第617話 パンデミックし始めるカナダ
カナダ保険局の研究機関に到着した時、研究員らが出迎えてくれた。どうやら、カナダの研究者にも、アビゲイルは尊敬されているようだった。
「博士! 授賞式は見ておりました!」
「素晴らしい発見をされて!」
だがアビゲイルは、沈んだ顔をしている。ファーマー社に悪用されて、こんなことになってしまった。褒められれば褒められるだけ、罪悪感が襲うのだろう。
だが、そこでオオモリが言う。
「堂々としていればいいんですよ! 博士は、本当に凄い発見をしたんだから!」
「ですが……」
「全く問題ないです!」
そう言われて、アビゲイルは少し笑った。
雰囲気を切り替えるように、首相が皆に告げる。
「アメリカの感染症のパンデミックが、カナダにも入り込みつつある。博士が予防薬と防止薬を量産したいと言っているので、協力をしてほしい!」
すると、カナダの研究員が質問をした。
「どのような感染症なのでしょうか? 情報では、狂犬病のようなものだと聞いております」
そこで、カナダの首相が続けて言う。
「信じられんかもしれんが、あれは暴動ではない。どうやら、リビングデッドのようだ」
カナダの研究員たちが、顔を見合わせて呆れたような笑いを浮かべる。
「まさか、ゾンビだなんて」
「事実だ。そして、その脅威はトロントやバンクーバーまで入り込んでいる」
「目と鼻の先ではないですか!」
「そうだ。いま、軍が防衛体制を整えている」
「「「……」」」
どうやら、冗談ではない事が伝わったようだ。そして、研究員たちの質問が次々にアビゲイルに飛び、丁寧にひとつひとつ答えていた。そのやりとりが全て終わり、すぐに着手する必要があると話をすると、休みの研究員たちも全て呼び寄せるよう首相が指示を出した。
「信じられない。ゾンビだなんて」
「架空の話だと思ってました」
「本当です」
「我々の研究機関でも、植物由来のブリッジISCの研究はしておりました」
「そうなのですね」
「日本と提携を組んでましたが、日本が感染症で壊滅し、連絡が途絶えて研究はとん挫しておりました」
「そうなのですか?」
「はい」
そこで、ミオが研究員に尋ねる。
「日本との提携ですか?」
「はい。日本には、ミスター石井という優秀な研究者がいました。そして、宮田教授と言う方とやりとりをしていたのです」
俺達がみな、顔を向ける。ミオが悲しそうな顔をすると、研究員が何かに気が付いたようだ。
「まってください。あなた方はアジア人……それも、日本人ではないですか?」
「そうです」
「もしかすると、ミスター石井を知っている?」
「いえ。宮田先生が私達の仲間でした」
「おお! 宮田教授はまだ生きているのですか!?」
「……いえ」
「……そうですか、残念です」
「最後まで、ゾンビを何とかしようと頑張ってました」
「そう言う方でしたね」
話をし終えると、研究員たちの顔つきが変わりはじめた。殺されたミヤタの事も尊敬していたらしく、その弔いだとばかりに真剣に取り組み始めたのである。
そしてアビゲイルが、俺に言った。
「ミスターヒカル。完成した、ビスク製剤を一部ほしいです」
「わかった」
凍らせた冷凍庫から、剣技で切り取ってケースを取り出した。中から、凍ったビスク製剤が出て来る。
アビゲイルが研究員に見せた。
「これが完成したビスク製剤です。分析していただければ、完成している事が分かります」
「アビゲイル博士。流石に、それは特許ものです。明かして良いのですか?」
「構いません。特許など、どうでもいい。とにかく、全てを開示します」
「「「「はい!」」」」
そうしてすぐに、研究員たちはしかるべき場所に向かった。研究を始めると、研究員が集まって来る。
俺がタケルに言った。
「こんなところに来て、ミヤタの名前が聞けるとはな」
「ああ、やっぱあの人すげえ人だったんだな」
「残念だ」
「だな」
更にアビゲイルは、合流して来た研究員達にゾンビ破壊薬の製法を伝え始める。
クキがカナダの首相に聞いた。
「現状、アメリカはどうなってますかね? 大統領と連絡が繋がったと聞きましたが」
「なにか、不穏な空気だったよ。通信は、そう長くは出来ないと言っていた」
「やはりそうですか」
「どうしてかね?」
「アメリカは、内部分裂を起こしているんです。この騒ぎを収束させたい側と、これを利用している側。ゾンビパンデミックを起こしている張本人たちとの、対立構造がありました」
「そんな事が……」
アビゲイルがやってきて、首相に尋ねる。
「あの……首相」
「はい」
「カナダのファーマー社の件はどのように?」
そう、一連の流れを伝える中で、ファーマー社の事は首相に伝えていた。その確認をしているのだ。
「既に動いたよ。連邦警察が、向かっているところだ」
それを聞いて、クキが言う。
「いや。軍も向けた方が良い」
「連邦警察もそれなりの武装だが?」
「万が一がある」
「検討しよう」
俺達は顔を見合わせる。この状況で、奴らが大人しくしているだろうか? 下手をすれば、加速させるため、あえて招き入れるような行動をするかもしれない。
「検討では無く、決定したほうがいいと思いますよ」
「……わかった。なら、すぐに要請しよう」
俺達の言葉に、首相が頷く。
だが……遅かった。カナダの首相が、先に連邦警察に確認を取ったところ、先に突入した部隊との連絡が途絶えたというのだ。それを聞いて、俺達が顔を見合わせる。
「マズいな」
「ああ」
カナダの首相が聞いて来る。
「これは、どうなっているか、分かるかね?」
クキが答えた。
「次の部隊の突入を止めてください。そして、施設を囲むように指示を」
「わかった」
「ファーマー本部は、ここから、どのくらいの場所ですかね?」
「車なら二時間弱。ヘリなら一時間をきるが……」
「きるが?」
「どうやら、ヘリコプターが謎の墜落事故を起こしたらしい」
「……ファーマー社が、私兵を動かした可能性が高いです」
首相はしばらく、補佐官たちと話をし始める。
「わかった。一個大隊を送ろう」
「賢明です」
どうやら、俺達の動きを知ってか知らずか、ファーマー社も動き出したらしい。
クキが言う。
「下手をしたら、通信を傍受されたかもしれん」
それを聞いて、シャーリーンが頷いた。
「可能性が高いですね。既に、カナダ国内の敵も、動き始めたと考えて良いでしょう」
「だな」
トロントとバンクーバーだけでは無く、国内に点在しているファーマー社が動き出せば、さらに状況は悪化する可能性があった。おそらく、動き出しているのは、ファーマ―支社だけではないだろう。
「クキ。俺達がカナダにやってきた事で、藪蛇になったのではないか?」
「いや。いずれはこうなった。おそらく、世界同時にやってしまえば、アイツらもコントロールできなくなると考えているのだろう。だが、速まったのは事実かもしれんがな」
そんな事を話していると、オオモリが俺達に映像を見せた。
「いよいよです」
そこには、ゾンビに襲われる人間達や、家に避難して助けを求める市民の映像が映る。
「そのようだな……」
「SNSは、ゾンビ一色です……」
トロントやバンクーバーは、もはや壊滅状態になっていて、生存者が懸命に救助の要請をしている映像が映し出されている。カナダ政府は恐らく後手に回ってしまうだろう。そこで、クキが首相に行った。
「ロックダウンした方が良いです」
「わかった。そうしよう」
いよいよアメリカに続いて、カナダも緊急事態に突入していくのだった。




