第76話 張り込み
新しい拠点の食料と生活品を大量確保し、ヤマザキと女達がしばらく生きていけるような状況にした。俺に何かがあっても数ヵ月は持つし、いざとなったら地下深くに停めたリムジンで逃げれば何とかなるだろう。
準備を終えた俺は、タケルを乗せ湾岸に向かって走っていた。
「ヒカル! 拠点はあれで大丈夫なんだよな?」
「俺がバリケードを特殊に組み上げた。館内のゾンビは上に上がらないようになっている。人が下りて行くときは、俺が教えた道順を下りればゾンビに会う事無く地下に降りれる。そもそもあの高さまでゾンビは上がっていかない」
「前の拠点と違う組み方だったもんな?」
「階段が数か所に設けられているのが良かった」
「なるほどねー」
そもそも、それほど長期的に拠点を開けるつもりはなかった。まずは敵拠点の一つを潰す事が目的だ。敵の証言からはっきりしているのは、幕張に支部があると言う事。タケルが道を知っているというので、道案内役としてついて来ている。また見張りも一緒にやってもらうつもりだった。
「ヒカル! 東京駅周辺だ。下に降りるぞ」
「了解だ」
俺はタケルの指示通りに首都高速を降りた。もしかすると高速道路上で盗賊とすれ違う可能性を考慮し、湾岸道路を使わない下の道で進むと言う。高速を降りれば障害物も増える。その分バイクが左右に振られるのだが、タケルはむしろその方が喜んでいた。
「しびれるぅ! こんな道をすっげえスピードで抜ける神業がたまんねぇ!」
「そうなのか?」
「俺も現役で走ってる頃に、このくらいやれたらなって思うぜ!」
「すまんな。俺が腕を斬ってしまったから」
「まーだ、そんな事言ってんのかよ! 流石に怒るぜ! おりゃもうなんとも思ってねえからな」
「わかった」
そして俺達のバイクは、市街地を走り三十分ほどで最初の目的地付近についた。
「さすがに到着が早えわ」
「モタモタしている暇はない、皆を待たせているんだ」
「それにしてもだ」
そして標識をみてタケルが言う。
「そろそろ船橋だ。このあたりで湾岸線が見降ろせるマンションかビルを探そうぜ」
「よし」
俺達はバイクでぐるりと回り、高速道路が見渡せそうなビルを見つけた。そこのビル内部にはちらほらゾンビがいて、タケルが言うにはここはマンションという住居らしい。
「一カ所屋上に上がる前に部屋を確保する」
「あいよ」
バイクをマンションの敷地に入れると、見える場所にいるゾンビが俺達に群がって来た。
「焼き払う」
「わかった」
「フレイムソード!」
見える位置にいるゾンビは全て焼き払い、すぐに燃え尽きて煙は出ない。俺とタケルが大きなリュックを背負い、マンションの入り口に入って行く。
だが入り口のガラスのドアは開かなかった。
「オートロックだな。破るのか?」
「いや。外から入る」
「…ベランダからって事だよな」
「我慢しろ」
「へいへい」
俺がタケルを掴み一気に五階のベランダへと飛ぶ。その部屋の窓の中はカーテンで見えないが、中にはゾンビがいた。
「中のゾンビを討伐する」
ガラスを吹き飛ばして中に入ると、ゾンビがこっちに向かって来た。それを見たタケルが俺の後で舌打ちをして言う。
「ちっ、家族かよ…」
俺が大人二人と子供二人のゾンビの首を飛ばした。
「気分は良くないな」
「まあ仕方ねえよ。どうせもう戻らねえんだし」
「まずは上の階に行くぞ」
俺が振り向くとタケルがしゃがんでいる。
「なんまいだなんまいだ」
タケルが親子のゾンビに向かって祈りをささげていたので、俺も見よう見まねで手を合わせて言う。
「なんまいだぶなんまいだぶ」
「ヒカルも拝んでくれりゃ成仏できるだろうよ」
俺達は入り口のカギをかあけた。廊下に出て確認するがゾンビは居ないようだった。そこから階段が見えたので俺達はその階段に向かっていく。
「各部屋にゾンビがいる」
「まあマンションだしな」
「行くぞ」
「よっしゃ」
俺とタケルは一気に階段を駆け上がっていく。そのマンションはニ十階建てらしく、最上階に上がった時にはタケルが激しく息をついていた。
「上出来だ。俺について来た」
「ヒカルがいねえ時は、ずっと鍛えてんだよ。だいぶ良くなったろ?」
「ああ」
湾岸線が見えるのは、どうやらこのベランダから。だが周囲を見渡すのならやはり屋上が良さそうだ。
「どこから屋上に上がるんだ?」
「あー、あっちだな」
「よしその前に部屋を探ろう」
「了解」
そして俺とタケルがひと部屋ずつ扉を開けていくと、鍵のかかっていない部屋があった。
「開くぞ」
「ゾンビは?」
「一体いる」
俺達が中に入ると、女のゾンビがこっちに向かって来た。俺がそれを斬り捨てて、首と胴体をベランダに持って行き外に捨てた。
「ここの奥さんだな」
「家族が居ないようだが」
「戻って来れなかったんだろ…」
「そうか…」
「この部屋の鍵を探すか」
「そうだな」
そして鍵はすぐに見つかった。ハンドバッグの中にぬいぐるみに括り付けてあったのが家の鍵だった。
「なんかせつねえな」
「ああ」
俺達は部屋に鍵をかけ屋上に上がり入り口のドアに鍵をかけた。屋上からは更に湾岸線がよく見えた。
