第389話 わが青春の混浴温泉計画
AIハッキングの技術により、オオモリが贅沢な部屋を数日確保してくれた。そこで隊長であるクキが、次の日は休息を取った方が良いという判断を下す。ここまでの人目をしのびながらの旅路と、ファーマ―社支部での極限の戦いで、気づかぬうちに神経が消耗しているというのだ。
そこでデータを一通り見た女らが、寝るために部屋に戻り、男だけになったところでクキが言った。
「大将は、休みなんざ要らねえんだろうけどな」
「クキも必要ないだろう?」
「まあ、今まで極限の修羅場を超えて来たからな。タケと南あたりも、まだなんとかなりそうだが、休めるうちに休んでおいた方が良いという判断だ。休むのも仕事ということだよ」
するとタケルが言う。
「マジで? 俺は、まだ行けるぜ?」
だが、そこでオオモリが言う。
「僕は…すいません。結構、限界かもです」
「はあっ? 軟弱野郎が! 鍛え方がなってねえんじゃねえか?」
「すいません…」
だがクキが言う。
「おいタケよ。そいつはお前とは頭の出来が違うんだ。オーバーヒートを起こしたら、使い物にならなくなるかもしれんのだぞ。いざという時に集中力を欠いたら命取りになる」
「へいへい、九鬼隊長に従いますよ」
それに俺も言う。
「タケルの気持ちは分かる。日本に置いて来たユミの事を思うと、居てもたってもいられないんだろう? はやる気持ちは分かるが、皆の命がかかっているんだ。ここは黙ってクキに従おう」
「まあ…ヒカルに言われちゃ仕方ねえな。図星だしよ」
「とにかく、みんな気晴らしをしておけ」
なるほど…。ならば。
「じゃあ、タケルとクキは俺の酒にとことん付き合え」
だがタケルが言う。
「いやいや、ヒカルにがっつり付き合ってたら俺も九鬼さんも死んじまうぜ。おまえ何本飲んでも、ほとんど酔わねえじゃねえか」
クキがそれを聞いて笑った。
「大将は全部が規格外すぎるからな。だがせっかくいい酒が飲めるんだ。俺達も少しは付き合ってやろうじゃないか、まあ…ほどほどにな」
「んじゃ、飲みますかぁ」
やはり高級な酒は美味かった。前世ではこんな洗練された酒を飲んだことがないし、仲間と飲む酒は格別だった。タケルもクキも、こっちの世界の人間の中では酒が強いそうだが、俺に付き合う事は出来ないらしい。それでも、一緒に酒を酌み交わしてくれることが嬉しかった。
そして俺達が酒盛りをしている間も、オオモリは隣でパチパチとパソコンを叩いていた。酒を飲んで俺達が談笑していると、オオモリが突然声を上げる。
「おお!!」
俺達が驚いてそちらを振り向き、クキがオオモリに聞いた。
「どうした? ファーマ―社の機密でも暴いたか?」
「いえ。全然違います…」
タケルが訝しそうな顔でオオモリに言い寄る。
「ん? お前…なんか、悪い顔してやがるな?」
するとオオモリがにやりと笑って、本当に悪い顔をした。
「ふふふ。武さん…わかります?」
「さしずめ、なーんか思いついたような顔してるぞ。なんだ? 金か? ハッキングでやらかしたか?」
「そんな事はしてないです。でも…それ以上のデータかも」
オオモリが俺達のテーブルに、パソコンを持って来て見せた。そこには何らかの施設が映し出されている。それに対してタケルが尋ねた。
「なんだこりゃ? 銀行か?」
「違いますよ。もっと凄い場所です」
「なんだよ」
「これは…温泉です」
「「「はあ?」」」
俺達は何の事か分からず、半分呆れたような声を出した。タケルが食ってかかるように言う。
「それのどこが凄い情報なんだよ! アホか!」
「驚きますよ」
「なんでだよ」
すると、オオモリは本当に悪い顔をして言い放った。
「この温泉施設は、カイザー・フリードリッヒ・テルメって言うんですけど、なんと全てが完全混浴らしいですよ」
タケルの目の色と口調が変わった。
「…ほう。大森君。詳しく聞かせてくれたまえ」
「えっと、十六歳以上しか入れないらしいですが、廊下を歩く時以外は…」
「歩く時以外は?」
「全裸なんです」
「どう言う事かね?」
「なんと入浴やプールやサウナ、全てにおいて水着やタオルは禁止だそうです」
「女も男もかね?」
「その通りです。誰も水着やタオルをつけちゃいけないらしいです」
「すばらしい! なんと言う素晴らしい情報だ! 大森君!」
俺とクキは黙ってそのやり取りを聞いていた。だがオオモリとタケルは、くるりと俺達に顔を向けて言う。
「やっぱり休息は必要ですよねー! 特に温泉なんかいいですね」
「俺も大森君の言うとおりだと思うね。こういう時は温泉だ」
クキが真剣な顔で言う。
「お前ら行きたいのか?」
二人がコクコクと頭を縦に振った。クキも酔っぱらっているからか、からかい半分なのか笑いながら言う。
「なるほどな。どうせ誰も知らない土地だしな…ヨーロッパ女…いや失敬。裸の付き合いというのも悪くないかもしれんな」
