第68話 謎の警察車両
俺とミナミは拠点に帰るべく夜の東京を走っていた。真っ暗闇ではあるが、俺の気配感知にはしっかりとゾンビが映し出されている。遮蔽物の位置も分かる為、昼間の道と何ら変わりはない。刀が入ったリュックは俺の前側に置いていた。重すぎる為、ミナミが背負うとバイクを倒す度に体が持っていかれるのだ。
軽快に走る俺達のバイクが、少し見通しの良い道に差し掛かった時だった。
なんだ?
俺は何かの違和感を感じた。だいぶ先の空が赤く点滅するように光っているのだ。
「ミナミ」
「なに?」
「左の奥、何かが点滅しているように見える」
「点滅? どこ?」
「あのビルとビルの間の空」
「分からないよ」
どうやらミナミにはそれを確認できないようだった。だが走って近づくほどに、それがはっきりと分かるようになってきた。
「ちょっと向こうを回ってみていいか?」
「いいけど」
俺が次の交差点を左に曲がると、そこに首都高速が見えて来る。首都高速の下にも道が走っていて、俺は光の方角へと向かってスピードを上げた。しばらく走っていくと首都高の脇を走る道に差し掛かる。
「本当だ!! 光ってる!!」
ミナミもようやく気が付いたらしい。その赤い点滅する光は高速の上を動いていた。
「あれはなんだ?」
「あれはきっとパトカーか救急車だよ!」
「パトカー? 警察の車か?」
「そう!」
俺がDVDで見た警察とは、前世で言うところのギルドか衛兵のような者達だった。国側の人間で、民を守る仕事をしている奴らだと知っている。この先を、映画で見たような赤く点滅する車が走っているようだ。俺達の拠点とは逆方向に向かっている。
「まさか、まだ警察が機能しているのか?」
「そうかも! 生存者を探しているのかもしれない!」
俺の問いにミナミが答えた。
どうすべきか? 俺はミナミを連れている為、危険な真似をすることは出来ない。だがもしあれが警察だとするならば、生きている民を探しているのかもしれない。
俺は一度バイクを止める。
「ミナミ、どうすべきだろう? 俺はこのまま拠点に戻ろうと思っている。ミナミを連れて未確認の者へ近づく事は出来ん」
「でも! もし警察が生きているなら、安全な場所に人間をかくまっているのかもしれないよ!」
確かにミナミの言う通りではある。だが、俺は何故かあのパトカーを追うのをためらっていた。
「ミナミ、戻ろう」
「えっ? でも、もう出会う事が無くなったらどうしよう! これがチャンスだったとしたら? 皆が生き延びるチャンスだったとしたら?」
「しかし、早く帰って拠点を守らねばならん」
「でも拠点はバリケードで固めたんでしょ? だったら安全なはず! パトカーを追おうよ!」
「‥‥‥」
「居なくなっちゃうよ」
仕方がない。
「あれの先回りをして止めるぞ」
「うん」
俺は再びバイクを走らせる。ミナミが酔ってしまうかもしれないが、急がねばパトカーを逃してしまうかもしれない。
「今、丁度上を走っている」
「うん」
先回りをして、更に先にあった高速道路の登り口を見つけた。急いで高速に上りパトカーが走って来る方向へと逆走していく。すると前方から、赤い点滅とライトの灯りが見えて来る。俺は懐中電灯を取り出し点滅し合図を出した。すると相手はゆっくりと車を止める。
「速度を落としたようだ」
「やっぱり警察は生きてたんだよ!」
「そうか…」
俺はそのまま進み、パトカーから五十メートルほど手前に止まった。
するとミナミが言う。
「行って見ようよ!」
「まて!」
「えっ? なんで?」
俺がミナミを止める。するとパトカーのドアが四カ所開いて、人が下りてくるのが分かった。懐中電灯に照らされて、四人の人間ががこちらに向かって歩いて来る。俺は肩にぶら下げた、一本の日本刀の袋に手をかけていた。
男達は立ち止まって俺達を見つめている。
「おお! 人だ! ゾンビじゃないぞ!」
「生きた人間が居たのか?」
「そうみたいだ!」
「すげー!」
男達は口々に俺達の事を話しているらしい。だが俺はそいつらの様子を黙って見ている。唐突に俺の隣りでミナミが大声を出した。
「ほら! 警官の格好してるじゃない! やっぱり警察だよ!」
「警察は人を守るのが仕事だよな?」
「うん」
「あの後ろの大きな車はなんだ?」
ミナミが目を凝らして見る。
