第555話 偉大な父親への失望
俺達の位置を把握した、クキ達の回収トレーラーがやって来た。二台のバイクをコンテナに積み込み、自分達も乗って出発する。そこに座っている、アルミに包まれたルーサーを見てミナミが言う。
「それで、ナノマシンのキャッチはされない訳?」
タケルが頷く。
「最後の町までだな。そこから、ファーマー社の追跡はねえ」
そして俺が背負っているリュックを見て、ミオが険しい顔をする。
「そして、そこに……いるのね」
「そうだ。剣技で固めているが、試験体の一部だ」
「既に準備は整ってるって、アビゲイル博士は言ってたわ」
「ああ」
すると話を聞いていたルーサーが、興味を示したようだった。
「何をするんだ?」
だが、ゾンビ破壊薬が出来た場合、ルーサーがどうなるか分からない。それを知ってか、皆が一瞬、口ごもる。だから俺が言った。
「ラスベガスを奪取する為の薬の製造だ」
「ほう! そんな薬があるのか」
「そうだ。それを作るのに、どうしてもこれがいるんだ」
「ぜひとも作ってほしいものだな」
「彼女は天才だからな。一度作っているから、問題はないだろう」
「しかし……あんたらは何か知ってるのか?」
それを聞いて、ミオが俺の顔を見た。何処まで話したらいいのかという合図だろう。そこで俺は、深く頷いて話してもいいと促す。
「ラスベガスのあの状況を作り出したのは、ファーマー社です。あなた方を襲ったのも、間違いなくファーマー社。あのラスベガスの状況は、明らかにファーマー社の薬品によるものです」
それを聞いてルーサーが、首をひねって言った。
「なぜ、俺は奴らに誘拐されたんだ? それにいまから、どこに連れていかれる?」
「それは、これから行った先で、研究している博士に聞いてください」
だがルーサーは、感づいているように言う。
「エンハンサーXなのだろう?」
「それは……」
ミオはチラリと息子を見た。それを見てルーサーが言う。
「いいんだ。俺は間違った事をしたんだ」
そう言うと、息子がキョトンとした顔をする。
「パパは、何かしたの?」
「すまない。おまえに俺の活躍するところを見せたかっただけなんだ」
「うん! 活躍したところを見たよ!」
キラキラした目で言うが、苦い顔でルーサーが答える。
「それはな、ある薬の力を借りたんだよ。パパは、ずるいことをしたんだ」
「そうなの?」
「そうだ。その結果、相手を死にいたらしめてしまった」
「……」
子供の表情がみるみる曇っていく。それでもルーサーはただ淡々と話し続けていた。
「パパは、ダメな事をしてしまったんだよ」
「ダメな事?」
子供は状況を理解しきれていない様子で、目を丸くしてアルミに包まれたルーサーを見ていた。
ルーサーは深く息を吐きながら、視線を息子に合わせて言った。
「そうだ。その結果、試合の相手を死に至らしめてしまったんだ。パパは、その薬のせいで、正しい判断ができなくなっていた。それは、絶対に許されることじゃない」
子供の純粋な瞳に、困惑と悲しみが混じり始めている。
「エンハンサーXは、確かにパパを強くした。でも、それはパパの力じゃない」
「そんな……」
「おかしな薬の力に頼って、パパは大切なものを失なった」
子供の唇が震え、小さな声でつぶやいた。
「パパ、悪いことしたの?」
ルーサーは、息子の言葉に胸を締め付けられてるように見える。だが、その表情は防護服の下にあり、窺い知る事は出来なかった。
「ああ、悪いことをした」
「嘘だ」
「嘘じゃない。パパは悪いことをした」
「嘘だ!!」
「ごめんなジュニア。パパはやってはいけない事をした。その天罰が下って、ママもお友達も皆死んでしまったんだ……」
子供の目に大粒の涙が浮かび、拳を握りしめている。それでも、ルーサーは子供に伝え続けた。
「だから、パパは今から、それを償おうと思う。その薬とやらが、パパが犯した過ちを正す手助けになるかもしれないから。パパは、それを手伝おうと思っているんだ」
