第484話 バミューダ海域潜入前夜
ハイチの海が見える岸壁から、俺達はバミューダ海域を眺めていた。村にいた試験体の神父が持っていたパソコンや、スマートフォンを回収して、今オオモリが解析を進めているところだ。
ハイチのゾンビ村で起きた出来事は、俺達にとってかなり衝撃的だった。あの試験体の神父は、ファーマー社に改造された自分を呪い、ハイチの廃村に逃れていたのだ。だが何処からともなく避難民達がやってきて、どんどんゾンビが増えて行ってしまったのである。
そして、側ではアビゲイルも頭を抱えている。
「まさか…細胞分裂までするなんて」
アビゲイルが言っているのは、神父が三体も居た事だ。あれは全て同じ個体らしく、試験体の細胞が分裂して出来上がったものらしい。
クキが頷いて言う。
「実戦化に向けて進化させている。ファーマー社の技術が、ここにきて飛躍的に進歩しているようだ」
「暴走しているのだと思います」
「取り返しがつかなくなってしまうだろう」
それに対してシャーリーンが言った。
「大きな資本が入ったのだと思われます。研究者を増やし、糸目をつけず開発をしているのでしょう」
タケルが頭の後ろに手を組みながら言う。
「とんでもねえ金持ちがいたもんだ。いったい何がしてえんだ」
それには、皆、言葉もないようで黙っている。
「まずはミサイルを飛ばしてくる奴らを何とかしたい」
俺が言うと皆が頷いた。そしてようやくオオモリが解析を終える。
「サンパウロの秘密基地で回収したデータと、試験体の神父が持っていた情報をあわせてみると、バミューダ海域の、このあたりに何かがあるようなんです」
そう言ってオオモリが、海のある場所をさす。
「バミューダのど真ん中あたりか」
「はい」
「海しかないようだがな」
「そうなんですよ。でも、あの神父はこのあたりから来たようです」
「…行ってみるしか無さそうだが、流石に危険すぎる」
それを聞いたシャーリーンが言う。
「そこに近い場所にバミューダ島があります。観光客のふりをして、そこを拠点にすればいいかと」
「なるほど」
「ルートはバハマから出ている、旅客機乗り込むのがいいでしょう」
するとオオモリが言う。
「確かに旅客機が飛んでますね。なんとかハイチからバハマまでのチケットを入手します」
「よし」
オオモリが直ぐに手配をし、俺達はハイチのカパイシャン国際空港からバハマへ飛んだ。バハマに来たところでようやくシャーリーンが、カリムの機関を使えるようになったようで、無事にバミューダ島行きの飛行機に乗り込むことが出来たのだった。
そして俺達は速やかに、オオモリの手配によりバミューダの高級ホテルに潜り込むことになる。
マナが大喜びしている。
「さいっこうだわ! 真っ青な海! そして真っ青な空! そして真っ青な海!」
ホテルの真白なベランダから、海を見て叫んでいる。
タケルが言う。
「金持ちそうな連中だらけだ。ハイチとは違いすぎて悲しくなるな」
それにエイブラハムが答える。
「生きているうちに、こうまで贅沢をする事になるとはな。世界の危機を救う旅とは思えんわい」
「いいんだよ! 爺さん! 明日死ぬかもしれねえんだし! 今日をめいっぱい楽しむ! それでいいじゃねえか!」
「ふぉっふぉっふぉっ! そうじゃな! 細かいことは考えても仕方ないわい!」
「そうよお爺さん!」
「アビゲイルもそう思うかのう?」
「もちろんよ! ねえ、ミオさん!」
「ふふふ。そうですね、この前のゾンビの村でも、かなり心が折れそうでしたから」
そして俺はクキとオオモリ、そしてシャーリーンと共に、バミューダ周辺の海図を見ていた。オオモリがペンで線を引き、だいたいこのあたりだろうという場所に目星をつけている。
シャーリーンが言った。
「軍用のゴムボートと、潜水スクーターを三機用意出来ました。誰が行きますか?」
そしてクキが言う。
「ヒカルと俺と、多分大森だろうなあ。だけどお前には潜入など出来そうもない」
「すみません…太ってて」
「身体能力が低すぎてダメだ。遠隔で俺達に連絡するしかないだろう」
「はい」
「タケルとミナミは皆の護衛も兼ねて、いてもらった方が良いだろうし、バミューダ島での聞き込みにはクロサキとミオが必要だ。能力的に言えばシャーリーンだが」
「私は構いません」
「かなり危険だが」
「いきます」
そこで俺がクキに言った。
「オオモリの代わりとなれば、シャーリーンしかいないだろう。いざとなれば俺が守る」
「わかった。それじゃヒカルと俺とシャーリーンで潜入する。皆で後方支援を頼むぞ」
「「「「「はい!」」」」」
「決行は明日の夜。それまでに各自休息を取り、任務に備えるように!」
「「「「「はい!」」」」」
そうして俺達は、謎のバミューダ海域の探索について話し合った。
その日は皆が思い思いに過ごし、俺は夜にベランダで星を眺めながら美味い酒を飲む。
するとシャーリーンが話しかけて来た。
「ミスターヒカル」
「どうした?」
「美しい夜空です」
「ああ。星がはっきり見える」
「計画通りに行きますでしょうか?」
シャーリーンは少し不安そうだった。
「問題ない」
確かに今までとは違って、未知の場所での作戦である。しかも三人という少人数での作戦に、流石のシャーリーンも緊張しているらしい。
「飲むか?」
「いえ。明日は作戦ですので」
「そうか」
「皆。本当に凄い人達です。私のように訓練を受けた訳でもないのに、こんな任務をこなし続けているなんて信じられません」
「彼らも最初は何もできなかったさ。しかし、日本の復興を始めた頃から彼らは変わった」
「なぜでしょう?」
「未来を信じているのさ。本当に復活できるのだと皆が信じている」
「未来を…」
「そして心配するな。シャーリーンは俺が必ず守る」
「わかりました。生きるも死ぬもあなたに賭けます」
「死なん。それだけだ」
「はい。では…明日」
「良く眠れ」
「はい」
シャーリーンが部屋に戻ると、入れ替わりでクキが俺のところに来た。
「流石に今回の作戦はシビアだからな。シャーリーンもかなり不安なようだ」
「無理はないが、俺がいる限りシャーリーンに危害は加わらない」
「だな。自衛隊特殊作戦群の俺ですらおんぶに抱っこだ。明日はよろしく頼むぜ大将」
「まかせておけ」
するとクキは手元にあるグラスに注いでいた俺の酒を、くっと飲んで行った。空には満点の星が輝き、俺はまた一人静かに酒を飲み始めるのだった。




