第639話 復讐とゾンビ化までの臨床試験
俺が隠形で次の部屋に忍び込むと、そこでは六人ほどの軍服を着た人間が気づかず談笑を続けている。
「遅いな。もしかしたら捕まったか?」
「時間まで来なかったら、置いて行くんだろ?」
「本当に、本部は俺達を迎えに来るのか?」
「既に、連絡はついているらしい」
すると、奥に座っている奴が言う。
「だが、作戦は失敗だ。トロントは壊滅出来なかった上に、完全にパンデミックを食い止められた」
「はい、リーダー」
リーダーとやらが腕組みをして振り向き、そこにいた奴らに言う。
「それにな……殺害対象の死亡確認の報告がないまま、離脱する事になる」
すると、座っている一人が言う。
「アビゲイル……ですか……母親の死体まで使った罠ですよ。もう死んでますよ」
「死んでもらわなければまずい」
「スパイの報告にあった、アンデッドを破壊する薬剤でしたっけ?」
「そうだ。この被害を食い止めたのは、カナダ軍だけの功績ではないはずだ」
「本当に作れたのでしょうかね?」
「相手は、あのアビゲイル・スミスだ。可能だと思った方が良いだろう」
「アビゲイルは、ヨーロッパにいるはずですよね? この国の、入国のデータにも無かった」
「手引きしている奴らがいる可能性が高い」
「俺達はどうなりますかね?」
「このまま逃げるだけさ」
どうやら、こいつらは都市を壊滅寸前に追い込んだ奴らで間違いない。俺が日本刀に手をかけた時に、黙っていた一人が卑屈な笑いを漏らしながら言う。
「クックックッ……美味そうにアイスを食ってましたね」
「そうだな。子供や恋人同士で感染して、あっという間に広がってくれた」
「実験は成功ですねぇ」
腹がたった俺は、レベル解放しつつ、一瞬で最大の殺気を放った。
カッ!!
ドサドサ! そいつらは気を失って、床に転がる。それを見て俺がそのまま元の部屋の扉を開けると、仲間たちもフラフラしており、何人かが気を失っている。タケルが慌てて聞いて来た。
「おいおい。ヒカルよ。どうしたんだ?」
「腹が立った」
「で、敵はどうした?」
「市民にアイスを食わせて、ゾンビパンデミックを起こす実験だったらしい」
「クソだな」
倒れた研究員を目覚めさせて、フラフラになりながら隣の部屋に入って来る。
クキが苦笑いして言う。
「とんでもねえな。我々はレベルアップとやらをしているから、気を失わすに済んだが、それでもほら」
アビゲイル、エイブラハム、シャーリーン、デルが朦朧とし、オオモリとマナとツバサも頭を抱える。
「すまなかった」
するとマナが言う。
「仕方ないわ。腹が立ったんでしょう」
「つい……、一瞬だけ解放してしまった……」
だが、そこでミオが言う。
「いいのよ! だって私もムカついてるから」
「ああ」
そして皆でその部屋を探索するが、めぼしいものはないようだ。ただ、脱出のための待合部屋らしい。だがそこで、タケルが言う。
「おっ。これ見ろよ」
そこにジュラルミン製の、頑丈なケースがあった。
「何だと思う?」
「開けてみよう」
タケルが掴んで、無理やり蓋を引きちぎった。すると、白い煙がふわりと床に落ちる。
「アイスクリームだ。こいつら……これを持ち帰ろうとしていたんだ」
「なるほど……」
倒れている敵を見て、俺がみんなに言う。
「縛り上げよう」
「わかった」
敵兵を次々に縛り上げ、一カ所に集めた。更にぐるりと縛り上げ、バラバラにならないようまとめる。その上で、俺がリーダーとやらを小突いて起こした。
「起きろ」
「う、うう……」
そいつが目を覚まして、自分が縛られている事に気が付いた。
「な、なんだ!」
「起きたか……」
「き、貴様ら! 一体なんだ!」
俺達を見渡して、一点で止まる。
「あ、アビゲイル……」
アビゲイルは、フラフラしながらもやってきて言う。
「許せない。一般市民の憩いの場に、あんなものを持ち込むなんて」
