第600話 巨大な海軍基地で狙撃される
ゾンビで崩壊したアメリカを進むと、生き残った人々が、生きるために略奪を始めているのを知った。以前の日本でもそうなっていたが、ここまで崩壊は早くなかったそうだ。
俺が、誰ともなく聞いた。
「アメリカ人は、諦めが早いのだろうか?」
ミオが答える。
「まあ……むしろ、日本人が根気強いと言うか、人にものが言えないと言うか……保守的?」
「……なるほど」
それは、仲間達を見ていても分かる。言いたい事を堪えている時もあれば、人を気遣ってそれ以上言わない事もある。もちろんこれまで出会った異国の人達に、それを感じないわけではないが、日本人の方が、思っている事を素直に言わない民族だとは感じていた。
「極限になれば、人はみな同じだ。だが、そのラインが違うだけだ」
クキが言うと、皆が頷いた。
「それが、日本でパンデミックを拡大した原因でもあるのよね」
「まあ、広がってしまえば、日本もアメリカも同じだろ」
田舎町は、殆ど損傷していない。田舎であればあるほど、ゾンビが侵入する可能性が低いのだ。日本とは違ってアメリカは広いので、ゾンビが行き渡るのも時間があるのだろう。
クロサキが、あたりを見回している。
「過疎の村が生き延びて、発展しているところが壊滅とは皮肉なものです」
「文明がアダになるなんてね」
前世では都市から都市までは数日かかり、自動車や飛行機は無く、拡散しにくい世界になっていた。
「急げばまだ、助かる人間は多いだろう」
ミオが頷いた。
「そうね。ヒカル」
「日本は隅々まで広がっていたからな」
「狭いのよ。日本は」
クロサキがそれに答える。
「こうやってみると、日本が標的にされた理由が分かります。狭い島国に、凄い人口がいる。実験の対象としては、それ以上の国は無かったのでしょうね」
それからもときおり、俺の剣技でゾンビを削りながら道を進んでいくと、タケルが言う。
「橋が見えて来たぜ」
タケルの言葉に皆が前を向く。そこには申し訳程度のバリケードが作ってあった。
「橋の向こう側にはゾンビがいるなあ……」
「バリケードは意味がなかったか?」
「きっと向こう側のゾンビだろう」
「……基地があるからか……」
「だな……」
俺は車を降りて、バリケードの前に立ち剣技を繰り出す。
「推撃!」
バグゥー! ガシャン! と大きな音をたてて、バリケードが吹き飛んだ。
双眼鏡を覗いたクキが言う。
「ああ。向こう側のゾンビ達が気が付いたな。こっちに来る」
そこで俺は、皆に言った。
「先に行く。あとからこい」
「あいよ!」
俺は脚力強化を施して、一気に橋を駆けていく。すると、大量のゾンビがこちらに向かってきていた。あれだけ大量だと、トラックの妨げになるだろう。
「燃やす方が良いか……」
剣を構えた。
「炎龍鬼斬!」
ゴウ! と炎が橋の上を舐めるように走り、その分のゾンビが消えた。俺はまた前に進み、掃除をするようにゾンビを燃やしていく。止めてある車が爆発すれば橋に傷がつくので、推撃で海に飛ばしていく。
「新鮮なゾンビは、やはり動きが速いな」
橋を渡り切り、ゾンビが少なくなったので俺は手を上げて合図をした。トラックが一気に渡って来て、タケルが言った。
「んじゃ、いきますかあ」
「そろそろ、うんざりだがな」
「しかたねえって」
渡りきってみれば、対岸は建物が多いようだった。程よく田舎ではあるが、恐らくは米軍の基地からゾンビがあふれたのだろう。あちこちにうろついている。
「俺が適当にやる。構わず進め」
「あいよ」
そしてトラックは西に進み始め、基地の入り口に到達した。クキが言う。
「飛行場よりも、軍港に行ってみよう」
「なんでだ?」
「ここは、世界最大の海軍基地だからな。空母がある可能性もある。空母なら、飛び立つ準備ができてる航空機があるかもしれん」
タケルがポンと手を叩く。
「なーるほどね。さっすが自衛隊」
