第599話 荒んでいくアメリカの日常
シャーリーンが回収したデータにはかなり重要なデータがあり、俺達は試験体が運び出された場所に行くべきという結論に至る。
そしてクキが言った。
「てっきり、あの基地があった、バミューダ海域あたりなのかと思っていた」
「あれは爆破されたからな。もうその周辺には無いだろう」
「まあそうなんだが、想像とはだいぶ違っていた」
それを聞いてクロサキも頷いた。
「本当ですね。大都市の近くとは……」
だが、アビゲイルがその言葉を受けて、静かに話す。
「もしかするとですが、ファーマー社は……大学を利用していた可能性があります」
「……なるほど」
「出所から考えると、その可能性は大きいです」
皆が頷いた。俺にはよくわからんが、皆には分かっているらしい。
「とにかく、どこかで船を入手するか、航空機を手に入れる必要がある」
「陸路では、厳しすぎますね」
「ああ」
そう、あの試験体は、このアメリカ本土から出ていたのだ。しかも、ここからそう遠くは無い。そこで俺達は、次の場所を決めた。オオモリが確認するように言う。
「では、良いですね。ここで」
地図を指さすと、クキが深く頷く。
「ああ。行こう。マサチューセッツへ」
「「「「「「はい!」」」」」」
「では、先に目指すのはここだ」
「ここから、目と鼻の先。バージニア州の、ノーフォーク海軍基地ですね」
「そうだ」
俺達は、避難してきた人らに出て行くことを告げる事にする。クキが、警察官に語り掛けた。
「このままでは埒が明かんので、一度ここを出てゾンビの町を通り、南に向かってみようと思っている」
「危険じゃないか?」
「来たの米軍基地は壊滅していた。なので、南ならと思うんだ」
だが他の人間が言う。
「俺達は、南のニューポートニューズから逃げて来たんだぞ。ここよりも、ずっとゾンビが多かったが、なんとか脱出して来たんだ。あんたら、本当にそっちに行くつもりか?」
「そうだ。あとここに居たら、いずれアイツらがやって来るかもしれん。俺達が出て行ったら、全ての道にバリケードを設けるといい。とにかく、食い止めるしかない」
すると警官が言う。
「わかった。あんたらも気をつけてな」
「ああ」
すると屋敷の主人が言う。
「あんたらのおかげで、魚がいっぱいとれたよ! 日本の干物の作り方を、教えてくれてありがとう! 燻製をするにも、燃やすものが限られていてね。あれで食料を保存できそうだ」
「それは良かった。じゃあ、皆も元気で」
「あんたらの無事を祈るよ」
俺達は、ガソリンを分けてもらったトラックで、その集落を出発するのだった。一旦西へ向かいつつ、迂回して南下するルートだ。
そして俺が言う。
「南下するまでは出来るだけ、通り道にいるゾンビは全部かたずけて行こう」
「だな。できるだけ、あの集落にゾンビが行かねえようにな」
走りながらも、ゾンビを見つけては荷台の上から剣技をくりだした。
「刺突閃」
「まったく。こんな長閑な風景で、ゾンビなんてな」
「天気もいいし、本来なら最高の観光なんだろうね」
クキが言うと、ミオが寂しそうに言った。つい最近まで、アメリカは普通の暮らしが出来ていたのに、今は屍人が歩く地獄と化してしまった。
「どれだけの人が生き延びてるのかなあ?」
「そうよね翼。でも、日本だって数年も経過したのに、生きている人はいたわよ。あちこちに避難して、生きている人はいるはずだわ」
「そうだよね」
俺が日本に転生した時は、既にゾンビで埋め尽くされていたが、ゾンビが大陸全土に広がった経緯を見たのはこれが初めてだった。これは前世ではありえない事で、文明の発達が人の行き来をスムーズにし、人口の多さが招いた速すぎる広がりなのだ。
