第436話 テルアビブの薬品工場にて
エルサレムに近づけば近づくほど、ゾンビの数は増え続け生存者の可能性は少なくなって行った。まだ国連が動いている様子はなく、イスラエル軍の戦闘車両の残骸があちこちに放置してある。
「酷いありさまですね」
「ゾンビにやられるって言うのは、こういう事だよ」
ジョーイが呆然としているが、俺達が日本でよく見た光景だった。生きる者はほとんどおらずに、ただゾンビが徘徊する世界。こうなってしまうと、確かにファーマー社がやるように核でしか始末出来ないかもしれない。だがそうしてしまえば、避難している生存者ごと全てを焼き尽くしてしまうだろう。
ミオが言う。
「ゾンビ破壊薬を日本から大量輸送出来ればいいのに…」
クキが答える。
「日本から飛行機が飛んでしまえば、周辺にいる軍隊から撃墜されてしまう」
「それが悔しいわ。手立てがあるというのに、それを行使できないというのは辛い」
だが、それを聞いていたアビゲイルが言う。
「まだ手持ちの薬品はありますか?」
「あるわ」
それを聞いたアビゲイルは、オオモリにスマホを見せてくれと言った。
「どうぞ」
「ミスター大森。ネットを繋げられる?」
「愛菜さん。衛星につなげてください」
「はい」
そしてスマホを衛星の電波でつないでアビゲイルが見始める。スルスルと画面を流し、どうやら目当てのものを見つけたらしかった。
「ではエルサレムを通過して、テルアビブに行けるかしら?」
「どうして?」
「そこにファーマー社の大型薬品工場があるはず。もしかすると物資が残っているかもしれないわ。それがあれば破壊薬は作れる」
「そうなの?」
「ええ。しかもジュネーブの研究所で、オリジナルと最初のゾンビ株を手に入れている。それがあれば、もっと確実な破壊薬が作れると思うわ」
皆が顔を合わせた。
そしてタケルが言う。
「んじゃ、やるしかねえじゃん」
ミオも頷いて答える。
「そうね。行きましょう」
すると殺し屋のジョーイが目を丸くして言った。
「お…そんな簡単に行動を決めてしまうのですか?」
すると、タケルとミオが顔を見合わせてジョーイに言う。
「だって、一刻を争うじゃねえか」
「そうね。しかもアビゲイル博士は、もっと強いのを作れると言ったわ」
「物資が無いかもしれませんよ?」
「だから行ってみんだよ。見ねえと分らねえじゃねえか」
「この…ゾンビの中を?」
「それはなんとかなるって、それより今は数少ない生存者を救えるかどうかだろ?」
「人が生きているか分からないのですよ?」
「生きてたら孤立して、今にも死にそうな目に合ってるんだぜ。今やらないでいつやる?」
「……」
クキがジョーイに言う。
「あんたは慎重だ。だからこそ生きて来れた。だけど命がけでやらないと達成できない事もある、僅かな望みでも俺達はそれにかけて生き延びて来た」
「命がけで…生き延びるですか…」
「そう言う事だ」
そして俺がオオモリに聞いた。
「エルサレムからテルアビブまでどのくらいの距離があるんだ?」
「えーっと、六十五キロですね。一時間くらいで行くんじゃないですか?」
「直ぐじゃないか。ならばさっさと見に行こう」
それを聞いてタケルがジョーイに言う。
「ってこった」
「分かりました。その判断の速さには脱帽します」
ミナミがジョーイに言った。
「私達は散々経験して来たからよ。それに打開策や未来が見えているから、その時よりずっとマシなの。全く希望もなく、手探りでやっていた頃より凄く楽だわ」
「楽…。この状況が?」
「そうね。楽ね」
「本当に面白い人達だ。ではテルアビブまでの道は分かっています。ドン・サルバトーレが私を名指ししたのはこのあたりに詳しいからです。一時間かからずにお連れしますよ」
「よろしく頼む」
そして俺達の乗っているマイクロバスは、幅の広い街道をひた走る。日本とは違って、あまり建物は無くゾンビの数は格段に減った。そのおかげでマイクロバスは、それなりの速度を出せるようだった。