子供は何も言わず、ただ銀色のルーサーを見つめていた。だけど、その瞳には、尊敬の念はもうなかった。代わりに見えるのは失望の念だ。
ミオは、そんな親子のやり取りを、ただ黙って見守っていた。タケルも、無言で彼らを見つめている。ルーサーが息子に真実を話すことを、ただ見守るしかなかった。
すると子供が叫んだ。
「嫌いだ。パパなんて大っ嫌いだ!」
「……そうだ。パパは最低だ」
「知らない! パパなんて知らないよ!」
そう言って、トラックの隅の方へ行ってうずくまる。俺達は何とも声をかける事が出来ずに、ただその様子を見ているしかなかった。すると、丁度トレーラーは目的地に着く。
ガシャン! と外側からハッチが開けられて、建物に直接つながっていた。その向こうには仲間達が待っていて、俺達はルーサーを連れて研究所に入っていく。だが子供は隅の方で固まり動かない。見かねたタケルが、その子供のところに行って言う。
「おまえの父さんのことを、目に焼き付けた方がいい。大人の責任を、ここでちゃんとみるんだ」
「嫌だ!」
そこに、エイブラハムが入ってきて言った。
「ボウズ。そんなところに座っててもなんにもならんよ。お腹が減っているだろうから、こっちへおいで。きっとお父さんもボウズには、元気でいてもらいたいと思っているのじゃ」
「いかない」
するとエイブラハムは、ポケットからデカいチョコレートを取り出した。そして紙を破いて、一口自分で齧った。パリンと割れてチョコレートが無くなり、もぐもぐと味わっている。
「んー。甘いのじゃ! お菓子がいっぱいあるぞい。来ないと、皆で食べてしまうのじゃ」
そう言うとようやく、チラリと顔を上げた。そしてエイブラハムは、もう一つチョコレートを出して子供に与える。子供はそれをバッ! とひったくり、抱え込むようにした。
「暑かったろう? 向こうにアイスクリームもあるのじゃが、何のアイスが食べたいか見ておくれ」
そう言って手を差し伸べる。すると子供は、ようやくエイブラハムの手を握った。そして手を引いて研究所に入っていくと、皆が出迎えてくれた。
「さ、こっちよ。何アイスが良いかな?」
ツバサが子供に明るく声をかける。そして子供は、ツバサとエイブラハムに連れられ部屋を出て行く。その間、一度も父親の事を振り返らずに。
タケルがルーサーに言った。
「きっと後で、元に戻ってるさ」
「どうだろうか?」
「強いチャンプだったのは本当だ。ちっとばっかし、最後にしくじっただけで帳消しにはならねえさ」
「いや……全て失った」
「んなことねえって」
そこにオオモリが来て言う。
「ここの地下はシェルターになってます。下に行けば、その銀色の服を脱いでも良いですよ」
「わかった」
そうして俺達は、地下の研究所に向かう。歩いている間ルーサーはずっと項垂れており、相当ショックを受けていたようだった。地下に入り、俺達がアルミを取り除いて、爆弾処理の防弾服を脱がせる。
そして椅子に腰かけたルーサーに、ペットボトルのジュースを渡した。
「俺は……本当にバカだった……」
ルーサーは、そう言って頭を抱える。誰もが、何と声をかけていいか分からなかった。
するとそこに、オリバーとボディーガード達が入ってくる。開口一番、明るい声でオリバーが言った。
「おお! チャンプ! 本物だ!」
「いや……俺は」
「あんたの、全盛期は最高だったね。ワシの息子もワシもあんたのファンだ」
「そうか……」
するとオリバーは、ボクシンググローブとペンを持ってきた。
「これに、サインをくれんか。息子に自慢できる」
「俺のサインを?」
「そうだ!」
「わかった」
そしてルーサーはグローブにサインをした。サインを見て、オリバーは本気で喜んでいる。
そこに、アビゲイルが近寄ってきて言う。
「ミスターヒカル。この人と、検体を持って一緒に実験室へよろしいですか?」
「ああ」
俺は検体が入った缶を持って、ルーサーと共にアビゲイルの後ろをついて行く。自動ドアが静かに開いて、ゾンビ破壊薬製造の為の実験室に入っていくのだった。




