第540話 法律家の覚悟
ここに来て、ザ・ベール以外にもファーマー社と戦う人に遭遇する。しかも武力ではなく、法律を武器にして戦う人。オリバー・クレイトンといい、アメリカの有名な家柄の人間らしい。俺達はこれまで、どちらかというと破壊工作をして来たと言っても過言ではない。ただ、研究所は自爆しているのであって、俺達が破壊しているわけでは無いが。
目下の争点は、オリバー・クレイトンに打ち明けるかどうか。争いに巻き込まれれば、彼の命が危険にさらされるのは明白である。だが、そこで何人からか出た意見が、ここまで危険な思いをして集めた情報を、ネット上に公開しただけで何か変わるのか? という事。
有力な法律家で、社会的地位もあるクレイトンの人間に、情報を託してはどうかとなる。
「今までは情報不十分で、ファーマー社も安心しきっていたところがある」
クキが言うが、シャーリーンがそれに首を振った。
「それはそうですが本当の真実を知れば、オリバーの戦い方が変わるかもしれません」
それに今度は、ミオが言う。
「それをうまく使いこなせるかな? 万が一、ファーマー社に目をつけられたら殺されてしまうわ」
「それは……」
だけど、そこでタケルが口を開く。
「でもよ。いずれにしろ、ここで何とかしないとアメリカが全滅するんじゃねえかな? そしたら、法律がどうのこうの言ってる場合じゃなくなる。それにこうしている間にも、アフリカでファーマー社を裏切った奴のように、世界のどっかでゾンビ因子が撒かれるかもしれねえ」
ミナミが深く頷いた。
「私もそう思う。一人の命は大事だけど、誰かが立ち上がらないと、知らない人間は気づきすらしない」
しかしそれにクロサキが言う。
「敵の手は早いです。事が起きる前に、摘み取られるかもしれない。そうすれば、彼は無駄死にします」
それを聞いてオオモリが言う。
「いや。僕が最大限バックアップしてみますよ」
ツバサが腕組みしながら、オオモリを見る。
「それなら、いける?」
だがマナが首を振る。
「それだと、オリバーさんと密にやって行かなきゃダメじゃない? 私達は素性を晒せないのよ」
そこで、ぽつりとエイブラハムが言った。
「あの……我が事のようで申し訳ないが……」
皆が頷いた。
「わしの孫の疑いが晴れる事はないじゃろうか? けっして、アビゲイルは人を殺そうと思ってゾンビ因子を見つけたわけでは無い。母を救いたいと思う一心で、探し当てたのじゃ。もし彼がそのまま突き進めば、アビゲイルは大量死の原因を作った犯人となるのではないだろうか」
しかしアビゲイルが首を振る。
「おじいちゃん。私が見つけたことに変わりはないわ。だから、裁かれても文句は言えないのよ。私はむしろ、オリバーさんに全てを明るみに出してほしいわ」
「しかし……」
やはり話し合いは難航する。だがそこで俺が言う。
「あの老人は覚悟が決まっている。何度危ない目に合っても、諦めずにファーマー社を訴えてきた。命がけでやっている事だ。人生は一度しかないが、彼はそれを自分の使命だと思っている。命がけでやっている事に、俺達は報いるべきだと思う。彼の人生に、悔いを残す事があってはいけないと俺は思う」
皆が静まり返った。なぜならば、ここにいる全員がその思いで戦っているからだ。
タケルが言う。
「英雄ってな、いつでも命がけだろ。あのおっさんが、英雄になるかデマを垂れ流すピエロになるか、俺達がカギを握ってるんだ。俺には、あのおっさんは命を救う英雄になりたいように見えるぜ。今はピエロで悔しがっているが、おっさんの判断次第じゃねえの?」
そこでクキが答えた。
「洗いざらい話してみよう。ヤバかったら、俺達はまた姿を隠せばいい。条件としては俺達の素性をばらさない事、そしてこれから話す内容をもとに、ガードを固めてもらうという条件を出そう」
皆が頷いた。そして俺達は、別室からリビングへと戻る。
するとオリバー・クレイトンは窓から外を見て待っていた。
「お待たせした」
「いや。いい眺めだ」
「気に入ってもらえて何よりです」
「それで、私はどうすればいいかね?」
そこでクキが席に座るように促し、オリバーがクキの前に座る。
「本当の事を話す。あなたは、それを聞く覚悟はあるか?」
オリバーがコクリと頷いた。
「なんだろうか?」
「それを教える前に条件が二つ」
「うむ」
「我々の正体をばらさない事。そして、これから知る情報はかなり危険なので、御家の力を使ってボディガードをつける事。車も防弾が望ましい」
「それは容易い」
「約束してもらうが、もしそれを反故にしたら我々は直ぐに消える」
「いいだろう」
リビングが静かになり、緊張感が漂う。そこでクキが低い声で言った。
「われわれは。壊滅した日本からやって来た生き残りだ」
「な、なんと! あの、日本から!」
「そうだ。ようやくここに流れ着いた」
「なんだって、カジノなんかに!」
「それは、世界の終わりを感じ取っているから……かもしれん。まだこの世界がこの世界であるうちに、生きている我々がそれを体感して胸に刻む。っといったところか」
「良く来たね! ようこそアメリカへ!」
