第394話 日本人という真実を話す
河川敷の雑木林で勝手に崩壊していくファーマー社を尻目に、俺はすぐにその場を離脱した。一気に道路に駆けあがり、監視に見つからぬよう路地裏に入り込む。その通りはビル街で、俺は壁沿いに真っすぐ進んだ。監視者たちの気配はどんどん河川敷の方に動いており、街中からはファーマー社の気配が消えつつある。河川敷の銃声がここまで届かないのか、市民達は平和に歩きそして話をしていた。
あの戦闘がこの都市で行われていたら、多くの命が失われたであろう。
俺がいる場所の道向かいに路上テラスがあり、そこでも平和に飯を食っている人々がいた。縮地でそこに近づき、食っている奴の背もたれにかかっている上着を取って離脱する。少し離れたところで上着を着こみ、かぶっていた帽子をすれ違いざまに子供にかぶせた。
さて。
俺はすぐに人ごみに紛れる。すると道の先から何やら音が聞こえて来た。皆に合流しなければならないのだが、俺はその美しい音色が気になった。そのまま直進すると大きな建物が見えて来て、音はどうやらその中から聞こえてくるようだ。
「なんだ?」
それはとても美しい音色だった。俺はそれに誘われるように建物の中に侵入する。どうやらここは大聖堂のようで、天井付近には美しいステンドグラスが飾られていた。礼拝堂には沢山の座席があり、満席で立っている人もいる。
むっ?
とにかく美しい音色が鳴り響いており、皆はそれに聞き入っているようだった。だが俺が気になったのはそこではなく、ステージの袖にタケルの姿を見かけたからだ。
あいつは何をやってるんだ…。
俺はスルスルと人ごみをすり抜けて、タケルの側に近寄る。
「タケル」
「おう! ヒカルか!」
「何をやっている」
「何をって、爺さんを匿ってるんだよ。席を見てみろ」
するとクロサキとマナに挟まれて座る爺さんが居た。
なるほど…、ここに紛れて隠れていたという訳か。
「でもなぜここで?」
「パイプオルガンを弾いてるやつを見ろって」
俺が楽器の奏者を見る。
「あっ」
「そうだ。ツバサだよ、アイツの借りのプロフィールがピアニストだからな、市民が気づいて騒いだんだよ。人が集まってきてどうしようかと思っていたら、ツバサがピアノを弾けるって言うから成り済ましたんだ」
この美しい旋律を奏でているのはツバサだった。それを聞きつけて、市民が集まっているという訳らしい。
「木を隠すなら森がいいって、黒崎さんが言うもんでな」
「なるほど」
「ファーマー社の追手らしい奴に、気づかれそうになった寸前だったから丁度よかったんだ」
「うまくいったな」
「だろ? でも突然、ファーマー社の奴らは走って行った」
「それは俺が騒ぎを起こしたからだ。だが、じきに気が付かれるだろう」
「わかった。なら、この演奏が終わったら市民に紛れて逃げよう」
場内を見回すと、クキ、オオモリ、ミオ、ミナミも座って聞いている。俺に気が付いたようで、皆がこちらを見ていた。目が合って皆が頷く。
「美しい音だな」
俺は音色の事を言う。
「スッゴイよな。最初大丈夫かって思ったんだけどよ、めっちゃくちゃ上手いからびっくりした。思わず聞き入ってしまってるってわけだ」
「なるほどな」
そして美しい演奏が終わり、盛大な拍手と共にツバサがステージを降りて来た。
「ヒカル!」
「待たせた」
「良かった」
「美しい音色だった。まだまだ聞いていたかったぞ」
「本当? 嬉しい!」
「心が震えた」
「またいつか聞かせてあげる」
「ああ」
演奏が終わり、市民達がぞろぞろと帰り始めたので、俺達もそれに紛れて大聖堂を後にする。バラバラに動きつつ、タケルがスマートフォンで皆の位置を確認していた。
「お、ミオらが店に入ったな」
「店?」
「爺さんの服を調達するらしい」
「なるほど」
そしてスマートフォンに指示が入る。
「なるほど、マ〇ドナ〇ドに行けってよ」
「なんだそれは?」
「世界的なハンバーガー屋だ」
「ハンバーガー屋?」
「…まあ、肉を挟んだパン屋だよ」
「そうか。そこで待つのか」
「そういうこった」
