第401話 思いもよらぬ邂逅の時
目の前に現れた男は、涼しい顔をして勝手に俺達の席に腰かけた。だが俺達は特に何も言わず、ただ黙って男の顔を見ている。グレー短髪の中年男で、恐らくはヨーロッパの人間だと思う。目じりの皺が似合っていて、思わず愛着が湧くような表情をする。
「組織の名前をどこで?」
「先ほどの少年たちから聞いたんじゃ。なんでも、ザ・ベールとかいう組織に入って、世界を救いたいんじゃと。そんな荒唐無稽の話をしておったな」
「そうですか。では何故あなた方は、少年たちに接触したのですか?」
「はて? 接触して来たのは少年らの方じゃよ。わしらが道に迷っている時に声をかけられての。悪さをしそうじゃったので、問題を起こす前に親元へ送り届けただけじゃ」
すると一瞬男の目が鋭くなり、ミオの方を睨んで言った。
「では何故、その女性は銃を携帯しているのですか?」
するとミオも何事もないように答える。
「あら。スイスじゃあ銃所持は珍しくないわ。銃の所有率が高い国だもの、当たり前だと思うけど?」
「いやいや。アジア人のお嬢さん。銃の所持は珍しくなくても、携帯してるとなれば話は別だな。どう考えても違法所持だろ?」
「じゃああなたもね。あなたのような危ない人がいるから、護身用に持たなくちゃ」
するとなぜか、エイブラハムが不意に立ち上がる。すると男は慌てて言う。
「おい。勝手に動くな! 殺されたいのか!」
「ん? 殺されたくはないが? それより、あんたも飲んだらどうだ? コーヒーくらい奢ってやる」
「いらん」
だがエイブラハムは関係ないかのように手を上げ、それを見た店員が中から出て来た。
「この人にもブラックコーヒーをくれんかの」
「かしこまりました」
そう言って店員が店に戻り、直ぐにコーヒーカップを持って来てポットからコーヒーを注ぐ。
「まずは飲んだらどうじゃね」
「……」
男は調子を狂わされたようで、仕方なくコーヒーカップを取り上げてすする。
そこで俺が男に言った。
「おい。お前ばかり飲んでいないで、北東のビルの屋上から狙っている奴も呼んだらどうだ?」
「ブッ。あっちっ!」
「大丈夫か?」
「な、何を言っているんだ!」
「だから、北東のビルの屋上からこちらを狙っている奴も呼べと言ったんだ。言葉が分からんのか?」
キョトンとしてたが、男が周りをきょろきょろして慌てて言う。
「な、仲間がいるのか! ど、何処に!」
「仲間はいるが、今ごろ高級な朝食でも食っていると思う」
「高級な…って」
するとエイブラハムが穏やかな表情で言った。
「あんた…どっちかと言ったら正義の味方なんじゃろ?」
「何を言っている?」
そして俺がエイブラハムに代わって言う。
「あんたは訓練を受けたプロじゃない。という事はファーマー社の私兵じゃない。それにあんたからは、悪い気を感じない」
「ふぁ…ファーマー社の名前を出したな…」
「そうだ」
「あんたらがファーマー社か?」
「違う。さっきから行ってるだろう? 観光客だとな」
「か…」
「さあ早く狙っている奴を呼べ。でなければ狙っている奴を、二秒後に殺す」
「何を…」
「一、二」
「まーった! まてまて! 他に狙撃者がいるんだな! 待ってくれ! 殺さないでくれ」
俺は本気ではない。だが言う事を聞かなければ、スーツの下に仕込んでる仕込み刀で、穴でもあけてやろうと思っただけだ。
すると慌てて男がスマートフォンを取り出し連絡をする。しばらくするとアタッシュケースを持った男が、手を上げて近づいて来た。恐らくはどこからか狙われていると思っている。
だが、俺とミオはその男を見て感づいた事がある。恐らくだがコイツの国籍は…。
するとミオが単刀直入に日本語で聞いた。
「あなた、この言葉分かる?」
「えっ! 日本語?」
「日本人よ」
「嘘だろ…俺もだ」
「そう…海外在住者ね」
「あ、あんたもか?」
