第618話 ファーマ―社カナダ支部への侵入
こんなことは、前世ではあり得ない事だった。まるで、何処に行ってもついて来ると錯覚してしまう。人間が作った組織が、世界を滅ぼそうと動いているのは事実だった。魔王でもなく地獄の悪魔でもなく、人間が人間の世界を終わらせようとしている。
この世界の状況を救うのが、簡単ではない事は分かっていた。いくら俺のレベルがどれだけ高くても、世界に同時に展開している敵組織を壊滅させられない。ゾンビが、こんなに厄介だと感じたことはない。
「どうするか?」
俺が尋ねると、アビゲイルが答える。
「ファーマー社が、新しい情報があるのかもしれません。そのデータを守っている可能性もあります」
だが、シャーリーンが言う。
「博士……。いままで、散々、私達に盗まれてますから……。既に消されているかと」
「……そう……かもしれません」
「今は、一刻も早くゾンビ破壊薬と、ビスク製剤の量産を急ぐべきでしょう」
「わかりました」
そうしてアビゲイルは、研究室へと戻って行った。
「バンクーバーもトロントはまだ、軍隊が守れてるらしいぜ」
タケルの言葉に、クキが返す。
「俺達の情報が早かったからな。首相が、早急に手を打ったのが功を奏したんだろう」
「確かになあ」
「それより、モントリオールのファーマー支部。突入した警察が、出てきていないらしいな」
「やっぱそっちか」
「ヒカルはどう思う?」
「ゾンビ化兵か、あるいは試験体か」
「なら、やはりそっちをおさえないと、内部から崩壊していくぞ」
「そうなるな。すぐに行った方が良いかもしれん」
「んじゃ、俺とヒカルでいっちょ、処理してくっか」
「ああ」
「そうだな。ここはひとまず安全なようだ。二人で行って来れ」
するとそこで、デルが俺達に言う。
「なあ、俺も連れて行ってくれないか?」
「何故だ?」
「ここにいると、人に触るんじゃないかと、気が気じゃないんだよ。俺が触れたら、ゾンビ感染させる」
「……なるほど」
クキも頷いた。
「いいんじゃないか?」
「なら、行こう」
「恩に着る」
すぐ首相に、大型バイクを二台用意してくれと依頼する。一時間後には大型のバイクが運び込まれた。俺達はそれを見て唖然とする。
開口一番、タケルが言った。
「えっ! これ、バイク?」
持ってきた専門家が言う。
「そうです。カナダのメーカーです」
「これがバイクか……」
「カンナムスパイダーと言う三輪バイクです」
それは、前のタイヤが二つ、後ろが一つの変則的なバイクだ。俺達の想像していた物とは違っていた。
「最高速は?」
「一応、二百キロがMAXです」
「おもしれえ」
タケルが楽しそうだ。今までいろんなバイクに乗って来たが、三輪バイクは初めてだった。
「タケルさん! はい! スマホ!」
「サンキュ」
「ヒカルさんも!」
オオモリが特別に用意したスマートフォン、それを懐にしまい込んでバイクに乗り込む。
「ふーん。安定感は高いな」
「そうだな」
「だけど、車体は重いみたいだ」
「スピードが出ればいいさ」
「ま、そっか」
そして俺は、カナダ軍から装備を受取ったデルを後ろに乗せた。
「行くぞ」
「あんたは、くっついでも大丈夫なんだよな?」
「俺は、ゾンビにならんようだ」
「わかった」
ランプを光らせた警察車両がサイレンを鳴らして、俺達を先導し始める。
タケルが、ニコニコと喜んでいた。
「おもしろ! バイク用意してもらった上に、先導してもらえるなんてよ!」
「そうだな」
車が次々に止まり、脇にどけていく。俺達の三輪車は、避けた車の間を突っ走った。
「うひょー! 特別待遇で、スピード違反。最高だねえ」
「そうだな、わざわざ避けなくても良い」
デルが苦笑している。
「あんたら、ほんと面白いよな」
「なにがだ?」
