第67話 美しき武器
刀剣博物館の中にゾンビは居なかった。恐らくここが閉館している間に、ゾンビ感染が広がったのだろうとミナミが言っている。俺がゾンビがいない事を告げると途端にミナミが元気になる。
「こっちよ」
ミナミは俺の手を引き、刀があるという場所まで連れて行く。刀が展示してあるという部屋の前に立って重厚なドアを開けようとしたが、鍵がかかっていたので俺がバールで断ち切った。
「入るぞ」
俺が言うとミナミが頷く。
扉を開けて中に入ると黒い台座やガラスの中に剣が置いてあった。俺はつい声を出してしまう。
「おお」
「早く見たい!」
見た所この部屋には窓がなく、全面が壁で覆われているようだ。
「この部屋には窓がなさそうだ。懐中電灯を一番明るくして照らしていいぞ」
「ほんと!」
「ああ」
そしてミナミが喜んで懐中電灯を点けた。
「わあ、いっぱいある! 昔のままだよ!」
懐中電灯に映し出されるミナミの顔が生き生きしていた。
「そうなんだな」
「荒らされて無いみたい」
「そのようだ」
俺達は室内の、白い布のかかった台座に横たえてある日本刀を見て回る。その刀を見て俺はため息をついてしまう。
「…これは…なんという美しい武器だ」
「でしょ!」
「ああ。この曲線美…相当な刀鍛冶の技量だな。この波打った模様はなんだ?」
「これは刃文よ。曲線と地金と刃文が絶妙な業物だわ。すっごく綺麗」
ミナミが目をキラキラさせて言う。よほど好きらしいが、刀を振った事はあるのだろうか?
「ミナミは刀を振った事はあるのか?」
「ううん。昔ここで持たせてもらった体験はあるけど、振った事は無いわ」
「振って見ろ」
「えっ!」
そして俺はそのガラスの台座をバールを使って円斬で斬り、中から日本刀を取り出した。
「ほら」
俺は柄の部分をミナミに向けて渡す。
「うわあ…見て…この太刀柄を、美しすぎるわ」
その柄の部分を俺に見せている。どうやら糸が巻かれて装飾されているらしい。もはや武器では無く工芸品と言っても良いような物だ。
「この鍔も綺麗」
ミナミは剣と絵の間にある丸い部分を見せて言った。確かにここまで見事に細工されていると、武器としての能力が知りたくなってきた。さっき持った感じで言うと、これは武器として一級品であることが分かる。
「分かるぞ。俺もかなり感動している」
「でしょでしょ!」
「ふむ」
「えーっとなになに? 備前国住人雲次だって。伊達政宗遺愛の品って書いてある! 伊達政宗だってさ!」
「ダテマサムネ?」
「独眼竜政宗って言ってカッコイイ昔の武将よ」
「それは凄い。と言う事は古いものなのか?」
「そりゃもちろん」
目をキラキラさせて刀を見ているミナミが可愛らしくさえも思えて来る。
「振って見ろ」
「え、危なくないかな?」
「うむ、確かにな。ちょっといいか?」
そう言って俺はミナミの後ろに立つ。
「いいか、まずは自然体だ。肩の力をぬけ、足は程よく前後に開いてしっかりと立つ。つま先で地面を掴むような感じだ」
そして俺はミナミの後ろから手を回して、刀の握る位置を教える。
「しっかり握るが小指に意識をしろ、そしてこれが正眼の構えだ」
俺がミナミから離れてみると、芯が通っている。
「振りかぶれ」
「こ、こう」
「まあそんな感じだ。そして思いっきり前に振り降ろし体の前で止めろ」
「う、うん」
ミナミが慎重に刀を降ろす。
「なかなかに様になっているぞ」
「はは、ヒカルに言われると嬉しいね」
「そうか?」
するとミナミは俺をまじまじと見つめて言った。
「ねえ、ヒカルが振ってみて」
「わかった」
そしてミナミが俺に刀を渡してくる。
良い重さだ。しかも前世の片手剣などよりかなり出来栄えが良い。もちろん神器と比べれば劣るかもしれないが、そんじょそこらのなまくらとはわけが違うのが分かる。ゆらりとその刀からオーラが走るのが分かるほど力強い武器だ。
「すばらしいな」
「そうなんだ?」
「武器としては一級品だな」
「振ってみて」
初めて握る日本刀に、どれほどの威力があるのか分からない。だが俺は衝動的に刀を振ってみたくなった。良い武器という物はそういう物だ。
「わかった」
俺は誰も居ない入口の方に向かって構える。それをミナミが後ろから見ている。
「スゥー」
俺は息を吐いて集中を高める。正眼に構えた次の瞬間。
ぴゅんっ!
シュズヴァアアア!