だがそいつは、聞いていなかった。
「殺害は失敗したのか……くそ。試験体は起動しなかったのか!」
「……それは、私の母の事かしら?」
「!?」
絶句したように沈黙して固まり、ガタガタと震え出した。
「ち、違う。あれは、命令だった!」
「私を殺すためのでしょう?」
「……」
「残念ながら、私は生きているわ」
そいつは、汗を垂らし始める。
「なんで……」
だが、そこでミオが口を挟んで来た。
「いいわ博士。この人には後処理が必用なんでしょ?」
「そうね」
するとミオが、ジュラルミンケースの中からアイスクリームを一つ取り出した。
「子供達が、美味しそうに食べていたアイスクリーム。食べたいから、ここまで持って来たんでしょ? 帰り際の飛行機で、食べようとでもしてたのかしら?」
「うっ。そ、それは……」
「ヒカル。押さえて」
「ああ」
俺はそいつの頭と下顎を押さえ、口を開かせた。そしてミオは、落ちていたナイフを拾い上げ、アイスの蓋を開けてナイフを突っ込み、アイスクリームを掬った。
「おひとつどうぞ」
ナイフをそのまま、口に突っ込んでひっくり返した。そいつは口の中を切ながらも、舌の上にアイスを落とされる。
「あが、あめおっ……ほれあ、らめあ!」
「なーに? もっと欲しいのね」
また、アイスクリームを掬いあげて、口に運び口の中がいっぱいになる。
「あ、あが! ひゃえろ! ああが!」
俺が、そいつの口を閉じてグッと抑え込む。そうしてグイッと顔を引っ張り上げて、上を向かせた。
ゴクン!
「どう? おいしい?」
俺が手を離すと、そいつが言う。
「やめろ! 吐き出させてくれ! やめろ!」
「あら? もっと食べたいの?」
「!!」
「ヒカル」
俺はまた顔を押さえて、下顎を開かせた。ズボッとアイスを突っ込まれ、上を向けた口に残りの溶けたアイスクリームを全て流し込む。
「お、おご!」
また口を閉じさせ、ぐるぐると頭を振ってやる。
ゴクン。
「やめ! やめて!」
そこで、ミオが言う。
「美味しくっていいわね」
「き、きさま!」
だがそれを聞かずに、アビゲイルがスマホを手に持って言った。
「ミスター大森。時間を測って。ミス愛菜はメモを」
「「はい」」
「臨床試験します。どのくらいかかるのか」
「や、やめろ!」
「一分経過!」
するとアビゲイルは、それをデータとして動画に残し始める。
「目の充血が見られます。呼吸が荒い」
「フー! フー!」
「二分経過」
「まだ、見た目は大きく変わらず。意識もあるようです」
「く、くそが……ひどい……」
ミオがそれを聞いて笑う。
「どっちが」
「三分経過」
「呼吸が荒くなりました。黒目に若干膜がかかったように」
「ううう、やめよ……」
「まだ、意識はあるようです」
観察は、そのまま続いた。その状態で十分が経過したころ、異変が起き始める。
「瞳孔が開き切りました。よだれを流し、こちらを睨んでいます」
「フーフーフーフー!」
「既に知性が無くなっています。肌が土気色になり、噛みつこうとしています。ゾンビに変わりました」
ガチ! ガチガチ! と歯を鳴らし始めた。そこで俺が、他の奴らを小突いて起こす。
「う、うう」
「何が……あった」
「ど、どうして縛られて……」
そう言った男が、俺達を見渡す。
「お前ら……なんだ!」
そう言った瞬間、隣でゾンビになったリーダーがくるりと顔を向けた。
「リーダー……」
「があ! うがああ!」
一緒に縛られたそいつに噛みつこうと、首を九十度に曲げてガチガチと歯をならした。
「う、うわああああ! リビングデッドになってる!」
すると、反対側に縛られている奴も青くなっていった。
「な、縄をほどいてくれ!」
それに、俺が答える。
「仲間だぞ? 一緒でいいだろ」
「違う! こうなったらもうダメなんだ! 頼む! 頼むから!」
