第403話 情報共有と次の行先
窓の外には美しい風景が見える。エメラルドグリーンの牧草地と牛、そして遠くには高く白い山々がそびえたっていた。テーブルには全員が座りきれず、クキとクロサキとミオ、対面にエイブラハムとアビゲイルが座っている。他は適当に床に座ったり、窓辺に立ったりしていた。
そして遅れてハンジとクワタが入って来る。
「すみません。周辺におかしな気配がないか見回ってました」
そんな事なら俺に聞けばいいと思ったが、力を知られていないので黙っている。
「どうかね?」
「追跡などはされていないようです。ですが、上がありますからね」
そう言ってハンジが空を指さした。だがそれに対してクキが言う。
「人口衛星なら大丈夫だ。対策は打ってある」
「大丈夫? どういうことです? 敵は高性能の軍事衛星を持っているんですよ」
「まあ…いいか。それより話を始めよう」
クキは説明をするのが面倒になったようだ。
「わかりました」
そしてオオモリが、ノートパソコンを持って来て農家の人に聞いた。
「こんなに長閑な所にあるか分からないのですが…ディスプレイなんてあります?」
すると農家の親父が言う。
「はは。あるよ! パソコンくらいはこんなところでもあるんだ」
「あ、すみません。めちゃくちゃ風光明媚な所なので、逆にそういうものは無くしているのだと思いました」
「いやいや。アビィちゃんが使うからねえ」
アビィちゃんとはアビゲイルの事らしい。
「あ、そうでしたか」
少し待っていると、親父がディスプレイをもってやって来た。もちろん電源も通っているので、普通に映す事が出来ている。オオモリがノートパソコンに繋いでデータを開き始めた。
その横でミオが説明をし始める。
「では、我々がファーマー社の研究所から奪取したデータと、これまで戦闘して来たゾンビや兵士達の情報が入っています。まずはそれらをかいつまんでお見せしたいと思います。気分が悪くなるような情報も含まれていますので、お気遣いなく退出なさってください」
俺達が散々見て来た情報だ。また膨大なデータから、自衛隊が総力を挙げて解析し抽出した物もある。その情報が流れ始めると、アビゲイルだけではなくハンジもクワタも、農家の人たちでさえも食い入るように見始めた。流石にファーマー社の地下研究所での人体実験の動画になると、農家たちやクワタが気分を悪くしてしまったようだ。
「無理して見なくてもよろしいですよ」
だがそこにいる人らは首を振って、ディスプレイを睨んでいる。アビゲイルだけは最初から想像がついていたようで、体調を崩すことなくじっと見つめていた。ファーマー社の実情を一通り流し終わった頃、既に到着から三時間が経過していた。夕日がさし込み始め、美しいアルプスの山々が光り輝いている。
するとミナミが言った。
「世界はこんなに美しいというのにね…」
データを見終えたハンジが天井を仰ぐようにして言った。
「やはり…全て真実だったんですね…想像より酷い」
クワタも震えながら言う。
「こ、こんなの人間のする事じゃない」
ミオが冷静に言う。
「その通りです。彼らは悪魔…いえそれ以上の怪物かもしれません」
農家達も唖然としながら言った。
「ハンジさん達には聞いてたけど…こんな非道な事が行われていたなんて…。日本を壊滅させるだけでは飽き足らず…世界各地でこんなことをやっているとは。ベルリンはどうなったのです?」
それにはクキが答えた。
「なんとか手を打って、ドイツ軍が制圧に成功した。パンデミックのスピードが遅ければ、軍隊でも十分に抑えられる事が証明されたという訳だ」
しかし…それに対して、首を振りながらアビゲイルが言う。
「ごめんなさい。ミスター九鬼、それほど甘くはないかもしれません」
「どういうことです?」
「食品添加物や薬品として、ゾンビ薬をばら撒いたのは…日本だけではないはずです」
「なんと…」
皆が絶句している。試験的にいろんなところでゾンビ実験をしているとは思っていたが、日本のように食品としてばら撒いた国があるらしい。
クロサキが聞いた。
「何処です?」
「イスラエル、台湾、韓国、オーストラリア、カナダ、アフリカ、インド、南アメリカ…そしてユナイテッドステイツ…アメリカです。シカゴ、サンフランシスコ、テキサス、オクラホマ、ニュージャージー」
みんなが沈黙した。俺達が知らない情報をアビゲイルは知っていたのだ。そしてアビゲイルは祈るように顔の前で手を組み目をつぶる。どうやら震えているようで、農家のお母さんが毛布をかけた。
「ごめんなさい…。母さんの為にあの物質を開発しなければこんな事には…」
だがミオが首を振る。
「それは違います。それを見つけたこと自体は悪ではない、それよりもその研究を取り上げて悪用したファーマー社や、金儲けをしようとした医療機関、そして国家の権力者たちが悪いのです」
たまらずエイブラハムが言う。
「あの物質は本来は素晴らしいものなのじゃ、だけどわしは会社の者に言ったんじゃよ。あれを製品化するのは五十年早いと、少なくともまだ出来たばかりで人に投与してはならんとな。ゾンビ因子はそもそもが副産物なんじゃ、最初に開発した物とは全くの別物じゃ」
だがアビゲイルは首を振る。
