第47話 防御力の高い装備
電気屋を出て俺達はまた西へと走り出す。そしてすぐに運転しているマナが言った。
「標識が出て来た。真っすぐで古河駅だって、知ってる?」
それに隣りのユリナが答える。
「まあ古河駅とか言われても分からないかな。来た事無いし」
「私もだけど…あっ! 古着屋!」
マナが何かに気が付いたようで、左側をじっと見ている。それを受けてユリナが振り向きミオに言う。
「ほんとだ! トランシーバー! トランシーバー!」
「わかった!」
そして俺の隣りに座っていたミオが、トランシーバーのボタンを押して話しかけた。
「山崎さん。左の古着屋に寄れるかな?」
するとトランシーバーに出たのはタケルだった。
「了解」
そしてトラックがゆっくりと駐車場に入っていき、その後ろにワゴンが止まった。
だが俺は皆に警戒するように言う。
「周囲の民家にはゾンビがいるぞ」
「えっ?」
「散らばってはいるが、そこそこの数がいる」
ミオがトランシーバーでタケルに言った。
「ヒカルがね、周辺にゾンビがいるって」
するとタケルがトランシーバー越しに聞いて来た。
「どんな感じだ?」
「あまりゆっくりは出来ないだろう。もちろん俺が何とかするが、数が集まってしまうと皆が危ない」
「ならよ。あの作戦で良いんじゃねえか? 俺とヒカルで店を見てる間に、車を止めないでぐるっと回ってもらうってやつ」
「それならどうにかなりそうだ」
するとトランシーバーの向こうで、タケルの隣りにいるユミが言って来る。
「でも、それだと皆が選べないじゃない?」
それに対し向こうでヤマザキがユミに言っている。
「危険を冒してまで服選びをさせるわけにはいかん」
「まあ…そうだけど」
すると車内の女達が少しがっかりしたような表情をした。なんだか可哀想だ…女は服を選びたいのか。
そうだ!
俺は店の入り口を見ながら皆に言った。
「俺に考えがある、あの入り口を見ろ」
皆が入り口を見た。入り口には屋根がついており、屋根の付け根の壁はガラス張りになっている。
「幸い内部にはゾンビはいない。一階の扉が閉まってさえいれば、ゾンビどもは入って来れないだろう。皆であの二階から進入するというのはどうだ?」
するとミオが答えた。
「なるほど。空港に侵入した時みたいにだね?」
「そうだ。トラックの屋根に登り、屋根を歩いて二階から侵入するんだ」
するとミオがトランシーバーに向かって言った。
「聞こえた?」
「ああ、聞こえた。てことはトラックを入り口に横付けすりゃいいんだな?」
「そうだタケル。ただ横づけしてくれればいい」
「わかった」
そしてトラックは駐車場をくるりと周って入り口に横付けした。更にワゴン車を、そのトラックの横に止めてもらう。
そして俺は皆に言った。
「ちょっと待っててくれ」
俺は車を降りて入り口を確認しに行く。入り口には鍵がかかっており開かないようだ。そのまま建屋の周りをまわると、裏手にも入り口らしきところがあるが全て鍵がかかっていた。
「よし」
俺は皆の所に戻りそれを伝える。
「上のガラスを割ってくる」
「わかった」
そして俺は入り口の屋根に飛び乗り、音を立てないようにしてガラスを円斬で切り取る。倒れて来るガラスをそっと受け止め屋根の上に置いた。人が入れるようにし、すぐに下に降りて皆に伝える。
「準備は出来た。一人ずつ入ろう、まずはタケルからだ」
「あいよ」
タケルはトラックの窓に足をかけて、入り口の屋根の上に登りそこから中に入って行った。
「次はユミだ」
「はーい」
そしてユミも同じようにトラックをよじ登って行く。
「ヤマザキも入れ」
「俺はここで見張らなくていいのか?」
「トラックの窓を閉めて鍵をかければいい」
「わかった」
そして次にヤマザキが入っていく。あとの女達は俺がワゴンの上からトラックの屋根に押し上げ、一人一人中に入れていった。最後にマナが車に鍵をかけ屋根を伝って入って行く。
ゾンビはどうか?
