第48話 待ち伏せ
俺は走る車から外の風景を眺め、この世界の事を考えていた。
この世界は本当に住居が多い。田舎道に出たかと思えばすぐに市街地になる。前の世界なら村から村への移動は一日かかったし、都市から都市までとなると数日かかる事もあった。だがこの世界は住宅が途切れる事が無く、車で移動するとあっという間に次の町に着いてしまう。これだけの民家があって人が全くいないのだろうか?
ぽつりとつぶやく。
「この世界は凄いが、不思議だな」
隣りに座るミオが、俺と同じ方向に視線を向けて言う。
「凄いって言うのは、文明がって事だよね?」
「そうだ」
「どういうところが?」
「どういうところがって…。まあそうだな、皆の常識では普通なのかもしれんが、道端には自動販売機という飲み物が入った鉄の箱があり、ホームセンターにはいろんな物資が置いてある。薬屋には化粧をする道具や何らかの薬があり、電気屋とやらには見た事の無いものがたくさん置いてあった。服屋には皮の装備までが置いてあり、たかが一日二日動いただけでどんどん装備がそろっていく。俺が冒険をしていた頃を考えると恐ろしく効率が良いんだよ。それでいて人がいない」
「そうか。改めて聞くと凄い事なんだな…。ゾンビが蔓延る前はそれが普通だと思って暮らしていたんだよ。まさかこんな事になるとは思わずにね」
「そうなのだな」
そして俺はまた黙って外を見る。ゾンビが蠢いている以外には、犬や猫や狸などがいるくらいだ。
「ミオ」
「なに?」
「時おり動物を見かけるが、アイツらは何を食って生きてるんだろう?」
「うーん。考えたことも無かったけど、小さな動物を捕まえて生きてるんじゃないかな?」
「動物はゾンビにならないんだな」
「それは研究されてたみたい。まだテレビやインターネットが繋がる頃に見たんだけど、人間の間でだけ広がったようなの。もしかしてヒカルが居た世界じゃ動物もゾンビになるの?」
「犬や猫ではないのだがな、腐っても動くデカいヤツがいた」
スカルドラゴンとかね。
「うわぁ…やだね…」
それを聞いていたユリナやツバサ達もミオに賛同する。
「そんな怪獣みたいなの居たら生き残るなんて無理じゃない?」
「私達、ゾンビで滅びそうになってるんだものね」
「人間の棲むところに危険な動物なんていないのが普通だしね」
「そうなのか?」
俺は最後にミナミの言っていた事が気になった。
「ああ、動物の事?」
「そうだ」
「うん。日本も大昔は狼とかいたらしいけど、時おり熊とかが出るくらいじゃないかな? 北海道に行けばヒグマがいたりとかね」
「ホッカイドーとは遠い国なのか?」
「同じ国よ。でもヒグマは人里離れた所にいて、まれに住宅地に降りて来るくらいみたい」
「そういう時はどうするんだ?」
「追い払うか、被害が出たら銃で殺すとかだと思う」
「ジュウは普通の人は持ってないのだろう?」
「うーんと、資格というのがあってね、許可されている人がいるの」
「そうなのか? 持つ人の数は多くはない? ジュウがあればゾンビは何とか出来そうなんだがな」
「いないいない。銃の免許なんて、そうそう持ってる人いない」
やはりこの世界は圧倒的に武器が足りていない。ここまで剣も槍も弓も売っている気配は無かった。
「ジュウは強力だから、あれが近くの店で売っていたら、こんな世界にはなっていなかったんじゃないか?」
「そう思うよね? ところがそうでもないのよ。銃の所持が許されている国もあるんだよね」
「その国はどうなった?」
「結局ゾンビが蔓延ったって」
「そうか…」
と言う事は圧倒的に戦える人間が少ないのかもしれない。前世でも騎士しか居なかったら、ゾンビでも大きな被害が出たかもしれんしな。この世界には魔導士も聖職者もいないようだし、冒険者が居ない世界では野良犬でも脅威になると言う事だ。
するとマナが聞いて来る。
「ヒカルがいた世界にもゾンビがいたのに、こんな風にはなっていなかったって事だよね?」
「そうだ」
「なんでかな?」
「恐らくそれは、俺が居た世界はゾンビやモンスターと隣り合わせの世界だったからだ。それらがいるのは当たり前で、それに対しての対策が日常的にあった。そもそも都市の作りが違うし、武器だってそこらの村でも売っているからな。それに俺のような戦う人間が、あちこちにいたんだ」
「ヒカルみたいな人がいっぱい居たって事?」
