第471話 ゾンビ試験体を泳がせる
俺はアビジャンで一番高いビルの屋上にいた。皆に迷惑をかけないよう、離れた場所でただ連絡を待つことにする。彼らなら何とか解決策を見出してくれるはず、俺はただじっとそれを待つだけだった。
試験体は黒髪で、恐らく元はアジア人だと思う。全く凶暴性は無く、俺をゾンビ化人間だと勘違いしていたようだ。だが味方だとは思っておらず、完全に敵として認識していた。
ブーとスマートフォンが鳴る。
「はい」
「大森です。GPSでヒカルさんの位置を確認していますが、ビルの中に潜伏していますか?」
「いや。屋上にいる」
「わかりました。ファーマー社に進入して回収したデータを送りますので、顔を見た相手を判別してください。該当の人間が恐らくいると思います」
するとスマートフォンに次々と顔が現れる。何十人か見ていると、俺が見た試験体の男がいた。それを指で止めてオオモリに言う。
「この黒髪を編み込んでいる男だ」
「わかりました。イーライ・ウーミン。中国籍の男ですが、本来は死んでいるはずの男です」
「死んで…いた。試験体になっていた」
「そうですか。コイツは恐らく新型試験体成功例の第一号です」
「攻撃を仕掛けて来ずに逃げた」
「ゾンビ因子持ち逃げ犯人を、僕らが始末したような形になったので仕事が無くなったようです」
「コイツは俺の顔を見たから、俺が皆に近寄るのは危険だぞ」
「大丈夫です。監視カメラがヒカルさんを捉えても、違う顔になるようAIでハッキングして細工してます。ですが念のため、シャーリーンさんが手配したカリムさんの組織の人間に接触してもらいます」
スマートフォンに浅黒い顔の男が映る。
「この人か?」
「そうです。そのビルから百メートルほど西の交差点でヒカルさんを拾います。どのくらいで来れますか?」
「五秒はかかる」
「じゅ、充分すぎます。では五分後に行きますので、調整してもらえますか?」
「わかった」
スマートフォンを切り、俺はすぐにそちらの方角に周る。交差点を視野に入れ、二十六階のビルの屋上から隣のビルに飛び移る。次々に飛び移っていき、所定の交差点のビルの上に来た。それから五分してそのビルの屋上から、歩道に飛び降りて待つと声をかけられる。
「ミスターヒカル」
俺が振り向くと先ほどの画像の男がいた。
「乗ってください」
そこにはトラックが居てその後部から乗るように言われ、トラックに乗ると数人が待ち構えていた。
すると、そこにオオモリから電話が来る。
「接触したようですね」
「ああ。それでどうする?」
「そこにいるのは映画の特殊メイクのスタッフです。これからヒカルさんを別人に変装させてもらいますので、その人達に従ってください」
「わかった」
俺は椅子に座らせられ、そいつらは俺の髪の毛に何かを塗り顔にも何かをくっつけていく。鏡に映る俺はみるみる加工されていき、一時間もすると全くの別人に成り代わっていた。
そして浅黒い男が言う。
「これで大丈夫です。剥がそうと思ったら首の下に手を入れて剥がしてください」
「わかった」
「では御武運を」
俺はトラックを下ろされた。そこは人ごみで、またオオモリから連絡が来た。
「位置は掴んでいますが、僕らからヒカルさんを見つけられません。手を振ってもらえますか」
俺が手を振る。
「見つけました。行きます」
俺がそこで待っているとワゴンがやってきて、中からオオモリが顔を出した。俺がすぐに乗り込むと、ミナミが驚いている。
「髭のおじさんが乗って来た…」
「俺だ」
「ヒカル、別人だわ」
「わからんか」
「全然」
そしてオオモリが運転席に言う。
「タケルさん。皆と合流しましょう」
「おう」
そしてシャーリーンからパスポートを渡された。
「これが新しいパスポートです」
俺が変装をした顔がパスポートに貼ってある。
「この人は実在するのか?」
「します。その顔を作りました」
「凄いものだな」
そしてオオモリが説明して来る。
「イーライは、いま空港にいます」
「良く突き止めたな…と言いたいところだが、オオモリのAIウイルスか?」
「そうです。勝手にデータを収集して場所を特定しました」
「どうするんだ?」
「このままみんなで飛行機に乗ります」
「殺すのか?」
「いえ。九鬼さんと黒崎さんが泳がせようと言っています。我々は観光客に扮して追跡しどこに行くのかを探ります」
「わかった。だが、一つ付け加えるとアイツは危険だ」
「分かっています。だからヒカルさんと合流する為の策を練ったのです」
「そうか」
「はい」
そして他の仲間とも空港で合流した。既にチケットは手配されており、俺達は直接の接触をすることなく目線で確認し合った。そして俺はもう一つの気配を感知していた。客の中に普通に座っている試験体イーライが、何食わぬ顔でスマートフォンを触っている。
なるほど。普通に人間の中に紛れているのか。
俺は座ってオオモリに渡された新聞に目を落とす。そこには昨日のファーマー社爆発の記事が一面に載っていた。飛行機の出発の時間になり、俺達は他人同士のようにして飛行機に乗り込んでいく。
座席に座り荷物を仕舞い、俺はそいつと全員が見渡せる後方に座った。
人間のフリか…。
仲間は夫婦のように友達同士のように親子のようにして、それぞれの場所に座った。俺が見ていると小さな子供を連れた親子が乗って来る。老夫婦が乗り込んできて、次々と一般客が乗り込んで来た。
非常に危険な状態だった。試験体の周りに、一般人が普通に座っているのだ。村雨丸はオオモリが検閲を通過させてくれたので杖として手元にある。俺は思考加速と身体強化を施しつつ、一番被害が少ない制圧の仕方を何通りも想定していた。
「アテーションプリース…」
飛行機の出発のアナウンスがなり、ベルトを締めるように言うと、試験体が人間のようにベルトをしている。俺もベルトをし、そのまま飛行機は滑走路を走り出した。
飛び立った飛行機の中に、ベルトを外して良いというアナウンスがなった。何故かそいつの席と周りが一席ずつ空いているが、恐らくはオオモリが細工したのだ。それでも試験体にとって距離など関係は無い。やろうと思えば一瞬で、周りの人間が殺せるだろう。
俺は気を張り詰めないようにした。奴は俺の殺意に気が付いたからだ。意識はむけているが、全く殺意を発っさないようにする。
すると子供が前から母親と歩いて来る。事もあろうに試験体の前で、子供がおもちゃを落として転がしてしまった。
直ぐに刺突閃が繰り出せるようにしたが、試験体は何事も無いようにおもちゃを拾い子供に渡してやる。子供がお礼を言って、親と一緒に俺の隣りを過ぎ去っていった。それから乗務員が飲み物を進めると、試験体は飲み物を選んで受け取っている。
それを見て俺とオオモリが目をあわせた。オオモリは汗をかいており顔色が悪い。俺は手で気持ちを落ち着けるように合図をし、オオモリは深呼吸をしている。
飛行機は安定して飛び出し、乗務員は普通に客達に飲み物を勧め続けるのだった。