だが、それにミオが言う。
「あら? 仲間なのに、見捨てるの?」
「ちがう! もうだめなんだ! こうなっては」
「こわ! でも、危なくて解けないわ」
「頼む!」
いつの間にか隣の奴の、鼻が噛まれて引きちぎられていた。
「うぎゃぁぁぁぁl!」
「もしゃもしゃ」
ゾンビがそいつの鼻を食っている。
「やめてくれぇ! 解いてくれえ!」
だがそこで、アビゲイルが言う。
「食料変化による感染者に噛まれた被験者が一名」
「なっ! おまえ! くそ!」
「まだ意識はある。鼻から血を流しているが、変化はない」
「一分経過!」
「目が充血してきました」
同じ様にゾンビになる経過を、全てデータとして収めていた。
反対側に座っている奴が、アビゲイルに言う。
「も、もうわかっただろ! そいつで実験できるだろぉ!」
「時間差の対象が必用です」
「やめろおおおお!」
そして十数分後、鼻をかまれた奴がゾンビになった。
「ふしゅる。ふしゅる」
「口から血が出ているのは、鼻の出血が抜けているだけ。呼吸はしてないようです」
その隣の奴が、必死に逃れようとして暴れるが、結局耳をかじられた。
「次の検体は、耳をかじられました。部位による差異の検証に入ります」
「や、やめてくれ! も、もう!」
そいつらがバタバタと逃げようとすればするほど、縄が緩み始め、更に隣の奴が噛みつかれていった。そうして最後の奴が噛まれた時に、タケルが凄い形相で言う。
「おい、知ってるか? こう言うのを芋づる式って言うんだぜ」
「や、やめて……やめてえ」
そこで、オオモリが冷静に言う。
「最後の検体、一分経過!」
その後……全員がゾンビになって蠢き始めたとき、オオモリが言う。
「六体。四十八分二十七秒です」
「ありがとうございます。ミスター大森、十分良いデータがとれました」
「良かったです」
そこでデルが言う。
「いやはや、怖いねえ。でも、ちょっと驚きなのは、研究員の彼らが顔色一つ変えないことだ」
すると、研究員の一人の黒人女性が言う。
「何度も見ました。そして、それらを動かすための技術を研究していたので」
「そうだったな……」
そこで、アビゲイルが研究員に言う。
「皆も、飲食型のゾンビ因子の広がり方を確認できたわね」
「「「「はい」」」」
「この速度なら、どのくらいで都市が壊滅するか。計算が得意な人はいる?」
「はい!」
「では。お願いします。後は完全にゾンビに変わるまでに、十分から十三分の時間を所要するようです。これは以前ベルリンなどで使われた、噴霧型のゾンビ改変兵器より遅いです。都市に広がりきるまでに、軍隊が対処できる方法をシミュレーションしましょう」
「「はい!」」
そうしてアビゲイルは、ミオに礼を言う。
「美桜さん。ありがとうございます。おかげで、食品型に対する生データがとれました」
「いえ。こいつらの利用価値なんてこのくらいしかないです」
「そうですね」
そこで俺が聞く。
「で、こいつらはどうする」
アビゲイルが冷静に言った。
「処分してください」
「ああ。屍人斬! 乱切り!」
シュバアアア! と切り裂かれたゾンビ達が、次第に人間に戻って死んだ。
そしてクキが言う。
「迎えに来るとか言ってたからな、それを利用するとしようか」
「わかった」
それからしばらくそこで待機していると、まもなくツバサが言う。
「あ、多分来たわ。ヘリが近づいて来る」
「こんな軍人だらけのところにか?」
デルが言うが、クキがそれに返した。
「いや、恐らく……カナダ軍に偽装している」
「なるほどな」
俺の気配感知に、ヘリコプターから人が降下して来るのが分かった。
「ゾンビ化兵が来た」
「おでましか。どうする?」
それにクキが言った。
「ヒカル。ヘリを無傷で回収しよう」
「わかった」
俺達は、こちらに向かって来るゾンビ化兵の気配を感じ取り、待ち伏せをするのだった。




