第78話 盗賊暗殺
この円柱状の建物は一周して歩き回れる構造になっていた。また通路の扉から中の空洞になっている場所に出れるようになっている。まるで闘技場のような作りに、平和な世界で何が行われていたのがが気になる。その扉と扉の間にポツリポツリと部屋があるようだ。
さらにこの建物はどこも灯りが点けられるようで、ヤマザキ達が言っていた電気という物が通っているらしい。俺は廊下の陰から陰へと潜みながら、人間の居る場所へと向かう。人の散らばり具合を見ると、恐らくそれぞれに部屋が割り当てられているのだろう。ある部屋の前で俺は聞き耳をたてた。
「もうちょっとでゾンビ狩りの日だなあ」
「まあ、その代わりにこうやって美味い飯も食えてるしな」
「ま、運搬役とは待遇が違うってか!」
「しかしよ。この前の回収班は二班も帰ってこなかったよな?」
「そんなことは今まで無かったんだけどな」
「稀に失敗して死ぬことはあっても、全員が帰ってこないなんてことは無かったよな?」
「確かになあ。もしかしたら新種のゾンビとかがいたりしてな」
「おいおい、おっかねえこと言うなよ」
「ビビってんのか?」
「わりいのかよ」
すると奥で黙って窓の外を見ていた男が口を開いた。
「ビビったら死ぬぞ」
真ん中に座っている四人がそちらを見て黙る。奥の男からは落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「いや…まあ、そんなにビビってはねえけど。あんたは何回行ったんだっけ?」
「もう、七回だ」
「すげえよな。あんたとのチームで良かったよ」
だが奥の男はそれに答える事は無かった。また黙り込んで窓から円柱の中を眺めている。そして男の一人が言う。
「今回のチームには新しい奴らが補充されてくるらしいぜ。帰ってこない奴らの分だってよ」
「初めての奴らか…大丈夫かね?」
すると奥の男がこちらを振り返って言う。
「死んだそいつには運が無かったって事だろ。それぞれが自分の役割をこなせば、なんてことはない」
「まあそうだけどよ」
「その前に生贄を探さねえといけねえ。田舎で生きてる人間を攫う方が大変なんだよ」
「まあそうだな…」
「子供とか爺さんなら楽なんだがな、男とかだと抵抗されるだろ」
すると中で一番おとなしそうな奴が言う。
「子供? いや…出来たら、おっさんとかの方が良いんだが」
すると皆がそいつを見た。そして奥の男が言う。
「お前はゾンビ回収をした事があるんだったか? 一回だけ。しかも生贄回収には行かなかった。どちらかというと生贄の回収の方がリスクがあるんだ。相手が刃物や飛び道具を持っている場合があるからな」
「そん時はどうすんだよ」
「殺すしかない」
「「「‥‥‥」」」
「まあ、いずれにしろゾンビに食わせるんだから、そこで殺された方が幸せかも知れんけどな」
皆が神妙な面持ちでそれを聞いていた。どうやらあまり乗り気ではないらしい。
「どっちかっていうと襲撃班の方がいっぱい殺すらしいし、少しで済むなら生贄回収のほうが良いかも」
すると一人の男が言った。
「あんたは七回も行って戻って来たんだろ? もしかしたら襲撃班に回されるんじゃないのか?」
「さてな。余り目立たないようにしてきたが、今回も成功させればそうなるかもな」
「襲撃班になったら、豪勢なものが食えるようになるらしいしよ。良いんじゃねえの?」
「俺は願い下げだがな」
「襲撃班で上り詰めたら幹部になれる可能性もあるし」
「いや…」
「そうなりゃ、好き放題食えるし、女も回って来るぞ」
「お前達はそんなものを目指しているのか?」
「‥‥‥わからないけど」
男達は静かになった。こいつらにも役割分担があるようだが、喜んでやっているという訳でもなさそうだった。
「俺達は、ゾンビ世界になる前は普通の生活をしていた。だけど今はこんなことをしてしまっている。もちろん生きる為ではあるが、お前達はこれをどう思っているんだ?」
すると一回だけ参加したという男が言った。
「だって。上の連中はヤクザやチンピラ上がりが多いし、警察関係者や元自衛官とかもいるんだ。そいつらに逆らえば俺達が生贄にされるかもしれない」
「そうだ。俺はそれから逃げる為に六回も参加して、ゾンビを回収し続けている」
すると別の男が言った。
「俺は仕方ねえと思うけどな、生きる為には弱い奴をやるのは」
「そうだよ逆らえば殺される。それに俺達はすでにこの手を汚してる」
「そうだな。まだ運搬役をやってた方がよかったよ」
「‥‥‥もう戻れねえよ」
「そうだ。あんなひもじい思いはしたくない」
「ああ」
そして男達は黙り込んだ。しばらく沈黙を続けていたが、窓際に座っている男が言った。
「もう寝るぞ。体力は温存しておいた方が良い」
「そうだな」
「ああ」
そう言って男達は布団を敷き始め、皆が床に入って電気を消したのだった。真っ暗になったので、俺はそっと部屋の中に侵入する。気配遮断と隠形のおかげで誰も俺に気が付かず、暗闇の中で話を始める。