「多分あれは護送バスだよ。きっと助けた人が乗ってるんだよ」
「違う。あれには…」
俺が話そうとした時、ミナミが声を発してしまった。
「助けてください!」
すると男達の一人が言う。
「お、女か!」
「ついてるねぇ」
「お土産が増えちゃったな」
「えっ! わざわざ連れて帰る?」
その言葉にミナミが後ずさって呟いた。
「えっ…」
すると男の一人が言った。
「ああ、怖がることないよ。俺達、警察が守るからねー!」
男が近づいて来ようとしたので、俺がそいつに声をかける。
「近づくな!」
「ん? 男がいるぞ!」
「ち、なんだよ。男連れかよ!」
俺はこっそりミナミに言う。
「俺の後ろに隠れろ」
ミナミが俺に従って動こうとした時だった。
「動くな!」
向こうの男がそう言った。ミナミは条件反射的に体を強張らせる。だが気丈にも言葉を発する事が出来た。
「な、なんでしょう? 警察官ですよね?」
「そうだ。手をあげろ! お前達を逮捕する!」
「えっ! 逮捕?」
「いいから、そのままそこにふせろ!」
俺はミナミに言う。
「逃げるぞ」
「う、うん」
だが相手の殺気が突然膨れ上る。俺が危険を感じ、咄嗟にミナミにしがみついた時だった。
パンパンパン!!!
ビシィビシィビシィ
一発は俺のこめかみにあたり、もう一発は俺の腕に、もう一発は俺の背中に命中する。
「ヒカル!」
俺が撃たれたのでミナミが真っ青になって叫んだ。すると男達が近づきながら言った。
「言わんこっちゃねえ。警察の言う事は聞くもんだ」
「ちがいねえ! 思わず殺しちまったじゃないか」
しかし、倒れない俺に違和感を覚えたらしく男達は歩みを止めた。
「なんだなんだぁ? 死んでも女を守るつもりか?」
「カッコイイヒーロー様だねぇ?」
そして俺はその男達に言った。
「もし俺が守らなかったらミナミは死んでいた」
「へっ?」
「なんだこいつ?」
「倒れない?」
「穴だらけの体でどうするってんだよ。もう死ぬだろお前」
一人だけ見当違いの事を言っている。俺は身体強化と金剛と結界によって、全くの無傷だった。恐らく打撲にもなっていないだろう。前世の魔獣の方が何倍も早く強力な攻撃をする奴がいた。
「その銃を女に向けるな」
「はっ、はははは! こっから守るつもりでいるよコイツ!」
「面倒だ。女ごと殺しちまおう」
男達のどすの聞いた声が聞こえ、ミナミは俺の体に強くしがみついた。
「もう一度言う。女にそれを向けるな」
すると男の一人が舌打ちをして言った。
「チッ! 撃て!」
シュピッ
そして今度は俺が男達に返す。
「撃ってみろ」
「はっ?」
「あれ?」
「な?」
「うそ?」
ぴっぴっ! ぴっぴっぴっぴっ!
「「「「ぐあ!」」」」
血液の流れと共に手首から血を噴き出しながら、男達四人がうずくまった。俺が日本刀で四人の銃を持つ手を斬り飛ばしたからだ。
「うっぎゃああああ」
「てが! 手がぁ! 消えたぁ!」
「なんだ? 何が起きた?」
「俺の、俺の手ぇぇぇぇ!」
「言ったはずだ。女に銃を向けるなと」
男二人は腕を絞めつけて血を止めようとし、一人は痛みでのたうち回っている。もう一人は飛ばされた自分の手を探しているようだ。そして俺が聞く。
「お前達は警察か?」
しかし誰も答えなかった。
「もう一度聞く。お前達は警察か?」
すると一人の男がうろたえながらも強がって言う。
「そ、そうだ! 警官にこんなことをしてタダで済むと思うなよ! お前達は死刑だ死刑!」
俺は俺にしがみつきながら、何が起きたのか分からないでいるミナミに聞く。
「死刑とは? ギロチンか?」
「そ、そう。日本じゃ違うかも…」
俺は男達に言う。
「死刑になりたく無くば言え。なぜお前達はゾンビを運んでいる?」
俺は後ろの護送車とやらの中身について尋ねた。
「し、指示でやった事だ!」
「誰のなんの指示だ?」
「それは…」
男が答えるのをためらう。
シュピッ
「は? あれ?」
男は唖然としていた。それは俺が反対の手を斬り飛ばしたからだ。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!」
「次、お前だ」
俺は隣の男に尋ねる。
「や、やめてくれ! 俺達は東京にゾンビを回収しに来たんだ!」
「ゾンビを回収? 何のためだ?」
「そ、それは…」
シュピ!
