第37話 相棒
俺が新しい仲間達と行動するにあたって、動ける人間が少ないという欠点があった。正直な所、ヤマザキは冷静に判断はするものの、歳を取っている上に身体能力が低い。女達はそれ以下で、恐怖で身がすくみ暗闇などでは格段に動きが悪くなるのだ。しかし唯一、タケルにはそれが無かった。彼にはこの世界で生きていく上で必要な事がそろっている。それは勇気と前向きな気持ちだ。腕を一本失っているというのに、その事を歯牙にもかけず行動するのだ。
さらに俺と一緒に食糧探しをした時に、俺の指示通り動く事が出来ていた。恐怖で身がすくめばもちろん本来の動きなど出来ないが、タケルはそうでは無かったのだ。
「タケル。ゾンビは当然いるが俺を信用してくれ。数はそれほど多くはないし、俺は新しい包丁を手に入れている。アイツらが気づく前に片が付く」
「全くすげえよヒカルは。まあ俺はお前と行動して信頼できる奴だって分かったからな、完全に背中を預けて頑張るからよ」
「頼もしいな」
「そりゃ俺のセリフだ」
レインより力も強さも無いタケルだが、俺はタケルにレインの面影を重ねる。自分が非力でも強がりが言えるのは精神力が強い証拠だ。ほんの数日前まで一緒に居た、アイツの面影をタケルに見るのだった。そして俺達が暗闇を歩いて行くと、集落の一つ目の家が見えて来た。恐らくタケルにはよく見えていないだろうが、俺の後をついて来れば大丈夫だ。
「民家に入る」
「おうよ!」
「中に二体ゾンビ、すぐに片が付くから着いてこい」
俺が玄関に手をかけて引くと、鍵はかかっておらずに扉が開いた。見た感じ内部は静かだ。俺は玄関を締めて鍵をかけ、真っすぐにゾンビがいる部屋へと向かった。そして最初のゾンビが俺達に気が付く前に首を刎ねた。
「まずは一体。あとは反対側の部屋に」
「いま、首を刎ねたのか?」
「そうだ」
「音もしねえんだ…」
「音を立てたらもう一体が気が付く」
そして俺は刎ねた時に落ちないように、ゾンビの髪の毛を持って静かに床に置いた。ここで一つタケルに体の使い方を教えておくことにする。
「タケルに、足音を立てない歩き方を教える」
「わかった」
そして俺はしゃがみ込んで、タケルの足の小指にふれる。
「ここからおろして親指に向け床を掴むように、そしてそのままゆっくり踵の方へと体重をかけていくんだ」
「こ、こうか?」
「いいな。呑み込みが早い」
「だがそんなに早く歩けねえぞ?」
「訓練をしていけば早く歩けるようになる。だが、まずはそれを心掛けるだけでいい」
「わかった」
「そして俺達の話し声に反応して、ゾンビがこっちに向かっている。方角はこちらのほうだ」
「うっ、ゾンビに気づかれたのか?」
「普通に話をしてたからな」
「どうする?」
「タケルに不意打ちを教える」
「わかった」
俺達が戸棚の前に張り付いて待っていると、廊下を渡ってゾンビが部屋に入って来た。だが俺達が隠れているので通り過ぎて数歩前にでた。すぐに俺はゾンビの後ろに忍び寄って首を刎ねた。
「すげえ」
「ゾンビが一体だったり、こういう狭い環境で有効だ」
「わかった」
「あともう建物内にゾンビはいない」
するとタケルから緊張が抜けていくのが分かる。そしてすぐに俺より先に動き出した。やはりこいつは見所があると思う。
「台所はこっちだろ」
「ああ」
今度は俺がタケルに着いて行くと、そこに台所らしき場所があった。食材の腐ったような匂いが軽く漂うが、それほど強烈ではない。
「まずは冷蔵庫だろ」
「レーゾーコ?」
「物を冷やして保存しておくところだよ」
「なるほどな、民家はどこにでもこれがあるんだな」
