第539話 ファーマ―社と法律を武器に戦う人
ラスベガスで知り合った老人と共に、俺達はおしゃれなレストランへとやってきた。俺の隣りで賭けていた男も、かなり儲かったようで、それでご馳走したいのだという。
「いやはや。君みたいな運の強い男は初めて見た」
「そうか」
「名前を聞いても?」
「ヒカルだ」
「オリバーだ。よろしく頼む」
だが、その挨拶をした途端。アビゲイルが大きな声を出す。
「あっ!」
皆が一斉にアビゲイルを見た。すると、ずっと俺だけを見ていた、オリバーがアビゲイルに視点を合わせてぼんやりとしている。だが次に、声を出したのはオリバーだった。
「あ!」
そして次に口を開いたのは、クキだった。
「いやはや。気づかれちまった」
シャーリーンも頷く。
「そのようです」
すると見る見るうちに、オリバーの顔が真っ赤になっていく。
「き、貴様! あ、悪魔!」
大きな声をあげるので、俺が慌ててオリバーの意識を狩る。そして周りに聞こえるように言う。
「随分、酔っぱらったようだ」
「だなあ」
するとミオが立ち上がって、店内の人に謝る。
「すみません。お騒がせをいたしました」
一瞬ざわついたが、また店内は静かな歓談の場に戻る。そして俺がオリバーを担ぎ、シャーリーンがレストランの会計を済ませてそこを出た。
通りには世界中の言語が飛び交い、ギラつく光と熱気が混ざり合っている。空気はどこか乾いていて、ほんのりとタバコと香水の香りが混ざった。高層ホテルのガラスに光る広告が映り込み、観光客たちはスマートフォンで撮影に夢中だった。その喧騒の中を、俺たちは妙な静けさを持って歩いて行く。
俺の背中には、気を失った老人オリバーがいた。路地をホテルに向かって歩きながら、クキに聞く。
「なんで騒ぎになった?」
「その、おんぶしてる人。有名な弁護士だよ」
「それが何か問題があったか?」
するとアビゲイルがバツ悪そうに言う。
「えっと。私は、その人から訴訟されているうちの一人です」
「どういうことだ?」
「その。私が大勢を殺したと……」
すると、シャーリーンがそれに変わって言う。
「大きく言うと、その人はファーマー社を相手にして訴えているのです。御家柄は名家で、クレイトン家という由緒正しいお家です。過去にさかのぼれば、とても地位の高い人達が名前を連ねます」
「アビゲイルは、気づかなかったのか?」
俺が聞くとアビゲイルが言った。
「はい。あのレストランまでは、誰だったか分かりませんでした」
「ずいぶん浮かれていたからな。この人は、何を訴えてるんだ?」
「ファーマー社の作っている薬品は違法で、沢山の死者を出しているから、即刻中止して会社をつぶすべきだと」
「間違っていない」
「ですが、世の中では半分、狂人扱いされています。デマを流す根源だと」
「デマじゃない」
「それは、私達が真実を知って居るからですよ」
「それはそうだが……。とりあえず、この人をどうしたらいいだろう?」
「泊っているホテルを突き止めないと」
オオモリが言う。
「一回ホテルに行ってしらべますよ」
俺達は急いでホテルに戻る。適当にフロントを誤魔化して入り、オリバーも連れて部屋に入った。
そこで、ようやくエイブラハムが言う。
「あのー」
「どうした?」
「孫の疑惑を解きたいのじゃが」
「相当怒っていたぞ?」
「一度、話をしてみたいのじゃ」
「わかった」
俺はシュッと、オリバーに気を入れて目覚めさせた。
「う、うう……」
俺がオリバーに言う。
「飲み過ぎだ」
「わ、私は……」
そして視界が少しずつ俺にあってくる。
「ら、ラッキーボーイ」
「そうだ。どうやら酔いつぶれたらしい」
「あ、そうだったか……何か。あれ?」
そして次第に顔が赤くなってきた。
「わ、私は見たんだ。あの悪魔がいた」
それにミオが優しく言う。
「あら。他人の空似じゃないかしら?」
「そうか……そうじゃったかもしれん。こんな所にいるわけがない」
「そうそう」
そして、椅子に座らせて水を飲ませる。
「しかし……ラッキーボーイ! 痛快だったなあ!」
「だいぶ儲かったようだな?」
「あっ! レストランの支払いをしとらん!」
「いや。こっちで奢らせてくれ」
「誘ったのはこっちだぞ」
「いいからいいから」
そしてその対面に、エイブラハムが座った。
「オリバー・クレイトンさんで良かったかのう?」
「そ、そうですが」
「エイブラハムと言います」
「どうも」
そこでエイブラハムは落ち着いて話を始める。
「あんた。ファーマー社を相手取って戦っておるようじゃ」
「そう。治験被害者や戻って来なくなった人がおる。それに、あの美しき国である、日本が壊滅したのはアイツらのせいだ」
「その通り」
「わ、私の話を信じるのか?」
「それは、真実じゃからのう」
「そうか。信じてくれる人がいるのか」
そう言ってオリバーは周りを見渡す。俺もクキもタケルも、うんうんと頷いて肯定してみせた。するとオリバーは少しずつ落ち着いてきたようだ。そして、エイブラハムが慎重に話をする。
「あんた。確かな証拠をもっておるのかな」
するとオリバーは首を振る。
「確かな物的証拠はない。だが、確かに治験者に被害がでて、訴訟の依頼をもらっている。それも一人や二人じゃなく、大勢いるんだ。それにアイツらの薬で、人が多く死んでいるという事実がある。あんたらは知って居るか分からんが、日本はそれで消えたんだ」
エイブラハムは深く頷いて答える。
「あんたの言っている事は、全部真実じゃよ」
「なぜ? 信じてくれる?」
「本当だからじゃ」
「?」
また周りの俺達をみて、オリバーは落ち着き始めた。
「あんたら、被害者の家族かい?」
皆が頷いた。俺以外は、すべてファーマー社の被害者だからだ。
「そうだったのか……」
そしてエイブラハムが言う。
「よく、今まで殺されなかったのじゃ」
すると血相を変えてオリバーが言う。
「いろいろと危ないことはあった。辛うじて毒を飲まずに、医療も自分の家の関連の医者を使った。私がこうして生きていられるのは、クレイトン家の保護によるものだ」
「凄い家柄じゃからのう」
「クレイトン家は、皆信じているが、狂人扱いされるのを恐れて黙っている。私だけが、声を大にして戦っているんだ」
「にしてもじゃ。ファーマー社はとても危険じゃよ」
「知っている。父も暗殺された」
「そうでしたか。それは申し訳ないことを聞いてしまった」
「いや。信じてもらえる人ならば、分かってもらえると思って言ったまで」
「信じておりますとも」
そこで俺が聞いた。
「食事の管理も、きちんとして来たようだ」
「ん? ああ……。あいつらの会社の添加物が入っていたら、危なくてしかたないからな」
「そのとおりだ。あの会社の薬品はとんでもない」
「そうかい、ラッキーボーイ! 分ってくれるかい!」
「もちろんだ。それは真実だからな」
そこでエイブラハムがクキに言う。
「どうじゃろう? 我々がこの人に協力するというのは?」
「それは皆で話し合いが必要だろう」
「うむ」
そうして俺達は、オリバーに協力するかどうかを話し合うのだった。




