第90話 天然温泉
俺とアオイはアニメを見ていた。物凄くほのぼのとしているが、たまにほろりと泣ける場面がある。子供のアオイはポロリと涙を流していた。その感動的なDVDを見終わったのを見計って、ヤマザキが俺に声をかけて来た。
「お取り込み中すまんな」
「そんなでもない」
「ちょっと皆で話し合ったんだが、水が不足しているんだ」
「ペットボトルならまだあるだろう?」
「いや。飲み水はもったいなくて使えん。そうではなく、体を洗ったり顔を洗ったりする水をどうにか出来ないかという事になってな」
「そっちの水…か」
確かにペットボトルの水でタオルを濡らして体を拭いているが、それでは足りてないかもしれない。
「女達が、流石に臭うと言って来た」
「わかった。何処か川とかにいくのか?」
するとそこにツバサとミナミがやって来た。
「失礼しまーす!」
「川に何か行きませーん!」
「体を洗いたいと聞いた」
「そのとーり! 流石に臭いし」
そこに他の連中もぞろぞろと入って来た。そしてタケルが言う。
「おりゃ別に、入らなくてもいいんだけどな」
するとユミが不服そうに言う。
「やだよ! 特に男連中の部屋は臭いよ」
「そうか?」
そう言って、タケルがスンスンと自分の脇を嗅いでいる。
「確かに臭せえか…」
「そうよ!」
ミナミとツバサが俺に本を差し出して来た。それを見つつツバサが言う。
「私も南も学生時代に行った事あるんだけど」
本を開くとそこに東京の地図が載っていた。食べ物屋などの写真も載っているようだ。
「遊園地なんだけどね、ここに温泉があるのよ」
「ほう」
俺はまじまじとその本を見る。女が湯につかっておりガラス張りの外を眺めていた。すると今度はマナが言った。
「遊園地は閉鎖したよね?」
「うん。だけど温泉は続いていたの」
「そうなんだ!」
するとミオが言った。
「子供の頃、連れてってもらった事ある! 行ってみたいな」
ユリナがアオイに言う。
「葵ちゃんはきっと知らないよね?」
「うん。遊園地?」
「数年前に閉園になったのよ」
「見てみたい」
アオイが言った。
「よし! なら皆で行こう」
俺が言うとタケルが手を上げて言う。
「ヒカル! バスをゲットして来ようぜ!」
「バス?」
「皆で乗るんだよ」
「わかった」
そして俺とタケルが都市内に出てバスを調達して来た。バスの中にもゾンビはいたが、それを斬り捨てて道路に捨てて来る。俺がバイクで先導しバスで拠点に乗りつけた。
ユリナが言う。
「凄い! 路線バスじゃない!」
タケルがふざけて言った。
「切符はお持ちですか?」
「はいはい」
そして皆がバスに乗り込み、俺のバイクの後ろには案内役のツバサが乗った。ツバサは何故か嬉しそうで、バイクを走らせると俺にがっしりとしがみついて来る。
「凄ーい! 腹筋固ーい!」
「つかまっていろ。落ちたら怪我をする」
「はーい」
温泉は拠点からそうはなれていなかった。約三十分少々でついてしまう。道は荒れているが、その建物はそれほど傷んではいない。むしろ新しさを感じる佇まいだ。路上のゾンビは全て片付けているので、動く者は全くいなかった。
「建物内部にも少しいる。バスで待っていてくれ」
俺はすぐさまバスを離れる。ガラスの扉は鍵がかかっておらずスッと開いた。そして俺が中に進んでいくと、ゾンビが数体ウロウロしていた。
コツコツ! と俺が壁を刀の柄でつくと、その音につられてゾンビが俺を追って来る。俺はゾンビを引き寄せ、皆の目につかないだろう場所で斬った。同じ要領でフロア内のゾンビを全て始末し、全て見えない場所へと隠したのだった。
