第556話 ゾンビ因子を保護するナノマシン
ラスベガスで回収してきた検体を研究所で確認したところ、アビゲイルが眉間にしわを寄せてしまった。アビゲイルが言うには、どうやらファーマー社がゾンビ因子の破壊対策を施してるというのである。
いったん研究を中断し、全員を集めての説明を始めたところだった。
全員がテーブルに座り、煎れたばかりのコーヒーが湯気を立てている。だが誰もそれに手を付けずに、考え込んでいた。そこで、オリバーが気遣って声をかけてくる。
「博士、手はないのかね?」
「今のところ、わかりません。我々が中東イスラエルで破壊薬を撒き、ゾンビを大量破壊したことで、ファーマー社に何かを嗅ぎつけられたのかもしれません」
「なるほど」
だが、それに対してクキが話し始める。
「あれが、そうとは限らないと思いますがね? もともとファーマー社は、対抗薬が作られる事も想定して、開発を急いでいたという可能性はありませんか?」
「もちろんあります。定かではないにせよ、ナノマシンの事は聞き及んでましたので……」
「やはり、ナノマシンですか?」
「はい。それが、私が作る破壊薬の効果を、阻害する役割を担っているようです」
「ということは?」
「ミスター九鬼が言うように、対抗薬を作る事をファーマー社は想定していたともいえます」
「物理的に機械で遮断する方法に出た、という事かな?」
「そのようです。ナノマシンをどうにかしないといけません。ですが、私はそちらの知識はありません」
それを聞いて皆が沈黙してしまう。だがそこでタケルが口を開いた。
「だけど、普通のゾンビもいたぜ。アイツらには効くんじゃねえかな?」
「確かに、それは問題ないかと」
「なら、市民を救う為にも、ひとまず量産するべきじゃねえのか?」
「もちろんそれは進めますが、新型の試験体やゾンビ化兵には効かないかもしれません」
「仕方ねえんじゃねえかな」
「いや、問題はまた別にもあって……」
アビゲイルが口ごもると、シャーリーンが先回りして答える。
「エンハンサーXによる、ゾンビ強化された人間……ですか」
「はい。逆に、彼らを破壊する薬は製造可能です。ですが、ルーサーのように、自分がゾンビになっている事に気が付いていない人ばかりでしょう」
ゾンビ破壊薬を撒けば、自分が悪事に加担しているという意思がなくても、死んでしまう人間がいるという事だ。エンハンサーXを使うにあたって、その覚悟をしている訳はなく、ただの筋肉増強剤と考えている奴がいるという事。アビゲイルはそれを気にしているのだ。
しかしそこでオリバーが、ボソリと話し始める。
「国を守らねばならん。それは、仕方ない犠牲なのではないのかな? 薬を使ったのが運のつき」
「……はい。ですが、彼らに罪はありません……」
だがオリバーは続けた。
「アビゲイル博士。あんたが本当に人道主義者だという事はよーく分かった。ここに来てからの話を聞いて、因子を見つけたのは本当に偶然で、自分のしでかした事の罪滅ぼしをしたいと思っている事も。本当に、良い人間じゃと知る事が出来たのじゃ」
「そんな事はありません」
「いや。そんな事はある。だが、それは、あんたが責任を感じる事ではないじゃろ?」
「いえ。私が責任を負うべき事です」
「うーん。そうは思わんがのう?」
そこで俺が言う。
「無意識にゾンビ化した人間をも救うか……アビゲイルらしい考えだ。だが、こうしている間にも、人間がどんどん死んでいるんだ。確かにあの親子を見れば、心が痛むのも分かるが、心を鬼にしてやるべき事もあるんじゃないかと俺は思う」
それを聞いて、皆が考え込む。だが、ツバサが言う。
「私はアビゲイル博士の気持ちが分かる。自分の見つけた因子で、知らずに死んでいく人達がいる苦しみ。だけど人間としての意識があるのなら、なんとか助けたいという気持ちは分かるかな」
ミオも頷いた。
「インドのチェンナイで出会った、シャンティのように隔離できればいいのだけれど」
「だれが、エンハンサーXを使ったのか特定できない……」
「そうね。自ら加担したゾンビ化兵や新型試験体を倒せないのに、ゾンビやエンハンサーXの被害者は滅んじゃうか……確かに酷い話だわ……」
アビゲイルが申し訳なさそうに言う。
「もちろん仕方ないとは思っています。だけど、その矛盾が悔しくて」
