第535話 ゾンビ試験体薬、エンハンサーX
ファーマー社のゾンビ因子は死なない、だから人はゾンビになって動き続ける。人体に侵入した後に、遺伝子書き換え作用していく物質だ。それは俺も見ているし、アビゲイルも言っている。それは粉末にしたところで死ぬことはなく、人間の細胞と結合すればすぐに動きだす。
俺のゾンビ因子除去施術か、ゾンビ破壊薬をもってしか死滅させることは出来ない。そんな危険極まりない、試験体ゾンビ因子に感染した人肉を粉末にし、体を増強する薬品と偽って流通させるとは思わなかった。ゾンビ因子と違って、試験体因子がどのように作用するのかは未知数過ぎた。
だからこそ、早期発見して消さねばならない。
「ヒカルさん。前もって言っておきますが、これから進入する場所の人間は下っ端です。殺したところで、薬物が回っている先が分らなくなってしまいます」
「わかった」
事は簡単では無かった。既に、街に出回っている以上は、広範囲に広がっている可能性がある。だから俺達は、その大元を見つけ、流通経路を叩かなくてはならなくなった。
「そして、あとから本物の警官を突入させますので、そこで私達は姿を消しましょう」
それを聞いてタケルが言う。
「本当に警官が来るかねえ?」
「それは大森さんだよりです」
「ま、奴を信じるしかねえか」
俺達は車を降りて、一気にギャングのアジトへと向かった。そこは大きな家で、中に数人がたむろしているのが分かる。
「とにかく。中にあるスマートフォンを全て回収する事を心掛けてください」
「「「了解」」」
正面を避け、ぐるりと植え込みを回っていく。すると、家が良く見渡せる場所に出た。
「庭に二人」
「殺さなければいいんだな?」
「はい」
俺は縮地で現れて、二人の意識を刈る。周辺を見ると、上に監視カメラがあり破壊した。
手振りで三人に合図をすると、物陰に隠れながらこちらにやってきた。
「んじゃ、こいつらのスマホをっと」
そう言ってタケルが、ポケットからスマホを取りリュックに入れる。
「逃げられる前に、家の中の全員の意識を刈り取る」
「はい」
俺はすぐに建物に入り、意識を辿って次々にギャングを眠らせていく。その後を追いかけて、タケルとミナミとクロサキが、次々にスマートフォンを回収して行った。
「ノートPCとタブレットも」
「ほい」
俺達はクロサキに指示された電子機器も集めつつ、奥に行くとそこからゾンビ因子の気配がした。
「どうやら……薬を使ってしまった奴がいる。発症はしていないようだが」
するとクロサキが言った。
「仕方ありません。万が一があるといけないので、それは殺害しましょう」
「わかった」
俺がその部屋に入り込むと、中にいるガラの悪そうな奴らがこっちを見る。
「なんだてめえ」
「見張りはどうした?」
「こんなところに入って来やがって」
そう言って立ち上がり、ナイフなんかを見せて来る。
すると、やたら余裕ぶった、体の膨れ上がった男がにやりと笑う。
「丁度いい。俺の力を試してみるか」
俺はすぐに日本刀を居合で振るった。
「屍人斬」
ドサリ。ゾンビ因子ごと破壊され、そいつは行動を停止した。
「うお! なんだ!」
「銃を!」
だが時すでに遅し。タケルとミナミが部屋の全員を行動停止にする。
クロサキが驚いたように言う。
「こんな潜入捜査が楽な事はなかったです」
「そうかい?」
「ええ。武さんも南さんも凄い」
「こいつら、ただの人間だからな」
そして俺が言う。
「車を追跡していたのは、こいつら四人だ」
テーブルの上には、いろいろな錠剤や粉末が散乱していた。
「そこにあるのがゾンビ因子の薬だな」
「では、除去を」
「わかった」
俺はすぐに、ゾンビ因子除去魔法を使って取り去った。
「ただの人肉の粉末になった」
「ありがとうございます」
「他の白い粉は何だ?」
クロサキが軽く臭いを嗅いで言う。
「コカインですね」
「コカイン」
「麻薬です。法に反した薬です」
すると外から、ウーウーとサイレンが鳴り響いて来た。
「おっ! 来たようだぜ」
「はやく、スマホとパソコンを」
俺達は手早くそこにある電子機器をリュックに詰め込み、直ぐにその屋敷の裏手に周る。皆、身体能力が上がっているので、軽々と植え込みを越えて屋敷を出る事が出来た。