ジョーイの言うとおりに、目的地まで四十分ほどで到着してしまう。だがテルアビブに入ったあたりから、またゾンビがわさわさと増えだしたのだった。
「やはりイスラエルは日本と同じ状況だ」
クキが言うと、アビゲイルが申し訳なさそうに言う。
「ファーマー社が政府を通じて薬品をばら撒いた地域ですから、多くの人がゾンビ因子を体内に取り込んでいたでしょう。この状況を見ても、日本がどれだけ悲惨だったのかは想像できます」
「だが、生存者がいるからな。彼らがいる限り、日本は滅びないさ」
それを聞いていたオオモリが言う。
「イスラエルにも携帯の基地局ありますよね? それらをどうにか出来ないですかね?」
「携帯の基地局で何が出来るんですか?」
ジョーイが聞いて来る。だがそれをクキが制した。
「まあ、こっちの話だ。そしてオオモリ、それは今は考えなくていい」
「わかりました」
それを聞いていたマナが言う。
「発電所も動いてないでしょうし」
その話はそれで終わった。何故かクキは話を中断させ、オオモリももう話す事は無い。そして俺達は目的の、ファーマー社薬品工場へと到着した。
「どうやら建物は無事なようだぜ」
「そのようね」
「その前に、この大量のゾンビを始末する。ジョーイはクラクションを頼む」
「わかりました」
プープーとクラクションを鳴らすと、またゾンビ達が集まって来た。それを剣技で始末し工場周辺を綺麗にしていく。しばらくはゾンビがやってこない程度にまでは減らした。
「よし、工場に入るぞ」
入り口に簡単な車止めがあるが、ゾンビはそれも突破して中に入り込んでいるようだ。
「ジョーイ。入り口をマイクロバスで封鎖してくれ」
「わかりました」
入り口をマイクロバスで塞ぎ、遅れてやってくるかもしれないゾンビを止めるようにした。
そして俺達はバスを降り、敷地内にいるゾンビを処理し始める。そのまま工場の入り口に辿り着くと、自動ドアが締めきってあり鍵がかけてあるようだった。それをみてジョーイが聞いて来た。
「壊すのですか?」
「いや。新しいゾンビが入るとやっかいだから上から入る」
「上から?」
「こうやってだ」
俺はジョーイとクキを掴んで、二階に見えるベランダに飛んだ。
「わわっ!」
降りればベランダの先の窓に、ゾンビがうろついているのが見えた。俺達が現れた事で、ガラスに向かってガリガリし始める。
「ぞ、ゾンビですよ!」
それにクキが答える。
「騒ぐな。大したことは無い」
それを耳にしながら再び飛び降り、次々に仲間達を二階のベランダに引き上げた。全員を二階に連れてくると、ガラスの中のゾンビはだいぶ増えている。目の前の得物を食ってやろうと、ガラス窓をガリガリとやっていた。
「従業員ですね」
アビゲイルが悲しそうに言った。そしてタケルとミナミが、窓ガラスを割って飛び込む。直ぐにゾンビを潰し始め俺達を呼んだ。
「入っていいぜ」
アビゲイルとエイブラハムが中に入り、俺達も続いて入った。
「本当にこの建物の中に入るのですか?」
ジョーイの問いに俺が答える
「怖いならベランダで待ってるといい。殺し屋ならそんなにビビらなくていいだろう?」
「それとこれは全く違う。死なない人間なんて銃無しじゃ、どうしようもない」
「なら黙ってついてこい」
「わかった」
そして俺達が工場に潜入していく。アビゲイル曰く、ここは純粋に普通の人々が働く工場らしい。通路を歩いて行くと、ガラスの中に研究施設が見えて来る。部屋の中に入り、アビゲイルが電源を入れようとしたが全く動く気配は無かった。
するとアビゲイルが言う。
「非常電源の発電装置がどこかにあります。それを動かせばなんとかなるかと」
それにクキが答えた。
「俺はここに残る。ヒカルと翼、愛菜と大森で探してきてくれ」
クキは何かに警戒しているようだ。
「任せておけ。ツバサ、マナ、オオモリ行くぞ」
するとオオモリが言う。
「事務所に向かいましょう。恐らくそこで分かります」
「了解だ」
