第396話 ゾンビ因子開発者を探す旅
エイブラハムは、孫で遺伝子工学の権威でもあるアビゲイルを国外逃亡させていた。エイブラハムが古い友人に頼み、正体を隠してルクセンブルクから出国させたらしい。悟られぬように出国させたことで、アビゲイルを見失ったファーマー社がエイブラハムをつけ狙っていたのである。
俺達は本当にタイミングの良いところに出くわしたらしく、少しでも遅かったらエイブラハムはファーマー社に捕らえられていただろう。
さらにエイブラハムは、つかまった時に拷問を受けて白状しないように、アビゲイルの行先を聞いていなかった。だから、まずは窓口になっている男に会わねばならないのだと言う。その男の名はフランス人のレイといい、俺達は国境を越えてフランスに行く事となった。
出発前に待機している場所に、オオモリとミオが戻って来た。
「エイブラハムさん。これで極秘にルクセンブルクを出れますよ」
そう言ってオオモリはエイブラハムに偽造パスポートを渡した。
「よくできているねえ…あんた、本当に素人なのかい?」
「そうですよ? 僕はジャパニーズサラリーマンです」
「日本人とは器用なものじゃな」
タケルが笑っている。
「はは。爺さん。コイツが特別なんだよ」
「なるほどのう」
「じゃ行こう」
俺達は旅行者を装い、ルクセンブルクで鉄道に乗った。怪しまれないようにバラバラに乗り込み、列車の中で合流する事にする。列車は速やかに出発し、すぐにクキが俺の所にやって来た。
「どうだい大将? 敵の気配は?」
「気配はない。まずは警戒の必要は無さそうだ」
「わかった」
そう言ってクキがスマートフォンを使い、全員に情報を送った。
「この電車は全席自由だからな、空いているし皆を呼び寄せた方がいい。同じ車両に乗っていた方が、万が一の時にヒカルに守ってもらえる」
「任せておけ」
それを聞いていたエイブラハムが聞いて来る。
「この人が守る? 皆で戦うのじゃろ?」
クキが苦笑いして言う。
「ドクター。出来るだけ秘密裏に、かつ誰も怪我することなく作戦を遂行するのなら、この優男に任せるのが最適なんだ。意味が分からんと思うがな」
「あんた見たところヨーロッパ人じゃろ?」
「いや、俺は日本人だ」
「ん? 帰化したと言う事かね?」
「日本で生まれたようなものだ」
「なるほど」
そこにやってきたタケルが、笑ってエイブラハムに言った。
「ヒカルは家族だぜ。俺達の家族だ」
「タケル…」
嬉しかった。タケルは俺の事を家族と言ってくれた。それを聞いてエイブラハムが言う。
「いいのう。その絆があんたらをここまで連れて来たんじゃな」
「そういうこった」
それから三時間。何事もなく俺達はフランスのコルマールへと到着した。全員そろって駅を出て、風景を見たミオが言う。
「やっぱりヨーロッパは何処も綺麗だわ」
ミナミもうんうん頷いている。
「ほんとそう! 日本のみんなには申し訳ないけど、めっちゃ旅行しちゃってるね私達」
それを聞いた俺が言う。
「前にミオが言ったんだ。一緒に世界を旅したいと。その風景を俺に見せてやりたいとな。それがこんな形で叶うなんてな。これが戦いで無ければよかったんだがな…」
「何言ってるのヒカル? 私はこれで充分幸せ。いつも危険と隣り合わせではあるけど、こういう風景は二度と見る事が出来ないと思っていたから。だからこの遠征はとても幸せ」
「そうか」
ミオがニッコリ笑うだけで癒される。
そう言えば前世でも戦いながらいろんな風景を見た。あの時も平和になったら、いろんなところを見に行こうなんて言っていたな…。俺はこの世界でも、また似たような事をしていると言う事か。
そしてエイブラハムが皆に告げた。
「レイはプティット・ベニスという所にいる」
それを聞いたミオが、ぱあっと表情を明るくさせた。
「プティット・ベニスに行けるの?」
「そうじゃ、行かねば会えんじゃろ?」
それを聞いたミナミがミオに聞いた。
「そこに何があるの?」
「行けば分かる!」
そうして俺達は歩き始める。エイブラハムが言うには、駅からそれほど遠くないらしい。歩いて周りを見渡せば、この町にも平和な暮らしがあった。日本とはかけ離れた絵に描いたような平和が。閑静な住宅街が続き、車が行きかって人々が笑いながら歩いている。それを見て皆もホッとしているようだ。
すると徐々に住宅の雰囲気が変わって来た。歩くたびに、女達やオオモリの表情が明るくなってくる。そこでミナミが言った。
「うわあ…絵本みたい」
ツバサも言う。
「本当だ…」
マナもうっとりしていた。
「いいわね…」
そしてクロサキも言う。
「これぞヨーロッパという感じですね」
最後にオオモリが言った。
「これって…ジ〇リじゃないっすか」
よくわからなかったので、俺がオオモリに聞く
「なんだそれは?」
「日本のアニメですよ。まるでその世界に来たみたいだ…」
まるで子供のように喜んでいる仲間達を見て、エイブラハムが目を細めている。まるで孫を見つめるかのようなその表情を、タケルとクキが笑って見ていた。それだけにこの風景は、皆にとって特別なものだったのだろう。確かに美しく他では見られないような街並みだ。
そしてクキがエイブラハムに聞く。
「で、何処に行けばレイに会える?」
「こっちじゃ」
俺達はエイブラハムについて行く。細い路地に入る前にエイブラハムが言った。
「店に入るんじゃが、いささか人数が多いのう」
そこでクキが言う。
「わかった。ヒカルと武がドクターの護衛について入ってくれ。ファーマー社が先回りしているかもしれん。俺の班には美桜と愛菜と大森、黒崎の班に南と翼。それぞれの班が店の表と裏を見張れ、怪しい気配があったらスマートフォンで連絡をしろ」
「「「「「「「了解」」」」」」」
俺とタケルはエイブラハムを連れて細い路地に入り、それぞれの班は周辺を警戒し進んで行く。
「ここじゃ」
エイブラハムが指さす扉を見て、タケルが聞き返す。
「えっ? ここ? 他の民家と変わらないみたいだけど、これが店?」
「そうじゃカフェじゃが?」
「なるほどそりゃ狭いわ」
そしてエイブラハムがドアを押して中に入る。カフェには客はいないが、コーヒーのいい香りが立ち込めている。
「いらっしゃ…」
「久しいのう、レイ」
スマートでオールバックにした紳士が居た。白いシャツの胸元からスカーフが見えており、洒落た感じのする男だった。端正な顔立ちがエイブラハムを見て驚いている。
「ドクター・スミス!」
エイブラハムが帽子を脱ぐとレイが言う。
「その二人は?」
「仲間じゃ」
「そうですか。ではお座りください」
そして俺達は狭い店内の一角にあるテーブルに腰かけるのだった。