「ま、それが普通だな。てかヒカルと出会ってからだぜ、こんな風に民家に入れるようになったのは。いままでは大きいショッピングモール、まあいわば大食料品店にしかいかなかった。リスクを負って行くなら、確実にありそうな所が良いからな」
「なるほど。ならば民家も食材がある可能性はあると言う事か?」
「まあそうだけど、一人か二人分なら問題ないと言いたいところだな。俺達は大勢いたからそれじゃあ間に合わなかったんだよ」
「確かにそうだな」
「ああ。だから死ぬ思いをして民家に入るなんてことは、あまりしてこなかったんだよ」
「理にかなっている」
「そうか? まあ…そうか、そうだな」
タケルがレーゾーコを開けると、中に食糧っぽいものが入っていた。だがどうやら既に食べられる状態には無いようだ。
「腐ってしなびてる」
「残念だ」
「電気も来てねえから冷蔵庫も絶望的だろうな」
そしてタケルが他の扉も開けるが、言った通り食料品は腐っていた。
「てか、冷蔵庫は無理だって何となくわかってるんだ。むしろ食器棚とか戸棚やシンク下とかの方が可能性あるぜ」
「わかった」
今度はタケルから俺が教えられる番だ。タケルが台所の上の扉から開いて行く。そして下の扉を開いた時だった。
「おっ! やっぱり!」
「それはなんだ?」
「えっと、こりゃあ…。なめこの缶詰だな」
「ナメコ?」
「キノコっていう食べもんだ。一応、持って行こう。この建物の中に、たぶん物を入れる鞄があると思うからそれに入れてな」
「既にゾンビはいないから俺が鞄を探してくる」
「わかった。俺が食いもん探すから頼む」
「わかった」
そして俺は建物の中をあれこれ動き回り、扉を開けたりして使えそうな鞄を見つけた。そして他にも使えそうなものを見つけてしまう。俺は一旦、鞄を持ってタケルの居る台所へと戻った。
「あったか?」
「これだ」
「おっ! ボストンバックか! 丁度良い」
「タケルの方はどうだった?」
「なめこの缶詰以外に、粉末のスープと、なんと! カップラーメンが二つあった!」
「粉?」
「ああ、お湯に溶いて飲むんだよ」
「便利だな。カップラーメンとはなんだ?」
「それも同じ、お湯を入れると食べれる優れものさ。皆も喜ぶぜ」
「わかった。そして俺も使えそうなものを見つけたんだ。来てくれ」
「はいよ」
そして俺はタケルを連れてさっきの部屋へと戻る。そして扉を開けてみせた。
「毛布か! ありがてえ! でも持って行くのにすげえ嵩張るぞ」
「紐を探そう、そして縛って持って行く」
「わかった」
俺とタケルが建屋内を探していると、それらしいヒモが置いてあった。
「ナイロンヒモなら丈夫だろ」
なるほど。タケルと一緒に居ると新しい言葉を覚えられる。これはナイロンヒモと言う物らしい。俺はタケルから受け取って、毛布を三枚取り出しそれを丸めてきつく縛る。そして背負えるような輪を二つ作って、そこに腕を通して背中に背負った。
「ヒカルって、見かけによらずめっちゃ器用だよな」
「冒険者なら当たり前だ」
「なんかわからねえが、いろいろすげえよ」
「そうでもない」
俺達のパーティーにはポーターはいなかったからな。各自が自分の荷物をまとめて移動したもんだ。だからこんなことは朝飯前という訳だ。
「よし。次の建物に移ろう」
「わかった」
それから俺とタケルは持ちつ持たれつ民家を回っていくのだった。タケルの言う通りの場所を探し、結構な割合で何か食べ物らしきものを見つけていった。更にタケルは火の出るライターという物や、カンデンチと呼ばれる物、あと不思議なシャンプーとか言う物を手に入れる。俺なら絶対に見つける事が出来なかっただろう。夜の集落を更に奥に歩いて行くと、もっと大きな建屋が見えて来た。