「海側も見える」
「本当だ」
「いい立地だ」
「よっしゃ、じゃあここで見張るとすっか」
「ああ」
「先にテント設置すっぞ」
「わかった」
俺はタケルを手伝って屋上に天幕を張った。俺とタケルがその天幕に荷物を放り込む。
「ほら」
「なんだ」
「双眼鏡だよ。まあヒカルにゃ必要ねえかもしんねえけどよ、より遠くが見えるからな」
「わかった」
「あと、ほれ!」
「ああ」
俺はタケルからペットボトルを受け取り、ふたを開けて飲んだ。
「やっぱコーラだろ?」
「美味い。スッキリするな」
「ヒカルはどっち見張る?」
「湾岸線を見張ろう」
「なら俺は海側だな」
「そうしてくれ」
俺が湾岸高速を見張り、タケルが海側を見張る事になった。動くものがいればすぐに確認をし、タケルをここに置いて俺が追跡をすることになっている。長く戻らない時は下に確保した部屋に居てもらう。タケルにも短刀を渡しているので、万が一はそれで身を護る事になっていた。
だが、それから三時間ほど見張っても動く物は無かった。
「タケル。休憩しろ」
「あいよ」
俺が見張りタケルを一旦休憩させる。タケルがリュックから缶詰を取り出してスプーンで食い始めた。
「ヒカル。お前も食え」
俺が振り向くと、タケルが棒状の食い物を俺に放って来る。
「すまん」
それを手にし袋から出して食う。それだけで二日は持ちそうな栄養価がありそうな食い物だった。この世界にはそう言う便利な携帯食がある。その日は結局そのまま日が暮れてしまう。まあ初日で敵の尻尾がつかめるとは思っていない。
「タケルは寝ろ」
「わかった」
タケルは無理をしなくなった。寝れるときに寝て動く時に動く。徹底して俺の邪魔にならないように動けるようになっていた。ヤマザキのような相手だと判断が遅れる時があるが、タケル相手だとそれが無い。俺との動きにだいぶ慣れてきたようだった。
そのまま夜は更け、そして朝が来る。するとタケルが起きて来た。
「どうだ? 動きはあったかい?」
「ないな」
「ヒカルは休まねえのか?」
「まだ必要ない。タケルは再び海側を見張ってくれ」
「オッケー」
そして監視二日目が始まる。午前中いっぱい見張ってみたが動きは無かった。
「動かねえな」
「恐らく毎日動いている訳じゃないだろうからな」
「ま、集中して見張るしかねえな」
「タケルは夕方になったら眠ってくれ。深夜前に起きて、夜になったら両側を見張った方がいいかもしれん」
「はいよ」
そして再び一日がすぎ、その日も何も無かった。夜に起きてきた時にタケルが俺に言う。
「一気に幕張メッセに行ってみた方が良いんじゃねえか?」
「それはダメだ。拠点が一つとは限らんし、もしかすると別な場所に拠点を構えているかもわからん」
「なるほどね。前世の盗賊狩りもこんな感じだったのか?」
「そうだ。盗賊は神出鬼没で、何処にアジトを構えているか分からん。もしかしたら罠を張っている可能性もあるからな」
「ヒカルなら、罠がかけられていてもどうにかなるだろ?」
「その場はな。だが伝達係が他のアジトに周って逃がす場合がある。出来れば全てを掌握して、一気に叩くつもりだ」
「念入りだねぇ」
「盗賊が一人いたら百人いると思った方が良い」
「ぷっ! ゴキブリだよそいつは」
「害虫に変わりないだろ?」
「違わねえ!」
俺達は再び見張りを始めた。だが結局その夜も動きはなかった。朝日が昇り三日目にしてようやく俺が休息をとる事にする。タケルが見張り、俺は深層まで眠りを深めて疲れをとった。一時間ほど眠り起きてタケルに聞く。
「動きは?」
「全くだ」
「そうか」
「賊が嘘を言った可能性は無いか?」
「いや、あのときの表情も心拍数も嘘は言っていなかったはずだ」
「まあ、来てまだ三日目だしな。これから動くかも知れねえか」
「一週間は続けてみよう」
「了解」
そしてタケルが双眼鏡を覗いた。俺は腹ごしらえをして、再び湾岸線を見張る。そのまま一日が過ぎて夜になる。
そして…ようやく尻尾を掴むことになった。
まずはタケルが言った。
「おい! ヒカル、海の上が光ってるぞ」
「なに?」
俺がタケルの元へ走り、タケルの指さす方を見る。すると海の上に光が見えた。
「あれはなんだ?」
「たぶん、船じゃねえかな?」
「船か…」
「もしかして敵は船でも動いてるんじゃねえか?」
俺達がその光を見ていると、どうやらその光はこっちに向かって来ているようだ。
「こっちに来ているな」
「みてえだ」
そして船は俺達が潜むマンションからほど近い場所へと入って来た。
「ヒカル! なんてえいい場所に陣取ったんだろうな俺達は」
「運がいい」
「しかし船だってよ」
「船は盲点だった」
「だな。だけど湾岸を拠点とするなら、その線も考えとくべきだったぜ」
「そうだな」
俺はすぐさま天幕から二本の刀を取り出し、一本を背中に背負いもう一本を腰にぶら下げた。そのまま屋上の縁に立つと慌ててタケルが言い寄って来る
「ここニ十階だぞ!」
「問題ない。タケルは待っていろ、必ず戻る」
そう言って俺は下の暗がりに向かって飛びおりるのだった。




