第614話 完成したブリッジISC製剤
俺達が自動販売機を持って行くと、皆が目を丸くして驚いている。仲間は何とも思ってないようだが、研究者と白衣の連中は手が止まってしまった。
「な、なんだ。あんたら、アンドロイドか?」
「アンドロイド?」
「何百キロあると思ってるんだ?」
「いや、袋を持っていなかったのでな。これごと持って来た方が早いと思ってな」
「だ、だったら取りに行けばいいだろう」
それに、タケルが答える。
「あんたらが、ゾンビを簡単に処理できるんならな」
「それは……」
「まあ、いいじゃねえか。腹減ってんだろ」
そう言ったタケルが、自動販売機のドアに指をかけて力まかせに開く。留め金の金属が全てちぎれて、中にある菓子がむき出しになった。
「ほら」
皆が手を止めて、販売機の周りに集まった。
「た、助かる」
「そうかい」
「立てこもっている間は、食料を切り詰めていたから」
「じゃあ、食え食え」
皆がスナックやチョコレートを手に取ったので、俺がもう一つの飲み物の販売機のドアを引きはがす。そして中にあった飲み物を、配ってやると皆がこらえきれないようにして飲んだ。
「生き返る……」
「本当ね」
オオモリが言う。
「ああ。頭に栄養」
すると、研究員の一人がそれに答える。
「分かります。コーラがありがたいですよね。チョコレートも」
「うんうん。やっぱ、甘いものがないと」
どうやら、皆、コーラを好んで飲むようだ。俺とタケルも、同じ様にコーラを開けて飲む。
「うまい」
「うま!」
それを見て、アビゲイルが言う。
「集中力が上がりそうですね。よかった」
「本当は、飯の方が良いんだろうがな」
「今は、これで十分です」
一通り菓子を食べて、皆が実験に戻った。
「ブリッジISCって、日本に居た頃も聞いたことあるわ」
ミオが言うと、クキが頷いた。
「ああ。先に自衛隊にまかれた薬にも、そんな物があったな」
「確か、海外の薬なんだけど、日本は率先して買ってたのよね」
「……だな。アビゲイル博士の話じゃ、ゾンビと関係がありそうだった」
「ええ。その開発の過程で、ゾンビ因子を発見したって」
「結局、日本はビスクとやらの実験のために、壊滅に追いやられたんだろうな」
それを聞いていた、ツバサが言う。
「でも、さっきの話じゃ、BISCって完成して無かったみたいじゃない」
ミナミも、それを聞いて頷いた。
「そうね。というか私は、それを体に入れてなかったと思う。私が……大人になってからは病院嫌いで、自力で治してたから」
すると、ミオ、ツバサ、マナ、オオモリ、クロサキがミナミを注目した。
「えっ? えっ?」
「私も……大人になってから、病院にかかってない」
「私もかも」
「私なんて子供の頃以来、病院に行ってない」
「僕もですね。会社員時代は、医者に行かない人だった」
そしてクロサキが頷く。
「私も潜入捜査が大変で、病院にかかることなんかなかったですね」
すると、タケルがポリポリ頭をかきながら言う。
「俺もだ。注射怖えし」
「えっー! 武さん、注射怖いんだー!」
「てめえ……舐めてんのか?」
「はは。僕も嫌いでした」
「なーんだよ」
最後にクキが言う。
「俺もだよ。未完成だと聞いていたし、薬よりも酒で何とかしてた」
確かに……クキらしい。
ここにきて、共通点が出て来た。するとそれを聞いていた、シャーリーンが言う。
「何か関係がありそうですね。あなた方は最初はゾンビ因子を持っていたけど、ゾンビにならなかった。もしかすると未完成のビスクを摂取していないから、ゾンビになるのが遅かったのかも」
「確かに……」
「なんか、関係あるかもだから、博士に伝えない?」
「そうね。伝えてみましょう」
それを聞き、アビゲイルが驚いた顔をしている。そして今の話を、研究員と医師たちに伝えていた。
ミオが戻って来る。
「伝えたら、それは貴重な情報ですって言ってた」
「なるほど」
しばらく実験していると、今度はアビゲイルが伝えて来る。
「分りました……」
クキが聞き返す。
「なにがです?」
「未完成のビスクは、ゾンビに感染しやすい土台をつくるようです」
「えっ!」
「もちろん、ビスクで体質が変わっていなくても感染はしますが、ビスクでゲノム編集された遺伝子は、ゾンビ細胞に変わりやすい。普通の人間より何倍も、ゾンビ因子を取り込みやすい構造になるようです。噛まれれば、ゾンビに変わる速度は十倍以上です」
それを聞いて、仲間達が絶句した。
「そういえばベルリンやローマは生存者が残ってたけど、日本はあっという間にゾンビになっていった。生き残れた人は、ほとんどいなかったわ。それって……」
アビゲイルが頷く。
「完成していないビスクにより、遺伝子が間違った編集をされ、ゾンビ因子が破壊された部分と接触し、がん細胞のように極端に増殖したのです」
「でも、アメリカも感染が早いようだけど」
