第454話 謎の血清を持つ少女
アビゲイルが、ゾンビの子供の血液を調べ始めてからしばらく経った。待っている間に俺とクキが、先ほどの現象について話し合っている。クキが俺に言う。
「ゾンビが動かなかったな」
「そのようだ」
「そもそもゾンビは何故人を襲うんだったか」
「分かりやすくは、ゾンビ因子の活動源を人間から奪う為だな」
「ならなぜ、あのゾンビは襲わないんだ?」
「わからん」
そして二人は、せわしなく動いているアビゲイルを見る。
「彼女が何とかするだろう」
そしてクキがシャーリーンに言った。
「シャーリーンさんは特別な訓練を受けてるね?」
「はい。実は諜報機関にいたことがあります」
「だとは思った」
「それもカリム様のお考えの元でした」
「凄いものだ。国家機関にも入り込んでるんだな」
「そうですね。詳しくはお話しできませんが」
「聞かないよ。俺だって元自衛隊の特殊作戦群だから。人には言えない事もあるもんだ」
「すみません。私の事ならいくらでも話をするのですが」
「旦那さんは何処の国の人なんだい?」
「トルコ人ですが学生時代は日本に留学していて、その時の名残で日本の仕事があったのです」
「災難だったな」
「私は生きていると信じています」
「だな」
そして、どうやらアビゲイルの仕事が終わったようだ。
「分かりました」
「何だい?」
「居たのは間違いなくゾンビですが、ある物質が動きを押さえていました」
「ある物質?」
「恐らくは血清です。しかも特殊な」
「そうなんだ」
「我々の破壊薬と違って、抑制する力があるようです」
「どうやって作られたんだ?」
「謎ですが、仮説はたてられます」
「どんな?」
「ゾンビを抑制してしまう細胞を持つ人間がいるという事です」
「ゾンビを抑制する…人間」
「とにかくこれ以上は、最先端のファーマー社の研究所で無いと特定はできません」
「わかった。それじゃあ行くぞ」
「その前に私の薬で、全てを洗浄していきます」
「了解」
俺達がそこで待ち、アビゲイルは開発した新型ゾンビ破壊薬で機器を消毒していく。全てが終わり、アビゲイルはシャーリーンに言った。
「ありがとうございます。終わりました」
「では」
シャーリーンが病院関係者に挨拶をし、俺達はキャンピングカーに戻った。
皆を集めてアビゲイルが言う。
「ゾンビを抑制する血清を持つ人がいるようです」
「ゾンビを抑制する血清?」
「そうです」
「なるほど…それであのゾンビの子供は大人しくなったんだ」
皆がキャンピングカーのソファーに座り、腕組みをして考え込む。するとクロサキがアビゲイルの調べた結果を見ながら言った。
「ファーマー社があえてあの村に研究所がある事にした理由は、間違いなくそれですね」
それを受けてアビゲイルが言う。
「確かにそうなりますね」
「私の推理では、あの診療所の医者が何かを知っています」
タケルが言う。
「んじゃ捕らえて吐かせるか!」
それにミオが言う。
「悪い人だと決まった訳じゃないわ。何でもかんでも暴力で解決してはいけない」
「へ、へい。そのとおりでした」
「いずれにせよ戻りましょう」
そして俺達は再びバスホール湖の村へと戻って来た。村から離れた所に車を止め、俺とミオと変装したアビゲイルが再び診療所に向かう。キャンピングカーにはタケルとツバサ、オオモリとマナを残して、他のメンバーが周辺を警戒するようにした。
診療所に入っていくと、丁度、病人が運び込まれて来ていて、医者が慌ただしく動き回っている。
「こんにちわ」
ミオが言うが、医者が血相を変えて怒鳴った。
「あんたらが来るところじゃないと言っただろ! それに今はそれどころじゃない!」
目の前に苦しんでいる奴がいて、医者はそれを診ている。
アビゲイルが聞いた。
「この人はどうしたのです?」
「うるさい! 診療の邪魔だ! 出て行け!」
だが俺にはすぐにわかった。ゾンビ因子に汚染されつつある。俺が医者に言う。
「このままだと、その人は凶暴になる。ゾンビに噛まれたんだ」
「あ、あんたらがやったんだろ! この悪魔が!」
「俺達はファーマー社じゃない」
「なん…」
あまり時間が無かったので、俺はそのベッドで苦しむ人間の横に行き、ゾンビ因子除去施術を行った。次の瞬間その人は真っ白になり、静かに寝息を立て始める。そして俺が振り返って皆に言う。
「とれた」
「な、なにをした? 真白だ!」
「寝ているだけだ」
「なんじゃと?」
医者は慌てて脈を取り始め、ライトで患者の目を照らして見ている。患者の尻に体温計を突っ込み、それを取って目を見開いた。
「治っとる…」
「そうだ」
「どうやって…」
「あんたはどうするつもりだった?」
「そ、それは…」
すると変装したアビゲイルが医者に言う。
「動かなくなった子供の血液から、凶暴になるのを防ぐ血清が見つかったわ。あなたはそれを持っていて注射したのでしょう?」
「だ、だからなんだ! ファーマー社にはその情報は渡さんぞ」
「私達はファーマー社ではありません」
そしてミオがバッグから何かを取り出して顔にはめ、医者に向かって言う。
「この声に聞き覚えはありませんか?」
それはザ・ヴェールのマスクで、ミオはマスクをかぶりながら話しかけたのだった。