マズい…
俺の剣閃は一気に俺の前の空気を割いて、入り口の壁の上側と床に亀裂を走らせる。
「えっ?…」
ミナミが声をあげた。
「館内を斬ってしまった…」
「なっ、今振ったの? 前に構えたままだったよね?」
「振った…日本刀…凄いものだな」
「全然わからなかった。ホントだ! 床が一直線に斬れてる!」
「なんという切れ味。気に入った」
前世で扱った剣なら、魔剣以外でこれほどの切れ味の剣は無かった。
「なんていうか…ヒカルにかかると、日本刀の本来の力以上の威力を持つみたい」
確かに、ミナミのおかげで俺は力の一部を開放する事が出来そうだ。そしてこの館にはかなりの数の日本刀がある。ゾンビ相手ならかなりの効果を発揮するだろう。
「とても良い武器を教えてくれてありがとう」
俺が言うとミナミはニッコリして言った。
「役に立てたかな?」
「ああ、凄く役に立った」
「じゃあさ! ここにある日本刀で気に入ったの全部もってこうよ!」
「これほど厳重になってると言う事は、国で管理している物じゃないのか?」
前世でもそうだった。技物は王宮で管理しており、一般の人間の目につく事など無い。ましてやこんな鮮やかな切れ味の武器は店などでは売っていない。
「あのね。もう、国は崩壊したの。だから好きなだけ持って行って良いと思う」
ミナミはやたら眼をキラキラさせて言っている。
「もしかして、飾ろうと思っているか?」
「は、はは…バレた?」
「ああ。だが良いだろう。俺が目利きをして良いと思う物は、全部持って行く事にする」
「でも重くならないかな?」
「何本あっても問題ないさ」
「わかった。じゃあ運搬用の鞘と袋があると思うから探してみよ!」
「そうだな」
そして棚や壁の後、隣りの部屋の倉庫などを探しているとそれらしき物があった。それを全部持ちだして、刀が陳列されている部屋に置く。
「よし」
「どれにするの?」
「まずはさっきのだ」
「備前国住人雲次ね」
「そうだ」
「そして、次はこれだ」
俺はガラスの台座を指さす。
「それは、正恒っていうんだって! いいんじゃない?」
「あとはこれだ」
「えーと、福岡一文字っていうみたい」
「短いのもあるようだ」
「それは清綱」
そして俺はこの中でも一番気になっている物を指して言う。
「あれも良いな」
「えっと、童子切安綱っていうらしい。なんか凄そうだね」
「恐らくそれは良いものだ。まあどれも良い物だがな」
「そりゃそうだよ、どれも重要文化財で国宝って書いてあるもん」
なるほど。国宝か…悪い物のはずがなかった。国の物をこんなに持ち出しても良いものかと不安にもなるが、こんな世界では誰も管理などしていない。それに武器は飾っておくものではなく使う物だ。今使わずしていつ使うのか?
館内を全て周りニ十三本の剣を入手した。それを全てリュックサックに詰め込んでいく。俺がそれらを全部詰め込むとミナミが言う。
「じゃあ背負うね」
「ああ」
「よいっっしょっっ! うっわ! おっも!!!」
ミナミはそれを少し持ち上げるのがやっとのようだった。俺が右腕でそれを持ち上げる。
「ひょい! って! そんなに軽かったかしら?」
「重くはない」
「そう。でも私はそれを持っていけない」
「問題ない」
俺はそのリュックを背負い、一本の刀は肩にぶら下げた。そしてミナミに向き直り上を指さす。屋上に上がってそこから出るという事だ。
「下からは出ないの?」
「まだ在庫はある。万が一の為にゾンビを中に入れない方が良いだろう」
「わかった」
そして俺とミナミは一気に屋上に出た。月が明るく辺りを照らしており、星が瞬いている。
「いい月だ」
「綺麗ね」
「ああ。あのうめき声が無ければもっと良いがな」
下から聞こえるゾンビの呻きが、その雰囲気を壊している。
「ゾンビいるんだね」
ミナミが不安そうに言うので俺はにやりと笑って、腰にぶら下がる刀を持ち上げた。
「これがある。もう皆に手を出させない」
ミナミが笑う。
しかし、こんな優秀な武器だとは全く思っていなかった。昔の日本の刀鍛冶はとても優秀だったのだろう。刀が不要となった現代で、それらは居なくなってしまったのかもしれないが。
「行くぞ」
「うん」
俺はミナミを抱いて、屋上から一気に暗闇に飛びおりていく。地面にそっと降り立ち周囲を感知する。
周辺にゾンビは五体か…、俺は振り向いてミナミに言った。
「そこに立て」
「わかった」
俺の背中と建物の壁の間にミナミを立たせて、俺は腰の剣を引き抜いた。
シュピ
「行くぞ!」
「いま何したの?」
「邪魔者を片付けただけだ」
そして俺はミナミの手を握り、バイクを置いた場所まで走り出すのだった。