タケルが言う。
「これ、寺だな」
「テラ?」
タケルが胸の前に手を合わせて祈りを捧げるそぶりをする。なるほどここはこの世界の教会らしい、ゾンビには無力な教会だが何かあるかもしれない。
「入ってみよう」
「ああ。ゾンビはいるかい?」
「いる。四体ほどうろついている」
「まあいるか…」
だが俺は少しだけ気になっている事がありタケルに声をかける。それはその建物の脇に沢山の石が立っていたからだ。恐らくこれは墓なんじゃないかと思う。
「あと、ちょっとそっちが気になるな」
「なんだ?」
「そちらには何か…ゴーストと呼べるかどうか分からないが、弱い魂の気配がする?」
するとタケルがぶるっと体を震わせた。
「ヒカル…もしかして幽霊見えてる?」
「ユーレー…確か人間が未練を持ったって言ってたか?」
「そうそれそれ!」
「いや…気配だけだ」
「成仏してるって事だろうか? なんまいだぶなんまいだぶ…」
タケルが墓に向かって何かを唱えるので、俺もみよう見真似で同じことをする。
「ナンマイダブナンマイダブ」
「そう! なんまいだぶなんまいだぶ」
「ナンマイダブナンマイダブ」
なるほど確かに何かが落ち着いたような気配がする。もしかしたら今のでゴーストが落ち着いたのかもしれない。
「タケル。寺に入るぞ、さっきまでと同じ要領だ」
「わかった」
そして俺達は寺に侵入した。するとその中は結構な広さがあり、すぐにそこにゾンビが居た。俺はすぐさまそれに忍び寄り首を刎ねるのだった。
「坊さんのゾンビかよ…」
「これが聖職者か」
「ああ。かわいそうにな」
タケルがそう言って軽く手を合わせたので俺も真似る。そしてテラの中の他の三体も片付けて、他の所と同じように内部を物色していった。
「マジか!」
タケルが喜んでいた。
「なんだ?」
「白米だよ! 未開封の白米があった!」
「ハクマイ?」
「米だよ! もっと食べやすいぞ!」
「そりゃいい。持って行こう」
「あと、見ろよ! 缶詰結構あるぜ!」
「本当だ」
「こっちにゃ飲み物も! えっ! 酒もある!」
俺達はそれらを鞄に入れるが、さっきまで集めた物もあるのではみ出てしまった。
「鞄がいっぱいだ。もう一つ鞄を探そう」
「そうだな」
そして探し回ると簡単に大きなカバンが置いてあった。俺達は見つけた食料を全て鞄に詰め込む。しかしそれもいっぱいになってしまう。
「タケル。一旦戻ろう、そしてもう一回取りに来た方が良い」
「そうだないっぱいだ。毛布もあるしな」
「とにかくみんなの所に」
「オッケー」
「テラってのは結構物資があるんだな」
「まあ寺っつうのは来客がいっぱいあっからかもな、良く分かんねえけど結構あったよな。てか何か、罰が当たるみたいで申し訳ないけどな」
「バチ?」
「まあこの際そんなことは言ってらんねえ。しかしこれは良い情報だぜ! 寺には物資がある可能性が高いってな!」
「よし! 皆に教えてやろう」
俺達は寺を出て来た道を戻り、皆の待っている学校へと走るのだった。トーキョーのような所よりは多くないものの、皆の体力回復をさせるくらいなら十分かもしれない。次の行動に向けての糸口が見つかり、着実に一歩が踏み出せている実感がわいた。
「で、どうやって学校入るんだよ? 俺達が帰った事わからねえぞ?」
タケルが言う。何を言っているのだろう?
「同じだ。三階から入る」
「うへぇ…」
なぜかタケルがげんなりしているが、俺は皆が喜ぶ顔を思い浮かべて口元が綻ぶのだった。




