第399話 捨てる神あれば拾う神あり
この町の不良少年をタケルが脅し、ハンジ・ヨーゼフを探してこいと言った。正直な所、素人のただの少年たちには無理難題である。だがタケルは笑いながら言う。
「アイツらも馬鹿だよな。実際に物を盗ったりしていないのに認めちゃってよ」
クロサキが苦笑しながら答えた。
「やましい気持ちがあるから認めたんでしょうけどね、それを逆手にとって脅したのは武さんですよ」
「まあこれに懲りて、悪さをしねえようになればいいけどな」
「そんな事まで考えてたんですか?」
今度はタケルが何かを思い出すように言う。
「正直俺も品行方正だったわけじゃねえ。だけどある人から、バイクレースに誘われたんだ。そのおかげで人生がいい方向に転がったんだよ。とにかく若気の至りで、人生を棒に振った友達もいたからな。だからあいつらも、これを機会に考えを改めてくれたらいいと思う。まだ取り返しがつくうちにな」
「そうでしたか、なんだが武さんを誤解してました。いい人ですね」
「別にそんなんじゃねえけどな」
今、俺達は高級ホテルの一室に集まっている。オオモリが確保してくれた場所で、料理をつまみながら話をしていたのである。
そしてタケルが言う。
「で、どうやってハンジ・ヨーゼフって人を探すかだな」
ツバサが言う。
「あの少年たちに頼んだんじゃないの?」
「いやいや本気で頼んでねえ。無理だろ、いくらなんでもガキが探して来れる訳がねえ」
「じゃあ何で言ったのよ」
「まあ、ガキらが真に受けて探し回れば、ハンジが勘のいい奴なら動くんじゃねえかなと思ってよ」
俺は正直びっくりしていた。目の前のタケルは、最初に会った頃とは比べ物にならないほど頭を使う。
「タケル。そんな事を考えていたのか?」
「使えるものは使うってだけだ」
「ほう。あんちゃん。そいつはいい考えだな」
「そうっすかね?」
「何も無ければ煙は立たないからな。それに絶対に動くさ。ハイブランドを着た悪い奴と言ったら思いつくのはなんだ?」
「マフィア」
「マフィアに睨まれてじっとしてるほど、肝が据わった連中じゃ無かっただろ?」
「確かにな」
その話を静かに聞いていたエイブラハムが、感心したように言う。
「確かにそうじゃろ。わしだって、最初は悪い奴らだと思ったのじゃから」
「ああ。そうだっけ?」
「そうじゃ」
そこでクロサキが皆に言う。
「であれば。あの少年らは今ごろ、血眼になって探してますね九鬼さん」
「だろうな」
「それであれば、我々が動くのは早朝でしょう」
するとオオモリが言う。
「えっ! こんないいホテルとったのにですか?」
「てめえ。俺たちゃ旅行してるわけじゃねえんだ!」
「ひいっ! すいません。間違いました」
そこでクキが言う。
「とにかく直ぐに仮眠を取り、出るのは三時」
その指示を聞いて皆が寝室に向かった。俺は休まなくてもいいがクキも起きているようだ。
「クキは寝ないのか?」
「三、四日寝なくても戦えるように体を作ってある。それよりも、確実にハンジを確保する方法を考えておかないとな」
「それならば俺がやるが?」
「万が一があるかもしれん。もちろんヒカルに動いてはもらうが、どう転んだとしても、絶対にハンジ・ヨーゼフとやらを捕まえる必要があるからな」
「相変わらず、完璧な状態に持って行くんだな」
「備えあれば憂いなし。準備で全てが決まるからだ」
そう言ってクキは、ホテルのカウンターでもらった市内の地図を広げた。それを見ながら、全員がどう動くべきかを考えている。フランスでレイの所に行った時はエイブラハムが場所を知っていたが、今回は街の一区画が対象になっているため、人員の配置を練らねばならないのだそうだ。
すると一時すぎごろにクロサキがやって来た。
「黒崎さん。まだ休んでて良いんだぜ」
「既に九鬼さんが絵を描いてますでしょ? 私も頭に入れておかないと」
「疲れてるだろ?」
「お互い様です。それに三時間近くは眠りましたからスッキリしてます」
「プロだな。なら説明をする」
「お願いします」
地図を見ながら二人で捜査の内容を詰めていき、二時半ごろに皆が起きだして来た。
一通り決めた作戦を皆に伝え、最後にエイブラハムが起きて来る。
「すまなんだ。つい寝過ごしてしもうた」
「いや。時間通りです。ドクターはヒカルと動いてもらうので、特に何も準備はいりません」
「わ。分かった」
「ミオは通訳大丈夫か?」
「はい」
俺とエイブラハムとミオが、三人で一緒に動く事になった。クキとマナとオオモリが組み、どうやらネットワークを駆使して何かをするらしい。クロサキとツバサ、タケルとミナミに分かれ、実行部隊として張り込みをする。