「この緊急事態に、なんでそんなに楽しんでいられるんだ?」
「なんでって、楽しいからだ」
「そうか……楽しいからか」
あっという間に、目的地に着いた。そこで、タケルが言う。
「つうかよ……バイク待ってた、一時間はなんだったんだ? 最初っから、パトカーに乗って来ればよかったんじゃねえかな」
「問題ないだろう」
「……ま! そうだな! 面白いバイク乗れたしな! 爽快だったし!」
「ああ」
俺達を、警官隊が迎え入れた。一緒に来た職員が、説明をしている。
「あなた方が首相の言っていた、リビングデッドのエキスパート?」
「そうだ」
「どうぞ! 今、現場は軍が取り仕切ってます」
「わかった」
俺達が警官から連れていかれると、そこに軍服を着た奴らがいたが、何かざわついているようだった。
「リビングデッドのエキスパートを連れてきた!」
「はあ? たったの三人か?」
それには、タケルが答えた。
「そうだ。俺達が、ゾンビの専門家だ」
「そうか……」
なんだか、気まずそうな顔をしている。
「何かあったか?」
「実は隊を率いて、突入してしまったんだ。何とか脱出して、今この状態だ」
「入るなって聞いてなかった?」
「いや……聞いていたが、警官隊の救出のために現場で判断をして入った」
「ダメだって言ったろ。どうなった?」
「隊員が二十人以上、犠牲になった。なにか、おかしな状態になっている」
「なんだ」
「隊員が……隊員を襲いだして……」
「だから……入るなって」
「それに、奥に入った奴らが戻ってきていない。通信も途絶えた」
「……とにかく、後は任せろ。あんたらは周りを見張れ」
俺達三人が、先に進もうとすると、軍人たちが止める。
「お、おいおい! そんな軽装で行くのか!」
「問題ない」
俺達は、軍人の制止を振り切って、ファーマー社の研究所へと踏み入れる。入り口は爆破されており、俺達は躊躇なく入る。
「さーてとぉ。ゾンビ掃除しますかぁ」
「そうだな」
「デルさんよお。あぶねえから、一応後ろについてな」
「わかった。なんとか、役に立つように頑張ろう」
静まり返る、ファーマー社研究所。既に、電源が切れたのか、電気の消えた館内は薄暗いようだった。そして俺はすぐに、気配感知で研究所内部を探り始める。
「こっちだ」
ゾンビの気配がするのは、どうやら地下のようだ。建物は四階建てらしかったが、他のファーマー社の研究所同様に地下に施設が続いている。
地下一階の奥にいくと、ゾンビの気配が蠢いているのが見えた。
「警官だぜ」
するとデルが言う。
「最初に潜った奴らじゃないのか?」
「だろうな」
俺達が来たのを見つけて、こちらに走って来たが、ガラスの扉にぶつかった。次々にぶつかってきて、倒れた奴が、また立ち上がって全力でぶつかって来る。
「電源が落ちて、自動ドアがロックしたんだろう」
「そう言う事だな」
そこでデルが言う。
「だが、随分頑丈なガラスだ。あれだけの突進でも割れないようだな」
「強化ガラスだ。奴らの施設は、全部そうだった」
「そうか、これもゾンビ対策という訳か」
「もしくは、進入を防ぐための策か。俺達が潜入したファーマー社の研究所は、何処も同じ作りだった」
「……なるほどな。ただの、製薬会社じゃないというわけだ」
「そう言う事だ」
その間も、ゾンビのガラスへの突進は続いていた。だんだん顔が割れ、ぐちゃぐちゃになりつつある。だが、それでも突進を止めない。もちろん知能も、痛みも無い。ただ、同じことを繰り返すだけだった。
「先に進むぞ」
「あいよ」
「お、おう!」
タケルが自動ドアを、腕力だけで開けた。
「炎蛇鬼走り!」
俺の日本刀から、炎の蛇が飛び出して、開いたドアの先のゾンビを一瞬で焼いた。
「行くぞ!」
そうして俺達は、カナダのファーマー社研究所地下へと、進入を開始し始めたのだった。




