第83話 救った命
俺達が拠点にしているホテルの一室。そこに俺とタケル、ヤマザキとユリナとツバサがいた。俺達はベッドの周りに座り、冷たくなってしまった父親と、その手を握って眠ってしまったアオイを見守っている。
少し前、俺達が拠点に到着し皆で必死に父親を介抱しようとしたが、父親は既に自分の死を悟っていた。父親から娘と二人きりにさせてほしいと言われ、俺達が部屋を出てしばらくするとアオイが泣き叫ぶ声が聞こえた。俺達が部屋に入った時には、残念ながら父親は息を引き取っていた。泣き疲れて眠ってしまったアオイを見てユリナが言う。
「可哀想に」
それにヤマザキが答えた。
「俺にも…娘がいた。こんな世界に小さな子を残して死ぬのは、さぞ不安と無念な気持ちで一杯だろうな」
「そうよね」
ツバサが二人の会話を聞いて言った。
「ここに集まったみんなは、家族に会えなくなったり死んじゃった人ばかり。仲間もどんどん死んでいくし…」
「一番若い美桜も元気になるまでは、かなり時間がかかったもんね」
「そうだな。俺達で葵ちゃんの心の傷が癒せるかどうか」
三人は目の前の悲劇に心を痛めていた。もちろん俺も何も思うところが無いわけではないが、アオイがこの世界を生きぬいていく為には同情は禁物だった。知らん俺達の同情など、アオイにとっては何の慰めにもならない。
俺が皆に言う。
「悲しい事だ。だが彼女が目覚めたら、何も言わずそっとしておくのが良い。今は何を言ってもアオイの耳には入らん。まずは彼女の体力回復に専念しよう。体に力が漲れば、命の力が芽生える。そうすれば俺達の言葉も少しは耳に入るかもしれん」
それを聞いてユリナが言う。
「彼女を慰めるなって事?」
「そうではない。だが恐らくアオイの生きる気力は地に落ちている。そこで無理に元気づけたり、頑張るように促す言葉はかけない方がいい」
俺は前世で、たくさんの人の死に直面して来た。恐らくヤマザキやユリナ達もそうなのだろうが、悲劇に直面した彼らは彼女に同情するだろう。だがその気持ちに引っ張られてしまうと、アオイの生きる気力が失せてしまう気がするのだった。
「でも、ヒカルほど強くないのよ?」
「だからこそだ。いつか彼女の気持ちに火が灯るまでは、そっと見守ってやるしかない」
皆は少し沈黙し、どうすべきかを考えているようだった。そしてヤマザキが言う。
「ヒカルの言う通りかもしれん。これは葵ちゃんの小さな心では受け止めきれない悲劇だ。俺達のような他人が出来る事は見守る事しかないのかもしれん」
ヤマザキの言葉にユリナとツバサが頷いた。そして俺が言う。
「いまアオイにさせる事は、全ての感情を吐き出させる事だと思う。怒り、悲しみ、不安を全て吐き出させることに専念すべきだ」
それに対し ツバサが言う。
「怒り、悲しみ、不安…」
「そうだ。ここにいる皆が抱えているものだろう?」
俺が言うと皆が少し考えてツバサが答える。
「確かに、それをなんとか誤魔化して生きてる気がする」
「そうだ。だがアオイは誤魔化す事すら出来んだろう。ならば思いっきり悲しみに明け暮れ、そして怒りをぶつけ、不安を吐き出してもらうのが一番だ。それらの感情を全て出し尽くした時、もしかしたら生きる気力が出て来るかもしれん」
するとタケルが言った。
「じゃあよ。俺が嫌われ役をやってやるよ」
皆がタケルを見た。タケルは眉尻を下げて諦めたような表情を浮かべている。
「わざわざそんな役を買わなくても」
「いや。だってよ、葵ちゃんは怒りをぶつけたくてもぶつける相手がいねえんだ。ならちっとばっかしガラの悪い俺は、うってつけじゃねえかなって思う」
俺はタケルの意見に賛成する。
「悪いなタケル。嫌な役を押し付けるようで」
「なーに。ちっせえ子が心を痛めて、これから頑張っていこうってんだ。ヒカルは本物のヒーローだけどよ、俺は葵ちゃんの心を救うヒーローになってやろうじゃねえか」
「アオイを助けてやってくれ」
「へいへい」
そして俺達はその部屋にタケルだけを置いて、そっと出ていくのだった。
俺には俺でやる事があった。盗賊から回収した物資を、ホテルの上層階まで運ばねばならない。ヤマザキにその旨を伝え、体の前と後ろにデカいリュックを背負って下に降りる。ゾンビがいれば適当にやり過ごし、トラックの荷台から取り出した物資をリュックに詰め込んでは上に上がる。
上に上がって行くと、俺が物資を運んでくるのを待ち構えたヤマザキと女達が待っていた。そして俺はリュックを降ろし、空のリュックを前後に背負い降りていく。これを何度も繰り返して、トラックの中には重い米や似たような袋が残った。俺はそれを両肩に五つづつ重ねて、バランスをとりながら運ぶ。上につくとヤマザキが言う。
「三百キロはあるのに、さっきと変わらない時間で登って来るんだな」
「ほとんど変わりはない」
「変わりないか…そうか」
「まだあるぞ」
そして俺は数度往復し最後に武器を運んだ。武器を上に運ぶと皆が驚いている。
「えっ! 銃?」
ミナミが驚いていた。
