第637話 消えた母の微笑みと、選ぶ姿なき戦い
アビゲイルは震え、エイブラハムはツバサとマナに支えられて、ただ泣いている。
「コロ……シテ……コ……ロ……」
まだ、魂の声が聞こえていた俺は、アビゲイルに言う。
「アビゲイルの母君は、本当に素晴らしい。こんなになってまで、魂を宿している」
アビゲイルはポロポロと涙を流し、ただ聞いていた。
「この美しき魂を、浄化するがいいか?」
「楽にしてあげて……ほしい……」
俺は、村雨丸を構える。
「レベル五百、解放。断罪なき解放で、無垢なる最期の姿を現すべし。究極奥義、浄天月華!」
俺を中心に、二十メートル四方に白い月光が広がった。剣を振ると、アビゲイルの母親だったものと、その周りで試験体に代ってしまった軍人に、光の帯がスルスルと伸びる。
「ウガアアアアア!」
まるで痺れをきらしたかのように、アビゲイルの母親だったものと試験体に変わってしまった軍人が、空中に飛び上がって、こちらに飛びかかってきた。
俺は更に剣技を振るう。
「霊華一神!」
ジャキ! 一瞬、周辺の空間の時間が止まり、試験体たちは空中にとどまった。
「屍人斬! 抜魂! 六連!」
スパスパスパスパ! と、空中の試験体が切れて、光になり消え去っていく。だがそれぞれの場所に、人間だったころの形で、それぞれが光となって表れた。
アビゲイルとエイブラハムが目を見開く。
「……かあ……さん」
仲間達がその神々しい光景に息を飲み、ただ呆然と見ていた。アビゲイルの母親は、光を放ちながら、するりとアビゲイルの前に降りて来る。
「アビィ。敵に利用されてしまってごめんなさい」
「えっ! 母さん!」
アビゲイルが立ち上がって、母親に触れようとするがすり抜ける。
「どしてかしらね? 私は、魂になってここに居るみたい」
「ごめんなさい。私、母さんを治そうとして、恐ろしいものを発見して」
「いいえ。あれを悪いことに使った人が悪いわ。あれは、人類にとってもっと良い方向にも使えた」
「う、うん……」
次第に、二十メートルに広がっていた光の空間が閉じ始めた。
「すまない。アビゲイル。もう……時間だ」
光の渦が閉じて、周りの軍人たちの光の姿が消えていく。アビゲイルの母親が、アビゲイルの手に触れるようにして言う。
「アビィ……愛しているわ……」
「……母さん……」
「あなたは、あなたの信念を……つらぬい……」
魂は、静かに消えた。アビゲイルは呆然としており、エイブラハムも泣きながら目を見開くだけ。光のエリアはスッと消えてしまい、元通りの空間になってしまう。そこでひとひらの光の花びらが、フワリとアビゲイルに舞った。手を差し伸べて、その光を手に乗せるが、すうっと吸い込まれるように消える。
「うあ……ああ……」
アビゲイルが手を握りしめ、顔を覆って慟哭した。エイブラハムが寄り添って、一緒に泣く。
周りにいた軍人たちが、駆け寄ってきて言う。
「いま、ここに化物がここにいたような、どこいった!」
諜報部員のリーダーが、それに答える。
「あ、あんたら。いまのを見てなかったのか?」
「今の?」
「あの、魂のような物を……」
「な、なにを?」
そこで俺が言う。
「エリアにいた者しか見えていない」
仲間達も目を丸くしていた。タケルが言う。
「あれ、アビゲイルの本当のかあちゃんか?」
「そうだ。魂の残障があった。紛れもなく本物だ」
「そうか……ヒカル、会わせてやったんだ」
「そうだ……」
するとアビゲイルが、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、俺の顔を見て無理に笑う。
「ありがとう。ミスターヒカル、母さんの最後の言葉を聞けたわ。聞けなかったから」
「そうだったか。別れを告げる時間を作れなくてすまなかった」
「充分すぎます。あなたの優しさが、本当によくわかりました」
「大したことはしていない」
だが、俺はほんの少しだけ震えていた。もっと、彼女に多くの時間を与えてあげられなかったことを、あの技の時間はあれが限界だった。自分の技量は前世では世界一だったが、力不足に感じた。
タケルが言う。
「許せねえよヒカル。俺、ぜってえ許せねえ! なんて、ひでえことしやがるんだ。あいつら」
「ああ」
そしてミオも言う。
「本当に……絶対に許さない」
仲間達が俺を見ている。そしてもちろん、俺も冷静では無かった。こんなに悲しい目にあわせた奴を、許すつもりはなかった。
そこで、クキが諜報のリーダーに言う。
「これを仕込んだ奴らが、周辺にいるなあ……。試験体に変わる直前に、この地に連れて来たんだろう。アビゲイル博士をおびき寄せ、あのバケモノに殺させる目的でな」
「酷い事をする……すぐに、軍に伝えよう」
「ああ。だが下手につつかない方が良い。そういうふうに言った方が良い。奴らの技術は進化している。あのバケモノが世に放たれれば、あっという間に壊滅してしまうだろう」
「ただのゾンビではない?」
「違う。あれは、全く別ものだ」
「そうか……わかった」
諜報のリーダーが、軍人にその事を報告しに行った。そしてクキが、俺に小さい声で耳打ちした。
「やつら、いよいよ、俺達を特定して来たな。ヒカル」
「そのようだ。今までのように、こちらが一方的に奇襲をかける事は出来なくなる」
「それに、俺達がここに居れば第二第三の刺客が送られる。都市が壊滅するのも時間の問題だな」
「消えるか……」
その話を聞いていた仲間達も、深く頷いた。
それに対して、アビゲイルが言う。
「私から皆が放れれば……」
タケルが笑いながら言う。
「博士。そんな選択肢は百パーねえよ! 百パー!」
ミオも言った。
「そうです博士。私達は、家族も同然の仲間です。いつまでも一緒です」
「皆さん……」
クキが、少し離れた場所に立っている他の諜報員に言う。
「周りで怪しい動きをしている者がいないか、すぐに探してくれ!」
「わかった」
「わかりました」
そう言って、諜報たちが動き出した。
「じゃあ……」
そうして俺達は、軍人や市民達に紛れながら姿を消す。デルも研究員も俺達についてくる事を選んで、一緒にこの場所から離れる事にしたのだった。




