第398話 チューリッヒで親友の悪童時代を見た
フランスの男、レイから託された紙にはこうあった。『スイスチューリッヒのニーダドルフ通りで、ハンジ・ヨーゼフという男に会え』と。俺達は指示に従い列車に乗り込んで、国境を越えスイスのチューリッヒに来たのだった。
まず俺達がチューリッヒの列車を下りて思った事は、その人の多さだった。その中からハンジ・ヨーゼフを探さねばならないのだが、それに対してミナミが言う。
「えっと。エイブラハムさんは知っているんですか?」
エイブラハムは首を横に振る。
「知らないのにどうやって…」
だがクキがミナミに言った。
「見つけるさ。それに住所までレイが知ってたら、ファーマー社が辿りついてしまうだろう。このくらいは想定内さ。皆が便利な世界に慣れ過ぎているだけだ」
「確かに…」
駅から歩いてニーダドルフ通りに入ると、道沿いにずらりとイスとテーブルが出され、人々が楽しく会食しているのが見えた。
ミオが言う。
「ずっとオープンテラスが続いてる。人もいっぱいだし」
「どうしたらいいの?」
するとエイブラハムが楽しそうに言う。
「そろそろ日が暮れる。せっかくこのような街に来たんじゃし、ディナーでもどうじゃろう?」
「良いぜ。象のウンコのコーヒーからなんも食ってねえからな」
するとオオモリがにんまりと笑って言った。
「宿泊は心配しないでください。既に高級ホテルを予約してありますから」
エイブラハムはキョトンとした目でオオモリを見る。
「そんな事をして大丈夫なのかの?」
「大丈夫です。既に電子マネーで入金は済んでますし、行けば泊まれるようになっています。なんならホテルで食事もできますよ」
「大きな組織のバックアップでもあるのかの?」
それにクキが答えた。
「あるわけ無いです。コイツがおかしいだけですよドクター」
「彼は大物じゃな」
「だと思います」
オープンテラスで食事をしている人達を尻目に、俺達はニーダドルフ通りを奥に進む。そこでミオが言う。
「いい匂い。ここなんてどうかしら?」
「お嬢ちゃんは目の付け所がええのう」
そうして俺達が店に入ると、直ぐに独特な匂いがしてくる。女達がスーッと匂いを嗅いで言った。
「んー良い匂い!」
「チーズだよねー!」
「食べたい!」
それを聞いてタケルが言う。
「女ってな、チーズ料理好きだよな」
「「「「好きー」」」」
注文したのは不思議な料理だった。それを見てミオが喜んでいる。
「チーズフォンデュ!」
「本場よね? チーズ」
「外で食べましょ」
俺達はオープンテラスに出て、料理が並ぶのを見ていた。店員から食べ方を聞きながら、皆で食べ始める。俺は揚げた肉に細長いフォークを刺し、ミオがやるように目の前のチーズに絡めて口に入れる。
「おお! 美味い!」
「美味しいよねー。とろけるぅー!」
美味かった。このチーズの風味と肉の脂が絡んで絶品だ。するとエイブラハムが言う。
「こんな状況じゃから、酒なんてのは…ダメじゃろうな…」
するとタケルが言う。
「べろべろに酔っぱらわなきゃありだぜ爺さん」
「そ、そうか。ならワインをもらおうかの」
ミオがワインを頼んでくれた。店員がそこでボトルのコルクを抜いて、テーブルに置いて行く。皆がワインを注いでグラスを合わせた。
「やはり合うのう!」
「うまっ! おりゃあんまワインなんて飲まねえけど、チーズにあうのな」
「また一つ経験を積んだのう!」
「象のウンコよりはっきりわかるぜ」
するとツバサがタケルに言う。
「止めてよー、食事中だよ」
「す、すまねえ」
そのやり取りを見てエイブラハムが笑う。俺とクキはそれを見て目を合わせて頷いた。ガチガチに緊張していては、作戦の足を引っ張る事になるからだ。エイブラハムは自ら距離を縮めてくれたのだ。
「年の功という奴だな。ヒカル」
「そのようだ。良い年齢の重ね方をしているらしい」
「市民を相手にする医者だからな。それこそ子供の相手もあっただろう」
「なるほどな」
俺達はそこで様々なチーズ料理を堪能し、普通の旅行者としてふるまっていた。次第に日が暮れて、街灯が灯り始めるころクロサキが俺に言った。
「ヒカルさん気を付けてください」
「分かっている」
俺達を遠巻きに見ている若い男らに気が付いたからだ。一瞬で皆が緊張し、エイブラハムが俺に聞いて来る。
「まさか…奴らなのか?」
「分からない。だが俺達を見ている事は確かだ」
するとクロサキが言う。
「泳がせましょう。普通に料理を食べていれば分かります」
クロサキの言うとおりに皆が談笑しながら料理を食べる。俺は普通に味わっているが、ミオがボソリと俺に言う。
「料理の味がしなくなった」
「気にするな」
「気にするなって言ったって…」
だがクキが緊張を解いて半笑で言う。
「ありゃ、トウシロだぜ」
クロサキも頷いた。
「そのようです。一体なんでしょう?」
それを聞いたエイブラハムが言った。
「そんな事が分かるのか?」
二人は頷く。
次第に外で食べていた人達も、お開きになったようだ。俺たちの料理も無くなりクキが店に支払をしにいく。すると見ていた若い男達の気配が活発になる。
それを見てクロサキが言う。
