第655話 首謀者の女狐を毛布でくるんで帰還
パンツ一丁の俺に、だれもが息をのんで近づこうとしなかった。
「な、何をしているの! 早く、そいつを殺して! 棒しかもってないわよ!」
兵士達は、倒れた分厚い鉄の扉と俺を見比べて、ただそこに固まっていた。ただ、マーガレット・ブラッドリーだけが喚いている。するとマーガレットは、後退ってじりじりと俺から距離をとる。
「は、早く! その男を押さえなさい」
電子機器などを避けながら、マーガレットが下がりきったところで、突然ニヤリと笑った。
「うはははは」
ガーーーーー!
手元のボタンを押すと、マーガレットの周りにだけ、透明なケースみたいなのが降りてくる。
「ま、マザー!」
兵士達が、それを見て狼狽えている。
「みな、しもべになるのよ!」
「マザー! やめてください!」
「役立たず!」
そしてマーガレットは、ガスマスクを取り付けた。ブシャアアアアアアア! と白い煙が噴出される。それは、テッド・グローバーの部屋に入る前の部屋の臭いがした。同じ薬品が撒かれているのだろう。
「まったく、世話が焼けるわね!」
「ギッギッー、ギャシャー!」
真白になった空間が、次第に晴れていく。俺の前に居た兵士達が、融合してバケモノに変わっていた。触手を伸ばして、その光のない目をこちらに向けている。
「えっ……」
声を発したのは、マーガレット・ブラッドリーだった。
「なんで、変わっていないの……まさか……適合者?」
「残念だな。俺は、何者にも影響されない」
「……どういう……」
「とにかく、お前は終わりだ」
マーガレットは震える手でスマートフォンのような物を取り出すと、にわかに操作し始める。すると、試験体に変わってしまった兵士達が、俺の方に近寄って来た。どうやら、操作しているらしい。
「こ、殺せ!」
「哀れな」
剣を構えた。
「屍人! 真空乱斬!」
ババババババ! 混ざりあった兵士達が、散らばって普通の死体に変わる。静かになった部屋の中で、マーガレットだけが金切り声を上げた。
「えっ! えっ! どうして!」
「もはや、逃げられん」
「どういう事……レーザー衛星もロスト……核弾頭も消えて……」
「小手先で、どうにかしようとしたのか」
「こ、小手先……最新技術を……」
俺が近寄って行くと、透明なケースの中で慌てふためいている。そして目の前に来ると真っ青な顔で、ガスマスクがシューシューいっていた。
「こ、これは、透明アルミニウムよ! 破れないわ!」
「で、どこに逃げるつもりだ?」
「……それは」
「まあ、待つ事も無いがな」
日本刀に手をかけて、剣技を発動する。
「絶鋼一閃!」
シュキン!
透明なケースが切れて、表側にパタンと倒れた。
「えっ……」
「こい」
「い、いや! バケモノ!」
ゴン!
俺はマーガレットの意識を刈り取り、首根っこを掴んで肩に担ぐ。そのままハッチに向かっていくと、兵士たちが待ち伏せていた。
「ま、マザーを離せ!」
「その御方は新世界の指導者!」
「その手で触れるな!」
銃を構えているが、この女にあたる可能性があるため引鉄が引けないらしい。
「こいつは、厄災だ。アメリカや各国を滅ぼす張本人だ」
「違う! おまえは、この腐りきった世界が正しいと思っているのか!」
俺に問いかけて来るが、そんなものはどうでも良かった。
「どうでもいい。俺は、仲間達と楽しく暮らせればそれでいい」
「お、お前のような奴が、世界をダメにしていくんだ!」
「いや、ダメにしてるのはおまえらだろ」
「き、貴様!」
俺は構わずに、そいつらの方に進んでいく。すると、銃の引き金を引くのが見えた。
「結界」
この女にあたったら意味がないので、俺は結界で銃を弾く。すると跳弾して、兵士達は慌てた。
「悪いが、これが死んだら困るんでな。死んでもらうぞ」
「なっ!」
「鴉影縫」
影から多数の影刃が出て来て、周辺の兵士達が切断されて行く。陰に隠れていても、全てが絶命した。そのままハッチを登り、マーガレットの首根っこを掴んで外にでる。するとそこに艦隊が浮かんでいて、空にはヘリコプターが飛んでいた。俺が担いだまま戦艦に飛び移ると、兵士がジャンプ力に驚いていた。
「な、何十メートル飛んだ?」
「人を担いでるんだぞ……」
「いや、担いでなくてもだろ……」
「マーガレット・ブラッドリーをつかまえた」
「わかりました! すぐに、後部甲板へ」
俺が兵士に連れられて後部甲板に行くと、ヘリコプターが降りて来て、クキとデルが手を振っている。そのヘリコプターに女を連れて乗り込んだ。
「ようやく捕まえたか」
「ああ」
「連行しよう」
デルが、操縦士に言う。
「帰還してくれ」
「はい」
女を床に投げ捨てると、クキが俺にスーツとシャツを差し出してくる。
「また、女達が色めき立つからな」
「すまん」
俺はスーツに着替え、初老の女を見下ろして言う。
「こいつには、聞きたい事が山ほどある」
「そうだな。ヒカル。ずっと追って来たホシの一人だ」
そこで、デルが言った。
「まあ、念のため、身体検査しておこう」
「だな」
マーガレットのスーツを脱がせて、スマートフォンやなにやらを取り出した。下着姿になってみすぼらしい姿をさらしているが、俺がぽつりと言う。
「そいつも、女だ。何か布切れはないか」
乗っていた兵士が答えた。
「救助を想定して、毛布が詰んであります」
「くるんでやれ」
「は!」
マーガレットが毛布でくるまれると、デルが俺に言う。
「敵にも情けか」
「いや、みすぼらしい女を裸で連れて行ったら、俺達が悪人みたいじゃないか」
「プっ……そんな事を言うのか」
するとクキも言う。
「まあ、ヒカルには美学があるんだよ。いろいろとな、スーツもその一つだ」
「なるほどねえ。まあ、悪い事じゃない」
海から陸地が見えて来る。そして、兵士が言った。
「もう間もなく、基地に到着します。ミラー少将が首を長くしておまちです」
「まあ、手間をかけたからな。悪かった」
「いえ……作戦想定時間の三分の一であります」
それを聞いて、デルが頷く。
「潜水艦を撃沈して終わりだと思ったが、一隻たりとも沈めてない。そのうえに理想的な作戦の遂行。
主犯格のマーガレット・ブラッドリーの捕獲。十分お釣りがくるほどの、仕事だぜ。こりゃ」
「それならよかった」
そうして俺達が乗るヘリコプターは、サンディエゴ基地へと降りていくのだった。