そのまま隣の家の庭を通過し、次の塀も軽々と超えていく。
そして何食わぬ顔で路地に出ると、次々にパトカーが走り去っていくのが見えた。
「あのギャングはコカインで摘発されます」
「試験体の薬の、裏までは辿り着かないという事か?」
「それは、これから、こちらでやっていくしかないかと」
「オオモリに見てもらうしかないな」
「監視はどうです? 私達を見張っている者は?」
「今は見られてない」
「ならば、分かりずらいところで皆と合流しましょう」
そうして俺達は車には戻らず、路地裏を進んで立体駐車場に出た。そこに入り込み、階段を上がって屋上まで登ると、街が見渡せるところに出る。
クロサキが、直ぐにスマホを取り出して連絡を取った。
「ここで、まちましょう」
俺達四人は、駐車場の端から街を眺め待った。すると俺達のキャンピングカーが、立体駐車場に入っていくのが見える。しばらくして、ようやく俺達は仲間と合流する事が出来た。
車に乗り込むとクキが言う。
「まさか、ゾンビ因子が薬になってるとはな」
「ああ」
「このままじゃ、日本の二の舞ね」
俺達はリュックをおろし、オオモリの前にそれを置いた。オオモリはリュックの中を見て、スマホやパソコンを取り上げ始める。
「これがギャングの?」
「そうだ。俺達をつけていたギャングのアジトに行って、回収して来たんだ」
「わかりました。まずはGPSを解除します。九鬼さん、車を出してください」
「わかった」
オオモリがひとつひとつの機械を操作しているうちに、キャンピングカーは料金を払って道路に出る。しばらく走って郊外に出ると、キャンピングカーだらけの駐車場を見つけた。
ミオが言う。
「RVパーク、オートキャンプ場だって。ここはいいわね」
「いい隠れ蓑になりそうだ」
「木を隠すには森っていうしね」
そこには大小さまざまなキャンピングカーがあり、俺達のような大型バスのようなのも停まっていた。
俺達はそこの一角に車を置く。
「GPSは解除出来ました」
「よし」
「これから、通話履歴やデータを調べます」
「頼む」
そうしてオオモリが、ギャングたちの情報を洗いだした。
それを見てオオモリが言う。
「試験体因子で作った薬は、エンハンサーXって読んでるみたいです」
それを聞いてアビゲイルが乾いた笑いをする。
「はは……偶然でしょうか? エンハンサーとは遺伝子の転写量を増加させる作用をもつDNA領域のこと。エンハンサーXなんてまるで、中身を知ってるような名前です」
「どんな意味になりますかね?」
「そのものずばり。DNA強化といったところでしょうか?」
それを聞いてクロサキが言う。
「という事は、この薬を作る上で、科学者が絡んでいる可能性もありますね」
「偶然でなければ。これが、どう作用するのかを知って居る人物がいるかもしれません」
そしてまたオオモリが言う。
「連絡先から割り出した流通経路からすると、クラブなどにも流れてますね。それと……」
そこでオオモリが口ごもる。
「なんだ?」
「信じられませんが……スポーツ選手にも。スポーツ選手のドーピングに使われてるんでしょうか?」
それを聞いて何人かが上を見る。タケルも残念そうに目頭を押さえ、ただ俯いてしまった。
「流れてるのはギャングだけじゃないか……」
そしてまたオオモリが言う。
「これは、末端の売人のスマホのようですね。大した連絡先は無いようですが、薬を流したのギャングの名前は出てます。それは……ロズウェルにはいないようです」
「そうか……別なところで作られてるのか?」
「どうでしょう?」
事態はかなり複雑になっているようだ。だがオオモリがホッとため息をつきながら言う。
「救いは。エンハンサーXが、異常に高額と言う事です」
「一般人は手が出ないか?」
「そうですね。それだけに厄介なのが、富裕層に出回ってしまっている可能性です」
それを聞いてシャーリーンが言う。
「なるほど。異常性の出てきた著名人や、起業家などもいるかもしれないという事ですね?」
「そうなります。突然ゾンビになるかもしれませんよね」
「それは、こちらのルートからも調査しましょう」
「お願いします」
事態は、どうやらかなり深刻な状況になっていたのだった。




