第400話 謎の組織に関する情報
俺とミオは建物の影に隠れて、エイブラハムと少年たちを見守っている。そのチューリッヒの少年たちは、エイブラハムに僅かな望みを託したらしい。警戒はしているものの、自分達の命がかかっていると思っているので素直に話を聞いている。
そしてエイブラハムは静かに話した。
「おぬしら、なんで人の物を取ろうとしたのじゃ?」
「それは…」
「怒らんから言うてみい」
「金を渡さないといけないんだ」
「金を渡す? 誰にじゃ?」
「ザ・ベールって言う組織だよ」
すると他の少年が言う。
「おい! 話すんじゃねえよ」
「だってよう…」
「気にせず話しておくれ」
少年たちは少し黙るが、再び話し出す。
「とにかく、なんとかして金を稼ぎたいんだよ」
「なぜその組織に金を渡す?」
「組織に入れてもらいたいからだよ」
「一体どんな組織じゃ?」
「それは…」
少年が躊躇うが、エイブラハムは優しく促す。
「本当に何もせん」
すると少年はスマートフォンを取り出して言った。
「爺さんこれ知ってる?」
俺達は離れているから、エイブラハムが何を見せられているか分からない。だがエイブラハムは不思議そうに少年に聞く。
「なぜこれを見せる?」
「これが、本当の情報だと教えてくれた人がいるんだ」
「ほう…それを信じておるのか?」
すると他の少年が呆れたように言う。
「ほら。やっぱり年寄りは馬鹿にするんだ。絶対におかしいのに、だれも信じないんだ」
だが、それを聞いたエイブラハムは言う。
「信じとるよ。わしもそれが真実だと思っておる」
「えっ!」
「うそだろ?」
「そんなこと言う年寄り始めて見た」
「ほんとだ」
「信じてくれるんだ」
「ああ。信じるよ。だけど君らは、若いのによく気が付いたね」
「学校でも信じてるやつは少ないよ」
「そうなんじゃな?」
「だから俺達はつまはじきにされてる」
「そいつは…いかんな」
「だから組織に入りたいんだ!」
少年たちは本気でそう思い、エイブラハムに訴えているようだ。少しずつ明るくなりつつある街で、老人と少年が通じ合っている。
するとエイブラハムが言う。
「君らに紹介したい人がいるんじゃが良いかな?」
「えっ。誰だい?」
エイブラハムは俺達の方を向いて手招きをした。俺とミオが出て行って、エイブラハムの隣りに立つ。明るくなりつつあるので、俺達の姿はハッキリと見えるはずだ。すると少年の一人が言った。
「あ! コイツ! 食堂で食ってたやつだ!」
するとエイブラハムが言う。
「年上にコイツ呼ばわりは感心せんな」
「あ…この人を見ました」
「なるほどのう。正体を聞いたら驚くじゃろうな」
「えっ?」
「彼らは日本人じゃ」
「!」「!」「!」「!」「!」
五人はあっけに取られている。
「どうじゃ? 聞きたいことが山ほどあるじゃろ?」
少年らがコクリと頷いた。そしてエイブラハムが俺達に言った。
「この子らは、日本や世界各地で起きているゾンビテロの事を信じておる」
するとミオが聞いた。
「そうなの?」
「そうだよ。世界は支配されようとしているんだ。みんなはデマだって言うけど、本当のことだって教えてくれた人がいるんだ」
「誰?」
「ザ・ベールっていう組織の人だよ。俺達はそれが真実だと知っているからね、だから人が滅ばないように協力しようと思ってるんだ」
「どんな組織?」
「ザ・ベールはね、悪い会社を潰そうとしてるんだよ。世界を陰からコントロールしようとしている悪い会社をね。その悪い会社、きっと聞いたら驚くと思うよ! 絶対に信じてもらえないと思う!」
「教えて」
「聞いて驚かないでよ?」
「もちろんよ」
「それはファーマー社だよ」
俺とミオが軽く驚く。海外に来て、まさか少年たちが、その名前を口にするとは思わなかった。
「そう…なのね?」
「信じる?」
「信じるわ。だって私は日本人ですもの」
「あれは、やっぱり…本当なの?」
「すべて真実よ」
「やっぱり…」
少年らがざわつく。
「日本が全滅したって本当なんだよね?」
「残念ながら本当ね」
「酷い…」
「あなたたちはどう思ったの?」
「そんなの許しちゃいけないと思った。だから俺達はザ・ベールに入って戦うって決めたんだ」
