第590話 適合者の脅威が迫るワシントン
壊滅していたワシントンの町は、少しずつ人の暮らしが復活してきていた。戒厳令が敷かれ、市民達は軍が割り当てた住居に住み、食料の配給なども始まっている。既にスーパーマーケットや食料品店は軍の管轄下に置かれ、食べ物は必要な分だけ支給するという方式になっていた。
セーフティエリアの範囲も、ワシントンの外へと広がっており、軍のヘリコプターがひっきりなしに行ったり来たりしている。
クキが持っているスマートフォンが鳴って、電話に出た。
「どうした? わかった。すぐヒカルに変わろう」
クキがスピーカーにして俺の前に差し出す。
「ヒカルだ」
「あ。ヒカル。いたわ、多分適合者」
「わかった」
「私と武が見張ってる。いまそっちに、黒崎さんと南が向かってる」
と言ってるそばから、二人の気配を感知した。
「二人を感知した」
「では、後ほど」
クキがアメリカ兵を呼びつける。
「あー、申し訳ないんだが、一旦、治療は中止だ。治癒師がいなくなる」
「わかりました」
そして車が乗りつけられ、ミナミが俺を呼ぶ。
「ヒカル! 来たよ」
「わかった。じゃあ、行って来る」
「よろしく頼む」
俺が車に乗り込み走り始めると、道の上の軍人がどけた。クロサキが言う。
「車を自由に使わないように、軍人が路上に出ているんです」
「混乱しているようだ」
ミナミが状況を伝えてくる。
「ヒカル、見つけたのは臨時の住宅に居る市民よ。本人はもちろん、たぶん周りも気が付いていないわ」
「そうか……」
車が閑静な住宅街に入り込んでいくと、ミオとタケルが待っていた。
「ヒカル!」
「待たせた。どうなってる?」
「出かけてはいないわ。多分家にいる」
俺が気配感知で探って探ると、確かに家の中にいた。
「生きている。と言う事は、ゾンビ破壊薬が利かないという事だ」
タケルが頷いた。
「つーことはよ、ルーサー・ブルースも大丈夫ってこったよな?」
「そうなるだろうな」
「それを聞いて、安心したよ。ルーサーが生きてりゃロスにくるだろうからな」
「まず、ここの奴に会いに行ってみよう」
俺達は建物の前に立ち、呼び鈴を鳴らした。しばらく待っていると、筋肉の発達した男が現れる。
「なんだい?」
クロサキが答えた。
「保健所の見回りです。変わった事は無かったですか?」
「……いや……」
続けて、ミオが言う。
「家にもう一人いますね? 誰ですか?」
「……母親だ」
「具合悪くはなってませんか?」
「な、なってない」
「……感染、してますよね?」
「帰ってくれ」
ドアを締めようとしたので、タケルがグイっと扉を抑える。
バギン!
タケルの力と、男の力でドアの木が折れる。
「うわ」
「失礼します」
俺達は強引に、中に入って寝室に向かう。すると瀕死の状態になった、年老いた母親が床にふせっていた。
「母は感染していない!」
「いや。直ぐに治療が必要です」
「まってくれ」
そこでタケルが男を押さえ、俺が母親のところに座って施術を施す。
「やめてくれ……殺さないでくれ」
なるほど、ここまでの道すがら、感染者は殺されてきたらしい。
「殺さない」
母親はあっという間に真っ白になり、ムクリと起き出した。
「こちら、薬です。直ぐに飲んでください」
クロサキがポーションの蓋を開けて、年老いた母親に渡すと、それをぐびぐびと飲んで治癒を始めた。体温の上昇がみられ、少し若返ったように見える。
「り、リアム!」
「気が付いたのか! ママ!」
「ああ、この通りさ! ピンピンしてるよ!」
「おお!」
二人は少しの間抱き合い、リアムが俺達に言う。
「ありがとう! ゾンビの薬があるのか?」
「皆に聞くわけではありません」
「でも、たすかった!」
俺達は目を合わせて、ミオが母親にそっと告げる。
「ちょっと、息子さんとお話がしたいのですが、よろしいですか?」
「え、ええ。あなた方は?」
「保健所の者です」
「わかりました」
寝室を出て、リビングのテーブルにリアムを腰かけさせる。皆が周りを囲み、前にクロサキが座った。
「すみません。突然で驚きましたよね」
「いや……助かったし。で、話って?」
「驚かないで聞いてくださいね」
「ああ」
「あなたはゾンビ因子に感染してます」
リアムの顔がみるみる険しくなり、睨みつけるような顔になった。だがクロサキは顔色一つ変えずに、そのまま相手を見返している。
「ど、どういうことだ? 全然具合悪くならないぞ」
「あなたは、あのようなゾンビにはならない体質なのです」
