第656話 マーガレット・ブラッドリーへの過酷な尋問
俺とアメリカ兵が飲み比べをした酒場、その床に毛布に包まった初老の女が座っている。俺達は椅子に座って、その女を見下しながらミラー少将が来るのを待っていた。
「な、何をするつもりなの?」
「黙ってろ」
「私は立場のある人間なのよ。どうなるか分かってるの?」
そこにギイッと、木のドアを軋ませてミラー少将と、軍人たちが入って来る。
「待たせた」
初老の女、マーガレット・ブラッドリーが金切り声を上げる。
「ミラー! ここは、正規の場所じゃないわ! 私に連絡させなさい」
「恐れ入ります。長官、残念ながら、あなたは逮捕されました」
「た、逮捕なら、しかるべき施設に! こんな場末の酒場に連れて来られるなんて、なにをするつもり」
「ああ、気にせずに。ここのオーナーには暇を取ってもらった。いるのは米兵と、彼らだけ」
すると、マーガレット・ブラッドリーは、俺を睨んで言う。
「この人は、特殊部隊? それとも、適合者かしら?」
「恐れながら長官、私達も良く知らんのですよ。たまたま、通りすがりに助けてくれるというものでね、言ってみれば一般市民からの協力者ですね」
「一般市民……ですって……」
真っ青な顔で、震えながら毛布をつかんだ。
「で、あなたには、いろいろ聞きたいんですよ。マザー・レギオン」
「気安く、その名前を呼ぶのをやめなさい!ミラー!」
ミラー少将は、ゆっくり椅子を持って来て、背もたれを前に座る。
「ふむ。随分と強気ですな」
「こ、これは正当な取り調べではないわ! 直ちに、弁護士を呼んで頂戴」
皆が顔を合わせて、苦笑いして言う。
「あいにく、基地の外に連絡がつかんのですわ。あんた、工作員潜らせてるだろ?」
「しりません。連絡がつかないのなら、ここを出て、しかるべき場所へ」
「それもどうでしょう? ご自身の足で歩いて行かれてはどうです。外は得体のしれない暴徒だらけで、噛みつかれるかもしれませんよ。それでも良ければ、今すぐ放り出しましょうかね」
「それは……」
「ここで、知ってる事を話すのが得策でしょう?」
「私には、も、黙秘権があります」
なかなか、喋り出さない。お偉いさんという事で、ミラーも細心の注意を払っているように見える。
そこで、ミナミが言う。
「あのねえ。おばさん、立場わかってんの?」
「おばさん!? あなた、誰に向かって!」
「おばさん意外に、ここにおばさんいないでしょ」
「あなた達……後悔するわよ」
「後悔なら、もう嫌というほどしたわ。いまさら、後悔する事なんてなにもない」
チャリ!
ミナミが日本刀を抜いて、マーガレットの目の前に突き付ける。
「ねえ。斬られるなら、縦がいい? 横がいい? それとも、一思いに首を飛ばす?」
「ひぃ!!!」
俺が、ミナミを制して言う。
「まあ、首が離れたら、話が聞けなくなる。ちょっとまて」
シュッ、チャキン! とミナミが剣をしまう。周りを軍人に囲まれ、訳の分からない俺達に囲まれて、震えながらもここまで虚勢をはれるのは、大した胆力ではある。
「さて」
俺は、カウンターの奥からロンリコ151の瓶を取り出した。シュッとふたを開けてグラスを二つ取り一つをマーガレットに差し出す。米軍の兵士が降参した酒だ。
「言う事を聞いてやってもいい。酒の飲み比べで、俺に買ったら、すぐに弁護士に連絡する」
それを聞いて、マーガレットは一筋の光と言わんばかりにグラスをとる。
「あ……あなたのような、色男と……お、お酒を酌み交わせるなんてね……」
「ああ。その代わり、途中下車は出来んぞ」
グラスを持つ手が震えているが、ブルブルと震えていた。
「まあ、飲め。寒くて震えてるぞ」
俺とマーガレットのグラスに、ロンリコ151を注いだ。