俺達はその場所を後にして事務所を探した。すると一階にそれらしい場所が見えて来る。大森は自分の鞄からポータブル電源とやらを取り出し、そこに置いてあるパソコンにつないだ。
「恐らくこれが総務系のパソコンです」
「なんでわかる?」
「なんででしょう? レベルアップしてから、機器が手に取るように分かるんです」
「凄いものだ」
そしてすぐにオオモリが言う。
「ありました。地下ですね。非常電源の発電室があります」
「行こう」
地下に降りる階段を見つけると、その先は真っ暗だった。そして俺が言う。
「地下には二体。通常のゾンビだ」
「試験体が居なくて良かったわ」
「だが。真っ暗だ」
するとオオモリがスマートフォンを取り出して言う。
「ライト有ります」
「よし、行くぞ」
俺達が地下に降りるとやはり通路は暗い。オオモリがライトをつけると、通路の向こうからゾンビが二体やって来た。剣技で倒し、俺達はそのまま地下通路を進んで行く。
「ここです」
その部屋に入ると、なにやら機械が置いてありそれを見てマナが言う。
「これだわ」
パチパチと操作していくと、ブーンと音が鳴り始め館内の非常灯が付いた。赤く灯る非常灯で、辺りが見渡せるようになる。
「これでいいわ」
そして俺達は皆がいるところに戻る。
既にアビゲイルとエイブラハムが作業を続けており、それを皆が見ている。だがクキは少し離れたところで、俯瞰して全体を眺めていた。
「おう、戻ったか」
「ああ」
「電源はどのぐらいもつだろうな?」
それにはマナが答えた。
「長くて四時間だけど、工場をうごかすとなると二時間もつかな? って感じ?」
「そうか」
そしてクキが後ろからアビゲイルに言う。
「博士。機械は二時間くらいしか動かんらしい」
「充分だわ。あなた方が持って来た完成品があるのだから、後は調合をするだけ。で、次は物資の在庫を確認してきてほしいの」
するとオオモリが言う。
「この会社のパソコンからデータ引き抜きましたよ。ノートに繋ぐんで待ってください」
「本当に凄い子」
そしてオオモリが自分のノートパソコンを表示して、調合をしているアビゲイルの所に行って置いた。作業の手を止めて、アビゲイルがノートパソコンのデータを見る。
「あるわ。必要な物はそろっている。急いでやりましょう」
アビゲイルは再び作業を始めるのだった。こうなれば俺達は待つ事しかできない。
「皆は少し休め」
「「「「「「「はい」」」」」」」
だがクキが気を抜いていないようなので、俺も警戒を続ける事にする。どうやら俺達の反応を見て、クロサキも気を張っているようだった。それから一時間もしないうちにアビゲイルが言う。
「出来たわ。自分でも信じられない」
それを聞いてミナミが言う。
「凄い頭の冴えになったんでしょう? それはゾンビ討伐でレベルが上がってるからよ」
「一緒にゾンビ討伐をしてよかった」
「老いぼれのワシですら、若返ったような気がするのじゃ」
「それは良かったわ」
だがそこでジョーイが言う。
「私も一緒にやっていますが変化はないようです」
それはそうだ。ジョーイにはゾンビ除去の施術を施していない。だが何故かその事を誰もジョーイに教えていないようだ。するとタケルがあいまいな事を言う。
「人それぞれなんだ」
「そうですか…」
そしてアビゲイルが言う。
「とにかく資材の確認と運搬をします。皆さん手伝ってください」
「「「「「「はい」」」」」」
アビゲイルの指示に従い、資材置き場からせっせと工場へと物資を運んだ。
「うーん。でも工場のラインの動かし方が分からないわ」
アビゲイルの言葉にオオモリが答える。
「僕が分かりますよ。日本で散々見てきましたから」
「ほんとに、あなたって子は凄いのね」
「そんな事無いですよ」
そしてオオモリが機械を動かし始め、アビゲイルとエイブラハムがあちこちで薬品を流し始めた。
ゴウウンゴウン! と機械が動き始め、薬品のラインが稼働し始めるのだった。