「サルでもわかるさ」
「な!」
そのやりとりを聞いて、皆が大笑いした。
「「「「あはははは」」」」
「ちぇ。ま、とりあえず行くぜ」
「よし」
基地に入れば、やはりゾンビが増えてきた。市民達を救助した後から、パンデミックが起きたらしい。軍人のゾンビと一般人が入り混じり、こちらに向かってきた。
クキが残念そうに言う。
「ゾンビになっても、軍人は軍人か。動きがいい」
先頭をきって走って来るのは軍人のゾンビで、確かに動きが良い。
「飛空円斬」
見える限りの大量のゾンビが、斬れて転がる。次の瞬間だった。
キィィン! と俺が、刀で弾丸を斬った。
「狙撃だ」
「何処からだ?」
「気配の数が多すぎて特定できない」
そう。俺の気配感知には、ゾンビしか見えていない。人間の気配がないのだ。
「どういう……」
「恐らくは、ゾンビ化兵か、適合者だろう」
「くそ。こんなところで網をはってたのか?」
「飛んできた方向は分かる。ひとまず、あの建物の後ろに!」
ギィィィィン! また撃ってきた。
「まただ!」
そして建物の陰に入り、ようやく銃撃が止まった。
「かなり正確な狙撃だった」
「マジかよ」
「確実に、運転しているタケルを狙っていた」
「俺、死ぬとこじゃねえか」
「俺が殺させない」
「守られる女の気持ちってな、こう言うもんなんかね」
クキが笑う。
「おまえら、そっちの気があんのか? まあ自由だがな」
「ない」
「冗談だよ! 冗談!」
そこで、エイブラハムが言う。
「おいおい。そんな場合じゃないじゃろ!」
「「「ああ……」」」
「ゾンビに紛れてんのか?」
「そのようだ」
「ゾンビ化兵という可能性はあるのかね?」
「すまん。数が多すぎてわからん」
「ファーマー社なら、不用意に動くわけにはいかんじゃろ」
確かにエイブラハムのいう通りだった。狙撃してきた奴が何か分からないうちは、対応策が見えない。
「どうすっかね?」
「突き止めるしかないだろう」
「無視はしないということか?」
「ファーマー社なら潰しておきたい」
俺の意見でやる事は決まった。敵は既に動いているかもしれないが、突き止めて調べる必要があった。俺達はゾンビを処理しつつ、近くの建屋に進入して狙撃から身を守る。
「で、どうやって調べるか」
クキに俺が答えた。
「簡単だ。俺が身を晒せばいい」
「じゃあ……白旗をふってみるか?」
「どうするんだ?」
建屋のゾンビを片付けて進むと寝室があり、そこのベッドからシーツを剥がす。それをモップに括り付けて俺に渡して来た。
「こいつを振れば。敵か味方か分かる。次撃たれれば方向は分かる」
「わかった」
それはそのシーツを取り付けたモップを持って、この建屋の二階の屋根に飛んだ。そして、その上に立ちシーツを取り付けたモップを大きく振った。しばらくの間、ばさばさと何回も振ってみるが、銃撃は飛んでこなかった。直ぐに下におりて、その事を皆に告げる。
「銃撃はなかった」
「ファーマー社じゃねえのか?」
それを聞いてクキが腕組みをする。
「ファーマー社なら向こうから来る。来なければ身動きが取れないという事だろう」
「待つのか?」
「いや、白旗を持って先に進んでみよう」
そして俺達は再びトラックに乗り込み、白旗を立てながら港の方へと車を走らせた。少し走っていたが銃撃はされないようだ。
その時だった。チカチカ! とビルの三階あたりで光る。
「ん? なんか光ってんぞ」
「行ってみよう」
俺達は、そのビルの横にトラックをつける。そこにもゾンビがいるが、全て剣技で殺した。
「ちょっと俺が、見て来る。危険ならクラクションをならせ」
「おっけ」
そして俺は、トラックの荷台から一気に三階の窓まで跳躍し、窓を割って中に入る。するとゾンビ達が寄って来るので、全て剣技で斬り落とした。光った部屋まで走り込み、入り口のドアをノックしてみる。
コンコン!