「こうして、日本も壊滅したのだな……」
「そうよ、ヒカル」
だが、クキが首を振りながら呟く。
「恐らくは時間の問題だったさ。ファーマー社やその利権に群がる奴らが生きているうちは、これは絶対に起きると予測していた。ヒカルに会うまでは、抗うのは無駄だと思っていたんだ」
アビゲイルも深く頷く。
「巨大企業の集まりと、国家にまで及んだ金の流れ。それがこんな事を引き起こしてしまうなんて……、それの入り口を私は……作ってしまった」
だがそれには、マナが首を振った。
「いえ。アビゲイル博士。あの、アインシュタインだって、広島や長崎の原爆を想像していなかったわ。結局、力を得たものが、どう使うかが問題なのよ」
「そうですね、アインシュタインには挽回の余地は無かった。だけど私にはまだそれがある。それだけ、まだ救いがあるかもしれません」
「そうよ。絶対に切り開けるはず」
「はい」
揺れるトラックは、左に曲がり先の橋を渡る事になる。そこで俺は、ゾンビを処理するのをやめた。あとは道を塞ぐ大群が居れば、それを排除するだけだ。そして、広大な畑が続く道をひたすら走り続ける。
「アメリカは広大だな。日本じゃ、山か海に差し掛かっていただろう」
美しい風景が広がり、遠くに見える木々が赤い葉を付けている。時おり民家があり、俺の気配感知では生存者がいる事も分かっている。
「田舎に行けば、ある程度ゾンビは減るな」
「そのようだ」
ただ、皆は警戒を解いていなかった。それは、ゾンビ以外に原因がある。
ミナミが運転しているタケルに言う。
「道は気を付けてね」
「わかってるさ」
そしてその懸念は、すぐに現実のものとなった。トラックがスピードを落とし、先を見ると道に車が置いてあり封鎖されている。
「あー、やっぱそうなるか」
タケルがあきらめのように言う。先を見ていると、男達がぞろぞろと出てきた。構えてはいないが、銃を持っている。敵対するかどうかは分からないが、軍人や警察じゃない。今までの世界を冒険した経緯から考えると、どう見ても品行方正の奴らじゃない。
ミオが悲しそうに言う。
「ゾンビ世界になると……こう……なっちゃうのよね」
タケルも残念そうだった。
「だな。で、今のところ敵対してる感じは見えねえけど、あぶねえっちゃあぶねえぜ?」
だがシャーリーンが言う。
「海に行って分かりましたが、ミスターヒカルがいて、危ないなんてことあるんですか?」
「「「「「「「「「ない」」」」」」」」」」
「では、接触して良いんじゃないでしょうか?」
「しかたねえなあ」
タケルがゆっくりとトラックを進め、男達が待っているところに進んだ。戻る必要も無いが、後ろの方から何台かの車が走って来た。
「挟まれたなあ」
クキが言う。
「話をつけてくるか」
「じゃあ、行こう」
俺とクキがトラックの荷台から降りて、男達のところに歩いて行く。刀は背中のリュックにさしており、クキも銃などはもっていない。
「あー、ここを通りたいんだが、あんたらは何をしてるんだい?」
するとガラの悪い奴らが、ニヤニヤ笑いながら言う。
「いや。食料を持ってねえかと思ってな」
「食料はもってない」
「あっ? それを信じろと?」
「本当だ」
「まあ、見ても良いが……」
すると男達がトラックの後ろの方に歩いて、荷台に乗っている仲間達を見る。
「おいおい! ハーレムかよ! いい女がごろごろ乗ってるぜ」
一人が言うと、男達がぞろぞろとトラックを囲む。
「おお、いいねえ。なんだ、あんたら、自分達だけお楽しみって訳か?」
クキが渋い顔で言う。
「楽しい事など無い。あんたらの国の一大事だ。こんな所で、こんなことしてていいのか?」