筋肉質の腕を、ダンとテーブルに置いてリアムが言う。
「も、もしかして……この体となんか関係あるのか?」
「なにか、変わりましたか?」
「俺は……もっと痩せていたんだ。だが、何もしていないのに筋肉が大きくなってきて……」
「はい、それも関係してるんです」
リアムは少し諦めたような顔をして、軽く項垂れるようにした。
「気づいていたのですね?」
「ああ。何か変だとは思っていた。だが、ゾンビにならないのはいい事だろ?」
だが今度は、クロサキが渋い顔をして答える。
「お母さまが死にかけたのは、実はあなたの体質のせいなんです」
「な、なんだって!?」
「残念ながら……あなたと接触したためです」
「そんな、俺のせいで?」
「現在、この周辺で見つかったのは、あなたが最初です」
男は項垂れた。どうやら母親の死にかけた原因が、自分だという事にショックを受けている。
「なら、ママとは一緒にいない方がいいのか?」
「いえ。あなたのお母様は、抗体を手に入れましたので大丈夫です」
「よかった。俺が守らなければ、ママは年だからな」
ホッとした顔をしているが、クロサキは続けて言った。
「ですが、ここを出歩かない方が良いです。人との接触を避けてください」
「なんでだい?」
「他の人に移るからです」
「そうか……」
「多分見つかれば、軍があなたを連れて監禁するでしょう」
「そ、それは困る。ママを守れない」
「ならば、しばらくはおとなしくして、軍の配給を待ってください。近隣に来た、避難民との接触をしないようにお願いします」
「わ、わかった。そうする」
リアムの深刻な顔を見て、タケルが言う。
「まあ、とにかく隠れていた方が良いのは確かだけどよ。あんたとおふくろさんは、ゾンビにならねえ。それだけでもホッとするんじゃねえか?」
「そのとおりだ」
俺達はリアムと母親に挨拶をして、その家を去る事にした。車に乗り込んで、治療所に向かう。
そしてクロサキが言う。
「生存者……ということは、適合者である可能性も高いということなんですね……」
それを聞いたミオが頷く。
「確かに。そもそも、ゾンビの多発地域から生きて出て来られると言う事は、適合者だからゾンビにならなかったとも考えられる。下手をすれば、次々にここに集められる可能性があるわね」
「これは……ちょっと持ち帰って相談じゃねえか?」
「そうね武」
そして俺達は治療所に戻り、九鬼を含めた仲間達を、会議室に集める事にした。医療工場の会議室に俺達だけ集まり、見て来た事を全て伝える。
それを聞いてクキが言う。
「なるほどな……そうなってくると、セーフティーゾーンを違う場所に作るかどうか迷うな」
シャーリーンが頷いた。
「そうですね。適合者を見つけて守る事も出来なくなりますし、手が届かなければファーマー社が必ず嗅ぎつけるでしょう。そうすれば、どんどん適合者を回収されてしまう」
「そのとおりだ……」
だがそこでアビゲイルが言う。
「あの、地下のシェルターにあった施設。あそこで、その適合者を調べられないでしょうか?」
「あそこは、大統領権限で無ければ入れない」
「そう……ですね」
「何かあるんですか? 博士」
「適合者の体組織を調べれば、何か解決策が見つかるかもしれません」
だがそこでシャーリーンが首を振る。
「大統領の周辺、及び軍関係者が全て白だとは限りません。直ぐに、ファーマー社から嗅ぎつけられる可能性があります」
「確かに……」
そこでクキが言う。
「現状は、今のやり方で押し通すしかあるまい。都度対応しつつ、俺達以外に情報を伝えない事だ」
「「「「「「「はい」」」」」」」
それが一番の最善策だと、誰もが思った。ファーマー社が適合者を集めて、何をしようとしているのか分からないが、みすみす情報を嗅ぎつけられる事もあるまい。
会議を終えて、また俺達は何食わぬ顔で元の業務に戻る。
だが……懸念はすぐに現実とものとなる。
「ミオからの電話だ」
「ああ」
スマートフォンの先から、ミオの残念そうな声が聞こえた。
「多分……また適合者」
「そうか……すぐ行く」
そして電話を切ると、クキが俺に言った。
「やはり生存してここに来てると言う事は、適合者である確率も高いという事だ。この短期間に二人目となると、想像しているよりもマズい状況だな。ファーマー社じゃなく、米軍が集めている事になってる」
「そのようだ……まず、行って来るか……」
「そうしてくれ」
俺は迎えに来た、クロサキとミナミの乗る車に乗り込むのだった。




