第441話 レバノンからサウジアラビアへ
数日かけて中東のゾンビを駆除した俺達は、大きな手ごたえを感じていた。ゾンビを完全にゼロにしたとは言えないだろうが、セーフティーゾーンを作ったおかげで生存者に逃げ場所が出来たのだ。新型ゾンビ破壊薬を撒き回っているうちに、生存者がちらほらと外に出てきたのである。
俺達は今、衛星通信で自衛隊から情報を聞く為に通信を繋げていた。
「各国が中東の暴動を沈静化するという名目で動き出しました。速やかに撤退してください」
カブラギの言葉に、クキが返答する。
「了解だ。かなりの生存者がいるんだがな、どういう動きをするんだろうか?」
「そこまでは分かりません。人道支援なども視野に入れていると報道されていますが、実際の作戦まではこちらでは把握できません」
「だと。大森がネットで拾っている情報とほぼ同じだな」
「そうですね。きな臭さを感じますので、速やかに撤退したほうが良いでしょう」
「分かった。そちらも情報を取りづらいとは思うが、引き続き頼む」
「はい。では御武運を」
「了解だ」
そして通信がきれた。
「聞いての通りだ。オオモリの掴んでいる情報と一致した。このままこの地域を離脱するぞ」
皆が頷く。既にオオモリも情報を持っていたため、俺達は移動手段として軍用トラックを入手していた。空を行くのは危険と判断し、陸路でアラブ首長国連邦を目指す事になる。トラックの荷台には座席があり、幌がかけてあるため日光を遮る事が出来た。土色の車体で、遠くから見れば景色に溶け込むようだ。
俺が外を見て言う。
「生存者が救われる事を祈る」
「そうだな」
そしてオオモリが言う。
「ここからアラブ首長国連邦まで二千五百キロもあるんですね。どのぐらいかかるかなあ」
縛られて座らせられているジョーイが答えた。
「陸路なら、三日というところですね。夜通し走れば三十時間程度で着くと思いますが、何の準備も無しでスムーズにいくとは思えません」
クキがジョーイを睨みつけて言う。
「貴様が余計な事をしたからだ。お前ならいろいろと準備も出来たのだろう?」
「そうです! そろそろ解いてくれますか?」
「そんなわけないだろう」
時おりアビゲイルが瓶の蓋を開けて、新型ゾンビ破壊薬を道路に投げ捨てている。道路が確保出来れば人々の移動も容易くなり、逃げる事も出来るだろうという考えだ。
クキがみんなに言う。
「運転は交代でやろう。とにかく皆は体を休める必要がある」
「「「「「「「了解」」」」」」」」
「まずは俺が運転をするが、ナビがいるな」
「なら私がするわ」
そう言ってミナミが手を挙げる。
「それじゃあ頼む。後は寝てくれ」
そうして皆が、椅子に体をもたれかけさせて眠り始めた。
そこでクキがジョーイに言う。
「逃げるような隙は絶対に出来ねえぞ」
「も、もちろん逃げようなんて思ってませんよ」
「ならいいが、ヒカルは何日も寝ないでいられるんだ。俺達がボケっとしてても、逃げようとは思わない事だ。斬られたくないならな」
「はい」
そしてトラックに沈黙が下りる。日本で逃げ回っていた時なら、彼らはこんな風に寝る事は出来なかった。だがレベルが上がるにつれて、俺と似たような能力を身につけつつあり、瞬間的に深く眠る事が出来るようになったのだ。俺はジョーイに言う。
「お前は眠らないのか?」
「私は…」
「ならいい。お前が眠るまで聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「お前の所属している、殺し屋の組織とやらについてだ」
「そ、それは言えません」
「どうしてだ?」
「掟があるのです」
「掟?」
「まあ一方的に連絡が入って、一方的に金が振り込まれるだけですので、それほど深く知っているわけでは無いのですがね」
「本当か?」
「本当です。ですが三つのルールがありましてね」
「ルール?」
「裏切りは死をもって償う。個人的に依頼を受けない。組織の事は話してはいけない。の三つです」