「そうなの…」
するとミオのスマートフォンが鳴る。
「はい。分かりました。はい、では戻ります」
俺とエイブラハムが、電話を切ったミオを見る。
「本日の作戦は中止ですって。人通りがかなり多くなってきて、対象が動いても見つけられないだろうって」
「わかったのじゃ。なら皆に伝えてほしい、わしはこの子らの親に会って来ると」
「伝えます。そして私も一緒に行きます。ヒカルは…」
俺もそれに頷いた。この子らは本当に悪事を働こうと思ってやったわけではないのだ。このまま親元に帰してしまったら、関係性が険悪になってしまうだろう。俺としてもそれは忍びない。
「なら、わしを親の所に連れて行っておくれ。悪いことにはせんよ」
「ほんとに!」
「本当じゃとも」
皆は先にホテルに帰って待機をするらしい。そこで俺達は少年たちについていく事にした。少年たちの家はここから遠くないらしく、歩いてニ十分くらいの所らしい。
俺達がついて行くと、古いアパートの前につく。そこに少年の一人が親と住んでいるらしい。そこでエイブラハムが言った。
「わしを連れて行っておくれ」
「わかった」
少年らと俺達はアパートの階段を上がっていく。目的の家についてインターホンを鳴らすと、ガチャンと扉が開き、若くてキリリとした母親が顔を出した。
「あ、ジョセフィン! 朝帰りなんてどういうつもり!」
少年たちが下を向いた。そこでエイブラハムが言う。
「お母さん。スマンのじゃ…実はわしが具合悪くなっていたところを助けてもらったのじゃよ。この子らは一切悪くないのじゃ」
「えっ…」
「朝まで看病してくれてのう、わしが落ち着いたところで一緒に来たという訳じゃ」
「そ、そうなの?」
少年はコクリと頷いた。
「良かった…事件に巻き込まれたんじゃないかと思って…」
「優しい子らじゃ。わしのせいで心配をおかけしてしもうて申し訳ないのじゃ。あまり叱らんでやっておくれ。そして出来れば他の子らの親にも連絡をしてもらえるかの?」
「分かりました…」
「ではわしらは宿泊先のホテルに帰るとするよ。旅行者なものでね」
「そうでしたか。それでは良い旅を」
「ありがとう。それじゃあジョセフィンよ、優しいお母さんを大切にするのじゃよ」
「うん」
そうして俺達はそのアパートを後にした。街中を歩きつつ、ミオがエイブラハムに言う。
「ザ・ベール…気になりますね」
「じゃのう…」
「帰って大森君に調べてもらわなくちゃ」
「うむ」
若干朝もやがかかっていたが、チューリッヒの町は活気を出しつつあり人々が右往左往し始めた。するとエイブラハムがにこやかに言う。
「いい、コーヒーの香りがしてきたのじゃ」
「先生。寄って行きますか?」
「うむ」
俺達は拠点のホテルに帰る前に、朝から開いているカフェのオープンテラスでコーヒーを飲む。人々が活動を開始し、青空が出て爽やかな朝だ。
ミオが言う。
「カヌレがおいしいわ」
「このクロワッサンと、パテも美味いのじゃ」
確かに焼き立てで美味い。とりあえず俺も似たようなものを頼みぱくついた。その時だった。
「失礼します」
俺達のテーブルに声をかけて来た男がいた。俺達が振り向くと中年の男が軽く会釈をしている。グレーがかった短髪に、渋い顔の男だった。
「なんじゃろうか?」
「あなた方は、先ほどまでジョセフィン達と居たのではありませんか?」
「そうじゃが」
「どういうつもりで?」
「質問の意図がわからんのじゃが」
こじゃれたオープンテラスが沈黙に包まれる。そして男は意味深にスーツの懐を開けて見せた。そこには銃が隠されており、それを見たエイブラハムが聞く。
「物騒じゃの」
「あなた方は何者です?」
「何者でもないわい。ただの旅行者じゃ」
「そうですか…それは失礼しました」
だが反対に俺が聞いた。
「あんたザ・ベールの人間か?」
「いかにも。その名前を出したという事は…事と次第によっては、ここで血が流れる事になるかも」
なるほど。どうやら俺達が少年達に接触したことで、嗅ぎつけて来たらしい。俺は次の言葉を選びつつ、エイブラハムとミオを助ける態勢に入っている。朝の穏やかなカフェに緊張が走るのだった。




