第630話 薬品の受け渡しと裏切者の可能性
まだノースダコタのマイノット空軍基地は、敵の占拠が続いている。カナダ国内でもモントリオール、ビクトリア、カルガリーにまでゾンビが出現し始めていた。その情報を聞いて、デルがボソリと言う。
「工作員がいるのか……?」
オオモリが答える。
「入り込んだんじゃなく、もともと国内にいる連中がやってるんです」
それに対して、俺が言う。
「いま、薬の製造を中断させるわけにはいかない。ここを脅威から守らねばならん」
クキも頷く。
「その通りだ。目先の脅威よりも、先を見てやらねばならん」
「君らは冷静だな」
「もう、奴らの手口は、嫌というほど味わった」
「そういうことか」
そこに、ようやくアビゲイルがやってきた。
「工場を回し続けて、薬品のストックが出来ました!」
「よし!」
すぐ無線を繋いで、カナダの本部へとつなげた。
「応答してくれ」
「こちら本部」
「薬の準備ができた。もう一度、軍人を呼び戻してくれ」
「首相に代る」
そして、カナダの首相が出た。
「急いで軍人を呼び戻してほしい。薬の準備ができました」
「わかった!」
クキが続けて言う。
「マイノット基地の状況は?」
「いまは、動きが無いが、カナダ軍は戻ってきていない」
「次にまた、撃つ可能性がある。いまのうちに、マイノット基地への空爆を」
「それは……できん。アメリカへの、宣戦布告のような形になってしまう」
「い、いまさら」
「親しい国の首相には電話したが、世界が、この事態を注目しているんだ……」
「そういうことか」
俺が、クキに聞く。
「なぜ、ダメなんだ?」
「カナダが、アメリカ基地を爆撃をすれば、味方だった西側が黙っていないかもしれない。そうすれば、他の地域でも紛争が起きるだろう。アメリカが完全に無力化したと知ったら、東側が動く可能性も高い」
「だからか?」
「カナダ兵士が潜っているところに、空爆はあり得ないだろうが、それよりも世界情勢の方が問題だ」
「世界はどうなる?」
「アメリカは、世界の軍事バランスの最も大きな国だった。だが、現在のところそれが機能していない。それが、世界中に知られる事になれば、そのバランスが崩れるんだよ」
「そうなると?」
「下手をすれば、アメリカの傘の下にいた国々が、侵略されるだろうな」
「何故そんな事になる? アメリカが困っているんだぞ?」
「だからだよ。その弱いところにつけこむのが、国々の関係性だ。カナダもそうだが、今ごろはイギリスもNATO加盟国もオーストラリアも、情報を集めるので精いっぱいだろう。そんな中で、カナダがアメリカの国土を爆撃したとなると、自らこちらの情勢をバラす事になってしまう。世界では、アメリカに守られてた国が結構あるからな。アメリカの代理を、他の西側諸国が全てカバーするのは無理がある」
「それは、親分がいなくなって子分たちがやられる。それを、親分の友達たちでは、守る事が出来ない。という、理解であってるか?」
「あってる」
「そんなもので、世界が滅ぶとしても?」
「結局、それで日本も中東も滅んだ。そして、次にアメリカとなると、敵は喜んで攻めて来るだろうな。アメリカとカナダが争っているなんてのが、真実でなくてもでっちあげるだろう。そうすれば、西側諸国がいくら動いてもかなり不利な状況になる。下手をすると、大義名分を敵に与える事になるかもしれん」
「そうか……」
それを聞いていた、オオモリが俺に言った。
「ヒカルさん。人間って……愚かなんですよ」
この世界だけの話じゃない。前世でも、ろくすっぽ調査もせずに、世界核に対して俺達を送り込んだ。その世界の核を俺が壊しかけたが、俺の命と引き換えにそれを防いだ。この世界は、それより危うい。
「人……というのは、難しいものだ」
「そうです」
聴覚が発達しているツバサが、皆に言う。
「ヘリの音がするよ」
「どっちだ?」
窓を開けて、クキが確認して言った。
「カナダ軍だ。薬を取りにきたらしい」
「すぐに渡してやろう」
すぐ工場に向かい、シャッターを開けて薬を運び出し始める。そこに、カナダ兵達が走り込んできた。
「薬品が、出来上がったと聞きました!」
「できている! 持って行ってくれ。すぐに、パンデミックを起こしている地域に散布を!」
「わかりました!」
次々に段ボールを担いで、兵士達がヘリコプターに積みこんでいった。だがその時、俺の耳に違う音が聞こえて来る。そこで、運んでいる軍人に聞いた。
「ジェット機も、こちらに向かってるのか?」
「いえ! その連絡は入っていません!」
俺達は顔を合わせて、俺はすぐに屋上に登る。
すると二機のジェット機が、カナダ軍のヘリコプターに向かって、ミサイルを発射したところだった。
「空接瞬斬!」
俺の剣技で二発のミサイルは空中で爆発して、地上からカナダ軍がミサイルを討つ。そのミサイルは、飛行機を追尾し始め一機を撃墜した。もう一機がミサイルから逃れ、こちらにむかって旋回し始めた。
「閃光孔鱗突!」
ジェット機が上空で四散し、その破片が市街地に降り注いでいく。
軍人が言う。
「あれは、どこの所属機だ?」
「すぐに、管制室に確認を取れ!」
そしてクキが言う。
「敵に……情報が漏れている」
デルも頷いた。
「そのようだ。中に……いるぞ」
「だな」
俺が軍人に言った。
「積みこんだらすぐに持っていけ! 敵がまたやってくる前に!」
「わかりました!」
荷物を運びきって、ヘリコプターが飛んで行った。
「すぐ通信を」
クキが、通信機を取ったところで、オオモリが言った。
「この通信機は、使わない方が良さそうです」
「これが……原因か?」
「はい」
皆が、顔を見合わせた。デルが言う。
「この通信機を持ってきた兵士の顔は、覚えているか?」
そこで俺と、クロサキとシャーリーンが手を上げる。そして、クキが言う。
「俺も記憶している」
「首相が……危ない」
「急ごう」
そして俺達は、製薬工場を締めて、どこにも連絡せずに軍司令部へと戻る事にする。
「一人とは限らん」
クロサキが頷いた。
「敵が気づいている可能性もあります」
適合者のデルも、ゾンビ化された研究員も、普通の人間より早く走れた。俺達とは違う体の変化だが、息を切らさずについて来れている。
アビゲイルが言った。
「ビスク製剤が効いているわ。発作が起きなくなった」
「はい。薬を投入してから、私達の体も楽になりました」
「治験しているみたいで、申し訳ないわね」
「役立つのなら本望です」
そうして俺達は、再び軍の司令部が見えるところに到着したのだった。




