第660 ゾンビ因子変異株が新たな進化を始める
アッシュバーンに向かう軍用装甲トラックの中、ずっと降り続けている放射線の雨に対抗するために、俺はトラックそのものに結界をはった。皆はフードを外して、チョコレートを口にしている。
ミオが言う。
「なんか、不気味ね」
皆が頷いた。建物が黒い灰で黒く染まり、ゾンビ達が動きを止めて空を見上げている。
「ゾンビ、なにしてんだ?」
運転席のタケルの問いに、俺が見たままの事を言う。
「なにか……口が動いてないか?」
ゾンビ達の口が、パクパクと開いたり閉じたり。それを聞いて、アビゲイルが言った。
「あえて、放射線の雨を取り入れているのかもしれません」
「あえてか……」
「ゾンビ因子の変異株が、そうさせているのかも」
研究員も頷いた。
「バージョンアップに、似てるんじゃないですかね?」
「バージョンアップ?」
「あえて、細胞を壊して、ゾンビ因子で補修する事により繋がりを良くしているのかも」
タケルが、うんざりした顔で言う。
「きもちわりい」
「ウイルスもそうであるように、ゾンビ因子も学習をするんです。病原菌のパンデミックと同じように、今までのがアルファ型だとすれば、ベータ型に、進化しようとしているのかもしれないと言うことです。闇雲に襲ってこずに、見上げているゾンビは変異種というわけです」
「進化中つーわけか。キモいなあ……」
そこで、オオモリが何か気づいたように言う。
「えっと……なんか、規則的にゾンビが立ってません?」
オオモリの声に、アビゲイルが運転席に言った。
「武さん。停めてください」
「あいよ」
車を停めてみれば、確かにオオモリが言うように何か規則があるように見える。それを眺めていると、オオモリが手をポンと打った。
「たぶんですが、あちこゾンビが、一体のゾンビに向かって立ってます」
皆がそれを確かめるために、外を眺めた。
「は!」
アビゲイルが息を飲んだ。
「どうした?」
「もしかしたら……宿主が……他のウイルスを呼んでいる?」
オオモリも、何かに気が付いたように言う。
「なんか、ハブみたいじゃないですかね?各拠点に、細かい回線が集まってるみたいな」
それに、マナが答える。
「まさか……ゾンビが同期してる?」
研究者が言う。
「バイオリンク……」
アビゲイルが驚愕の表情を浮かべる。
「物理的な接触なしに、神経系を同期?」
「はい。ナノ研究にも入っていました」
オオモリが、指をさして言う。
「まってください。えーっと、あれ。上見てないですよ」
すると、一つの集まりの視線が、俺達のトラックに向いていた。
「見てる……」
そいつらは、濁った眼でこちらを見ている。それを見て、俺が言う。
「処分しよう」
だがアビゲイルが止める。
「待ってください。ミスターヒカル。あれが、どういう動きをするのかを見ておいた方がいいです」
「そうか……」
すると、真ん中のゾンビがこっちを指さす。次の瞬間、周りのゾンビ達が石をこちらに投げ始めた。
ガン! ガゴン! と結界をはったトラックに石がぶつかる。すると真ん中の奴が、口を開いた。
「がああああああ」
すると、一斉に周りのゾンビだけがこちらに走って来た。
「指示を出した?」
「明らかに操ってますね」
「組織的な動きを……ゾンビが」
ゾンビ達がトラックに飛びつく前に、俺が剣技で全てを斬り落とす。それを見ても、真ん中のゾンビはただこちらを見ているだけだった。
「あれは、近寄って来ない」
「他の個体が破壊されたのを見て、近寄れば、やられると学んだのです」
研究員が言った。
「学習し始めた……次の段階に……入ったのかもしれません」
「ジェネシス・プロトコル・オーダーの一貫……。あれは、序曲ということかしら」
「そうなります」
「アークパンドラは、人間を間引くだけでなく、適合者を守るための家畜に変えようとしている……」
皆が自分を抱きしめるような格好をして、ぶるりと身震いした。
「気持ち悪い……」
俺はトラックから降りて、剣技を繰り出す。
「飛空円斬!」
視界に入るゾンビが、全て斬れ落ちた。このゾンビを処理したところで、先にはまだまだいるだろう。だが、その先にあるものが何かを考えると、今は一体でも減らしておこうという気持ちになった。
俺が、トラックに乗り込むと、アビゲイルが言う。
「これは、恐らく進化の初期段階です。核戦争後の事を、想定している可能性もあります」
クキが頷く。
「だろうね。いよいよ、奴らの思う通りになりつつあるという事だ」
「はい」
そこで俺が、タケルに行った。
「トラックを出してくれ。とにかく、その大元を叩くしかない」
「だな。出発すんぞ!」
俺達のトラックは、その場を離れて先に進んだ。
オオモリが続ける。
「モーガン・ウイリアムがアッシュバーンに潜伏している理由が、これで分かりましたね」
「ええ、検証データを集めているのでしょうね」
モーガンがあえて、そこにいる理由が判明した。以前は一定方向に向かって歩くだけだったゾンビが、違う動きをし始めた事で、奴らの狙いがなんとなく見えて来たのだ。
あたりの風景を見て、ミオが悲しそうに言う。
「閑静な住宅街なのに……あんな小さな子まで……」
ミオの視線の先には、家族や子供などのゾンビが立っていた。
「とにかく、止めなければな」
その町を抜けたトラックは、林の間を走る道路を走り始める。どこまでも真っすぐに続く道は薄暗く、泥で真っ黒に染まっていた。こんな荒廃した大地の未来に、人間の幸せがあるわけ無いと思った。
次第に車が密集し始める。どうやら逃げようと思って、ここで詰まってしまったらしい。
「推撃でどかす」
俺がトラックを降りて、道に詰まっている車を吹き飛ばした。トラックが後ろについてゆっくり進み、またゾンビ達がぽつりぽつりと集落をつくるように塊り、こっちを見ている。
「今度は……そうか……アビゲイルの言った通りだな」
そのゾンビ達は、手に包丁や鉈、バールやスコップを持っている。アビゲイルが言った、ウイルスの進化と言う意味が良く分かってきた。奴らは、知恵をつけてきている。次の瞬間、バールや十字レンチが、ブンブンと飛んできた。それを全て撃ち落としているうちに、包丁や鉈やスコップを持ったゾンビ達が突進してくる。
「連携か……飛空円斬!」
ゾンビが全て斬れて落ちる。俺がトラックを振り向くと、タケルが運転席で臭い顔をしていた。気配感知では建物にも隠れているゾンビがおり、これでは軍隊のゾンビ駆除は困難を極めるだろう。俺達は、アッシュバーンに近づくにつれて、恐ろしい真実に気づき始めるのだった。