「俺達が依頼を出す事に何か問題は?」
「結局は金です。もちろん組織を陥れるような真似をすれば、報復が待っていると思います。また殺害する対象が国家の重鎮であっても、ファーマー社の人間でもそれ相応の金さえ払えば仕事はします」
「ファーマー社を集中的に狙うとなれば、ファーマー社からの報復もあり得るぞ」
「ファーマー社の手が、組織に伸びる事は無いでしょう」
「言い切れるのか?」
「そもそも素性がバレれば、多くの国で生きていけなくなります。指名手配など受けるようなへまをすれば、組織から先に消されるでしょうね。ファーマー社に睨まれた段階で、組織から消されます」
「消耗品だな」
「その通りですよ。私達は消耗品です。そもそも正体がバレておめおめ生きているような奴は、組織にはいないと思います」
「ファーマー社は甘くないぞ」
「そうなのですか? 電話が来てから、未だに我々の場所を特定もしていないようですが?」
「それは、そこで寝ている奴のせいだ」
「そこの太っちょですか?」
「そうだ。そいつのおかけで俺達はこうして居られる」
「なるほど」
ジョーイはあまりオオモリの凄さを分かっていないようだ。もちろんオオモリが出来る事を知らないからだが、万が一オオモリが殺し屋集団に属していたら、とんでもない事になっていただろう。
「まず殺しの依頼をするにも、こちらで対象を決める必要があるという事だな?」
「それはそうです。むやみに人を殺すテロ集団じゃありませんから」
「金はいくらになる?」
「それは仕事次第となりますね。難易度が上がるほど、その金額は跳ね上がります」
「そうか。なら今回の仕事はどうだったんだ?」
「中東の情勢がかなり不安定だったので、そこそこの値段だったと思います」
「仕事を仕損じる事もあるだろう?」
「へまをしたら代わりの者に仕事が回るだけです」
「そうか」
「殺しの依頼はするんですか? しないんですか?」
「するとしても、ここではしない。お前がここにいる事を組織は知っているんだろう?」
「はい」
「お前が組織を呼び寄せないとも限らんからな。お前の所在が分からなくなったところで、検討する事になっている」
「…そうですか」
聞く事が無くなったので、俺は後ろに行って新型ゾンビ破壊薬の瓶を開けて外に投げ始める。だがそこで俺がジョーイに言った。
「俺達が持っているスマートフォンは、どうやったって開かないぞ」
「は、わ、わかりました」
「余計な事はするな」
そう俺が言うと、クキが笑い始める。
「バカが。ヒカルは後ろにも目があるんだよ。足掻いたところで無駄だ」
「分かりました…」
コイツはコイツであきらめが悪いようだ。未だにこの状況を打開しようとしてる。殺し屋などやっていると、並大抵の精神力ではないのかもしれない。
それから途中で車をマイクロバスに乗り換え、軍用トラックを乗り捨てた。国境付近の町にもゾンビが来ており、俺達は車を回しながら新型ゾンビ破壊薬をふりまいて行く。あまり時間をかけていられないので、降りてビルに登る事はせず、町のあちこちに薬品の瓶を置いて行った。
運転をタケルに代わり、そのまま高速道路に乗ってサウジアラビアの荒野を走り始めた。
だがまだクキは眠らずに、オオモリに聞いた。
「大森。情勢はどうなっている?」
「各国から視察部隊が出撃したようですね」
そう言ってニュースの画像を見せて来る。
「これで中東のゾンビも制圧されると良いのだがな」
「平和になる事を祈ってます」
するとクキが伸びをして言った。
「はーーぁ! さてと。んじゃ寝るとするか」
「ゆっくりしてください。九鬼さんに倒れられたら僕達困るんで」
「ヒカルがいるから大丈夫だろ。んじゃ寝る」
そう言ってクキは床に横になり、いびきをかき始めた。ずっと気を張っていたので、相当疲れていたのだろう。皆は引き続き、オオモリのパソコンで世界のニュースに目を向ける。日本はこのように救われる事は無かったが、皆は中東の人達が救われるように祈っているようだった。




