第43話 サーキットの夕日
俺が周辺のゾンビを狩っている間に、皆が薬局で収集した荷物を積み込み終えた。
ゾンビが居なくなってトラックから降りたヤマザキが皆に言う。
「そろそろ何か食った方がいいだろうな」
それにユリナが答える。
「なら、人が少なくて安全な場所を探した方がいいわ」
「このあたりを知っているやつは居るか?」
ヤマザキが聞くとタケルが答えた。
「サーキットとかどうだ?」
「サーキット? レースのか?」
「そうだ。俺はサーキットなら行った事があるし、あそこならそんなにうじゃうじゃゾンビはいねえと思うんだよな。この近くにあるんだよ」
「なるほどな…、なら行ってみようか」
それを聞いた俺は隣りのミオに尋ねる。
「サーキットとはなんだ?」
「車で競争する場所だよ」
「そんなところがあるのか?」
「うん。タケルが知ってるらしい」
「そうか」
俺達は再び出発した。都市部にはちらほらゾンビがいるが、町の規模でその数は違ってくるようだった。このシモツマと言う所には、それほどゾンビはいない。さらにタケルが誘導して向かう先は畑や田んぼしかなく、どうやらサーキットというのはかなり田舎にあるらしい。
トラックの後ろを走りながら、マナが言った。
「こんなところにサーキットなんてあるのかな?」
それにユリナが答える。
「まあタケルがあるって言うんだから、あるんじゃない?」
「安全なのかなあ?」
「どうだろうね」
そんな会話をしながらも前のトラックはどんどん進んでいく。そして、ほとんど民家らしい民家が無くなって来た先にそれはあった。
「なんかそれっぽい所あるよ」
「本当だ」
女達はどうやら来た事がないらしいが、俺の見立てでもここはかなり安全そうだ。あとは内部に入って気配感知で確かめるしかない。
その施設の雰囲気はどことなく空港にも似た感じがあった。空港のように大きな建物やビルなどは無いが、何かがいる気配は無かった。トラックが停まったので俺は車を降りて確認しに行く。
「ここか?」
するとタケルが答えた。
「ああ。どうだヒカル? ゾンビの気配は?」
「ないな」
「よかった」
「それでどこに行く?」
俺が聞くとタケルが答えた。
「いや、コントロールタワーって場所があるんだよ。そこをヒカルに見てもらいたいんだ」
「わかった。そこまではトラックでも行けるのか?」
「もちろんだ。コースが広いから、トラックでも問題なく行ける」
俺達は再び車に乗ってサーキットの道を進んでいく。するとその先に四階建ての塔が見えて来た。トラックはその前に止まり、俺がすぐにトラックの側に立ってタケルに言った。
「いいぞタケル。ここは学校よりも守りやすいし周りをいつも監視できる。よくこんな場所を知っていたな」
「ああ、なんつーか俺さ、車が好きだったんだよ。スポーツカーをいじってサーキット走るのが趣味だったんだ」
「それで、ここに来た事があると」
「そういうこった」
「いい感じだ」
皆が車を降りて俺のもとに集まって来る。するとユリナが言った。
「サーキットって初めて来たわ」
するとタケルが言った。
「なんつーか。ここに来ると…楽しかった思い出が浮かび上がってくるよ」
「そうなんだね」
「ま、今となってはそんな遊び出来ねえけどな」
タケルが言うので、俺が答える。
「これから平和を取り戻して、やればいいじゃないか」
「そうなったら嬉しいけどよ。でもよ…」
タケルは無くなってしまった腕を見る。
「腕を使うのか?」
「まあそうなんだけどよ。でも良いんだ! もうやる事はないだろうからよ」
「すまなかった」
「気にすんなよ! てか斬ってもらわなきゃ、今ごろ俺はゾンビになって誰かを襲ってたかもしれねえし。そんな終わり方はまっぴらごめんだ! 俺はヒカルに感謝してるんだよ」
「すまん」
すると今度はユミが言った。
「だーかーらー! 謝らなくていいって言ったじゃない。私も最初はムカついたけど、冷静に考えたら生きて連れ帰って来てくれた。好きな人の命の恩人に対して、私は何も言わないわ」
「ああ」
皆が気を使ってくれているのが分かる。だが、俺は自分が蘇生魔法を使えない事を悔やんだ。この世界に蘇生魔法を使う聖職者や、魔法使いが居ないと知らなかった。恐らくタケルの腕はもう戻らないだろう。既に時間が空きすぎているからだ。