そいつの反対の腕も斬る。
「は、はれ?」
「次はお前だ」
二人目が悲鳴を上げてのたうち回っているのをよそに、三人目の男が青い顔をして言う。
「わかった! 兵隊だ! 兵隊として使うんだ!」
「兵隊だと? ゾンビが言う事を聞くのか?」
「聞かない! だけど大量に集めれば兵隊になるんだよ!」
「誰と戦うために兵隊を集めている?」
「誰とって…」
男が口ごもる。
シュピ!
「うわっ! うわぁ!」
「次はお前だ」
「わかった! 言う! 言う!」
「言え」
「各地にある人間の拠点を襲わせるんだよ! そしてそこの女を奪ったり物資を奪ったりしてるんだ! だけど俺達は指示でやってるんだよ!」
「誰のだ?」
「わからねえ。直属の上しかわからねえんだ」
「なるほど」
こいつらのやっている事が良く分かった。空港で俺が、ネクロマンサーがいると勘違いをした一件。
「お前達は、千葉の空港を襲った奴らの仲間か?」
「しらん! あちこちでやってるからな!」
「正直に言え。もし正直に言えば命だけは助けてやろう」
すると最初に斬った男が言った。
「そうだよ! 俺達じゃねえけど、やったのは仲間だ! 頼む! 殺すな!」
そう言う事か。
「悪いな。ドウジマの仇だ」
シュッパァァァァァァ!
四人の首が飛んだ。するとその時、パトカーの後ろの方からひとりの人間が歩いて来る。もちろん俺は気配感知でそれを知っていたが。
「おい! どうした? 人がいたのか? 何やってんだ?」
男がそう叫びながら車を追い越し近づいて来ると、道路に転がっている死体を見た。
「はっ?」
俺が歩いて来た男に声をかける。
「お前の仲間は先に帰った。お前も一緒に送ってやろう」
俺が男に近づいて行くと、男が手に持っている長い銃を構えようとする。だが既に男の体は、脳天から股にかけて分かれていた。
「もう一人か…」
俺が護送車に向かって歩いて行くと、異変に気が付いた護送車がバックで後ろに走り出した。ゾンビを連れてどこに行くというのだろう?
「無駄な真似を」
俺は腰を落として日本刀に手をかける。そして剣技の一つを繰り出した。
「冥王斬」
シュパン!
耳をつんざくような音が鳴った。護送車がしばらく後ろに進んでいくが、しばらく進んで上下に分かれ、分断された上を落としてころころと車輪のついた下が動いている。俺が運転手と中のゾンビごと上下に切り分けたからだ。運転手は死んだが、分断されたゾンビの上半身が生きている。
そして俺はミナミが見てみたいと言っていた技を出す。日本刀に魔力が流れて行き炎を上げ始めた。やはり日本刀は強く、これくらいでは消滅しないようだ。
「フレイムソード」
ボォオワァァァァァ!
炎の大きさもけた違いだった。俺の剣から放たれた炎の斬撃が、半分になったゾンビ達を舐めると路上から跡形も無く消え去った。護送車の運転手の死体も見事に消えている。燃える高速の上を俺はミナミの元へと戻った。
「怪我は無いか?」
「怖かった…」
ガチガチとミナミの歯が鳴り、体の震えが激しくなってくる。俺はそっとミナミを抱き上げて言う。
「俺の側なら死なない。分かったか?」
「悪い奴らは倒したの?」
「そうだ」
ミナミの目からポロポロと大粒の涙がこぼれ始める。だがここでこうしている訳にも行かず、俺はミナミをバイクの後ろに乗せた。俺はもう一度振り向いて、赤の点滅を繰り返すパトカーに向かい構える。
「冥王斬」
パトカーは真っ二つにきれて、赤の点滅もライトも消えた。
「行くぞ」
「うん」
俺はバイクの下に置いてある刀の入ったリュックを持ち上げ、バイクにまたがった。一気にアクセルをふかして、フレイムソードの炎で燃える路上を突っ切り、拠点へと走りだすのだった。
ミナミが無事でよかった