「よし」
面倒だが皆の気分を阻害したくない。俺が更に内部に入って行くと、裸のゾンビがこっちに来る。
「くつろぎ中悪いな」
おびき寄せるところも無いので、俺はフレイムソードでゾンビを焼いた。奥に入って行くと、そこには湯気を立てる風呂場があった。湯船にちゃぷりと指をつけると、熱いお湯が湧き出ているのが分かる。
「少し熱いな」
俺は風呂場を後にし、館内を走り回って全てのゾンビを始末する。そして皆が待つバスに戻った。
「終わったぞ」
するとタケルが聞いて来る。
「どうだった?」
「ゾンビは全て始末したし、風呂もあったぞ!」
「まじか!」
俺の言葉を聞いて女達が声を発した。
「「「「「「やったー!」」」」」」
皆が大喜びしている。ヤマザキが言った。
「良し!みんな、下りろ! 風呂だ!」
ヤマザキも嬉しそうだ。
「「「「「はーい」」」」」
皆がバスを降りて建物内に入ったので、ヤマザキが温泉入り口のカギを締めた。入り口は二重になっているのでゾンビが侵入してくる事は無いだろう。
ツバサが言った。
「こっちこっち!」
皆がぞろぞろとツバサについて行く。そして湯船のある場所に入ったので、俺が皆に伝えた。
「湯がかなり熱い。触ってみてくれ」
そしてマナがお湯を触る。
「あっついかも!」
「ホントだ!」
皆が次々にお湯に手を付けて、どうしようかと話をしていた。俺は皆に言う。
「お湯を桶に汲んで床に並べてくれ」
皆が桶にお湯を組んで床に並べた。俺は皆に離れるように言い剣を構える。
「氷結斬」
ピシィ! と音を立てて、桶のお湯がカチコチに凍る。
それを見たタケルが言った。
「おいおい! ヒカルはなんでも出来るな!」
「それで調節しろ。じゃあ、ヤマザキ、タケル! 俺達は隣の湯に行くぞ」
俺がそう言うと女達全員が声をあげた。
「「「「「「「えっ!」」」」」」」
「なんだ?」
「ヒカルお兄ちゃんは居なくなっちゃうの?」
代表で聞いて来たのはアオイだった。
「いや、隣の風呂場にいるぞ。館内のゾンビは始末したからな」
「「「「「「「‥‥‥」」」」」」」
女達が黙り込んでしまう。
「どうした?」
するとアオイが言った。
「怖いよ」
「ゾンビはいないぞ」
「ヒカルお兄ちゃんの言葉は信じてるけど、でも怖いよ! 一緒に居てほしい!」
アオイが言うと、女達全員がコクコクと頷いている。
な…何を言っているのだ? 女と一緒に風呂だと?
「馬鹿を言え。男と女がその…何だ…一緒に風呂など…」
「いいじゃない! お父さんとだって一緒に入ってたよ!」
「いや、父親とは違うぞ」
するとミオが後ろから言う。
「あの、さっき入り口から入ったところにタオルがあったから、皆でタオルを巻いて入れば問題ないでしょ?」
今度はツバサが強めに言う。
「そうだよ! ヒカルが側にいないと不安だよ!」
次はミナミが言う。
「居てくれないとゆっくりできない」
ユリナがダメ押しで言う。
「お願い。一緒に入ってくれたら嬉しいな」
俺が何も言えなくなって立ち尽くしていると、タケルが言った。
「おいおい。俺達もいるんだぜ」
するとユミが言う。
「いいじゃない! 皆でタオル巻けば!」
最後にマナが言う。
「決まりね。じゃあみんな一緒にって事で!」
「みんなでタオル取って来ようよ! ヒカル兄ちゃんも来て!」
そう言うアオイに手を引かれてタオルのある部屋に向かう。すると皆が一緒について来た。そしてそれぞれがそこにあるタオルを持ちだして、風呂場に戻って行くのだった。
マズいぞ…。どうしたらいい?
