乗るのはこれが三度目だ。

 一度目は生家であるメリエールの屋敷から、戦利品として王宮に向かう時だ。忘れもしないあの長い旅路は、ルティシアにとって、重苦しく、処刑台に向かうような死を覚悟する道のりだった。座った椅子には布も敷かれておらず、馬車が揺れるたびにお尻が痛くなったものだ。

 

 ルティシアは座っている椅子を撫でた。

 中に綿がぎっしり詰め込まれ、ほど良い硬さと柔らかさがあり、馬車が揺れても全くお尻が痛くない。

 外装はごく普通の馬車だが、内装は白塗りで窓には白いカーテンが付けられ、椅子は天鵞絨張りで手触りが良く、丁度良い硬さで豪奢だ。

 二度目に乗った馬車も同じような仕様のものだった。アージェスに婚約を解消されて、王宮から森中の屋敷へ移った時だ。

 もしかすると、王が用意してくれた馬車なのかも知れない。

 誰も、何もいわないけれど、そんな気がした。


 本当は分かっている。

 アージェスがルティシアをどれほど大切に思ってくれているのか。

 人も、物も、ルティシアのために、どれほど過ごしやすい環境を整えてくれているか。

 会わなくなって一月。

 少しは冷静に考えられるようになった。

 強くなりたい、そう思うようになった。

 母として、何より尽くしてくれる彼の為に。


(私もエミーナのように強くなりたい)


「ええ、ありがとう。とても座り心地の良い馬車だから、大丈夫だと思うわ……でも私なんかが同行しても邪魔にならないかしら?」


「その点なら心配御無用よ。ちょっと行くのに時間がかかるのがたまに傷なんだけど、寧ろうちの屋敷より広いし、快適よ。しかも、そこのお風呂、温泉が出るんだから最高よ」


「お、温泉ですか?」


 隣にいるファーミアが、嬉しそうな声を上げた。


「そうよ。お肌にすっごく良いんだから。妊婦さんの疲れも取ってくれるし、きっとよく眠れるわ」


 気の合う人たちと馬車に乗って目的地を目指し、着いた先でお風呂に入って疲れを取る。まるで冒険の物語を聞かされているようで、ルティシアの胸はこれまでに感じたこともないような、ふわふわとした期待感に膨らんだ。




「騎士がいっぱいきたーっ! あにうえっ、なんで、なんでっ?」

「僕に聞かれたって知らないよ」

「きっと偉い人が馬車に乗ってるんだよ」

「良いこと思いついた」 

「え? なに? ……うんうん、それいい、それいい、そうしようっ!」


 目的地に近づいてきたらしく、子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。


「元気なお子様たちですね」


「自慢のやんちゃ坊主達よ。さあ、着いたわよ」


 エミーナの声に、ピクっと顔を強張らせた。幼い頃から人と会うたびに嫌悪され、バーバラに襲われたことがきっかけで、ふとしたことから発作が起きるようになった。

 それは、どれだけ冷静になろうと、強くなろうとしたところで容赦なく押し寄せる。

 予期していたルティシアは、深く考えないようにしていた。しかし、いざ直面するとそうもいかない。

 エミーナもファーミアもいる。大丈夫だと鼓舞しながらも、これから会うアルドリス家の子供達や家人のことを考えると、不安に駆られた。

 

(また、悪魔と呼ばれたら……)


「はぁ……はぁ」


 指先が急速に冷えて震えだす。


 ガタッ!


「まっ」


 待ってという間もなく、動きを止めた馬車の扉が開かれ、子供たちが乗り込んでくる。


「ようこそ、ガーネット城へっ!」


 幼い子供達の無邪気な笑顔にルティシアは面食らった。


「こらこら、勝手に乗り込んできちゃだめでしょうっ! 失礼ですよ、謝りなさいっ」


「ごめんなさーい。ぼくね、ぼくね、マルクス」

「ごめんなさい。僕はリシャウェルです」

「はじめまして、僕は、マルクスとリシャウェルの兄のロベルトです。お客様が来ると聞いて嬉しくて。失礼なことをしてごめんなさい」

「あにうえ、あにうえ、とってもキレイな人だね」

 

 驚いているのもお構いなしに、座るルティシアの前を壁のように囲んで早々に自己紹介をはじめた。最年少のマルクスと名乗った幼児が、兄に声を潜めて嬉しそうにはしゃいでいる。


