第461話 未開の地の環境
ゾンビがいる地域を除いて考えれば、ここがとにかく危険な土地であろうことは分かった。あちこちに銃を持った兵士がおり、それが日常化してしまっているようだ。
車を降りてオオモリが言う。
「しかし熱いですね。まず湿気が凄い…」
「目的地には向かえているのか?」
「この国の地図情報がネットに無いので、買った地図で判断しないといけないのが辛いですね」
地図通りに来てはいるはずだが、道らしい道もないので、目的地に向かえているのかも怪しかった。そこでクキが言う。
「注意しなくちゃいけないのが、軍隊と武装集団だ。この近隣の国に傭兵時代に来た事はあるが、子供も銃を持たされている。気を許せば一発でズドンだ。ゾンビとはまた違った危険性があるというのは間違いない」
そこで俺が言った。
「俺と、ミオと、ツバサはとにかく周辺を警戒していた方が良いだろう」
ミオが頷いた。
「殺気を先に捉えるようにするわ」
「そうしよう」
地図を確認して再び出発する。現地で買った古い車なので、それほど目立つことはなく、むしろ俺達が車を降りていた方が違和感があるようだ。この地域にアジア人を見かける事は無く、ほとんどが現地人だからだ。
「クキが言っていた、軍隊を注意するというのはどういう事だ?」
するとオオモリが言う。
「なんでも、酔っぱらって銃を乱射する事件が良くあるらしいですよ。一般人がそれで被害にあったりするそうです」
「酔っ払いが銃を持っているのか……」
「考えられない事ですよね」
「信じられんな」
会話をする車の座席で、地図を見るミオとアビゲイル。
進んでいる方向は間違いなさそうだが、目印らしい目印も無く、ただ車だけがどんどん汚れていく。クキ曰く、出来るだけ車は汚れた方が馴染んでいいんだそうだ。
悪路を進む事、十時間で、ようやく最初の目当ての村に辿り着いた。途中で車が窪みにハマったが、俺がそれを持ち上げて脱出させた以外は、特に問題無くたどり着いたと言えよう。
「ボランティアの医師団の駐屯地がこの村にあるはずです」
俺達がエジプトからイスラエルに向かった時に扮装した、医師団の本物がいるらしい。村人が珍しそうに俺達に寄って来たので、クキがそれを追っ払っている。何か物が貰えるんじゃないかと近づいて来るんだそうだ。この国は特に貧しく、物がないので何でも珍しいのだとか。
車が荒らされないように皆が守り、俺とアビゲイル、シャーリーンとクロサキ、そしてエイブラハムが診療所に向かった。砂埃が舞い、あちこちが薄汚れていてどこか臭うようだ。歩く俺達を珍しそうに子供達が追いかけてくるが、クキに構うなと言われているので無視する。
念のためアビゲイルとエイブラハムは変装させていて、誰だか分らないようにしている。すると村の奥に、現地人ではない西欧系の医療関係者がいた。
「こんにちは」
「はい」
「英語は?」
「話せます」
「よかった」
その女性は、現地で診療を受け持っているらしく、しばらくここに留まっているようだ。
「あなた方は?」
「私達はウイルス研究の為に派遣されました」
「ウイルスの研究ですか。だとすればここではなく、もっと先に進んでください」
「そうなのですね?」
「更にここから数時間の所に、以前エボラが発生した村があります」
「あなたも関係者?」
「そうです。衛生環境を整えたり、再発を抑えたりするために居ます」
「大変ですね」
「まあ。そうですね」
「すみません。特に支援物資などが無くて」
「支援部隊ではないのですからお気遣いなく」
そしてシャーリーンが地図を広げてみせた。
「ここは、この村で間違いありませんか?」
「そうです。そしてこの道を更に西に走ってください」
「わかりました」
「くれぐれも武装集団にお気を付けください。彼らは容赦ないですから、医師団だと分れば見逃しますが、気まぐれに何かされるかもしれません」
「分かりました。肝に銘じます」
そうして俺達は車に戻る。
シャーリーンが皆に説明をした。
「ここで間違いないそうです。ルートを辿ったこの先に、エボラが発症した村があるようです。ここから三時間ほどと言っていましたが、道の状況などでも変わって来るでしょう」
そしてクキが言った。
「よし! 出発するぞ!」
すると、タケルが子供の頭を撫でて言う。
「じゃあな。お菓子もあげられなくてごめんな」
日本語なので通じるはずもなかった。だが子供達は屈託のない笑みを浮かべて、タケルに群がっている。そして俺達は車に乗り込み、再び悪路を進み始めるのだった。
俺が言う。
「貧しいのに、屈託のない笑顔だったな」
それにシャーリーンが答える。
「むしろ裕福を全く知らないので、これが当然だと思っているのです」
「武装集団は何をしているんだ?」
「貧困の者が多く、物資の強奪や誘拐などでお金を稼いでいます」
「もしかすると、さっきの屈託ない子供らがそうなってしまうのか?」
「そう言う事もあるでしょう」