「そりゃどうも」
オリバーは嬉しそうだった。そしてクキが続ける。
「そして、俺達はファーマー社の陰謀を阻止する為に、世界中で戦ってきた。その戦ってきたさなかに、様々なファーマー社のデータを入手しているんだ」
「なんと……」
クキがオオモリを見ると、オオモリが衛星に繋いだパソコンを見せた。
「かいつまんであります。重要データは記憶媒体に入れてお渡しします」
「うむ」
そしてパソコンにデータが流れ始めた。最初はぼんやり見ていたオリバーだったが、どんどん目を見開いて食い入るように見始める。
「そんな……本当にこのようなことが」
「少し前はニューオーリンズ、そしてロズウェルでも同様の事件が起きた。それが、世界各地で起こっている。我々でも、追い切れてない」
一連のデータを見て、オリバーは大きくため息をついた。
「ふうっ。こりゃ、命がけだわい」
クキが腕組みをして言う。
「どうだろう? 今ならまだ止めれる。この情報を手に入れた事を誰かに知られれば、あなたの命が危険にさらされる事になるだろう。それでも、このデータを入手したいと思ってるかい?」
「愚問だな」
「そうか。やはり、いるか」
「当然だ。これを……いくらで譲ってくれる? 百万ドルか? 一千万ドルか?」
「勘違いするな」
「な、もっとか!?」
「タダだ。あんたが命がけでやる事に、金なんかとれるはずがない」
「タダ? どう考えても命がけで収集したデータだろうに」
「我々の目的はただ一つ。ファーマー社を止める。ファーマー社の研究をしている者、そして下位の組織に至るまでを壊滅させたい」
「日本が滅ぼされたからか?」
「それもある。だが、日本の二の舞になりかけている世界を、どうにかしたいと思っているからだ」
「世界を……救うか。いささか荷が重いな。私は被害者を救う為に戦っておったから」
「じゃあ、止めるか?」
「ふふふ。クレイトン家を舐めないでくれ。あ奴らの息がかかった政治家とはそもそも敵同士、未だに地位のある人間は一族に多い。政治家だけではない、国防省、外務省、財務省至る所に入り込んでおる」
「わかった。それならあんたを信じよう」
だが、そこでクレイトンが言う。
「わしを簡単に信じていいのか? ファーマー社かもしれんぞ?」
しかしクキが首を振った。
「うちの大将は、全てを見抜いているのさ。あんたが正義に燃えてる事も、嘘をついていない事もな」
そう言って俺を見た。するとオリバーがうんうんと頷いたようにする。
「そうか。ラッキーボーイ……あんた。もしかして『わかる』のかい?」
「ああ」
「いいね。そうだ、ラッキーボーイ。今日、勝った時のコインを一枚くれ」
俺はポケットに入っていた、コインをつまんでオリバーに渡す。
「確かに運をもらったよ」
「俺は、強運だ。それで身を守れるだろう」
「だろうね。あんたのラッキーは、そんじょそこらのラッキーじゃない」
「そのとおりだ」
そして、オオモリがメモリ―に入れたデータをオリバーに渡す。そこでオリバーは深々と頭を下げる。
「日本じゃ、礼はこうだったか?」
そこでミオが言う。
「そうです。ミスターオリバー。それが日本の礼です」
「あんたら。ここからも命がけで戦うつもりじゃな?」
皆が頷いた。
「私も本当に強運の持ち主だ。あのカジノの、あの席に座って本当に良かった」
そして俺がオリバーに言う。
「まだ、敵に知られてないから安全だと思うが、念のため泊っているところまで俺が連れていく」
「わざわざかい?」
「あんたには、生き延びてやってもらわねばならない」
「じゃあ、お言葉に甘えよう。ラッキーボーイとは一緒に街を歩きたい」
そう言ったので俺は、ベランダの窓をからからと開ける。
「なにをしとるんじゃ?」
「安全に届ける」
「殺すのか??」
「はあ? そんな訳がない」
「じゃあ、なんでベランダなんかに」
「いいからこい!」
俺はオリバーの手首をつかみ、強引にベランダに連れ出して抱きしめて、外に飛び降りる。
「ウッギャァァァァァァぁ!」
「静かにしろ!」
そして、音も無く地面にそっと降りる。
「はっ?」
「どっちに行けばいい」
「ちょ、ちょっとまって。なんでわしらは死んでない?」
「場所を言え」
「あ、あっち」
そうやって指をさしたので、俺はオリバーを背負いダッ!とジャンプをした。次々に車を飛び越え、屋根を走り直線でオリバーの指示した方向へ走る。
「あ、あんた。ラッキーボーイじゃなくて、スーパーマンだったのかい!」
「違う! 俺は勇者だ!」
「おんなじことだ」
「違う」
「こりゃ楽しいわい!」
急に喜び始めた。そして、オリバーが泊っているホテルに着くと、興奮した顔で言う。
「一生で一番最高の夜じゃったわ!」
「そうか」
すると、ホテルの中から二人の屈強な男がやって来る。
「クレイトン様!」
「ああ、みつかっちゃったか」
「どこに行ってらしたのです! ボディガードも無しで!」
「息が詰まるから、ちょっとカジノで気晴らしとった」
「止めてください!」
「すまなんだ」
そしてオリバーが俺の事を紹介しそうになったので、俺は縮地でその場から消え去るのだった。




