第93話 緊急避難
俺達は上空のヘリコプターに確認されぬよう、手摺より下にしゃがみ込んでマンションの上を目指す。最上階にたどり着くと通路にはゾンビが居なかった。俺がヤマザキに言う。
「ヘリはどこだ?」
ヘリはこの周辺をくまなく飛んでいるようだが、今の位置が正確に把握できなかった。これが魔獣や龍なら気配で感知で来る。しかし上空のヘリが遠ざかれば人間の気配は掴みづらい。
「音からすると距離はあいたようだが、双眼鏡を使っている場合もある。タイミングが悪ければ見つかる可能性はあるぞ」
「わかった。とにかくついて来てくれ! 頭を出すなよ」
皆が四つん這いになったり、しゃがみながら進むので動きが遅い。俺が一番後ろのタケルを見ると銃を掲げて問題ないと告げて来る。
気配感知で探るとゾンビの居ない部屋があった。俺はそのドアの前まで進む。
「この部屋にゾンビはいない、ヘリの死角になった時に入るか」
俺はしゃがみ込みながらドアの取っ手に手をかける。だが鍵がかかっており開かなかった。
「鍵がかかっている」
「壊すか?」
「だが進入してから鍵をかけられなくなるのはマズい」
それを聞いた最後尾のタケルが言った。
「他に開くとこ無いか?」
「調べよう」
そして俺は手摺から頭を出さぬようにしながら、ドアのノブを回していく。すると一カ所ドアノブが回った。
「ここが開いたぞ」
「中にゾンビは?」
「いる。片付けるしかあるまい」
皆がコクリと頷いた。するとタケルが言う。
「まて、ヘリの音が大きくなってきた」
皆が息を潜めて通路の手すりに隠れた。俺の後ではアオイが震えている。
「アオイ、心配するな。俺がすべてを解決する」
「うん」
アオイが泣きそうな目で俺の袖にしがみつく。ヤマザキが言った。
「行ったぞ」
俺がドアノブを回し皆に告げる。
「皆はここで待て」
ドアを手早く開いて俺が中に入ると奥に二体のゾンビがいた。初老の男と若い女のゾンビだった。すぐさま脳天を貫いて大人しくさせる。そしてそれを風呂場に持って行き、浴槽に入れようと蓋を開る。だが汚れた水が入っていたので栓を抜いた。そのまま浴槽を離れて玄関に行き少しだけドアを開いた。
「ヘリは?」
「今は遠ざかっているようだ」
「アオイ!来い! 他も続け」
四つん這いになりながらアオイとヤマザキ、ユリナ、マナが入って来た。すると表からドアが押されて閉められた。ヘリの音が大きくなって来る。
「気づかれたか?」
「どうだろう…」
俺達が耳を澄ましているとヘリの音は遠ざかって行ったが、通路の反対側から来るゾンビの気配を感じ取る。
「まずい」
すぐにドアを開けると、皆が慌てて次々に中に入って来た。最後のタケルが入った時、追いついたゾンビがドアから入り込もうとしたので、俺は剣で脳天を貫いてゾンビを倒す。するとヘリの音が再び聞こえて来たので、すぐさま扉を閉じて鍵を閉めた。
「焦ったぜ!」
「危なかったな」
「銃を使うか迷ったぞ」
「まずは奥に。あと、風呂場は誰も開けるな、そこに死骸がある」
皆が青い顔で頷いた。俺は風呂場に入り込み、水の抜けた浴槽にゾンビを放り込んで蓋をしめる。風呂場から出て来て皆に聞いた。
「怪我は無いか?」
「大丈夫だ」
「私も!」
「俺もだ」
どうやら全員無傷だった。俺はそれを聞いて一息つく。皆は廊下にぎゅうぎゅうになって座り込んでいた。ドアの方にいるヤマザキに言う。
「奥の部屋はカーテンがしまっていた。入っても大丈夫だ」
「わかった」
そしてヤマザキがドアを開けて部屋に入ると、皆がそれに続いて中に入って行った。
「女の人の部屋のようね」
マナが言う。
「そうだ。ゾンビの一体は若い女だった。もう一体は中年の男だ」
まだ微かにヘリコプターの音は聞こえているが、少しずつ遠ざかっているようだった。まだ行ったり来たりしているものの、音が少しずつ小さくなって行く。
ミオが言った。