「あはははは! もう世界は終わったんだよ! ゾンビだらけだ!」
「ちげえねえ! こんな世界になったら、好き勝手やったやつらの勝ちなんだよ!」
「まったくだ! どうせ終わるなら、美味いもん食って女抱いて。それでいいんだよ」
呆れたものだ。この状況を力を合わせて突破しようとは思っていないらしい。
面倒なので俺が言った。
「とにかく、邪魔だ。車をどけろ」
それを聞いても、男らはへらへらと笑い続けていた。そうしているうちに、後ろの方から走って来た、三台の車が停まり、何人かの男が下りて来る。
「どうした?」
「見ろよ。いい女をいっぱい乗せてる」
「ほう……」
それを見て、ミオが大声で言う。
「あなた達。多分、やめた方が良いわ。後悔すると思う」
「「「「くっくっくっくっ!」」」」
「これでも、そんな事が言えるのか?」
次の瞬間だった。ガシャっと、男達が銃を抜いて俺達に向けて来た。するといつの間にか降りてきた、タケルが男の後ろに立って言う。
「あーあ、やっちまった」
「おわ!」
気配を消して近づかれた男は、ショットガンをタケルに向けようとするが、あっさり奪い取られてる。タケルはショットガンを取って、構えるでもなく草むらに捨てた。
「てめえ!」
銃が一斉にタケルに向いた。だがタケルは既に、ブンという音と共にそこから消えていなくなる。
「あっ! なんだ?」
違う所に現れて男達に言った。
「おいおい。よそ見してていいのか? 俺なんかよりもっとおっかねえのが怒りだすぞ」
「撃て!」
だが銃声は起きなかった。それもそのはず、十数人の銃は全て俺の手の中にあった。
「「「「あ、あれ?」」」」
「お前達が探してるのはこれか?」
男らがあっけに取られて、俺の手元を見てる。
「て、てめえ!」
だが俺は、その十丁の銃を力まかせに丸めて大きな鉄の団子を作り、ぎゅっと握って小さくした。そして、それを草原の方におもいっきり投げてやった。
ビュン!
一瞬にして見えなくなる。
「で、どうする?」
だが俺達の言葉を聞かずに、男らはただ呆然として言った。
「俺は……夢でも見てんのか?」
「いや、現実だ」
「……」
次の瞬間。男達のズボンが切れて、全て地面に落ちた。ミナミが全員のズボンとベルトを斬ったのだ。
「あら、終末世界の新しいファッション?」
「「「「「な、ななななななな」」」」」
「じゃあ、通らせてもらうわね」
「ま、まて!」
「あら、おバカさんなの? 次は、その粗末なものを斬ってあげようかしら?」
諦めの悪い男達は、パンツまる出しで悪態をつき始める。
「お、お前ら! なにもんだ! こんなことしてタダで済むと思ってんのか!!」
俺が言う。
「ただじゃ嫌なのか? 十分だと思うが?」
「う、うるせえ! 何のマジックだ!」
埒が明かないな。
「ただが嫌なら、くれてやろう。剛龍爆雷斬!」
俺は後ろから来た車に、剣から火の玉を飛ばした。
ドッゴォォォォン!!! と三台の車が遠くの方に吹き飛ばされて行った。
「「「「「へ?」」」」」」
「お前達の車が爆発したぞ」
ようやくわかったようだった。
「に、逃げろぉぉぉ!」
「うわあああああ!」
「バケモンだあぁぁぁ!」
既にタケルが運転席に座り、俺においでおいでをしている。俺が荷台に乗ると、そのまま前方の車の列に向かった。
「推撃!」
路上の車がドカンと吹き飛び、俺達の車は悠々とその間を走っていくのだった。そして俺は確信した。日本であんなにひ弱だった仲間が、こんなに強くなったことを。まるで前世の冒険者のように、ゾンビ世界に順応している事に、嬉しさを感じてしまうのだった。