すると中から声がした。
「あんた! 誰だ!」
「一般市民だ」
「一般市民?」
「そうだ。港に向かいたいと思っている!」
しばらく静まり返っていたが、中から鍵が開く音がした。扉が開くと、二十代半ばくらいの金髪を短く切った男が顔を出した。その姿を見れば、アメリカ軍と同じ服装をしている。間違いなく、ゾンビ因子に犯されているが、知能を無くしてはいなかった。そいつは、俺に銃を向けてる。
「一人か?」
「まずは、俺だけが先に来た」
「……なんだ。助からないじゃないか」
「お前ひとりか?」
「そうだ。全部ゾンビになった」
「なぜ、撃った」
「トラックを止めて、逃げようと思った」
「運転手が死ぬところだった」
「こんなところに来る奴は、まともじゃない。アイツらの仲間だと思ったんだ」
「あいつら?」
「ここにも来ていたが、二人位の人間を連れて、他は皆殺しにしやがった」
なるほど。それならば、警戒する意味も分かる。
「俺達が、白旗を振ったから撃たなかったのか?」
「そうだ。でも、ただの市民とはな……がっかりだ。助からん」
「いや、ここを出よう」
「外は、リビングデッドだらけだぞ」
「ゾンビか?」
「そうだ」
どうやら、自分が適合者だとは知らないらしい。もとより適合者のことなど、知る由もないだろう。
「ゾンビは、いったん落ち着いている。ひとまずその銃を、下げてくれないか?」
「信用ならん」
「俺は、銃はもっていない」
仕込み刀の杖は棒に見えるので、銃を持っていないのは嘘じゃない。俺が手を上げると、そいつは俺の身体検査をして言う。
「まさか、あんた、その棒だけでここまで来たのか?」
「そうだ」
「……」
「まずは出ないか?」
「わかった」
俺はその軍人を連れて廊下に出る。まずはそいつの前を歩き、居合でゾンビを斬ればいいだろう。
角を曲がると階段があり、そこにいたゾンビが上がって来た。
シュピ!
ゾンビは崩れ落ち、障害物はなくなる。米兵は何が起きたのか分からないようだ。
「いくぞ」
「……あ、ああ……なんだ?」
そして一階の階段から見下ろすと、エントランスに十数体のゾンビがいた。
「うわあああ」
米兵が、パン! パン! と拳銃を撃ったら、全部こっちに気が付いた。
「思考加速」
俺は一気にゾンビをかたずけて、元の場所に戻る。次の瞬間、ドサドサとゾンビが倒れた。
「な、なんだ!」
「ラッキーだったな」
「ら、らっきー?」
そしてそいつを連れて、玄関から外に出るとトラックの皆が待っていた。
「連れてきた」
すると米兵が、銃を構えて言う。
「あんたら……まさか?」
「違う。俺達は一般市民だと言ったろう?」
だが男は銃を構えて緊張していた。トラックの荷台から、女達が顔を出すと、ようやくそいつが言う。
「本当……なのか?」
「そうだ」
ようやく銃を下ろしたので、俺がみんなに説明する。
「俺達を、ファーマー社だと思ったらしい」
タケルが苦笑いして言う。
「人違いで殺されるところだったぜ」
米兵が申し訳なさそうに言った。
「申し訳ない。だが、なんであんたは死んでないんだ」
「ああ、俺には福の神がついてんだ」
「……?」
そして俺がもう一言、皆に言う。
「残念ながら、適合者だ」
それを聞いて皆がざわついた。だが、直ぐに理解してアビゲイルが男に言う。
「あの、あなたは、きっと気づかれてますよね? 自分の体の異常さに」
「……こ、この筋肉の事か?」
腕をまくると尋常じゃないほどに発達した、腕が見えた。
「急になったのでしょう?」
「あんた! 何か、知ってるのか?」
「はい」
アビゲイルは表情に少しくらい影を落とし、俯きながら返事をする。
「ひとまず、このまま港に向かう。あんたはどうする?」
「い、一緒に行こう」
そして俺達は適合者の米兵を乗せて、一路港に向かって走り出すのだった。