「今日は幹部連中が来てるんだよな?」
「ああ。京崎さんが来てる」
「美味いもん食って飲んでるんだろうな」
「いいよな」
「あんなヤクザ者が良い目を見る世の中なんてな」
そんな話をしている中で、俺は短刀を抜いて一人の男をそっと殺した。
「俺も食いてえよ。肉とかもうしばらく食ってねえし」
「やっぱ、襲撃班の方が良いのかなあ…」
「良いものを食いたいならそうだろうな」
そんな事を話しているのをよそに俺はもう一人を殺す。
「なんだかなあ…。もう進むしかねえのかなあ…」
「酒ぐらいよこせって思うよな…」
するとさっきまで、奥に座っていた落ち着いた男が不機嫌に言った。
「いい加減に眠れよ。こっちが眠れねえ」
「あ、すまん」
‥‥‥
「ほら、もうみんな寝たじゃねえか」
‥‥‥
「随分と寝つきがいいな」
もう生きているのは、その落ち着いた男だけになっていた。男は、他の奴らが死んでいる事に気づかずに話しかけていたのだった。俺はそっと忍び寄り、目を閉じている男の頭にスッと短刀を刺した。血の匂いが充満する部屋を出てそっと扉を閉める。
さて、次の部屋はどこだ? 情報が取れればいいが…
そして俺は次の部屋へとたどり着く。この部屋の人間達もどうやらゾンビ回収係らしい。先ほどの部屋の男達と同じような会話から分かる。どうやら皆が仕方なくやっているらしいが、既に人を殺してしまった奴らばかりだった。そもそも生贄をバスに乗せてる段階で、こいつらに救いなど無かった。
その部屋の最後の男のこめかみから短刀を抜きながら俺は思った。
嫌々やっているぐらいなら、ここで終わらせてやるのがこいつらの為だ。前に出たら人の道から外れ、後ろに下がればゾンビの生贄にされる。既に血塗られた道ならば、この場で終わらせてやる事がこいつらにとっては幸せだろう。
せめて痛みも恐怖も感じないように殺してやることが、唯一の救いだ。
盗賊に身をやつして非道な事をした者は、もう後に戻る事は出来ないのだ。そしてそれをやらせている奴らを根絶やしにせねば、こういう兵隊はさらに増えるだろう。ならば極力ここで静かに兵隊を減らし、敵の力をそぐことが一番効率が良いやり方だ。
この階層の処分はあの幹部達を残して終わった。俺はそのまま下の階に降り、次の情報収集と兵隊を減らす作業に入る。
下の階では男達が作業をしていた。どうやら回収して来た物資を運んで、仕訳をしているらしい。その品々を各部屋に持って行き保存しているのだ。
「疲れたな」
「もう少しだ。全部の品物をしまったら休め」
「わかりました」
どうやら品物を分ける人間と運ぶ人間、それを指示している人間がいるらしい。
「これ食いてえ…」
「馬鹿野郎、我慢しろ。部屋にお前達の分は用意してある」
「どうせお菓子や飴だろ。ひどい時にゃペットフードだ」
「餓死するよりマシだ」
「そうだけど。せめて缶詰ぐらいは食いてえ」
すると仕訳を指示している奴が言う。
「おい! 喋ってる暇があるなら早くしまえよ」
「わかったよ…」
「それに一週間に一回は缶詰が食えてるんだから、文句を言うな」
「ゾンビ班はもっと良いもの食えてるんだろ?」
「それはそれだけのリスクを負っているからだ」
「はあ…じゃあ俺、回収班に立候補しちゃおうかな?」
「やりたきゃ勝手にやれ」
「わかったよ。いつまでも運搬班に居られねえし、俺は出世の道を選ぶぜ」
「好きにしろ」
指示を出している男はそれ以上何も言わなかった。後は黙々と荷物を仕分けしている。だが他の奴らは不服な顔をしていた。
「襲撃犯に出世出来たら、めっちゃいいもの食えるんだってよ」
「まずは回収班に行かなきゃな」
「でも誰に言うと良いんだ?」
すると仕訳をしている男が言う。
「本当に行きたいのか?」
「もちろんだ! ペットフードなんて食ってられねえ」
「わかった。ならば俺が上に言っておいてやる」
すると荷物を運送していた奴らが男に言い寄って来る。
「えっ! じゃあ頼むよ!」
「俺も!」
「え、まってくれ! じゃあ俺も」
すると指示をしていた男が暗い目をして言った。
「本当にやりたいのか? あんなことを?」
「餌を回収してゾンビを連れて来るだけだろ?」
「餌が何か知っていて言っているのか?」
「もちろんだ。だけど、生きる為なら仕方ないんじゃないのか?」
「わかった。そう思うなら伝えておこう」
「俺もな!」
「俺も!」
「分かった」
どうやら仕分けの指示を出している男が、この中では一番偉い立場にいるらしい。男はどうやら、ゾンビ回収や生贄の事に懐疑的な思いを抱いているらしい。恐らくこの位置に留まるために、あえてこの仕事を続けているようにも思う。
運搬班、回収犯、襲撃班。という三つの係を聞いた。この組織には縦の命令系統があり、それに縛られて皆が動いているようだった。
この組織…相当な規模だな。
そして俺は音も無く、その男達がいる倉庫内へと忍び込んでいくのだった。