気配感知で周辺三百メートルを確認するが、住居から出て来る様子はなく死角にいるゾンビどもも動いてはいなかった。
「よし」
そして俺が屋根に飛び乗って中に入っていく。するとそこに、みんなが待っていてくれた。
「ゾンビはどうだ?」
ヤマザキが聞いて来るので問題ない事を伝える。
「念のためあまり音を立てずに見ると良いだろう」
「だな。皆も注意して見てくれ」
皆が店の中へと入っていき、俺はヤマザキについて行くことにした。
「ヒカルは服はいらんのか?」
「俺はこれでいい」
特に必要性を感じてはいなかったのでそう答えた。
「寒い時、ヒカルも羽織る物があっても良いんじゃないか?」
「わかった。なら探そう」
そして俺達は服が置いてあるところに行く。するとユミが少しはしゃいで言う。
「荒らされてないね!」
「シッ! ユミ、声を抑えてくれ。なるべくゾンビを呼ばないようにした方が良い」
するとユミが声を小さくして言う。
「ごめんね。つい嬉しくて大きな声出しちゃった」
「大丈夫だ。ゾンビは動いていない」
「うん、気を付ける」
そして女達もタケルもヤマザキも、それぞれが自分の好みの場所を見始めた。俺が外套のあるところに行くとタケルが居た。
「こういうのが暖かいんだよ」
タケルが持っているのは、モコモコとしたフワフワの上着だった。
「ダウンって言うんだ。着てみろよ」
「ああ」
それを着てみると確かに暖かい。だが柔らかくて防御力は高くないだろう。俺はそれを脱いでタケルに返す。
「お気に召さなかったか?」
「そうではないが、防御力の高そうなものが良い」
「防御力ね…わかったよ」
そして俺がその通路の後ろに回ると、壁際に長めの外套がたくさんかかっていた。そこを端から見ていくと、何らかの動物の皮で作られた長い外套が吊るしてある。その中のそこそこ防御力の高そうなコートを見つけて手に取る。
「これにするか」
俺がそれを持って他の人らが選んでいる所に行ってみる。すると女達は外套だけじゃなく、いろんな服を手に持っていた。タケルが言うようにおしゃれを気にしているのだろう。するとミオが俺に気が付いて声をかけて来た。
「あ、ヒカル! 見つけたの?」
「ああ」
ミオがこっちに来る。それと一緒にツバサも近づいて来た。そしてツバサが俺に聞いて来る。
「ヒカルは、どんなの見つけたの?」
「これだ」
俺がそれを二人の前に持ち上げてみせる。すると二人が顔を見合わせた。
「ふふふふ」
「やっぱそうなんだ」
二人が示し合わせたように笑う。
「どうしたんだ? なにがそうなんだ?」
「それね。グッ〇って言うハイブランドなの。やっぱりヒカルはハイブランド選んじゃうんだなって」
「しかも牛革のスリムなコート。何て言うかまるで映画のマトリ〇〇スみたい」
ツバサが言うと、ミオが何かを閃いたように言った。
「ヒカル! それ着てこっち来て!」
「ああ」
俺はミオとツバサに言われるまま連れていかれる。
「どう思う?」
ミオがツバサに言った。
「これじゃない?」
ツバサが手に取ったのは黒い眼鏡だった。これでは前が見えないのではないかと思う。
「これかけてみてよ」
「わかった」
俺がその眼鏡をかける。
「おお!」
俺は驚いた。見た目は真っ黒の眼鏡なのに外がはっきりと見えるのだ。
「サングラスって言うのよ」
「サングラスか」
「カッコイイよ」
「カッコイイ?」
「見て見たら?」
するとミオが指さしたところに鏡があったので、俺はそれを覗いてみる。すると黒い眼鏡をかけた俺が居た。真顔でいると怒っているようにも見える。
これがカッコイイって事なのか?
「皆にも見てもらおうよ」
ツバサが言った。
皆にみてもらう? 何故だ?
だが俺は彼女らに連れられて行く。そして皆が服を選んでいる所にきた。すると皆がこっちを見て言いだす。
「えっ? ヒカル?」
「凄い。エージェント感あるんですけど」
「てかさ、体が凄いからめちゃくちゃ似合ってない?」
「「似合ってるー」」
ミナミが言うと、ユリナとマナが声を合わせて言った。少し照れるが悪い気はしない。なんだか楽しくさえある。そしてそこに服を抱えたユミとタケルとヤマザキが来た。
「おお! すげえ! 俳優みたいだな!」
「ほんとだ。似合いすぎなんだけど!」
するとヤマザキが笑い始めた。
「ははははは! 本当だな! よくそんなコートあったな!」
するとマナが言った。
「ここ結構あるのよね」
ツバサがそれに合わせて言う。
「しかもこれさ、グッ〇だよ」
「何だよヒカル。やっぱハイブランド選ぶのかよ」
「違う。これは仕立てが良くて防御力も高いんだ。出来れば皆も皮の物を選んだ方が良いぞ」
するとユミが言う。
「皮かあ。合わせ方もあるしね、可愛いのがあればいいんだけどね―」
「いや、ヒカルの言う事も一理あるぞ。皮は堅いしな」
「タケルの言う通りだ。厚い皮ならゾンビの歯がすぐに入らないだろう」
皆がハッとした顔をする。
「ヒカル! 皮コートどこにあった?」
「壁際だ」
俺が言うと皆が壁際に行ってしまった。だが間違いなく皮の方が防御力は高い。それにここには結構な数の皮の外套があった。
結局皆が皮の外套を持っていた。俺がゾンビ対策に効果があると言ったのが効いたらしい。ヤマザキとタケルまでが俺と似たような皮の長い外套を持っていた。
「やっぱさ。こういうのは専門家に聞くもんだよな!」
「本当だな」
皆がうんうんと頷いている。どうやら俺は皆に有益な情報を与える事が出来たらしい。そして俺達は古着屋を出る事にした。
「ヒカル、外のゾンビはどうかな?」
入り口でヤマザキが聞いて来る。
「気づかれていない。やはり音をたてなかったのが正解だな」
「やっぱり専門家だ」
「すまんが、センモンカと言うのはなんだ?」
「それを生業にしている人の事だよ」
…なるほど。それは間違っていないだろう。俺は前世でダンジョンに籠り、凶悪なモンスターばかりを狩るのが生業だった。俺はモンスター狩りの専門家と言う事になる。
「なら、俺はセンモンカだ」
「だろ?」
「ああ」
そしてタケルが入り口のカギを開けて、ドアを開いた。入ってきた時は二階からだったが、抜けるのは楽に出来た。
俺達は再び車に乗って出発するのだった。