「行ったかな?」
「どうだろう?」
「どうするの?」
するとヤマザキが代わりに答える。
「まだ油断は出来ないだろう。いつ戻ってきてもおかしくはないし、バスを動かすとなるとかなりのリスクが生じるぞ」
「ならばしばらく様子を見るしかないだろう」
「ああ」
皆が一安心したのかその場に腰かける。俺は立ち上がって他の部屋も見回る事にした。廊下に出て隣りの部屋の扉を開けると、どうやらそこは寝室になっているようだ。閉めきられていたためか、荒らされた様子は無い。だが他には部屋が無いようで、俺達十人が過ごすには手狭かもしれなかった。
俺が部屋に戻ると、皆が静かに聞き耳を立てている。
「ヘリの音は遠ざかったようだぞ」
「たぶん俺達には気付いてねえんじゃねえか?」
「どうだろうな」
「飛び方からして、ここを特定した雰囲気では無かった気がするけどな」
「まあ、そうだな」
その時、ぐうっとアオイのお腹が鳴った。
「腹が減ったか?」
「うん。でも大丈夫」
タケルが言う。
「家探しして見ようぜ。なにか食いもんがあるかもしれねえ」
そして皆が立ち上がり、冷蔵庫や戸棚を開け始める。
「えっ、意外に飲み物はいっぱいある」
冷蔵庫の中には各種の飲み物が入っていた。
「でも、自炊はほとんどしてない感じね。食材がほとんどないわ」
「本当だ。卵と素麺くらいしかないじゃない。後は飲み物系」
「でも封が開いてないのがある」
「とりあえず飲めそうな物をみんなで分けよう」
「だね」
今度は部屋で物色していたタケルが言う。
「これなんだ?」
タケルが置いてある紙袋から包みを出す。
「ちゃんとリボンがかけてあるから、プレゼントか何かじゃない?」
「開けてみっか」
タケルが包みのリボンを解いて、包み紙をビリビリと破り捨てた。箱が出て来て、それを開けてみると布地が見える。タケルがそれを取り出して広げてみせた。
「こりゃあ…パジャマだな」
するとマナが言う。
「お揃いのパジャマ?…キモいかも」
「男が買って来たんじゃね?」
するとミオが言った。
「夫婦って事?」
だがヤマザキが否定した。
「俺は既婚者だが違うと思うぞ、この部屋は独身者の部屋っぽい」
それを聞いたユリナが言った。
「なんとなくだけど、不倫じゃない?」
そしてマナが言う。
「たぶんそうかな…」
「人のプレゼントは回収する気にならんな」
ヤマザキが言うが俺は不思議に思う。
「新品ならば、使えるんじゃないか?」
するとマナが言う。
「ううん。ヒカル、きっとここに住んでた人の思いがこもってるかもしれないし、そっとしておきましょう」
「マナがそう言うならやめておこう」
するとヤマザキが笑っていう。
「ヒカルは女子供に優しいな」
「当たり前だろう?」
「まあ、そうだな」
俺達が話している間にも、どんどんヘリコプターの音が遠ざかっていく。だいぶ距離が開いたようで、俺は窓辺に行きカーテンを少し開けドアを開く。
「行ったようだな」
「そうみたいね」
そして俺は皆を見渡して言う。
「すぐに偵察に出る」
するとアオイが立ち上がって言う。
「えっ! お兄ちゃん行っちゃうの?」
「どうすべきかは情報を集めないと判断できない」
「‥‥‥」
アオイに向かってユリナが言う。
「仕方ないわ、そうしなければ身動きがとれないもの」
「大丈夫だアオイ。俺は必ず戻る」
するとタケルがアオイの頭をポンポンとして言った。
「葵ちゃん! ヒカルは戻ってこなかったことはねえんだ」
「そうよ。必ず戻って来るわよね?」
ミオに言われ俺が頷く。するとアオイが言った。
「…わかった。お兄ちゃん気を付けてね」
「ああ」
そして俺はそのまま窓を開けてベランダに出る。
「タケル。後は頼む」
「なんとかするさ。いざという時はこれだろ」
そう言って銃を見せた。
「ああ。じゃあ行って来る」
そして俺は十階のベランダから飛び降りるのだった。