そいつは黒髪と黒目で、何処からどう見ても日本人顔だった。オオモリが痩せたらこんな感じになるかもしれない。最初に来たグレーの髪の中年が、訳が分からなそうに二人を見ている。
「おい、桑田。どういうことだ?」
「ジョーイ。この人は日本人だよ」
「嘘だろ…。日本人?」
だがエイブラハムが嬉しそうに言う。
「そりゃいい! 同郷の者達が揃うとはすばらしい事だ! あんたも一緒に朝食をどうだね!」
「えっ、あなたは日本語じゃない?」
「わしゃルクセンブルクの人間じゃからの」
「…ルクセンブルクから?」
「そうじゃが」
男二人が顔を見合わせる。そしてグレー髪のジョーイが聞いて来た。
「もしかして、ドクター・スミス?」
「ほう。そうじゃが、わしの名前はそれほど有名なのかの?」
「証明は?」
「ない」
「…どうしてここに?」
するとエイブラハムは少し考えてから言う。
「フランスのレイに命じられてきたのじゃ」
すると二人が突然態度を変える。
「失礼しました。ドクター・スミス」
「なんじゃ急に」
「あなたは。ミスターハンジに会いに来たのですね?」
「おお。知っておるのか?」
「このままご案内差し上げても?」
するとエイブラハムが俺をチラリと見た。ここで変な動きを取れば、また怪しまれるかもしれない。そう思った俺が言う。
「エイブラハム。会いに行こう」
「わかったのじゃ」
俺達はカフェの会計を済ませて、男達に着いて行く事にする。
ニーダドルフ通りのオープンテラスには、すでに朝食を楽しむ人達で賑わっていた。曲がった路地裏にもテーブルが並んでいて、何処まで行っても食事を楽しむ人らが居る。
「本当に素敵な街」
ミオが言うとクワタと名乗る男が答える。
「そうでしょ。この町が好きでね、こちらに着て住んでいるんです」
「そう…」
「帰る場所がなくなってしまって、日本人の居場所がなくなってしまいましたけど。今はハンジ・ヨーゼフって人が匿ってくれてるんですよ」
「そうなのね」
そしてジョーイたちが街角で立ち止まり、スマートフォンで電話をかけた。
「確認をお願いします」
そう言って切る。
しばらくすると二人の男がやって来た。懐のふくらみからしてそいつらも銃を持っている。すると男が懐から写真を出して、エイブラハムの顔と見比べた。
「間違いない」
するとジョーイが言う。
「ではこちらへ」
俺は警戒しつつ、いつでも脱出できるようにしている。飲食店脇の壁のドアが中から開かれて、俺達は囲まれながらもその通路を入った。階段を上って四階に行くと、ある部屋で一人がノックをした。
「連れてきました」
ガチャ!
ドアが開いて、俺達は中に入れられる。薄暗い部屋には一人の男が居て、そいつが俺達を中に案内した。奥に通されるとテーブルに一人の男が座っている。
「これはどうも…」
三人がテーブルの側のソファーを案内されて座った。エイブラハムよりは若そうだが、そこそこ年配で初老の白髪交じりの男だった。
すると男が言う。
「レイから言われてきたと聞きました」
「そうじゃ」
「何か渡されませんでしたか?」
「これじゃな」
そう言ってエイブラハムは、レイから渡された紙をテーブルに出す。男が案内して来た男に目配せをすると、何かの機械を持って来て紙の上にかざした。エイブラハムが聞く。
「スキャンするのかの」
「そうです」
ピッ! ピー――!
紙に光が当たり、全てを読みこんだ時、画面を見た男が立ち上がった。
「ようこそ。ドクタースミス、私がハンジ・ヨーゼフです」
そう言って手を差し出してくる。エイブラハムがその手を取って言う。
「スミスじゃ。孫に会いたくてやって来た」
「はい」
俺達は、ようやく目的の人物に会う事が出来たのだった。タケルが思い付きでやった不良少年への一件から、まさかの出来事に俺は運命のようなものを感じてしまうのだった。