「恐らくは…置き引きかスリの類でしょう。我々がアジア人の観光客だと思って狙っているんです」
俺が聞く。
「他にも違う国の人間がいるだろう? 何故俺達なんだ?」
クロサキは苦笑いして言う。
「恐らく…お金を持っていると思われたのでしょうね」
「何故だ?」
タケルが噴き出す。
「ル〇ヴィ〇ンのスーツとバッグで揃えてるやつが言うなよ。ヒカルを見て、貧乏だなんて思う奴は世界の何処にもいねえって」
「俺か?」
俺が聞くと、ミオ、ミナミ、ツバサ、マナ、クロサキ、オオモリ…そしてエイブラハムがぴったり合わせたように頷いた。そこにクキが出て来て言う。
「支払い終わったぞ…どうした?」
「いや、なんでもない」
俺達が歩きだすと、その男達も隠れてついて来る。だがまだ人が多い場所だからか、一定の距離を見てついてくるようだ。
クロサキが言った。
「恐らくは、ホテルを突き止めようとしているのかもしれません」
「どうする?」
そこでクキが言った。
「ドクターに怪我されても敵わん」
そこで俺が言う。
「なら暗い路地に引き込もう」
それを聞いたエイブラハムが言った。
「なんじゃと? ごろつき相手に危険じゃないのか? まさか殺すのか?」
だがクキが首を振った。
「違いますよドクター。ヒカルが全員を生け捕りにするんです」
「ん? みんなで? じゃなくて?」
「ですから、ドクターに怪我されるわけにもいきませんので」
「そんな事をしたら、ヒカル君が危険じゃないか!」
するとオオモリが噴き出した。
「ぷっ! 危険なのは相手ですよ!」
「どう言う事だ…」
「とにかく動きますよ」
そうして俺達は暗がりの路地裏に入っていく。すぐに、するすると男達が近寄って来た。暗がりでも俺には良く見えるのだが、近寄ってきた奴らは明らかに若い。
十六、七…いや。それ以下か?
全員の気配を感知したところで縮地で消えた。次の瞬間、俺は男たちの後ろに現れる。
五人ぽっちしかいない。
シュッ!
時間にして三秒…いや。二秒もかからなかった。男達はそこに倒れ伏して、俺はピュイ! と口笛を吹く。そこにみんなが集まって来て、エイブラハムが言う。
「こ、殺したのか?」
「いや。寝てもらっただけだ。これは少年だ」
「少年…」
俺達は更に暗く細い路地裏にずるずると少年らを運び、壁にもたれかけさせた。
パン!
タケルが一人にビンタをする。
「あ、あれ?」
「よお。ぐっすり眠ったかい?」
「お、おまえは何を!」
パン!
タケルがもう一度ビンタをして笑った。
「口のきき方がなってねえな。お前ら、絡んだ相手が悪かったぜ」
皆が立って囲んでいるのだが、少年からは暗くて見えていないだろう。すると少年が震え出す。
「ごめんなさい…」
「ごめんじゃ警察はいらねえなあ。どうやって落とし前つけてもらおうかなあ」
そう言ってタケルが少年の手を握った。なんかじっくりと少年指を眺めている。
「……」
少年は完全に委縮してしまった。周りを見てガチガチと震えて来る。
「し、死んでる…」
「生きてるよ! あほか。置き引きぐらいで殺されちゃお前もあわねえだろ!」
「そ、そうなの?」
「そんなんはどうでもいい。お前らこの町のもんか?」
「う、うん。そう」
「父ちゃん母ちゃんが泣くぜ」
「……」
「なあ。このことを、父ちゃんや母ちゃんにばらされたいか? 学校でも悪ぶってんだろ?」
「…あ、あのそれは、困る…」
「わーってるよ! みなまで言うな。つうか小遣いが欲しくねえか?」
「へっ?」
そしてタケルが少年の目の前に金を出した。
「欲しいかっつってんだよ!」
「ほ、欲しい」
「んじゃ、一人百フランやるからよ。ちっと俺達の為に働けや」
「そんなに?」
「ああ。約束する」
「わ、わかった」
そして俺が全員を起こした。一瞬暴れようとするが、俺とタケルとクキの前になすすべなく押さえつけられる。すると最初に起こされた少年が他の奴らに説明をした。
タケルはそいつらに金を見せる。
「よーし。良いか? 坊ちゃんたち。金が欲しかったら人探しを手伝え」
「わかった」
「情報を持ってきたら払う。本人の居場所まで突き止めたら三倍だ。一人三百フランやる」
「そんなに?」
「ハイブランドを着た奴がケチると思うか?」
全員が首を振った。
そしてタケルが言った。
「失敗はすんなよ。そして誰にも言うな、言ったらぶっ殺すからな」
少年たちは震えて頷く。
「んじゃあよ。二日やる。明後日の夜までに、ハンジ・ヨーゼフって人を探してきな。明後日の夜にまたあの店で待ってるからよ」
「わ、わかった」
「バックレんじゃねえぞ。したら父ちゃん母ちゃんどころか、学校と警察にもばらすぞ」
「わ、わかったよう!」
「じゃ、行ってよーし!」
すると少年たちは逃げるように立ち去って行った。
一連の流れを見ていたクロサキが苦笑して言う。
「過去が…わかりますね。武さん」
「いや黒崎さんよ。おりゃ何度か交機にお世話になっただけだからな」
「普通の人はお世話にならないんですよ」
「あ…」
そしてオオモリが言う。
「こんな暗がりにたむろしていたら、本当に警察を呼ばれてしまいます。早くホテルに行きましょう」
オオモリの掛け声で俺達は、今日の宿泊場所へと移動したのだった。