皆が静まり返る。
確かに、その通りだ。自ら悪事に加担している奴らを殺せず、知らずにゾンビになった人間と、エンハンサーXでゾンビ化した人間は滅ぶ事になる。だがそこで俺が言う。
「新型の試験体も、元は被験者だった可能性が高いのだろう? ならば、条件は同じだ」
皆が俺を見る。そこで俺は続けた。
「それに、アメリカだけの問題ではなくなっている。世界存続の瀬戸際に、人としての情を優先してしまうと、取り返しのつかないことになってしまう」
クキも頷いた。
「ヒカルの言うとおりだな、今やるべき事はナノマシン対策なのでは? 大元を絶たねば、ゾンビは増える一方という事になる」
アビゲイルが悔しそうに答えた。
「おっしゃる通りです。ですが、そのナノマシンに対抗する術がないのです」
皆が深刻な顔で黙り込んだ。もうテーブルの上のコーヒーは冷め、皆は、むなしそうな顔をし始める。だがそこでオオモリが言った。
「ファーマー社じゃないんじゃないですか?」
皆がオオモリを見る。
「何がだ?」
「そんな気がするんですよ。だって薬品会社で、高性能のナノマシンなんて作れる気がしません」
それを聞いたオリバーが、無精ひげを撫でつけながら言う。
「大森君が言いたいことは分かる。グロス・オーエス・データの事を言ってるのだろう?」
「そうです。GODは昔から、AIとナノマシンの開発に着手してましたから」
「確かにそうだ。しかも、手を組んでいるという情報があるのだから間違いないだろう」
「はい。いままで、散々ファーマー社のデータを盗んできましたが、それらしいものはどこにもなかった。だから、アビゲイル博士がつかまされた情報は、業務提携の話なんじゃないかと思うんですよ」
「業務提携……」
「ええ。ファーマー社とGODは、お互いに足りない部分を補い合っている可能性がないですか?」
「お面白い着眼点だ」
そこでアビゲイルが聞く
「GODの利点はなんでしょう?」
オオモリが答える。
「医療にナノマシンを使いたいけど、認可が下りない。大量のナノマシンを、人体に流すなんて前代未聞ですからね。だけど、ファーマー社が作ったゾンビ達なら、死ぬことはないです。それを非合法に試せるわけですから、実験ができて利益も得る事が出来る。一石二鳥だと思ったんじゃないでしょうか? 成功すれば、世界的な大発見になるわけですから。ハッキングでも、繋がりはだいぶ見えてきていますし、恐らくはGODが関与してます」
オリバーが眉間にしわを寄せてため息をついた。
「恐ろしい敵を相手にしているわけじゃな」
「やはりそう思いますか?」
「両企業とも、政府の息がかかっているし、政府の関係者もたくさん在籍している。利権もそうだが、癒着が酷くてな……」
シャーリーンもため息をついた。
「お金の集まるところには、いろいろと集まってきます。これは、国を相手取るようなものですね」
「そうじゃ」
俺が思っていたよりも、もっと深刻な状況にあるようだった。
だが俺が言う。
「相手が何であれ、人間にとって良からぬことをしているのならば、全て成敗してしまうのが良いだろう。関与している者を、全て調べ上げる事は出来ないのか?」
オオモリが答える。
「GODは情報セキュリティが、アメリカ国防省より堅牢なんです。サンフランシスコの、データセンターに直接潜入するしかないかもしれません」
オリバーが言う。
「シリコンバレーへか?」
「ええ」
するとアビゲイルが目をキラキラさせて言った。
「ミスター大森なら、ナノマシンへの対抗策が分かりますか?」
「朧気ながら見えてます。ただ、もっと情報が欲しい」
「アビゲイル。オオモリと一緒に、その対抗策を練る事はできるだろうか?」
「もちろんです」
「僕もナノマシンには大きく興味がありますから!」
「わかった。ならば、そのシリコンバレーとやらに乗り込むべきだろう」
「はい」
「アビゲイルは、ゾンビ破壊薬の量産を急いでくれ」
「わかりました。ゾンビ破壊薬の量産に向けて開発を続けます」
「頼む」
次にやる事が決まった。アメリカの滅亡を防ぐには、破壊薬の完成を待つしかないだろう。俺達はゾンビに含まれているナノマシンの対策を打つべく、一路サンフランシスコへと向かう必要があるのだった。