するとヤマザキが俺達の話に割って入って来る。
「まずは今日を生き延びる事だ。どうしたらいい?」
ヤマザキが空を見上げている。なるほど太陽がかなり西に傾いている、すぐに夜になってしまうだろう。
「ここで夜を迎えるべきだろうな」
「そうか」
「ゾンビよりも盗賊の方が危険性が高いんだ。夜に車を動かすと、あの灯りが目立つ。一旦ここで夜をやり過ごして、朝日が昇ると同時に動くと良い」
「わかった」
俺達はトラックから食料を降ろしていく。持ってきたコメと香辛料と粉のスープなど細々とした物と、ホームセンターで見つけたものだ。それらを各自が持って、コントロールタワーの階段を上っていく。最上階につくと周りが見渡せるように全て透明なガラスで覆われていた。
この環境を見て俺がみんなに言った。
「かなり安全だ。もちろん灯りを灯すわけにはいかないが、明るいうちにここで食事をとって暗くなったら身を潜めよう」
するとヤマザキが言う。
「よし、じゃあ携帯ガスコンロを持って来てくれ!」
「はい」
それはホームセンターで入手したものだった。蓋を開けて何か筒のような物をはめ込み蓋を閉じる。その前についているつまみを回すと、なんと円形に火が付いたのだった。
それを見てマナが喜んでいる。
「よかった! 点く!」
「早速、コメを焚こう」
「わかったー!」
ヤマザキと女達がテキパキと進め飯の用意をした。出来るまでの間に俺は歩きまわって周辺の確認をする。見渡しやすくてゾンビの侵入も盗賊の侵入もすぐにわかる。構造としては申し分ないが、それでもあの空港のような出来事もあるから十分に注意しなければならない。
しばらくすると、ユリナが食事の用意が整った事を告げて来る。
「白米も一旦これで最後かな」
「あとはまた玄米」
するとタケルが喜んで言う。
「まあ俺は白米でも玄米でも食えりゃあ文句ねえけどな」
「とにかく、おかずを手に入れたいよね?」
ミナミの言葉にミオが言った。
「東京にはあるよ。私達が見て来たんだから間違いないよ」
「信じるわ。戸倉さん達が持って行かなければあったのだし、その為にこんな命がけで向かってるんだから」
すると今度はツバサが言う。
「そして私達には守り神がいる!」
皆が一斉に俺を見た。それに俺は答えた。
「いや、皆は俺を信じてついて来てくれたんだ。俺はそれに報いなければならない、俺はパーティーを裏切らない」
「うん」
「それに、タケルにまたここを走ってもらいたいしな」
俺が言うと皆がタケルを見て笑った。タケルも恥ずかしそうにしながら笑っていた。この人達は自分の人生をゾンビに奪われた。ゾンビごときに。この人達の人生を取り戻さねば、俺の人生も始まらない気がする。俺はコメを口に運びながら皆の疲れた顔をじっと見渡した。
マナが夕日を見てポツリと言う。
「キレイ」
すると皆が手を止めて夕日を眺めた。夕日はオレンジ色に染まり、この世界が滅びに向かっている事を忘れさせるくらい美しかった。今日の行軍で疲れた体を癒すように、夕日が皆を照らしてくれる。
するとタケルが俺の隣りに来て言う。
「サーキット。良いだろ? なんつーかロマンチックつーか、俺の青春なんだよ」
俺はロマンチックの意味が良く分からないが、サーキットの風景に関しては良さが分かった。ここにはタケルの思い出が詰まっているのだ。そうやってみると、この風景はまた変わった姿に見えて来る。
「思い出…」
「ヒカルの青春ってどんなだったんだよ」
「俺の青春?」
会話の中で既にかなりの言葉を覚えたが、青春という言葉を知ってはいても良く分からなかった。俺の青春はほとんど魔王ダンジョンにあった。あの暗く恐ろしいダンジョンが俺の全てだった。だがこうやって夕日を眺めながら考えてみると、本当にそれで良かったのか? と言う気持ちが持ち上がって来る。
「わからん」
俺はそう答えた。するとタケルが言う。
「ならよ。これからヒカルの青春を謳歌すればいいんだよ」
「これから?」
「そうだ。ヒカルの青春はこれからだよ!」
タケルが言うとなんかその気になって来る。俺の青春。俺はこの世界で青春を取り戻す。沈む夕日に勇者パーティーの面影を映しながら、俺は朧気にそんなことを考えていたのだった。