「いいのよおじいさん。結果あれは利用され、多くの人の命を奪った。私は断罪されるべきだわ」
それは違う。全く間違っている。思わず俺が声を上げる。
「アビゲイル。あんたが断罪されるような事は何処にもない。俺達はファーマー社のデータの多くを回収したが、あんたの研究が悪い訳じゃない事は分かっているんだ。だからあんたがやるべきは断罪ではなく救済だ。そしてそれを成せる技術を俺達は握っている」
「えっ…どう言う事かしら。何を握っているの?」
それを受けてミオが言う。
「それは次の情報を見てからのお話です。博士」
「…」
「アビゲイルや。まずは見せてもらおうではないか」
「わかったわ」
そして次に映し出されたデータは、ファーマー社のデータではなく、俺達が日本の復興をさせて来たデータだ。それらを見て、その場にいる人達は驚愕の表情を浮かべている。それはエイブラハムも含めて、ハンジもクワタも農家の人らもだ。
それは俺達が日本の生存者からゾンビ因子を取り除き、ゾンビ因子除去薬を作り、ゾンビ破壊薬を作り出した経緯だった。それを見たアビゲイルはわなわなと震え出し、また大粒の涙を流し始める。
「素晴らしい…これは誰が」
「高島教授、そしてファーマー社のミシェル研究員、そしてファーマー社に殺された宮田教授、更に東北地方に残っていた大学教授たちです」
「こんな奇跡が…しかし…この遺伝子。特殊な血清を持った人間がいないと成り立ちません。いくらなんでも合成では、このような精密でかつ強固な製剤を作り出す事は不可能です。まさかゾンビ因子をはねのける遺伝子を持つ人間が、日本にいるとでもいうのですか? ゾンビ因子は自然発生したウイルスではないのですよ? これは殺人マシン、生物兵器なのですよ?」
すると仲間達が一斉に俺を見た。アビゲイルもエイブラハムも、ハンジもクワタも皆が俺を見ている。そしてミオが言った。
「彼がその遺伝子を持つ人間です」
俺達以外がざわついた。
「うそでしょ…」
「なんじゃと…」
「なんだって…」
「うそ…」
「嘘ではありません。彼の遺伝子は生物兵器にも勝つ遺伝子だったのです」
皆が静まり返る。
しばらくその場が固まり、誰も言葉を発さなかった。ようやくアビゲイルが言う。
「奇跡の人」
エイブラハムも言った。
「そのとおり奇跡の人じゃな」
そしてミオが答える。
「そうです。ヒカルは奇跡の人。彼が日本を救い、私達をここまで連れて来てくれたのです。彼が居なければ今ごろ日本人は死滅していました」
「ミラクル…」
アビゲイルが立ち上がって俺の所に来る。そして俺のほっぺたに両手で触れて、じっと俺の目を覗き込んで来た。
「あなたの遺伝子を…あなたの遺伝子を調べさせて! おねがい!」
そこでクキが言う。
「ならついでに、我々全員の遺伝子も見てもらった方がいいなあ。きっとあなた方とは違う物を持っていると思うから。高島教授が言うには、ヒカルの遺伝子は普通の人間の遺伝子を変える力があるらしい。あなた方の遺伝子と比べてみてくれ」
「分かりました。ですがここには研究施設がありません」
「どこに行けばいい?」
「ジュネーブに行きましょう」
それを聞いていたハンジが慌てて言う。
「しかし博士。ジュネーブは」
「危険よね? でも行くしかない」
クキが聞いた。
「ジュネーブは危険なんですか?」
「もしかしたらファーマー社が入り込んでいるかもしれないんですよ」
今度は仲間達がざわつく。だが俺はアビゲイルに聞いた。
「そこに行けば調べられるんだな?」
「そう。むしろそこでなければ答えは出ない」
「わかった。俺が何とかする」
ハンジたちは焦っているが、俺はあと一歩のところにまで来てると確信した。そして必ずジュネーブに行き、アビゲイルに打開策を考えてもらう必要がある。
だがエイブラハムが慌てて言う。
「わ、わしゃ反対じゃ! アビゲイルを危険な所になどやれぬ! ほかに方法があるじゃろ!」
俺達がエイブラハムを見るが、アビゲイルがエイブラハムの肩をおさえて言った。
「おじいちゃん。私は世界を殺したくないの! 私に世界を助けさせて! お願い!」
「アビゲイル…」
皆が動揺しているようだ。アビゲイルを送り出したくないものと、連れて行ってどうにかしてほしいものに分かれている。
そこで俺が言った。
「ジュネーブに何か危険なものがあるとすれば俺が排除する」
ハンジが言った。
「て、敵はファーマー社の軍隊、いや…もしかしたら、どこぞの国家の部隊が介入して来るかもしれんのですぞ。そんな危険な場所に自ら行くのですか!」
「軍隊の相手なら任せろ。俺はアイスクリームを食いながらでも壊滅出来た」
「えっと、え? 言っている事が良く分からない」
するとクキがちょっとあきれ顔で言う。
「あーっと、信じられないかもしれんのですがね、それ本当の事なんですよ。まあ百聞は一見に如かずといいますかね、ヒカルはアイスを食った後、米艦隊と中国艦隊を壊滅に追い込んだんです」
「…い、言っている意味がさっぱりわからん!」
「事実を述べたまで」
訳が分からなくなったところで、アビゲイルが大声を出す。
「とにかく! 誰がなんと言おうと私は行きます! 誰にも止めさせません!」
結局その一言で全てが片付いてしまった。俺達は全員でジュネーブにいく事が決定したのだった。




