第392話 ファーマ―社の監視を引き寄せる
クロサキ達と別れた俺はルクセンブルクの街中を歩き、最初に見つけた服屋の店頭から帽子を拝借する。それを深々とかぶって腰を折り曲げ、爺さんのふりをしてとぼとぼ歩いた。気配感知にも反応があり、ようやく敵が餌に食いついてくれたようだ。
監視者の気配は一つや二つではなく、あちこちに散らばっている。
それにしても、この町は美しかった。同じような背丈の建物が立ち並び、綺麗な石畳の通りを人々が行きかっている。犬を散歩する老人、道の真ん中で立ち話をする若い男女、足早に歩いて行く女性。きっとそれぞれに人生があり今日の暮らしがあるのだろう。
自衛隊が読み取ったデータからすれば、この人達すら7G回線でファーマー社の意のままに操られる未来が待っている。このような美しい街並みを、奴らに支配させるわけにはいかない。
「派手に騒ぎを起こして、破壊したくは無いな…」
彼らの今の暮らしを壊すわけにはいかない。ベルリンのような惨状を起こして、平和な日常を壊させるわけにはいかなかった。
ん?
そんな事を考えて歩いている時、俺は足を止めてしまう。
「こんなところにも…あるのか…」
それはル〇ヴィ〇ンだった。マークだけはしっかり覚えており、ショーウインドウにはバッグや靴が並んで、奥には服も売っているようだ。俺はそちらに一歩足を進めかけて止まる。
まて…今の俺は爺さんだ。よれよれの服を着た爺さんが、この店に入ったら変装がばれてしまうかもしれない。
グッと堪えて、俺はその店の前を立ち去り西に向かった。しばらく歩いていると、今度は背の高いビルが見えて来る。東京にあるような高層ビルではないが、ここが都会である事は分かる。
「なんだ?」
今度は道路の上を列車が走って来た。俺はそれを眺め、意味もなく走り去った方向に向かって歩き始める。細心の注意を払い、あくまでも爺さんとして遅い歩をすすめていく。乳母車を押す若い夫婦とすれ違った時にも、赤ん坊にニッコリ笑いかけて爺さんのふりをする。
「見られてるな」
俺のほうが監視者たちの監視をしながらも、空から見られている気配を感じとった。伸びでもする様な仕草で空を見るとドローンが飛んでいて、それが俺を監視しているようだった。この服装は日本刀を隠せないので、今は持ってきていない。何かで、あれを撃ち落とす必要がある。
「さて」
俺は腰をトントンと叩くふりをして、スッと道横の縁石に腰かける。植え込みにあった小石を拾って、ドローン迄の距離を計算した。
「八十メートルと言ったところか…」
ビシッ!
全く体を動かさずに俺の手から射出された小石は、上空のドローンを破壊する。石が命中したドローンは、ひらひらとどこかに落ちて行った。俯瞰して監視され続けると、知らずに仲間が近寄ったりした時に、危険に晒してしまう恐れがある。出来るだけすぐに落としてしまおう。
「さて」
目の前に橋が見えているので、俺はその脇にあった階段を下りて河川敷に向かった。橋の下には遊歩道があり、俺はその道を進んでいく。すると監視者の気配が再び俺を追い始めた。とにかく俺は人のいない方を選んで、奴らをおびき寄せる事にする。
雑木林と岩場に差し掛かり俺は足を止めた。そこにベンチがあったので、俺は座って膝に肘をつけ手を組みながら地面を見た。気配感知は常に発動させており、河川敷に降りてきた人数を確認する。
六人。
その人数はたったの六人だった。
六人でいったい何をするつもりなのか…、いや今の俺は老人だから六人で十分と言う事か。少し遅れて再び空にドローンが現れたので、地面の小石を拾ってすぐに撃ち落とす。
ビッ!
空からの監視は要注意だ。今度は六人の気配が狭まってきて、俺からも見える位置までやって来た。俺が俯いたままにしていると、二つの足音がカツカツと近づいて来て視界に二組の靴が移る。
そいつらはドイツ語で話しかけて来た。俺も多少は理解出来る。
「こんにちは。今日はいい天気ですねえ」
だが俺は無視をして下を向いている。
「ははは。ずいぶん遠くまでお散歩されているようで」
俺は顔を上げる事なく聞いている。
「おや? 無視ですか。ドクター・エイブラハム・スミス」
そろそろ限界だろう。
俺は帽子を取って顔を見せて言う。
「人違いだ」
「な!」
「!」
男らは俺を見て驚いている。どうやら本当に気が付かずに、俺を追いかけて来たらしい。
「誰だお前は!」
「誰だも何も、散歩しているただの老人だ」
「お前のようなジジイがいるか!」
「で、何の用だ?」
一人の男がスマートフォンを取り出して、どこかに連絡をしている。俺が立ち上がって立ち去ろうとすると、もう一人の男が声をかけて来た。
「まて! 動くな」
「知らん」
立ち去ろうとする俺の肩に手をかけて来たが、スッとそれを躱した。
「えっ」
躱された事に驚いているのを尻目に、俺はそのまま立ち去る。すると周辺に散らばっていた、他の男達が駆けつけて来て道を塞ぐ。だが、俺はそれも瞬間的にすり抜けた。
「!」
「な!」
「どうなって…」
電話をしていた奴が、走ってきて全員に声をかける。
「捕まえろ! そいつを!」
六人中、ゾンビ化は一人。あとの五人は訓練を受けた軍人だ。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
…金剛…。
俺が無視して歩いて行くと、指示をする男が言った。
「足を狙え!」
パンパンパンパンパン!
おいおい。爺さんのズボンが破けるだろ。
とりあえず俺は撃たれたふりをして(現に撃たれているが)、フラフラと雑木林に突っこむ。
「やったぞ! 捕まえろ!」
ここならドローンで撮影されていたとしても分からない。ざざざざ! と二人が飛び込んでくるも、俺は木の上に足でぶら下がって瞬間的に二人を釣り上げた。殺して木の上に絡みつけるように放置する。
「ど、どこにいった?」
「いません!」
次に来た二人が、後ろの奴に報告している。
「奥だ! 追え!」
「「は!」」
次の瞬間、俺はそいつらも釣り上げて殺した。最後の二人が飛び込んで来たが、俺はそいつらには手を出さなかった。
「ど、どっちに行った?」
「わかりません」
「とにかく追え!」
そいつらが走り出したので、俺は木から木へと飛び移り後を追いかけていくのだった。