こんな殺伐とした国があるのか。日本はゾンビによって壊滅したが、もしかするとこれと似た未来が待っていたのかもしれない。日本は俺達と自衛隊の必死の救出、生活の立て直しによって変わろうとしているが、この国では変わるきっかけも無いのだろう。
「金は、こんな土地の人間の為に使えればいいのにな」
「援助はあるのです。ですが焼け石に水で、生きた金にならないのです」
「なるほどな」
俺達の車が走っていると、ポツリポツリと雨が降り始めた。だがそれは突然、轟音と共に前が見えないほどの豪雨になる。俺達はいったん車を止めて、視界が戻るのを待った。
「凄い雨だ」
シャーリーンが言う。
「突発的ですが、物凄い水量です。途中の川が氾濫して無ければいいのですが」
「前が見えん」
「ですが、すぐに止むと思いますよ」
シャーリーンが言ったとおりに雨は止んだ。だが道が更に悪くなり、車を下りて来たクキが言う。
「黒崎さん。運転は武に変わろう」
「わかりました」
先頭を走る車はタケルに運転を変わり、俺達の車はまた出発した。泥水を上げながら進む俺達の車だが、ワイパーが忙しなく動いている。水が跳ねてフロントガラスが汚れるのだ。
するとシャーリーンが言う。
「これは酷いですね」
だがアビゲイルはけろっとした様子で言う。
「まあ。大丈夫です。私はミスターヒカルに変えられましたから」
「ゾンビ因子除去ですか」
「その後もレベルが上がってますので」
するとシャーリーンが言う。
「あの子がハマっていた、日本のアニメにもそう言うのがありましたね。レベルが上がると強くなっていくんだそうです」
「まさにそれだと思います」
「そうなのですか?」
「私はイスラエルや周辺国でゾンビを大量に討伐して、レベルを上げさせてもらったのです。それからは体が随分丈夫になりました」
エイブラハムも言う。
「わしもじゃよ。腰痛もすっかりよくなりおった」
そこでシャーリーンが俺に言う。
「私も変わるのでしょうか?」
「あんたは、良い食べ物を食べて来たのだろうな。因子を全く取り込んでいない、だからあえて体を変える必要はないと思う。今まで生きて来たとおりの体で、生きて行ったらいいんじゃないか?」
だがシャーリーンは首を振った。
「もし日本で救われた人の中に、私の夫と娘がいたとしたらもう施術を受けた可能性もあるのですよね?」
「無いとは言えん」
「なら…私も変えてほしい」
「いいのか? 巡り合えた時、家族がそのままだったら、もう子供などは見込めないかもしれんぞ」
「子供ですか…そうですね。そう言う事もあるわけですね?」
「そうだ。だからよく考えてもらいたい」
「わかりました」
すると皆も自分の体の事なので、考え込んでしまったようだ。
だがタケルが明るく言う。
「今はそんな先のこと考えてる場合じゃねえよ。とにかくファーマー社を潰して、俺達は未来を掴むんだろ? それはその先で、アビゲイル博士や高島のおっさんが考えてくれるだろ」
「それもその通りだな」
アビゲイルが言う。
「わかりました。お約束しましょう」
皆は笑みを浮かべた。
だが走っている時に俺は気配を察知する。
「タケル。車を止めろ」
「あいよ」
車が止まると後ろの車も止まった。
「気配がする。どうやら銃を持っている人間がいるようだ」
「とうとう来たか…」
「ちょっとクキに聞いて来る」
「了解」
車内は緊迫した雰囲気になる。俺は後の車に行ってクキに言った。
「クキ。銃を持った集団がいる。軍隊か武装集団か分からない」
「どのくらいの距離だ?」
「二キロくらい先だ」
「ヒカル様さまだな。俺達だけだと、敵の攻撃範囲に入っていた可能性がある」
「まあミオもいるから、百メートルくらいで感知は出来ただろう」
「たぶんそれじゃ遅い。いずれにせよ、このまま進むにゃあ、それを片付けないといけないという事か?」
「相手はファーマー社じゃない。関係ない奴らをどうしたらいい?」
「うーん…可能かどうか分からんが、全部の武器を没収して隠すか壊すか。そのうちに全員を捕縛して、そして通過するって感じか?」
「やったことは?」
「あるわけないだろ」
「そうか。なら軍隊がどうか見極めるには?」
「見りゃわかる。車を隠して部隊を編成し、見にいくしかないな」
「そうしよう」
皆を降ろして、俺が車両を担ぎ上げて森の中へと運んでいく。
それを見てシャーリーンが言った。
「ど、どういうことです? まるで重機じゃないですか!」
するとタケルが言う。
「はは。ヒカルは自動販売機を何台も重ねて持てるんだぜ。おかしいだろ?」
「はい。おかしいです」
そんな会話を尻目に俺は車を運ぶ。そして残る連中に言った。
「車を守るリーダーはタケルでいいな?」
「あいよ」
するとクキが言った。
「じゃあ残る皆は、隠された車に乗り込んで身を隠してもらおう。俺とヒカル、ミナミ、ツバサ、クロサキ、シャーリーンで行く。皆はおりこうさんにしてお留守番だ」
「「「「「「「はい」」」」」」」」
「お土産待ってるぜ」
そう言うタケルに俺は親指を上げて合図をする。皆が車に乗り込んだので、大きな葉っぱや木で車を隠して、俺達は気配のする方向に向かって進むのだった。