俺はゾンビや盗賊に相対する時よりも緊張していた。こんな経験は前世でもした事がない。
いや…いいんだ。普通にしていれば問題ないだろう。たかが風呂に入るだけだ。
俺が自分に言い聞かせていると、ミオが言う。
「先に男の人が入って、ガラスの向こうを見ていてくれたらいいんじゃない?」
ツバサが言う。
「そうよね。着替えを見られるのは恥ずかしいし」
そしてユミが言った。
「タケル! 先に入って、氷で湯船を冷ましててよ!」
「へいへい。じゃ山崎さん。ヒカル。先に行こうぜ」
「だな」
「わかった」
俺達はパッパと服を脱いだ。すると女達がまじまじと俺の体を見ている。
「すごっ」
「ええ?」
「なに?」
「うわあ」
「葵ちゃんダメ!」
「なんで?」
そんな事を言いながらも皆が俺を見ている。俺の体は皆と何ら変わりがないと思うが、女達を見てタケルが言った。
「すげえだろ?」
ユミが言う。
「なんで、あんたがどや顔で言うのよ」
「俺もすげえと思ってるからさ」
ヤマザキが俺とタケルに言った。
「ほら、先に行って冷ますぞ」
俺達は先ほど氷結斬で凍らせた桶を、次々に湯船に放り込んでいく。そして手を付けて確認すると丁度良い温度になって来た。
「よし」
「ひっさしぶりの風呂だぁ!」
「気持ちいいな」
俺達三人は桶でお湯を汲み体を洗いつつ湯船に入り、窓際の方に向かっていく。体の芯まで温まりそうないい湯だった。そしてガラスの外を向いているとユミが声をかけて来た。
「外側向いてるー?」
「向いてるよ」
タケルが答えると、ヒタヒタと女達が浴室に入って来る足音が聞こえる。
なんだ…なぜなんだ…
俺はなぜか葛藤していた。振り向きたくて仕方がなかった。だが先ほど女達と約束をした。約束を破れば俺はここに居れなくなるのではと不安になって来る。だが俺の隣りでタケルが囁く。
「おい、ヒカル」
「なんだ?」
「振り向いちまおうぜ」
「いや。約束したんだ」
「馬鹿。湯気で分からねえって! 見たってバチは当たらねえよ。ヒカルは必死であいつらを守って来たんだからな」
「いや…それとこれとは」
「違わねえよ。何なら俺と山崎さんは窓を向いているからお前だけでも」
「そ、そう言うわけにはいかん」
「なら一緒ならどうだ?」
するとヤマザキが反対側から言う。
「俺はやめておく。皆に嫌われたら俺のようなおじさんはここで生きていけない」
するとタケルが少し考えて言う。
「確かにな…山崎さんはやめといた方が良いだろ」
「タケル。ならば俺達も」
「馬鹿野郎。お前も俺も若いんだし、見てえものは見てえだろ! どうなんだ?」
「そ、それは…」
「よーし、商談成立だ。せーので行くぞ!」
俺はテンパっていたが、タケルは迷わずに言った。
「せーの!」
そして後ろを振り向いたのは俺だけだった。タケルは俺を裏切り大笑いしている。そして目前にいるアオイと目がばっちり合ってしまう。アオイは既に湯船に入って俺の背後に居たのだった。
「あ。お兄ちゃん、怖いからこっち見てていいよ」
俺はついアオイから目を逸らして、上に目線を向けてしまうと女達がタオルと桶で自分の体を隠していた。そしてミオと目が合ってしまう。
「あ、これは‥‥違うんだ」
するとミオが言う。
「ううん。やっぱり見守ってもらっていた方が安心かも。恥ずかしいけど」
ツバサがウンウン頷いている。
「そうだわ。安心感が違うっていうか、見張っててもらいたいかも…すっごく恥ずかしいけど」
ミナミもそれに同意した。
「そうだね。武も山崎さんも向こう向いていてくれてるし、ヒカルは良いかな。恥ずかしいけど」
だがタケルだけは一言忠告してきた。
「ヒカル。願わくば、ユミの身体だけは見ないでほしい」
するとユミが言う。
「なーに? タケル? 焼きもち? 減るもんじゃなし」
「嫌なんだよ!」
俺がタケルに言う。
「誰も見ない。俺は気配をつかみ取れるんだ。見なくても侵入者くらいはわかる」
「それもそうだな!」
だがアオイが言った。
「不思議な力なんだろうけどダメ! ちゃんとこっち見て見張ってて!」
アオイが俺の肩を掴んで言う。
「わかった。だが俺はハッキリは見ていないぞ。俺は…」
マナが笑って言う。
「別にいいよ。誰も気にしてないと思う。私達を守ってくれた英雄さんだからね! 見られたところでどうと言う事はないわ。まあ、恥ずかしいけどね」
そして俺が見ている前で、女達はお湯を汲み体を洗い始める。
「気持ちいい!」
「最高なんですけど!」
「もう…体どろどろだったし」
「溶けるぅ」
「本当にうれしい」
「ありがとねヒカル」
俺はお礼を言われるが、内心は全く気が気じゃなかった。自分もほぐれているはずだが、何故か気分はどんどん引き締まっていく。見ないようにしているというのに、時おりはらりと外れるタオルを敏感に見てしまうのだった。




