第438話 殺し屋の裏切り
アビゲイルが開発した、新型ゾンビ破壊薬の威力は凄まじかった。風に乗った薬が広範囲に広がって行くと、地域のゾンビが全て横たわっていくのである。それを見た俺達は、自分達が日本でやったシステムによるセーフティーゾーンの確保より、更に効率が良い事を知った。
俺達はエルサレムに到着し、そこでも新型ゾンビ薬の散布を行った。その効果は素晴らしく、大量に蠢いていたゾンビ達が次々に静かになっていく。俺達は今、エルサレムのビルの屋上から薬を撒いていた。
「凄いですよ! 博士!」
皆がその効果を見て興奮していた。俺達はエルサレムの高いビルに登っては、その薬を散布してきたのである。オオモリのシステムではゾンビの動きを止めるだけだったが、これは完全に息の根を止めるのでかなり有効だ。
だが俺達が必死にその作業をやっている時、それは突然起きた。
バキッ!
「この野郎!」
クキがジョーイをいきなり殴ったのである。ジョーイはそれに応戦するように、クキを足で蹴り飛ばした。突然格闘が始まったので、俺とタケルがそれぞれを抑える。
「どうした?」
「コイツ…やりやがった」
クキが怒りをむき出しにしている。
「なにをだ」
「そうですよ。私は何もしていません」
「そうか…それじゃあ、お前のスマートフォンを出して見せてみろ」
「な、なんです?」
「早く出せ!」
ジョーイがスマートフォンをポケットから出すと、突然慌てて操作しだした。
「タケル! そいつを止めさせろ!」
タケルがジョーイの手を押さえた。すると素直にジョーイがタケルにスマートフォンを渡してくる。
「これがどうかしましたか?」
ジョーイは涼しい顔だ。
「貴様。履歴を消したな?」
「何の事か分かりません」
「見せてみろ」
「組織やいろんな情報がありますからダメですね」
「いいから開けろ!」
「わかりました」
ジョーイがタケルからスマートフォンを預かり解除した。そして再びタケルに渡し返す。
「何処を見る?」
そしてクキが言う。
「メールか電話の履歴だ」
「わかった」
タケルが操作をして答える。
「履歴が無いな。メールも数日前に送ったものだぜ」
「だから言ったでしょう? 何もおかしい事はしていないと」
「履歴を消したんだろう…。お前はどこに電話をしていたんだ?」
「それは…本部ですね」
「殺し屋は、仕事の時、連絡しなかったんじゃなかったのか?」
「いえ。仕事は終わりましたから」
するとクキが落ち着いて俺に言う。
「ヒカル。わかった。放してくれ」
俺がクキを離す。
「まったく、日本の自衛隊は神経質すぎるんじゃないですか?」
「ならまずは、そのポケットに入っているゾンビ破壊薬をこちらによこせ」
スッとジョーイがポケットからアンプルを取り出す。
「はい」
「これをどうしようとしていた?」
「もちろん。皆さんと一緒に撒こうとしていました」
「……」
どうやらクキの思い違いだったようだ。だがクキはジョーイを睨みつけて言う。
「お前の軽率な行動が、このチームを危険に晒すんだぞ。分かっているのか?」
「私はチームじゃありませんが? 仕事を依頼されただけの案内人です。まあ今は従うしかなさそうですけどね」
「…今度、怪しいマネをしたら、どうなるか分かってるな?」
「ええ。肝に銘じます」
と、話が終わったかのように思えた時だった。
「あー、ちょっといいですか?」
オオモリがのんびり手を挙げる。
「なんだ?」
「履歴なんて消しても、一発で復活出来ますけど?」
するとクキとジョーイが声を合わせて言う。
「「なに?」」
「武さん。そのスマホこっちに下さい」
だが慌ててジョーイが奪い返そうとする。
「ちょ、ちょちょっ!」
だが力でタケルに勝てるわけがなかった。
「ほらほら。とりあえず無実が証明されれば返すよ」
そう言ってオオモリが、ノートパソコンを取り出してジョーイのスマートフォンにつなげた。そして直ぐに言う。
「履歴消してますね。電話ですか? メールはしていないようです。内容が残りますからね」
そしてクキが言う。
「何処に電話している?」
「ちょっと待ってください。えっと、国際電話…」
そしてオオモリが固まる。
「トルコのイスタンブール。かけ先は…ファーマーの支社です…」
それを聞いて皆がピリ着いた。ジョーイが突然駆け出そうとしたが、タケルがちょいと足を引っかけて転ばせ、馬乗りになる。
「おいおい。何処に行こうってんだ」
「ま、まってくれ! 出来心だった!」
クキがつかつかと歩いて来て、ホルダーから銃を抜きジョーイの眉間に突き付けた。
だが俺は咄嗟にクキの手を掴み、その手を空に向けた。
パン!