そして俺達は予定時間の夜三時にホテルを出て、再びニーダドルフ通りに向かった。現地についたのは夜中の三時半、既に飲食をしている人たちもいなくなり町は閑散としていた。その街の一角で、オオモリがパソコンを開き何かをしている。マナがサポートに入りクキが護衛するらしい。
クロサキとツバサが通りの入り口に立ち、タケルとミナミが駅側の入り口に向かう。
ミオがエイブラハムに言った。
「ほとんど休んでないのでお辛いでしょうけど、しばらく我慢をお願いします」
「問題ないのじゃ」
するとミオのスマートフォンに連絡が来る。ミオがそれを読み上げた。
「なるほど…。この市街地のウエブカメラをハックしたそうよ。ライブで確認できる事と並行で保有してある記録も探るらしいわ」
エイブラハムが目を丸くする。
「な。そ! そんな事ができるのか?」
「はい。多分、大森さんの事ですからゲーム感覚で」
「…信じられん」
そしてスマートフォンが鳴った。ミオがそれに出る。
「ヒカルに代わってだって」
俺がそれに出た。
「ヒカルかクキだ。地図を送る。ミオに見てもらってそこに向かえ。防犯カメラの履歴で、少年らが動いているのを確認した」
「了解だ。ミオ、地図を見て案内してくれ」
「はい」
ミオが先をすすみ、俺がエイブラハムの腕をつかみながら歩いて行く。老人なので歩みが遅く、いざという時は担がねばならないだろう。
すると今度はミナミから情報が来た。
ーチラホラと観光客が帰るみたいー
するとオオモリから指示が出る。
ー盗撮して送ってください。データベースを作りますー
ー了解ー
俺達が目的の区画に到着するまでに、今度はクロサキから情報が来る。
ー飲食店の人らでしょうか? 帰っていくようですー
同じようにオオモリから指示が出る。皆がネットワークで動きつつ、俺達がようやく目的の区画に来た。そしてミオが連絡をする。
ー到着ー
ー待機してくださいー
ー了解ー
俺達は、薄っすらと青みを帯びて来た街角に立ち止まる。
「ここで何をするんじゃろうか?」
「指示を待ちます」
「うむ」
するとオオモリから指示が来た。恐らくはクキが指示しているのだろう。
ー昨日の少年グループがビルから出てきます。観察してください、出来れば音声をー
俺達が見張っているビルから、昨日の少年五人が出て来た。ミオがスマートフォンをそちらに向けて音を拾い始める。少年の一人が言う。
「どうするよ…もう飲み屋も閉まってきたぜ」
「まずいよ。マフィアに殺されちゃうよ」
「もう親からの着信が、凄いことになってるんだけど」
「きっと怒ってるだろうし、学校にもバレるんじゃねえのか?」
「だけどよう…やらねえと殺されるぞ」
「そうだよ。やるしかないんだ」
「割に合わねえ」
「でも、やり遂げれば五人で千五百フラン(約二十六万円)だぜ」
「こんなうまい話、ねえって」
俺達がこっそり聞いているとも分からずに、少年たちが泣きそうな顔で話し合っている。
だが、それを見ていたエイブラハムが言った。
「わしに任せてくれんかの?」
俺とミオがエイブラハムを見る。
そしてミオがスマートフォンに打ち込んだ。
ーこちらに考えあり。動きますー
「すまんのじゃ」
そしてエイブラハムはふらりと、少年たちの前に身を晒した。一瞬驚いたが、相手が老人だと見てホッとしているようだ。
「君ら。こんなに夜遅くまで、こんなところに居ていいのかね?」
「な、なんだ爺さん」
どうやら昨日、エイブラハムは顔を見られていないようだ。
「いや。わしはただのジジイじゃ」
「あっち行けよ」
「困っとるんじゃろ? さしずめ…マフィアにでも脅されとるとか?」
シンッ…とした。そして少年が強がる。
「だったらなんだよ! あっちいけよじいさん! 怪我するぞ」
「怖いのう」
「舐めてんのかよ」
少年が凄むが、エイブラハムはどこ吹く風。
「あんたらを助けてやれるかもしれんのじゃがな」
「な、なんだって?」
「アジア人のマフィアに脅されとるんじゃろ?」
「どうしてそれを」
「ありゃわしの知り合いじゃ」
「えっ…」
すると突然少年たちはエイブラハムに対して怯え始める。無理もない。朝の三時過ぎに、暗い路地でスーツを着た老人にマフィアの知り合いだと聞かされたのだ。
「取り持ってやるし、親にも説明してやろう。じゃから、わしの言うことを聞いておくれ」
すると藁にも縋る思いだった少年がポロッといった。
「助けてくれるの?」
「任せておけ。じゃが、おぬしらが良い子にしてたらの話じゃ」
「わ、わかった!」
「たのむよ!」
「おれ、退学やだよ!」
「親に殺される!」
「でも本当に殺されるのは嫌だ!」
籠絡した。すっかり目の前の老人に飲まれ、少年たちはエイブラハムの周りに集まるのだった。