「あ、あの、気にしないでください。わ、わたくしはルティシアと申します」


 戸惑いながらも辛うじて答えると、エミーナが噴出して笑う。


「やだ、そんなにかしこまらないで。ごめんなさいね、驚かせちゃって」


「だ、大丈夫よ」


「母上、ルティシア様をご案内しても宜しいですか?」


「そうね。お疲れになられているから、お部屋で休んでいただいた方がいいわね。でもその前にまずは馬車から降りましょうね」


 そう言って、子供達を促して先に馬車から降りさせる。


「ルティシア、疲れたでしょう? 部屋まで運ばせるわね。オリオン、お願い」


「承知しました」


 長時間馬車に乗っていたため、重いお腹が張って胸も少し苦しい。五度目の出産だ。この時期の無理が早産を招くことも良く知っている。

 オリオンが来て、ルティシアを抱き上げた。

 馬車から降りると、熱気の篭もっていた狭い空間から、一変して圧迫感が消え、爽やかな風がルティシアの頬を撫でていく。目の前には大きな門があり、広い庭に奥には小規模の白亜の優美な城が佇んでいた。

 離れたところに幾人かの人々が出迎え、その中から近づいてくる者がいる。


「お待ちしておりました、ルティシア様……」

「家令のロブだよ」

「マルクス、邪魔しちゃだめだよ」

「はい、お世話をさせていただきます。他の者達は使用人です。何なりとお申し付け下さい」

 

 ルティシアを抱き上げるオリオンの前にいたのは、案内役の一人だ。マルクスが家令の言葉を遮るように勝手に紹介し、兄にたしなめられていた。家令は慣れた様子で気を取り直して付け加えた。


 締まりのないちぐはぐなやり取りがおかしくて笑みがこぼれる。

 彼らはルティシアを見ても嫌な顔一つせず、にこやかに出迎えてくれた。


「宜しくお願いします」


「城内の案内は体調が安定してからにするわね」


「ええ、ありがとう……」


 エミーナはさらりと言っていたが、そこが城だと聞いていなかったルティシアは戸惑う。

 門を潜ると、花々が咲き誇る美しい庭園を突き進み、その奥にある建物の中へと入る。

 城に入ると大理石の床のダンスホールがあり、天井が高くシャンデリアが煌き、吹き抜けになっていた。壁も全て大理石で造られ、両側には二階に繋がる階段が壁沿いに弧を描くようにあり、紅い絨毯んが敷かれている。二階にはいくつかの部屋があり、中央に上階へと上がる階段が続く。三階には一つだけしか部屋はなかった。白い両扉があり、扉の上の壁には『紅玉の間』と彫られた金のプレートがあった。

 ルティシアは怪訝にそのプレートを見つめる。

 その間に、家令のロブが金の取っ手を掴んで扉を開いた。広い部屋には白い調度品が置かれ、部屋の中央には大きな天幕付きの白い寝台が鎮座していた。

  

「ここは主寝室じゃ……」


 困惑している間に、寝台の上に丁重に下ろされた。

 早々に荷物が運び込まれ、オリオンが退室する。ルティシアの質問は子供たちの喧騒にかき消され、エミーナがいつまでも部屋にいる子供達を追い出した。

 

「少し顔色が悪いわね」


 エミーナがルティシアの近くに腰掛けて、頬を撫でた。


「休めば大丈夫よ。……ここお城でしょ?主寝室に私がいても大丈夫なの?」


 エミーナは微笑んだ。


「大丈夫よ。言うと、あなたが身構えるんじゃないかと思って黙っていたの。ここはね、うちの旦那が古い友人から預かって管理しているお城なの。それで三ヶ月に一度、清掃兼温泉旅行に来させてもらっているのよ。もちろん、このお部屋はもう先に掃除を済ませているから綺麗よ」

 

「あ、あの、私、狭いお部屋が好きなの。だから……」


「悪いけど、あなたが使うお部屋はここって決まってるの。我慢してください」


「は、はい」


 世話になる身だ。問答無用で言い切られては引き下がるしかない。


「ルティシア様、着替えて診察してもらいましょう」 


 戸惑う間にもファーミアがルティシアの衣服を緩めていく。

 慣れない場所で、しかも初めて会う人々がいる中で、ルティシアは不安を感じながらも、お腹の子を守る為と、深く考えるのはやめた。



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