「そうだ。これもまあまあの数があったから持って来た」
女達は怖い物を見るような目で銃を見る。だがヤマザキだけは違った。
「おお、これで拠点の防衛力は上がるな。だが銃の取り扱いだけは十分注意しないといかん」
それにユリナが答える。
「そうね。自分達に当たらないようにしなくちゃ」
確かにその通りだ。俺は身体強化で銃を防ぐ事が出来るが、皆の場合は当たれば怪我をしてしまう。最悪は死ぬような武器だから、取り扱いは慎重にせねばならないだろう。
トラックに降り最後の銃をひとまとめにし、トラックの荷台を見るとアオイの母親ともう一人の遺体だけが残った。これはアオイが起きたら一緒に弔ってやらねばなるまい。
全てを運び終えて戻ると物資の仕分けが行われていた。銃を俺の日本刀と一緒の部屋に運びこんでいる。俺とタケルとヤマザキが寝る部屋だが、一部屋が武器で埋め尽くされてしまった。
「空いている部屋でも良かったんだが」
俺が言うとミオが答えた。
「でも、とても危険なものでしょ? やっぱりヒカルに見張っててもらわないとと思って」
「そう言う事か。わかった、ならば俺が見張ろう」
「よろしくね」
俺が部屋を出て食糧庫代わりの部屋に行くと、マナとユミが物資を眺めながら、嬉しそうな顔で話していた。
「すっごいね! 食べ物が!」
「ほんとほんと! ある所にはあるんだねー」
確かにその通りだ。この周辺のスーパーではお目にかかった事のない食材があった。盗賊は一体どこからそれらを仕入れてきているのか?
「盗賊の動きを追えば、何処から仕入れているかが分かる」
「でも、危ないよね?」
「まあ、今はその危険を冒す必要はない。盗賊五十人からを食わせていた食材だ。それに、この周辺のスーパーはまだ手つかずだ」
「本当にヒカルの言う事を聞いて正解だったわ」
「確かに。だけど、外に出られないのが窮屈だわ」
そう言われてみれば、数人が俺と外に出ただけでほとんどがビルに閉じこもりっきりだ。
「俺と一緒に物資回収に出るか?」
だが二人は良い顔をしなかった。
「外かあ…」
「うーん…」
するとヤマザキが彼女らの後ろから来て言う。
「マナは一緒に行ったことあるだろ?」
「まあそうだけど、ここすっごくゾンビ多いよね」
「俺がヒカルと来た時はもっと多かったが、それでも全く危険を感じなかった。確かにゾンビを見れば恐怖が湧くが、ゾンビがなぎ倒されていく様は爽快だった」
するとユミが言った。
「なるほどねー、じゃあ次は私行って見ようかな」
俺が答える。
「わかった。ならば行きたい所を考えておけ」
「はーい。食べ物だけじゃなくてもいいの?」
「もちろんだ」
「わかったー」
ユミはタケルの彼女だけあって明るい性格をしていた。ユミとはあまり話をした事は無かったが、話をするいい機会だろう。
「ならば早めに休んでくれ」
「えっ! 今日行くの?」
「そうだ」
「遠征から帰って来たばっかじゃん!」
「問題ない」
ユミとマナとヤマザキが呆れた表情をして、顔を見合わせ苦笑するのだった。
「とんでもない体力だな。だがヒカルが回収してきてくれた銃のおかげで、かなり心強い」
「ああ、ヤマザキならそう言うと思っていた。前にアオイの集落にも一つ置いて来たが、結局集落は壊滅した。恐らく一つではどうにもならなかったのだろう。皆が使えるようにしておかなければならん」
そう言うとユミとマナが言う。
「え! 私達が銃を!」
「ええっ?」
「そうだ。大量にあっても使えなければ意味はない」
「えー…」
「そうかあ…そうだよね」
なるほど。彼女らには銃を使いこなす自信が無いようだ。ここまでずっと、ゾンビに対して及び腰だったのを考えると合点がいく。
「ユミ」
「な、なに?」
「今日は銃を携帯していくぞ」
「マジ?」
「マジ!…だ」
「うわ。なんか急に不安になって来た!」
「大丈夫だ。俺に当たったところで怪我はしない。思う存分ゾンビを撃ってみるといい」
「ヒカルに当てようとは思ってないけどさ…やらなきゃダメ?」
「そうだな」
「はぁぁぁ」
ユミが大きくため息を吐く。そこにミナミがやって来た。
「どうしたの?」
「ヒカルと一緒に出掛けるんだけど、銃を持って行けって」
「そうなんだ」
「そんな軽々しく?」
「いやユミ。むしろあった方が良いよ! 私は盗賊に会った時無力だったし、私達が刀を持ったところでどうにもなんないじゃない?」
「はあ、わかった。じゃあ持ってくわ」
ユミが観念した。するとヤマザキが言う。
「ヒカル。お手柔らかにな」
「分かっている」
物資を運んでいた皆がやってきて俺達の話を聞き。一人一人全員がやる事が決定する。俺達はそこで別れ、ユミが夜まで休むことになった。
するとタケルが部屋から出て来た。
「来てくれ。アオイが熱を出した」
俺達がアオイのもとへ行くと、アオイは汗をかいて悪夢にうなされているようだ。そこにユリナとツバサ、そしてミオがやって来る。手には桶を持ちペットボトルの水を抱えていた。それから三人はアオイの介抱をし始めるのだった。