俺がグラスを一気に空けると、ただそれを見て固まっている。
「一気にいけよ」
「わ、わかったわ」
カッとグラスを煽り、マーガレットが苦渋の表情を浮かべる。
「うう……強いぃ。や、焼ける」
「何を言っている。こんな飲みやすいのに……酒に申し訳ないだろう? さあ、飲め」
「ま、まって。水を」
「これが水だ」
そう言って、再びマーガレットのグラスに酒を注ぎ、俺も同じようにグラスに注ぐ。俺がサッと飲んだのを見て、マーガレットが震えながら同じように酒を飲んだ。
「う、うう。熱い……焼ける」
「凄いじゃないか。ほら、飲め」
酒を注いでやり、俺のグラスにも注ぐ。サッと飲み干すと、マーガレットは震えながら見ていた。
「どうした? 飲め。まだ震えてるぞ」
「も、もう」
「ミナミ。斬るなら、縦がいいんじゃないか?」
「そうね」
「の、飲むわ! 飲む!」
さっとグラスを空ける。少しずつ顔が赤くなってきているものの、まだ正気を保っているようだった。空になったグラスに、なみなみについでやり、俺のグラスにも注ぐ。
「なかなか強いな」
「そ、そんなわけでは……」
サッと俺が飲むと、つられてマーガレットも同じ様に飲んだ。
「どうした。涙と鼻水が出ているぞ」
「も、もう、無理……こんなの」
「鼻水が出てるのは寒いからだ、ほら飲め」
トクトクトク!
俺にも注いで、一気にあける。
「む、無理……」
チャリッ!
ミナミの日本刀が、マーガレットの目の前に伸びる。
「鼻を削いだら、鼻水も止まるんじゃない」
「の、飲むわ」
グビ!
「おお、まだまだいけるな。ほら飲め」
またなみなみに注いで、俺が一気に空ける。すると次第に、マーガレットの目が、トロンとし始めた。焦点も良く合っていないようで、ただグラスをじっと見つめている。俺が、瓶を差し出すと慌てたようにグラスを空ける。その後、瓶一本を飲み干したころには、もう真っ赤になっていた。
「もう一本くれ」
「も、もう無理でしゅ……」
「まだ、一本目だぞ」
そう言って、シュっと瓶のふたを開けた。グラスになみなみと注いで飲むと、つられるようにマーガレットも飲んだ。
「ひくっ」
マーガレットは、グラグラと揺れている。毛布もはだけて、下着姿を晒していた。そして俺はそこで、友達に話すみたいに話しかけてみる。
「なあ。なんで、あんなことしたんだ?」
「あ、あんなこと……?」
「ああ、なんで、ゾンビをいっぱい増やしたんだ?」
「な……なにって……そんな事……言えない……わ」
「じゃあ、飲みが足らんな」
俺のグラスに注いで、マーガレットのグラスにも注ぐ。俺が飲むと、またつられるように飲んでいた。もう恐怖に支配され、癖のようになって飲んでしまうのだ。
「ぷはっ」
「ほら。もう一杯」
そうやって、同じ様に酒を飲ませてると、べろべろになっても飲んでいた。それから数杯飲ませると、もう目が閉じそうになって来る。
するとタケルが、汲んで来た海の水のバケツを俺の横に置いた。
「はいよ」
ザバァ! と、マーガレットにかける。すると、びっくりしたように、目を覚ました。
「うあ!」
「寝るな。さあ、飲め」
トクトクトク。
俺が飲むと震えながら、マーガレットも飲んだ。
「で、なんで、あんなことをした?」
「あんたぁ……馬鹿じゃないのぉ……」
すると、ミナミが言う。
「バカみたい。スマホで撮ってあげる」
ミナミが撮り始めると、米軍もカメラを回し始める。俺が飲むと、マーガレットもつられて飲む。
「世界が……汚れきって……るの……分らないの……」
「汚れている?」
「あんたたちみたいな、凡人が……世界の、資源を……食いつくす……から」
「食いつくすから、なんだ?」