オオモリが言う。
「隊長ー! 流石です! それでは作戦を実行するでありますか!」
「いいんじゃないか?」
するとタケルが俺に言う。
「もちろんヒカルも行くよな!」
こいつらと一緒に温泉に入るのは面白そうだ。断る理由が無かった。
「温泉なら悪くない。体を温めにいこう」
何か、男四人で悪い事をしている気分になって来る。
「決まったんならさっさと寝ようぜ!」
クキも俺に言う。
「大将。酒はまた今度にしよう」
「わかった」
そして…。次の日の朝になる。
俺達が温泉に行く準備をしていると、コンコン! とドアがノックされた。オオモリが出ていくと、マナが部屋に入って来る。
「おはよう」
「お、おお。早いな愛菜。今日は休みだぞ」
「てか…どこ行くの? 準備なんかしちゃって」
タケルが目配せをして、俺に”言うな!” と主張してくるので黙った。だが残念なことに、オオモリが白状してしまう。
「温泉に行こうと思ってました!」
「えっ! 自分達だけで?」
「まあ…そうです。女性陣は、みんなお疲れだと思いまして」
「ずるいわ! 私達も行く! てかみんなも行くって言うと思う!」
「えっ! そ、それは…」
「ちょっと言って来る!」
「ちょっ! ちょっと! 愛菜さん?」
マナは出て行ってしまった。
「わわっ! ど、どうしましょう!」
だがタケルが、一段と悪ーい顔をしてオオモリに言った。
「大森よ。おまえの憧れの愛菜さんが行こうって言ってくれたんだぜ? 皆まで言わなくてもわかるよな?」
「…なるほど…」
するとクキがタケルに言う。
「お前…由美さんというものがありながら…」
「それとこれは別の話だよ。隊長」
「まあ武士の情け、墓場まで持って行ってやるか」
「ありがたきお言葉」
待てよ…。と言う事は…彼女らも一緒に…。全裸。
俺はうっかり想像してしまう。しかし直ぐに女達が荷物を持ってやって来てしまった。
ツバサが言う。
「さあ! 行くよ! 何処? どこに行くの?」
クロサキまでが準備をしてやってきた。
「温泉なんて、贅沢ですね! 早く入りたいです!」
タケルがそれに答えた。
「そうだな、休息も仕事のうちだぜ! 行こう行こう!」
結局全員で、カイザー・フリードリッヒ・テルメにいく事になった。女達は浮かれてワイワイとはしゃいでいた。それに対して、男達はただ黙って歩いて行く。
「うわあ! 気分いい!」
「風光明媚な街で温泉かあ!」
「やっぱり休息と言ったら温泉よねえ」
「それそれ!」
「安らぎますよねー」
女達の楽しむ声を聞いていると、だいぶ後ろめたくなってきた。そこで俺がタケルに言う。
「タケル、中止したほうが良くないだろうか?」
「ん? 何言ってんだ? ヒカル。彼女らは自分から行くって言っているんだぜ。彼女らの権利を阻止してはいけないなあ」
そしてオオモリも言う。
「そうですよ。ヒカルさん。九鬼隊長もおっしゃったじゃないですか! 休息も仕事のうちだって!」
そんな話をしていると、ミオが俺に聞いて来る。
「なーに話してるの?」
「いや…本当に温泉に入るのかなと思ってな」
「そりゃ入るわよ。何言ってるの?」
「…なんでもない…」
男も女も皆が楽しそうに、カイザー・フリードリッヒ・テルメに歩いて行く。そしてオオモリが指をさして言った。
「ここです! ここが! カイザー・フリードリッヒ・テルメです!」
「よし! みんな! 入ろうぜ!」
タケルの掛け声に、女達がはしゃぐ。
「「「「「わーい!」」」」」
そして。
クキが受付に行き、施設の係員に聞く。ここを越えてしまえば、風呂では水着やタオルは禁止…。俺はミオ、ミナミ、ツバサ、マナ、クロサキの顔をそれぞれ見て、だんだん申し訳なくなってきた。彼女らは何も知らず入り、そして全裸に…。
「九人だが入れるか?」
すると、係員がクキに答える。
「大変申し訳ございません。毎週火曜日はレディースデーになっておりまして、男性は入場禁止となっております」
「「「「へっ?」」」」
「恐れ入りますが女性だけ…」
するとミオが言った。
「ごめんなさいねー。じゃあ私達だけ入って来るから、ヒカルたちはどこか探してみてね。一時間後にこの前で待ち合わせしましょう」
オオモリとタケルがガクッと肩を落として言う。
「「はふー」」
女達が行ってしまった。するとタケルが言う。
「大森ぃ! おまえちゃんと情報見たのかよ!」
「す、すいませぇぇぇぇん!」
それを見てクキがめちゃくちゃ大笑いする。
「くあーっ、ははははははは! ひーひー! こんなこったろうと思ったよ!」
俺達の作戦は初めて失敗に終わったのだった。だが…これで良かったのかもしれない。変な遺恨が残ってしまったら、この後の冒険が苦しくなったかもしれないからだ。俺は残念に思いつつも、ホッと胸をなでおろすのだった。