「あ、あんたは…正義の女帝?」
「ま、まあ、不本意ですけどそう言う事になってます。だから私達はファーマー社の味方ではなく、敵対する組織の者なのです」
「そ、そうだったのか…」
「ここがファーマー社の拠点となっていたので、確認しに来ただけなんです」
「ち、違う! 奴らが勝手にここを研究所と名乗っているだけだ。私の血清の秘密をどうしても知りたいから、勝手にやってるんだ」
そしてアビゲイルはもう一つの薬を出した。
「本当ならこれを使いたくはないのです」
「それは何だ?」
「ゾンビを崩壊させる薬品です」
「な、なぜそんなものを!」
するとアビゲイルは、黒いカツラとコンタクトレンズを外した。
「私を見たことは?」
「あ、あんたは…」
「ご存知のようですね」
「医療系の人間であんたを知らん奴はいない! あんたはファーマー社の!」
「いえ。今はファーマー社から追われる身です。あの国連事務局のニュースを見ましたか?」
「見た! ファーマー社の不正を晴らすと言っていた!」
「その通りです。だからこうして身を隠して各地を回っているのです」
「そ、そうだったのか…」
「お見受けしたところ、あなたもファーマー社を良く思ってはいないようですが?」
すると医者は下を向いて、口を閉ざした。
「帰ってくれ。何も聞かなかったことにする。だから放っておいてくれ」
「どうして?」
「危険だからだ。あんたらと関係したら、ファーマー社に目をつけられてしまう」
「ならば、この血清の出所だけでも教えていただけませんか?」
「それは…教えられん。すまんがその事も忘れてくれ」
どうやら医者は極度に怯えているようだった。そこで俺は医者に言う。
「ファーマー社に何かを掴まれているな?」
「それは…」
「もしそうなら、俺達は助けになる。その為にここに来た」
「助け…バカな! ファーマー社を相手に何ができるというものか!」
「俺は出来る。だからあんたの抱える悩みを教えてほしい。必ず何とかする」
「……」
そしてアビゲイルが言った。
「この薬は、ゾンビを破壊する薬です。今ここでこの蓋を開けてばら撒いてしまえば、村中のゾンビになった子達が停止します。そして二度と目を開ける事はありません。ですが今の所、あの子達は全く動こうとしていない。それならばこの薬を使う必要はありません。それに総合病院程度の研究施設では、あの血清が何か判明しなかった。それがあれば、新たな研究に結び付けられるのです! ファーマー社の暴挙を許しておいてはいけません!」
すると医者が力なく言う。
「あれは…あの血清は娘の血から取れたものだ」
「娘さんの?」
「そうだ。そして残念ながら同じ遺伝子を持つはずの私には無かった」
「そうなのですね?」
「だが、あの子の血から作られた血清は、ゾンビを止める事が出来る」
「そのようです…。お子様はどちらに?」
すると医者は目頭を押さえて言った。
「やつらに…やつらに連れていかれてしまった…」
「えっ…」
「ファーマー社になんか捕まったら、もう二度と助け出す事は出来ん。何処に連れていかれたかもわからんのだ!」
だがそこでアビゲイルが言う。
「ですが特殊な血清を持っているとしたら、恐らくは殺されてはいないでしょう。どこかに監禁されて…実験対象になっているはずです」
「ううう…いっそのこと死んだ方が楽なのかもしれんのになあ…ううう」
医者が泣き始めて、アビゲイルが言葉を失う。
「そんな…」
「私がよその子供を救う為に偶然見つけた血清のせいで、あの子は攫われてしまったんだ!私があの子をファーマー社に売り渡したも同然だ!」
アビゲイルとミオが困ったような顔で俺を見る。
俺は医者に言った。
「まだ生きているなら必ず俺がここに連れて来る。だからあんたはここで待っていればいい。あんたの娘の名前は?」
「シャンティ」
「シャンティ。良い名前だ。そして俺達にも大切な人だ」
「そ、そう言ってくれるのかね?」
「そうだ。だからファーマー社には一切与するな。この土地のファーマー社を掃除して来るからな」
「そ、そんなこと…出来るわけがない。ファーマー社は巨大組織なのだぞ、あんたらがいくら頑張ったところで」
「そう悲観的になるな。そうだ…法王がこう言っていた。神様に祈れと、あんたも神に祈っていろ。そうすれば必ずあんたの娘は帰って来る」
「ほんとう…かね…?」
「本当だ」
そこでアビゲイルが言う。
「先生も良く生き残っておられました」
「それにはある理由があるんだ」
「なんです?」
「あの子が笑っている時にしかあの血清は取れないんだよ。医学的にはこんなおかしな事はないが、きっとファーマー社はあの子を泣かせているだろう。だから血清の謎は絶対に解けん」
「わかりました。では必ずここにお連れします」
「簡単に言うが。もしかしたらもう娘は処分されたかもしれん」
「……希望を捨てないで」
「…わかった」
そしてミオが言う。
「私達が来た事は、誰にも言わない方が身のためです」
「わかった。だが本当にあの子は無事なのだろうか?」
俺が言う。
「無事だと祈れ」
そうして俺達は診療所を出て、皆と合流しつつキャンピングカーに戻るのだった。




