第605話 ゾンビ適合者の詳細を知る
適合者と呼ばれる強くなった人間たちについて、研究者らはファーマー社の機密情報を保有していた。アビゲイルも見つけていた情報ではあるが、それを映像で俺達に見せてくれる。俺らが入り口を見張り、気配探知で警戒をしつつ、アビゲイルと若い研究者達が話をしているのだった。
ディスプレイに映るのは、細胞レベルの解析データらしい。アビゲイルがぽつりと言う。
「これは……従来の型と違うだけじゃないのね」
「はい。これを見てください」
それを見て、アビゲイルだけじゃなく、オオモリも声を上げた。
「「これは……」」
「増殖型マイクロナノです。これが、ゾンビ因子と共に、感染者に伝播していきます」
金属製の蠢く生命体のような物を見て、デルが声を上げる。
「待ってくれ。これが、俺の中に入っているのか?」
アビゲイルが目を伏せて答えた。
「そう……なります……」
「本当かよ……」
「はい」
「どうしてゾンビになって、人格を無くす奴らがいるのに、俺は人格を無くさないんだ?」
それには、若い研究者の黒人の女が答える。
「そういう遺伝子を持っているのです」
また、アビゲイルが質問する。
「その遺伝子とは? なぜ、彼のように肉体が増強されるのかしら?」
「テロメアの変化です」
「テロメアの変化……まさか……」
「テロメラーゼの最高活性」
「そんな……」
「無限増殖。すべての細胞が、生殖やがん細胞の性質をもつことになります」
それを聞いて、またデルが声を荒げる。
「ちょ、どういうことだ?」
アビゲイルが優しく答えた。
「あなたは、全身が激しく細胞分裂しているという事です」
「なんだって」
だがアビゲイルが言わなかったことを、若い研究者が言ってしまう。
「一気に寿命を使っているような状態です」
「待ちなさい」
アビゲイルが制するが、デルはもう理解していた。
「つうことは……残りの命を消費して、驚異的な身体能力を得ているって事か?」
「……はい……」
「それじゃ、俺はまるで、がん細胞そのものみたいなものじゃないか」
「「「「「……」」」」」
だがデルは、覚悟を決めたような顔をした。
「まあいいさ。もう、戦友たちはみんなゾンビになって死んじまった。こうなったって事は、他の奴らよりは良かったって事だ。もっと話をつづけて、詳しく聞かせてくれ」
「いいんですか?」
「むしろ。知りたいのさ」
「わかりました」
アビゲイルが、若い研究者に目配せをして促す。すると白人の女性が、大きく頷いた。
「マイクロナノマシンで、その崩壊を遅らせているんです」
「マイクロナノマシンにはそういう機能が、あるのね」
「そうです。そしてもう一つの機能が、リンク」
「どういう技術かしら?」
「生き死に、行動や思考を、共有してコントロールする技術です」
「そんな機能を?」
「バイオ・ユニバーサル・リンク・インターフェース。略してリンクです」
デルがそこに座り込んだ。
「おいおい、マジかよ。俺は、ラップトップPCになっちまったのか……しかも、ウイルス感染とはな」
若い研究者たちが、震えながらデルを見ている。デルが彼らに言った。
「どうだ? 実際に、あんたらの技術で操られるかもしれない、人間を見た感想は?」
「「「「……」」」」
それにはクキが口を挟む。
「そう言うな。デル……彼らは強制収容されてやらされている」
「……分ってるさ」
そして、アビゲイルが腕組みをして言う。
「あの……我々も似たような状況です。ただ、違うのは一点」
「博士。似てるってのはどういうことだい?」
「ヒカルさんの……あれは……テロメアを縮める事の無い、無限増殖なのです」
「なに? そう言えば……卵子の細胞分裂のようだと言っていたな」
「はい。なので……理論上あり得ない事なのです。その理論では、人よりはるかに寿命が長い」
それを聞いて、タケルが苦い顔で言う。
「ファーマー社は、擬似的に超人を作ろうとしてるって事か?」