「彼らから採取した、新型のゾンビ因子で分かりました。予め、遺伝子を破壊する計算がされてました」
「予め遺伝意を……破壊? 感染を早める仕掛け?」
「そのとおりですね。本来のビスクの目的は、遺伝子の修復なのですが、ファーマー社は欠陥品のまま、正規品として使ったのです。新型ゾンビ因子の構造には、ビスクの特徴がありました」
「……そうなんだ」
「それも、あなた方の貴重な意見のおかげで発見出来ました」
「それは、良かったです」
アビゲイルが、ニッコリ笑った。
「あの子達は運がいい。ここに居る皆さんと研究機関、そして自らが特殊な因子に感染させられており、あの薬品も入手する事が出来た。今あの子らが飲んでいる薬品は、ただの毒でしかありませんでしたが、何処を補修すればいいか、そしてどの構造を変化させればいいか分かったのです」
「言っている意味は全然解りませんが、それなら良かったです」
アビゲイルが、ミオの手を握ってニッコリ笑った。
「ミオさん! ビスク本来の力を取り戻せそうです」
そう言って、アビゲイルがまた実験に戻っていった。それから実験を続ける間に、俺達は休みを取り、スナック菓子を食べながら白衣の医師たちを休ませる。夜になっても集中的な実験は続いて、夜が明けた頃に、アビゲイルと研究員たちに歓声が上がった。
「見つけた!」
研究員が言う。
「アビゲイル博士。やはり、あなたは天才です。物凄い情報処理スピード」
「それは、ミスターヒカルのおかげ。私のレベルが上がっているから」
「レベル?」
「思考加速という魔法を使えるのよ」
「まるで、アニメです」
アビゲイルが俺達に言う。
「これが、完成した、ブリッジISC製剤です!」
試験管を見せた。今までと何か変わったかと言われれば、全く変わってない。
オオモリが聞き返す。
「どうなるのです?」
「破壊された遺伝子。ゲノム編集を元に戻せます」
「えっと、彼らは治る?」
「……いえ、感知はしませんが、今飲んでいる錠剤とは違い、格段に体の破壊を遅らせる事が出来ます」
「じゃあ、投与するのですか?」
「それは……理論上の話なので……治験をしてみないと……」
だがそれを聞いた、黒人の女が言う。
「博士! 試してください! どうせ、このままじゃ、私達は怪物になっちゃう!」
「そうです! 博士! お願いします!」
「ぜひ、治験してください!」
どうやら研究員全員が、それに対して納得しているようだった。アビゲイルは少し考え込んでいたが、ようやく決心がついたように言う。
「やりましょう」
「「「「「「はい!」」」」」」
そうして研究員たちのために、完成したビスクを用意する。研究員全員が一斉にベッドに寝されらて、点滴を取り付けられていた。白衣の医師たちが、アビゲイルの合図をまつ。
「では、注射を開始してください」
点滴が、研究員に注入されていく。黙って寝ていた研究員だったが、その体に血管が這いまわり始め、息が荒くなってくる。
「これは、大丈夫なのか?」
「好転反応です」
「ングググ」
「うああああ」
「ハアハア」
「みんな頑張って!」
それから一時間も苦しみ、少しずつ熱が引くように落ち着いて行く。
「では、検体を取ります」
医師たちが一人一人から、黒くなった血液を抜き取って試験管に入れていった。それをアビゲイルが、電子顕微鏡で確認し始める。
「ふう……」
アビゲイルが、天井を見上げて息をつく。
「ダメだったのか?」
「いいえ、ミスターヒカル。成功です。遺伝子の修復に成功しました」
「ということは?」
「崩壊を遅らせる事が出来ます」
するとそこで、一斉に歓声が上がった。
「「「「「オオオオオオ!!!!!」」」」」
「よかった! ほんとうに!」
「クソみてえな終わり方しなくて済みそうだな!」
「少しでも、長くこうして居られるんですね」
「はい」
そしてアビゲイルが言う。
「ここにある、ありったけのビスク製剤を完成させます。あとは、搬送の問題です」
「凍らせないといけないと?」
そこで、俺が言う。
「俺が凍らせよう」
「お願いします。ミスターヒカル」
アビゲイルは、丸一日かけて全ての製剤を完成品にした。それを俺が担いで来た冷凍庫に入れ込み、すぐに俺が村雨丸を握る。
「氷結斬!」
ビキィィイィ!
「「「「な!」」」」
白衣の連中が目を見開く。氷結斬を見るのが、初めてだからだろう。
そしてクキが言う。
「これから、モントリオールに向かってみます。ドクターたちも来ますよね?ここに居たらじり貧です」
「お願いします」
俺が、凍った冷凍庫を担ぎ出し皆でトレーラーに向かう。コンテナ内に入っていた、グレープフルーツの余分な分を捨て冷凍庫を入れこんだ。
「じゃあ、ちょっと狭いですけど、皆で乗りましょう」
ミオの言葉に、全員が乗り込み、トレーラーはカナダのモントリオールに向けて出発したのだった。