ギリギリのところで殺すのは防げたらしい。
だがそのままクキが言う。
「おまえ、ファーマー社か!」
「ち、違う! 俺はファーマー社じゃない!」
「ならなんで、ファーマー社に電話した!」
「ふ、普通にネットで調べれば出て来る!」
クキがオオモリを見る。
「間違いないです。ホームページ上に電話がありました。まあ…会社の代表電話みたいですけど、会社概要の真ん中あたりに電話番号がありますね」
皆がざわついた。
「なぜ電話した」
「……」
「答えろ。ファーマー社なら今ここで殺す」
「ち、違う。分かった…話す」
そして俺が言う。
「タケル放してやれ。何かあれば俺が止める」
「あいよ」
タケルが手を解くと、ジョーイが上半身を起こして言う。
「本当にファーマー社じゃない。もし俺がファーマー社なら、会社の代表電話になんか電話をかけるはずがない」
「わからんぞ」
「本当だ。まあ信じてくれと言ったところで、信じてはもらえんだろうが…」
「言え」
「俺はもう殺し屋稼業に、嫌気がさしてたんだよ」
「それとファーマー社に何の関係がある?」
「最初は本当に興味本位だった。だけど世界中でこんなことが起きている時に、あんたらについて行けば……金になると思ったんだ」
「いつそう思った?」
するとジョーイは深くため息をついて、元の口調に戻った。
「それはあなた方が、ゾンビ破壊薬の話を始めた頃からです。間違いなくこれは金になると思いました。それを餌にして、ファーマー社をゆすれば金がとれると思ったんです」
「それで電話をしたのか?」
「咄嗟だったものですから、とにかく一番近い場所にあるファーマー社をネットで探しました。するとホームページが出て来て、会社概要にその番号があったんですよ」
その表情と緊張などを見ても、嘘は言っていないようだった。
「クキ…どうやら嘘は言っていない」
「わかるのか?」
「ああ」
そして俺はしゃがみ込み、ジョーイを覗き込んで言う。
「だがそれはそれだ。お前はファーマー社に何を話した?」
「……それは、ゾンビの事だが…」
「なにをだ?」
「会社の受付が出て、ゾンビについての情報を知っている。そしてそれを破壊する薬も持っている。もしその事が知りたければ、しかるべき部署から折り返し電話をかけて来いと言いました」
「相手はどう答えた?」
ジョーイが少し苦笑して言う。
「世の中で出回っているデマでございますので、お取次ぎする事は出来ませんと言っていた」
「なんで、お前の電話がつながる?」
「組織で用意した衛星電話なんだ。どんな地域でも俺の居場所が分かるようにGPSがついている」
するとオオモリが言う。
「それはまずいですね。愛菜さん、直ぐ衛星に繋いでもらえますか?」
「了解よ」
オオモリがパソコンを繋ぎ操作して言う。
「これで当面の攪乱は出来ました。後はそのスマホを壊せばいい」
だがそれにクロサキが言う。
「いえ。大森さん。こちらにはヒカルさんがいます。敵をおびき寄せましょう」
「えっ?」
すると皆がクロサキを見る。
「デマだと思っていれば何も仕掛けてはこないでしょう。ですがファーマー社がこの情報を真実と判断すれば、必ず軍隊を送り込んで来ると思います。本拠地に攻め入るより、おびき寄せた方が倒しやすいですし、何らかの情報がつかめるかもしれません。イスラエル周辺のゾンビを除去しつつ、敵をおびき寄せて始末すればいいのではありませんか?」
それを聞いてクキが答えた。
「来ると分かっていれば、対処しやすいか…かもしれんな」
「私はどうなります?」
ジョーイが言うとクキが冷酷な目で言う。
「居てもらうさ。おまえはファーマー社を呼び寄せるオトリだからな。そして実際にファーマー社に接触した時は、お前をファーマー社の元へ送り込んでやろう」
「私を?」
「あわよくば、お前をゾンビ化兵にでもしてくれるだろうよ」
「ま、まってくれ! 出来心だったんんだ!」
「だが、俺が気づかなけりゃ皆を危険に晒してた」
「それは…」
「金で俺達を売ろうとしたんだろう?」
「違います! この薬さえあればいいと思っていた!」
「いやいや。この薬を渡すのも処刑には十分な理由だ」
「助けてくれ。出来心だったんだ! 殺し屋から足を洗いたかったんです!」
「しらねえよ。武! コイツを縛っとけ」
「あいよ」
ジョーイは後ろ手に腕と肘を縛られて、完全に反抗する事が出来なくなった。
「お前が要らなくなったら、ゾンビの餌にでもしてやるよ」
「や、やめてください! すみませんでした!」
「ならば今後、俺達の神経を逆なでする事はしない事だ。それに逃げようなんて思うなよ。お前がどんなに巧妙に逃げようとしても、ヒカルから逃れる事は絶対に出来ない。たとえお前が宇宙に逃げても、お前はヒカルに殺される」
「分かりました…逃げません」
そして俺達は屋上から地上へ戻りバスとトレーラーに分乗して、ヨルダンのアンマンに向けて出発する。ジョーイは血の気を失い、ただバスの床に座っていた。
それに対してミオが言った。
「あなた。一番怒らせちゃダメな人を怒らせたわ。改心すればまだ見込みはあるけど、本気でゾンビの餌にされちゃうわよ」
「…いやだ…いやだ…」
その後、誰もジョーイに話しかける事は無かった。大量に倒れているゾンビの道を、俺達の車はゆっくりと進んで行くのだった。