俺達が店に入ると、先にクロサキとマナと爺さんが居た。俺達は何食わぬ顔で、その爺さんの隣りに座る。
「き、君は!」
「安心しろ、奴らなら内輪揉めの最中だ」
「う、内輪揉め?」
「それよりスマン。爺さんのズボンをボロボロにしちまった」
「う、撃たれたのか!」
「そうだ」
「怪我は?」
「大した攻撃では無かったので大丈夫だ」
「えっと、撃たれたんだろう?」
「水鉄砲みたいなもんだ」
「…水鉄砲??」
「大した装備では無かった」
「意味が分からん! ドローンも飛んでいただろう…どうやって巻いた」
「あれは壊した。だから大丈夫だ。次見つけても壊せばいい」
「い、言っている意味が全く理解できん」
するとそこに仲間達がやってきて違う席に座る。スッとミオがクロサキに紙袋を渡した。
「服をボロボロにしたお詫びです。新品を買ってきました」
「…あんたらは何者なんじゃ…」
タケルがにんまり笑って言う。
「少なくとも敵じゃねえってこった」
「敵じゃない?」
するとクロサキが俺に言う。
「ヒカルと一緒にトイレに入って、服を交換すると良いですね」
俺が爺さんに言う。
「それは俺の大事な服なんだ。穴は空けてないな?」
「む、むろんじゃ」
「なら返してくれ」
「わかった」
俺と爺さんは紙袋を持って行く。タケルが後ろをついて来て言った。
「便所は使用中だって言う事にしねえとな」
「たしかに」
入り口にタケルが仁王立ちして俺達が中に入った。俺が服を脱ぎだすと、爺さんも慌てて服を脱ぎだす。紙袋から新しい服を取り出すと、俺のと似たようなスーツが入っていた。爺さんはいそいそとそれを着だして、俺も返してもらったスーツを着る。
そして俺達がトイレを出ると、タケルが凄みをきかせて客をトイレに入れないでいた。直ぐに席に戻って、爺さんがクロサキの席に座る。
「スミスさん。ハンバーガーは食べられますか?」
「た、食べられる」
「皆で腹ごしらえをするそうです。ご一緒にいかがですか?」
「分かったのじゃ」
既にミオやクキがカウンターに並んでいた。料理はめちゃくちゃ早く出て来て、それをトレイに乗せて運んで来てくれる。するとタケルが言う。
「ヒカル。マ〇ドナ〇ド初めてだな!」
「コイツはなんだ?」
「ハンバーガーだよ! うめえぞ! 食ってみろ!」
俺が出て来たパンに食らいつく。
「美味い」
「だろ? これが庶民の味ってもんだ」
すると爺さんがクスリと笑う。
「あんたら…本当にファーマー社じゃないんじゃな」
「だからそう言ってる」
「わしも、バーガーは好きじゃ」
そう言って爺さんはハンバーガーを口にした。それを見たみんなが微笑みながら、自分達もハンバーガーをかじっている。マナが頬張るのを見て爺さんが言った。
「わしの孫も好きなんじゃ。小さい頃は一緒に食べたもんじゃ」
「お孫さんというのは、アビゲイルさんですよね?」
「そうじゃ」
するとクロサキが言った。
「もし、お孫さんが今はファーマー社じゃないというのならば、保護したいと考えています。私達はあの会社の悪事を認めてはいません」
「…まだあんたらを信用はしとらんよ」
「それは分かります。ですが、あなたもどうやらファーマー社に狙われていらっしゃるようですね」
「それは、その通りじゃ」
「では私達がこの都市から逃がします。話はそれからでもいいです」
「…分ったのじゃ。いずれにせよ、あんたらから逃げる事も不可能じゃろうしな」
「御同行していただける事に感謝いたします」
その言葉を聞いて俺達はホッとする。強制はしたくなかったからだ。そしてタケルが思わず言ってしまった。
「ハンバーガー、日本のとはちょっと違うなあ!」
皆がタケルを見る。
「あ…」
だがそれを聞いていた爺さんが言った。
「青年よ。今…日本と言ったか?」
「どうだったかな?」
そして爺さんがぐるりと皆を見渡した。
「あんたら…日本人じゃな?」
するとクロサキが判断して答える。
「そうです。我々は日本人です。ファーマー社から国を滅ぼされた日本人です」
「そうじゃったのか…」
それを聞いた爺さんは体を震わせ、一気に表情を曇らせて涙を流すのだった。