また酒を注いで、俺が飲むとつられて飲む。
「うっぷ。だから、リセットする必要があった……」
「リセット?」
「あははははは。そう! リセット! 馬鹿な人類には消えてもらう!」
「それが、ジェネシス・プロトコル・オーダーか?」
「あら、良く知ってること……脳みそはついてるのねぇ」
そう言うと、女達がこいつに、にじり寄った。だが俺は、手で制する。
「辛うじて、俺にも脳みそはあるようだ。ジェネシス・プロトコル・オーダーは、お前が考えたのか?」
「ウフフ……どうしようかしら……ねえ」
もう、下着姿と言う事も忘れ、自分に酔いしてているように見える。
「教えてくれよ」
「あなた……いい男ねぇ……」
俺に手を伸ばしてくるが、ミナミの刀が目の前に出される。
「や、やめなさいよ。こんなもの……おもちゃじゃないの?」
スパッ。触れてしまい、手が切れてボトボトと血が落ちる。
「あら……」
「ヒール」
結局、俺が手に触れて、ヒールをかけることになった。傷が塞がり、マーガレットが言う。
「あら。気のせいだったかしら」
そこで、ツバサとミオが言う。
「治す事無いわ!」
「そうよ、自業自得よ」
「よせ。まだ途中だ」
ミナミが日本刀を引っ込め、俺が手を離す。もう一度グラスに酒を注いで飲むと、マーガレットがつられて飲む。
「あのれぇ……わらしなんかだけで……こんらこと……できるわけなぁい。あはははは」
だんだんと、呂律が回らなくなってきている。とりあえず、酒を飲ますのをやめて聞いた。
「なら、だれだ。ファーマー社のモーガン・ウイリアムか」
「……ああ、あのぉ金づるぅ? かねだすから、飼われてる、らけ……」
俺達が顔を見合わせた。
「飼われている?」
「そうよぉ……飼われて……るぅ。かねあるからぁ可愛がられてぇ」
「ほう……」
ぐらぐら、しながら突然、顔色が悪くなる。そこに、タケルが足でバケツをずらした。
「おっ! おげぇぇぇぇ! げぼぉぉぉぉ!」
バケツの中に、大量に酒を吐き出した。どうやら、体が受け付けなかったらしい。
「おっおっおげぇぇぇぇ!」
吐き終わったところで、俺はロンリコ151を注いで渡す。
「ほら。水だ」
「う、うう」
ごくごく。
「うああああ」
「酔いは冷めたか?」
「も、もう、のめなぁい……」
「いいから飲め」
そう言って、俺とマーガレットのグラスに酒を注ぐ。俺が飲むと、またつられて飲んだ。
「ううう」
「で、誰が、ファーマー社のCEOを飼ってるんだ?」
「あはぁ。あたしたちからぁしても……ぉ、神様みたいなぁ」
「どんな奴だ」
「すばらしき、おかたぁ! この世界をかえるぅ、救世主様ぁ……」
そしてまた、前かがみになってゲロを吐いたと思ったら、その吐瀉物の上にびちゃと倒れてしまった。びくびくと痙攣しているのをみて、ミラー少将が言う。
「急性アルコール中毒で死ぬぞ……こりゃ」
「死なせんさ」
俺はマーガレット・ブラッドリーに手を当てて、ヒールをかけてやる。シュウシュウと、酒が抜けて、スースーと息をたてはじめた。
「不思議な力だな……」
「治癒は低レベルなんだがな」
「……そうか」
俺達は、また新たな情報を手に入れた。こいつらの他にも、何らかの仲間が存在しているという事だ。こいつには、まだまだ聞かなければならない事がある。
俺がマーガレット・ブラッドリーの首根っこを掴んで立ち上がると、ミラー少将が聞いて来る。
「どうするんだ?」
「海水浴だ。きっと、酒もスッキリするだろう」
すると、ミラー少将が言う。
「ラッキーボーイ……私は……君が恐ろしいよ」
「いや……本当に恐ろしいのはコイツらだろ?」
「違いないが」
俺はそのまま、下着姿の初老の女をぶら下げて、海岸へと歩いて行くのだった。