「そう言う事になります」
「天然と……人工か」
すると、それを聞いたデルが乾いた笑いをする。
「本物と出来損ないって事じゃないか」
だがアビゲイルは首を振る。
「出来損ないなどではありません。少なくとも、あなたはゾンビ因子には打ち勝った」
「でも、寿命は長くはないと」
「それは……」
その場に沈黙が落ちた。研究者たちも、非人道的な事をしていると再認識し、コントロールされるかもしれない対象者を目の前にして愕然としている。
「あんたらは、悪くねえさ。悪いのは、やらせてる悪党どもだ」
「でも……」
「いや、従わないと、頭がバーンじゃ、どうしようもない」
「「「はい……」」」
俺がオオモリに言った。
「オオモリ、頭の爆弾だけでもなんとかならんのか?」
「いくらなんでも、情報が無さすぎます。下手に触って爆発したら大変です」
タケルもエイブラハムに言う。
「爺さんの、手術で何とか出来ねえか」
「わしゃ、脳外科じゃないよ……」
「そうか……、ならヒカルのスキルでは無理か」
「今のところ、打つ手はない」
だがオオモリが言った。
「頭を何かで覆って遮断したらどうでしょう?」
だが、それには研究者が首を振る。
「施設を離れれば爆発するらしいので、遮断すれば破裂すると思います」
その時、俺の気配感知に人の動きがあった。
「誰か来る」
「どうする? ここで騒ぎを起こせば、彼らは爆発させらるかもしれない」
「だが、もう待ったなしだ。始末しよう」
「んじゃ、一旦全員隠れるか。あんたら演技してくれ。仕留めてやる」
「「「「は、はい」」」」
俺達は、テーブルの下やロッカーなどに隠れて待つ。しばらくすると、走る足音が聞こえて来て扉を破って人が入って来た。俺達に気づかないそいつが言った。
「侵入者が入ったようだ。お前達は大丈夫か?」
若い研究者たちは、青ざめながら頷いている。
「ここに、誰か来なかったか?」
「きっ! 来ませんでした」
「……そうか。お前達の研究は大事だからな……殺されちゃ困る」
「はい……」
だが研究者の一人が、機転を利かせて言う。
「け、研究に少し進展がありました」
すると入ってきた奴の声に、驚きが混ざった。
「なに。本当か?」
「はい」
「だが、今は緊急事態だ。彼には報告しておこう。直ぐにここを離れて、安全な場所に」
しかし、そいつは気づいていなかった。一緒に着た奴らは、既に俺が殺していた事に。そいつは一人、研究者たちと話をしていたのだ。
「僕らは、行きません」
「な!」
次の瞬間、クキがそいつの頭を押さえて喉を斬る。
ぷしゃあああ! 血を噴き出して死んだ。
そのままクキが、研究者たちに尋ねる。
「この敷地内なら、動いても大丈夫という事か?」
「敷地内だけなら、ある程度は自由に動いて良いことになってます。だけど、いない事がバレたら」
それには、オオモリがにやりと笑って言う。
「ああ。既に、監視映像はAIのウイルスが作り出して見せてるから。居なくなったことは分からない、動いた事も上手く見せるよ」
「そ、そんな事が出来るのですか?」
「あとは、あの子たちが判断して、生存確率の上がる方向で見せてくれるさ」
「そんな技術が……」
そこでクキが言った。
「とにかく殺しの痕跡を消す。こいつらの死体はどこかに隠して、血をふき取ろう」
「「「了解」」」
殺害した痕跡を消し、死体を天井裏に隠した。俺達は、技術者たちを連れてそこを出る。
「まずは、その爆弾の処理を」
「どうするかだな」
すると、研究者の若い男が言った。
「なら、ある男を探すと良いです」
「ある男?」
「施設のどこかに居ます。ガブリエル・ソロモンという人が」
俺達は顔を合わせる。知らずに、四人のうちの一人に接近していたようだ。
「そいつを、探すとするか」
オオモリが、研究者に聞く。
「データセンターはどこかな? サーバー室とか」
「こっちです」
そして俺達は、若い研究者に続いて工科大学の中を進んでいくのだった。