「俺のように突出した人間はそうはいなかったが、ゾンビなど中級者ともなれば造作もない」
ユリナが一連の会話を聞いて言う。
「そういうことか。日本にはモンスターや野獣なんていないもんね。と言うか世界の先進国の都市部にはいないと思うし、そこに住んでいる人達がいきなりゾンビなんかになり出したからね。だから世界でゾンビが一気に広がっちゃったんだよ。ほとんどの人が対応できなかったはずだもん」
「その通りだろう。俺達はそんな環境を当たり前として生きてきた。だが君らは違う、こんな便利な環境を当たり前として生きて来たのだろう? ならばモンスターの対応は難しかっただろうな」
俺の言葉に皆が頷いた。
ミオが言う。
「最初は遠いどこかでおきた暴動の話だったの。だけどそれが日本に入って来たってニュースになって、その時はまだ隔離できたとか言ってた。だけどそのうちそれが市中に入り出して、数ヵ月でどんどん広がって行ったのよ」
「数ヵ月でこんな風になってしまったって事か?」
するとミナミが言った。
「そう。そのうち近所で発生したって耳にした時には、ほとんど手遅れだったかな? 一週間もしないうちに私の職場にも出たし」
今度はツバサが言う。
「戒厳令が出て外に出れなくなってね。私はマンションの一室にいたんだけど、食糧が無くなってきてさあ」
それにマナも言った。
「私も同じ。一人で居たの、だけど私の部屋が一階でさあ。ある日、ゾンビじゃなく人間が窓ガラスを割って進入しようとして来てね」
「ひどい」
「男に襲われそうになったところで、ゾンビが入ってきて逆に男が襲われたの。その隙に部屋を出てひたすら逃げたわ…ていうか考えただけで今も震えが来る」
確かにマナが震えていた。相当恐ろしい思いをしたのだろう。俺は何か声をかけないといけない気がした。
「これからは大丈夫だ」
「どうして?」
「俺がいる」
すると車内がシンとする。俺は何か悪い事を言ったのだろうか?
だがミオがその沈黙を破った。
「ありがとうヒカル。私達ヒカルのおかげで未来を考えるようになったんだよ!」
「そうなのか?」
「うん」
そしてユリナが言う。
「こうして活発に動けるようになったのもヒカルのおかげ。私達はヒカルから勇気をもらったわ」
どうやら皆、生きる気力が湧いてきたようだ。最初に出会った時はどこか絶望感が漂っていたが、今は生きようという意思が感じられる。少しでも彼女らに勇気を与えられたのなら、俺はそれで本望だった。
「みな、生きろ。何が何でも生き延びるんだ。その為なら俺はとことん協力する」
ぐすっ。くしゅっ。すん。
皆が泣きだしてしまった。俺はやはり余計な事を言ってしまったらしい。これ以上、彼女らに言う事が無くなってしまった。
その時、前を走るトラックが少しずつ速度を落とし始めた。そしてミオが持っているトランシーバーに連絡が入る。
「なんかおかしいぞ」
ヤマザキの声だった。
「どうしたの?」
「道が封鎖されている」
ヤマザキの一言で車内に緊張が走った。ついにトラックが止まり、ワゴン車がその後ろに止まる。俺がトランシーバーに話しかけた。
「ヤマザキ! ここらで止まるのは良くない。周りにはゾンビが潜んでいる」
「少しバックで戻らないと、トラックが回れない」
ヤマザキの言葉にユリナが答えた。
「じゃあゆっくりバックして、さっきの脇道にはいろう」
「わかった」
ユリナが後ろを向いて車を後ろに進め始めた。前のトラックもそれについて後ろに進んでくる。
「まて!」
俺が後ろを見て言う。
「…後ろも車で塞がれてる…」
俺達が進むべき道が前後とも塞がれてしまった。俺はすぐに気配探知で周囲五百メートルまで探った。確認したそれをトランシーバーに伝える。
「ヤマザキ」
「どうした?」
「人間がいる」
「なに?」
俺達は何者かに足止めをされてしまったようだ。俺は人間の位置を確認しつつ、ゾンビの討伐方法を考えるのだった。攻撃してこないのは相手もこちらの様子をうかがっているからかもしれない。やはり人間はいた。どうにかしてあちこちで生き延びている奴らがいるらしい。
「俺が探る。皆は車を降りるな」
「わかった」
俺は車の扉を開けて外に出る。
「近い所では…」
俺は一番近い場所にいる人間の居場所を確認した。位置取りとしてはすぐに襲ってこれる距離ではないが、ジュウを持っていた場合は話が別だ。俺は気とられぬようにヤマザキの所に向かうのだった。




